第212話 依桜ちゃんとバレンタイン

「うん、これで材料は全部、かな?」


 商店街とショッピングモールの両方に言って、材料を買いそろえた。


 最初は商店街だけで済ませようと思っていたんだけど、さすがに、全部そろえることができなかったので、ショッピングモールに行ったりしていたら、気が付けば五時に。


 今から作らないと、寝る時間が遅くなっちゃう。

 と言っても、学園の方は、朝の十時からだから、問題ないと言えば問題ないんだけどね。


「それじゃあ、早速作っちゃおう!」


 ボクの、チョコレート作りが始まりました。



 一方、未果たち四人はと言うと……

『明日はバレンタインか……』

『だな! オレ、もらえっかなー』

『まあ、私と女委は少なくとも渡すつもりよ。友達だしね』

『わたしも渡すよー』


 チャットをしていた。

 話題はもちろん、明日のバレンタインだ。

 男女両方いるグループであるため、必然的に晶と態徒は義理チョコがもらえるのである。


『義理でも、もらえるなら嬉しいぜ。でもやっぱ、本命とかもらえねーかなー』


 と、何気なーく、態徒が言うと、


『お前、中学時代に本命チョコもらったんじゃなかったのか?』

『中学? たしか、未果と女委からはもらったけどよ、さすがに義義理だろ? それ以外だと一個だけ、オレの下駄箱に入ってたが……そういやあれ、誰からだったんだ?』


 そんな疑問を、態徒がチャットで言うと、誰一人として、反応しなかった。


『お、おい。なんで、誰も何も言わんの?』


 さすがに困惑する態徒。


 三人が何も言わないのは、単純に贈り主が誰かを知っているからだ。


 何度も言っているように、態徒に対して恋愛感情を抱いていた女子生徒が中学時代いたのだ。

 その女子生徒は、かなりの恥ずかしがり屋で、直接チョコを渡さず、こっそり、下駄箱に入れるだけだった。しかも、誰から、と言うことを一切書かずに入れていたため、態徒は誰からもらったのかわからなかった、というわけだ。


 ちなみに、その女子生徒は今年も贈ろうとしている。


『それはそれとして、依桜、チャットに入ってこないわね』

『そう言えば』

『いつもだったら、入って来てるのにな、会話に』

『んー、チョコでも作ってるんじゃないのかな?』

『まっさか! あれでも一応、依桜は元男だぜ? さすがに、作らないんじゃね?』


 あながち間違いじゃないが、今回ばかりは間違いである。

 女の子だから、チョコレートを作って持っていてもおかしくないよね! という心情が見え隠れしている。

 むしろ、ちょっと楽しそうに作っているくらいだ。


『じゃあ、もし依桜君が作ってきたらどうする?』

『そりゃあ……ありだな』

『依桜、可愛いからね。あんな美少女にチョコレートを渡されたら、誰だって喜びそうよね』

『そうだな。場合によっては、死ぬやつすら出てくるんじゃないか?』

『あり得るわ……』

『依桜君の場合、性格からして、クラスのみんなに作ってそうだよね』

『あー……』


 女委の言ったことに、誰も反応しなかった。

 全員納得してしまったからである。


 長い付き合いである四人は、依桜の性格をよく理解している。その結果、万が一チョコレートを作ってこようものなら、確実にクラスメートに作ってくるだろうと予想したのだ。


 事実、その通りなのだが。


『まあでも、さすがに作ってくることはないだろ』

『まあ、そうだねぇ。作ってきたら、さすがにびっくりしちゃうよ』

『そうだな。……ただ、確実に作らない、ということに対して、すべて否定できない、と言うのも……』

『……たしかに。依桜だし』


 そんな発言を未果と晶の二人がするも、結局は作ってこないだろう、と言う結論で落ち着いた。



 そんな、作らないであろうと思われている依桜は……。


「うん。とりあえず、クラスメートのみんなの分と、商店街の皆さんの分はこれで完成、と」


 クラスメート分と、商店街の人たちの分を作り終えていた。



 ボクの目の前には、大量のラッピングを施された箱が積まれている。


 中身は全部同じ……ではなく、微妙に違うように作りました。


 ものによっては、果物のジャム、もしくはソースが入っていたり、ドライフルーツが入っていたり、ってだけなんだけどね。


 同じクラスだから、と言うのもあるけど、やっぱり美味しいものを食べてもらいたいからね。それに、同じものばかり、と言うのも味気ないと思ったので、こうしてみました。


「それじゃあ、次作ろう」


 次に作るのは、いつものみんな、師匠、父さんと母さん。それから、戸隠先生に、美羽さん。

 お世話になった人たちばかり。


 美羽さんは、ボクの事情を知っても、態度を変えなかったから、すごく嬉しかったんだよね。まあ、それを言ったらみんなに言えることなんだけど。


 でも、美羽さんいい人だし、友達だしね。

 やっぱり、渡したい。


 みんな喜ぶかなぁ、と思いながらボクはチョコレートを作っていった。



 そして、途中で夜ご飯を作ったりする時間を挟みつつ、日を跨ぐ前には無事、予定していた数のチョコレートを作り終えた。


 丁寧にラッピングをした箱が、テーブルの上に積みあがっている。

 その数、六十以上。

 内訳は、三十六個がクラスメートのみんなで、四つが未果たち。一つが師匠で、一つが戸隠先生。二つが父さんと母さん。美羽さんに一つ。商店街のみなさんに、十五個。あと、学園長先生の分を忘れていたので、学園長先生に一つ。


 なので、計六十一個となりました。


 ……うん。よく作ったね、ボク。

 かなり頑張った気がします。


 完成したチョコレートを、渡す人たちに分けて、紙袋に入れていく。

 仕分け作業が終わったら、『アイテムボックス』に入れて、今日は就寝となった。



 二月十四日。バレンタインデー当日。


「んっ~~~~……はぁ。うん、スッキリ」


 バレンタイン当日の朝は、かなりすっきりとした目覚めだった。

 ボクは起き上がって、リビングへ。


「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」


 リビングには、父さんと母さんがいた。

 師匠はまだ寝ているみたい。


 先に二人には渡しておこうと思って、『アイテムボックスから、小さめの紙袋を二つ取り出し、二人に差し出す。


「はい、バレンタインのチョコレート」

「あらぁ! 依桜が作ってくれるなんて……ありがとう、依桜!」

「む、娘からチョコ、だと……? な、なんて嬉しいんだ! 父さん、ここまで嬉しいことはないぞ!」


 二人ともかなり喜んでくれた。

 それを見てほっとする。


「父さん、娘からチョコをもらう、ってい夢があってな……まさか、叶うとは……うぅっ」


 なぜか、父さんが泣き出した。

 え、泣くほど……? いや、喜んでもらえたのは、こっちとしても嬉しいんだけど……。


「まさか、依桜がチョコを、ねぇ。それで? 未果ちゃんたちには?」

「もちろん、作ったよ。クラスメートのみんなと、担任の先生に、学園長先生、それから師匠と、商店街のみなさんと、美羽さんに」

「あら、随分作ったのねぇ。依桜は本当に優しいのね」

「そ、そうかな? 普段お世話になってるし……当然だと思うんだけど……」

「ふふっ、そう言うところも含めて、優しいのよ」


 うーん、普通だと思ったんだけど……もしかして、違った?

 ……まあいいよね! 少なくとも喜んでくれればいいもん。

 なんて思いながら、ボクは朝ご飯を食べた。



 朝ご飯を食べた後は、軽く家事をして、学園へ行く準備。


 一応、バレンタインデーは、自由参加となっているけど、大体の人は参加している。


 あの学園は、女の子の方が多いので、結果的にチョコレートを渡す人は増える。


 ちなみに、パーティーみたいな側面も持っているので、仮にもらう相手がいなかったとしても、学園側が用意してくれた甘いものを食べることができる。


 ボクたちは、未果と女委が元々渡す予定だったらしいので、集まることになっているけど。


 みんなには、ボクがチョコレートを作っていることを言っていない。サプライズです。


 どんな反応するかなぁ。

 喜んでくれるといいなぁ。

 そう思いつつ、時間になったボクは、大量の紙袋を持って、家を出た。



 十時前に学園に到着。


 学園は、バレンタイン用に飾り付けられていて、赤やピンクと言った風船が付けられていたり、バラなどが飾られている。


 それに、周囲を見れば、顔を赤くしながらそわそわしている女の子もよく見かける。

 意中の相手に渡そうとしているのがよくわかる。


 もちろん、そわそわしているのは女の子だけじゃなくて、男子の方も。

 もらえるか、もらえないか、と言う気持ちが表面に出ている。


 ……なんて言うけど、そう思ったのは中学生の時に、クラスメートがそうだったから。


 なんでみんなそわそわしてるのかなー、と疑問に思っていたら、チョコレートが欲しかったからだった。


 もらえると嬉しいもんね。


 人によっては、ホワイトデーに返すのがめんどいからいらない、なんて言う人もいたけど。そう言う人に限って、すごくもらってたっけ。


 昔のことを思い出しながら、教室に向かって歩く。

 道中、すごく視線を感じたけど、やっぱり、持ってる紙袋が多いからかな?



「おはよー」


 いつも通りに挨拶をして教室に入ると……すごく殺気立っていた。

 なんというか、男子のみんながかなり真剣な表情をしているというか……どうしたんだろう?


「おはよう、依桜」

「おはよう」


 二人がボクに挨拶をしながら、こっちに来る。


「あら? 依桜、それってもしかして……」

「うん、チョコレートだよ」

「「……本当に作って来た」」


 ボクがチョコレートだと言うと、二人はなぜかびっくりしたような反応を見せた。

 周囲にいるクラスメートのみんなもかなり驚いている気がするんだけど……気のせい?


「昨日はずっと作ってたよ。さすがに、量が多かったから」

「多い……?」

「依桜、それは一体どういうことだ?」

「ふふふ、それはみんなが来てからのお楽しみ!」


 晶に尋ねられたけど、ボクは笑顔でそう言った。

 それから、ちょっと雑談をしていると、


「おーっす」

「おっはー」


 態徒と女委が登校してきた。

 女委の手には、紙袋がぶら下げられていた。


「おはよう、二人とも」

「おはよー」

「おはよう」


 二人に気付いたボクたちはすぐに挨拶。


「ん? 依桜、なんだその紙袋は」

「チョコレート」

「「マジで!?」」


 あれ? なんで二人も驚くの?

 ボクがチョコレートを持ってきたことがそんなにおかしい……?


「おらー、席つけー。とりあえず、軽くHRするぞー」


 と、ここで戸隠先生が来たので、ボクたちは一旦席に着いた。



「さて、今日はバレンタインだ。特に何かがあるってわけじゃないが、まあ、あれだ。羽目は外すなよ。一応、これはパーティーもどきでもある。学園内の至る所に、チョコレートを使った菓子類があるので、適当に食べろ。あと男子、チョコレートが欲しいからってがっつきすぎんじゃないぞ。女子の方は単純にやりすぎるなよ。以上だ。まあ、楽しくやれよー。はいじゃあ、パーティーしてこい」


 最後に適当に先生がそう言うと、クラス内のみんなが動き始めた。

 その前に、ボクは小さい紙袋を持つと、戸隠先生の所へ。


「先生、これどうぞ」

「ん、なんだ、男女、私にくれるのか?」

「はい。先生にはお世話になってますから。どうぞ」

「そうか。できた生徒を持つと、教師は嬉しい。そんじゃ、これはありがたくいただくぞ。ありがとな」

「いえいえ」


 軽く笑ってから、先生は教室を出ていった。


「依桜、お前、あの大量の紙袋って……」

「うん。クラスのみんなの分」

『『『!?』』』


 その瞬間、クラス内が止まった。

 あ、あれ?


「そ、そう来たか……」

「依桜ならやりかねないと思ったけど、まさか本当にやるなんて……」

「びっくりだねぇ」

「だな……」

「どうしたの? ボクが作って来たのがそんなに意外かな……?」

「いや、そう言うわけじゃないんだが……依桜は、男だから、なんて理由で作ってこないんじゃないかと思ってな」

「あはは。今回ばかりは、さすがにそうじゃないよ。お世話になった人が多いから、作ったの。もちろん、みんなの分もあるから」

(((いい娘すぎる……)))


 なんか今、クラス内のみんなが同じことを思ったような気が……。

 気のせいかな?


「それじゃあ、えっと、配っちゃうね」


 取りに来てもらうことも考えたけど、なんかちょっとそれだと変かななんて思ったので、ボクから渡しに行くことにした。


「はい、どうぞ」

『あ、ありがとう』

「どうぞ」

『ありがとう、依桜ちゃん!』

「はい」

『あ、ありがとな……』

「どうぞー」

『やった! 依桜ちゃんからのチョコ!』


 と、みんなちゃんと受け取ってくれた。

 顔が赤くなる人もいたけど、大丈夫かな? 風邪じゃないよね?

 と、ちょっと心配になった。


「はい、みんなにはこっちね」

「ありがとうな」

「ありがとう、依桜。嬉しいわ」

「よっしゃあ、チョコだぜ!」

「わーい! 依桜君からのチョコだー!」


 みんなも嬉しそうにしてくれた。

 よかったよかった。

 これでもし、受け取ってもらえなかったらちょっと辛かったよ。


「はい、じゃあこっちは、私から」

「わたしもあるよー」


 まるでお返しとばかりに、未果と女委が紙袋を手渡してきた。

 晶と態徒の分もしっかりあるみたいだね。

 毎年見る光景だけど。


「ありがとう、二人とも」

「ありがとな」

「今年はいい年だぜ」


 やっぱり、もらえるのはすごく嬉しいなぁ。

 甘いものは好きだし。

 ……まあ、昨日作っている過程で、それなりに味見はしてるけどね。


「そういや依桜、これって全部手作りなのか?」

「うん。今回渡すチョコレートは、全部ボクの手作りだよ。あと、中身も少し変えたりしてるから」

「「「「依桜さん、マジパネェっす」」」」

「あれ? もしかして、おかしかった……?」

「いや、そう言うことじゃなくてだな……」

「まさか、全部手作りするとは思ってなくて」

「……てか、よくもまあ、こんなだけ作れたな」

「依桜君、本当にいい娘だねぇ」

「ふ、普通だと思うんだけど……」


 どうして、みんな驚いた顔をするんだろう?

 うーん、手作りにするのって、普通じゃないの?


『お、おい聞いたか。これ、男女の手作りらしいぜ』

『……俺、このクラスでよかった』

『……ああ。まさか、銀髪碧眼美少女の手作りチョコがもらえるとはな……』

『正直、今年ももらえないとばかり思ってたが……神は俺たちを見放さなかった』


 あれ? なんか、男子のみんなが微妙に泣いている気がするんだけど……どうしたんだろう?

 何かあったのかな?


『依桜ちゃんの女子力が半端ない……』

『だねぇ。まさか、クラスメート全員に作ってくるなんて』

『しかも、全部手作りって言うね。ほんと、依桜ちゃんが女神すぎる……』


 うーん、なんだか、女の子のみんなが何か話してるんだけど……あれかな、誰かに渡すのに、恥ずかしがってる、とか?

 なんて思っていたら、意を決したように、女の子たちがこっちに来て、


『『『依桜ちゃん、これ上げる!』』』


 一斉に紙袋やラッピングされた箱を渡してきた。


「うわわ! え、い、いいの?」


 大量に渡されて、びっくりした。

 そして、突然のことで、ボクはもらってもいいの? と尋ねていた。


『もちろん!』

『依桜ちゃん、色々と助けてくれたから、お礼だよ!』

「た、助けただなんて……ボクはそこまでのことはしてないよ?」

『あぁ! 可愛すぎ! もし男だったら、すぐに告白してるよ!』

「ふぇ!?」

『わかるわかる! 依桜ちゃん性格いいし、すっごく可愛いんだもん!』

「そ、そそそそんなことはないよ!」

『おー、顔真っ赤―』

『照れてる?』

「だ、だって、真っすぐ可愛いなんて言われると、その……は、恥ずかしい、んだもん……」

『『『ぐはっ!』』』


 その瞬間、なぜかクラス内のみんなが胸を抑えだした。

 あ、あれ? 何かあったの……?


『は、破壊力半端ねぇ……』

『あんな美少女がいるなんてな……』

『俺、死んでもいいわ』

『奇遇ね。私も……』

『依桜ちゃんの可愛さは無限大だね』


 みんなが何やら話しているけど、何を言っているのかボクは意味が解らなかった。

 未果たちは、いつものことだなー、みたいな顔をしながら、顔を赤くしているボクを見ていた。



 みんなにチョコレートを渡し終えた後、ボクは学園長先生の所に来ていた。


「学園長先生、どうぞ、チョコレートです」

「あら、私に?」

「はい。学園長先生にはお世話になってますからね。……異世界云々は置いておくとしてて」

「あー、その辺りは、本当に申し訳ないわ。……でも、まさか、依桜君が私にチョコレートをくれるなんて、夢にも思わなかったわ。それじゃあ、ありがたくいただくわね」

「はい、どうぞ」

「……美少女にチョコレートをもらう。うん。素晴らしいわ!」

「そ、そんなにいいものじゃないと思いますけど……」


 あと、毎回思ってるけど、美少女じゃないと思います。


「可愛い女の子からのチョコレートは、やっぱり嬉しいものよ」

「そ、そうなんですか?」

「当然。渡した相手だって、喜んでたでしょ?」

「は、はい」

「そういうこと。まあ、チョコレートをもらえるだけで喜べるけどね、普通は」


 なんて言いながら、学園長先生はラッピングを綺麗に剥がし、チョコレートを一つつまんでぱくりと食べた。


「うん、美味しい!」

「ほんとですか?」

「ええ! そこらの高級チョコなんかよりも、全然!」

「そ、それはさすがに言いすぎですよ」

「いえいえ、本当にそれくらい美味しいわ」


 笑顔を浮かべながら、チョコレートを食べていく学園長。

 一つ食べるたびに、美味しいと言ってくれて、ボクはすごく嬉しい気持ちになった。


「ん、美味しかったわ。ありがとう、依桜君」

「いえ。それじゃあ、ボクは失礼しますね」

「ええ。それじゃあ、パーティー楽しんでね」

「はい」


 そう言って、ボクは学園長室を後にした。



 学園長室から戻ったボク。

 教室に着くころには、


「おかえり、依桜……って、どうしたのそれ!?」

「ちょ、チョコレート、です……」


 ボクの両手は大量のチョコレートでいっぱいになっていました。


 道中、すれ違う女の子から、なぜかチョコレートを渡され続け、教室に着くころには、ボクの両手は多くの女の子からのチョコレートでいっぱいになっていた、と言うわけです。


 ……ま、まさか、こんなにもらえるとは思ってなかった……。


「……大変だな、依桜は」

「あ、あはは……ボクもさすがに、これはね……」

「それ、下手したら、学園で一番もらってるんじゃね?」

「あり得るねぇ。二番目は多分……晶君だね」

「……正直、否定できない」


 苦い顔をする晶の両手や机には、ボクに負けず劣らずの量のチョコレートが。


「……当分、おやつには困らないな」

「モテるってのも、考えもんだな、晶」

「……棒読みだぞ、態徒」

「はっはっはー。すまんな。モテない男の僻みってやつだー」


 棒読みがすごい。

 そんなに羨ましいんだ、態徒。


「……とりあえず、俺たちも校内を回るか」

「だねー」


 というわけで、学園内を回ることにしました。



 そして、みんなと学園内を回っていると、


『畜生! どこ行きやがった!』

『探せ! 見つけ次第、即刻奪うんだ!』

『くそ! あいつら、女神様の手作りチョコをもらいやがって……!』

『奴らはまだ校内にいるはずだ! くまなく探せ!』


 学園内は、大騒ぎでした。

 それを見て、ボクは……


「帰ろう」


 と言った。

 みんな、すごく優し気な笑みを浮かべて、頷いてくれました。

 ……優しさが沁みたよ……。



 後から聞いた話によると、どうやら、学園内はかなり混沌としていたらしいです。


 クラスメート(男子)に上げたチョコレートを巡って、なぜか争奪戦みたいなことが勃発。

 クラスメートの男子のみんなは一丸となって徹底抗戦。


 その結果、校内はかなりの騒ぎになったとか。

 それを見ていた人が言うには、


『血の大雨が降った』


 とか、


『あそこまで酷い血戦は見たことがない』


 とか、


『死人が出るんじゃないかと思った』


 とか言っていました。


 ……ボクのチョコレートに、そこまで価値がないと思うんだけど、とボクがみんなの前で言ったら、


「「「「やれやれ……」」」」


 肩をすくめてそう言われました。

 なんだろう。少しだけ、イラっと来ました。



 学園が終わった後、一旦家に帰って、着替えてから駅前へ。


 時刻は四時前。


 駅前に来た理由は、もちろん美羽さんとの待ち合わせ。

 駅前で紙袋を持ちながら少し待つと、


「おまたせ、依桜ちゃん!」

「あ、美羽さん! いえいえ、全然待ってませんよ」


 美羽さんが小走りでボクの所に駆け寄って来た。


「来てくれて、ありがとうございます、美羽さん」

「いいのいいの。依桜ちゃんがチョコをくれる、っていうから飛んできちゃったよ」


 軽く舌を出して笑う美羽さんは、すごく可愛かった。

 年上の女性に感じるには、ちょっと失礼かな?


「それじゃあ、これ、チョコレートです。どうぞ」

「ありがとう、依桜ちゃん! すっごく嬉しいよ!」

「喜んでもらえてよかったです」

「うんうん。そうだ、せっかく待ち合わせしたんだし、ちょっと散歩しないかな?」

「そうですね。このまま解散、と言うのも味気ないですもんね」

「ありがとう! ……やった、依桜ちゃんとデート!」

「? 何か言いましたか?」

「あ、ううん! なんでもないよー。さ、行こ!」

「はい」



 美羽さんとお散歩することになったけど、道中はかなり楽しかった。

 声優さんとしての、仕事の裏側や、ドラマのことなど、なかなか聞けない話をが聞けて、かなり新鮮だった。

 美羽さんとの会話はすごく楽しいなぁ……。


 そう言えば、道中、周囲からかなりの視線があった。

 美羽さんって、有名らしいから、きっとそれが原因だと思うけど。


「あ、美羽さん、商店街によってもいいですか?」

「もちろん、いいよー」


 美羽さんの了承を得て、ボクたちは商店街へ向かった。



 商店街にたどり着くなり、ボクはいつもお世話になっているお店によっては、チョコレートを手渡していた。


「おじさん、これ、チョコレートです。よかったらどうぞ」

『おお、依桜ちゃん、ありがとね! まさか、依桜ちゃんがチョコをくれるたぁなぁ。世の中わからんもんだ』


 魚屋さんのおじさんはこんな感じ。


「おばさん、これよかったらどうぞ」

『あらまぁ! 依桜ちゃんがチョコレートを持ってきてくれるなんて! いつも、贔屓にしてくれてる上に、肉の解体もしてくれるのに、チョコレートもくれるなんてねぇ。ありがとう、依桜ちゃん』


 肉屋さんのおばさんはこんな感じ。


「おじいさん、これよかったらどうぞ」

『おお、依桜ちゃんか。まさか、あれかい? バレンタイン、とかいうやつかな? 依桜ちゃんみたいな、別嬪さんからこんなものをもらうなんてなぁ。長生きはするもんだ』


 八百屋さんのおじいさんはこんな感じ。


「お兄さん、これどうぞ」

『ん、バレンタインか、依桜ちゃん。いやぁ、可愛い女子高生からチョコがもらえるとは思わなかったぜ。ありがとな、依桜ちゃん』


 酒屋のお兄さんはこんな感じ。

 みんな、すごく喜んでくれた。


 この人たち以外にも、雑貨屋さんや、花屋さん、本屋さんと、商店街にあるよく利用するお店の人たち全員チョコレートを配りました。


 みんな、笑顔で受け取ってくれたよかった。

 うん。笑顔はいいね。


「依桜ちゃんって、本当にいい娘だよね」

「と、突然なんですか?」

「だって、商店街の人たちにチョコレートを渡すんだもん。しかも、全部手作りなんでしょ?」

「そうですよ」

「手間暇がかかるのに、それだけのことをしちゃうんだもん。しかも、それを当たり前だと思ってる」

「手作りの方が、気持ちが伝わりますし、やっぱり、美味しいと思ってもらいたいですから」

「……いい娘すぎて、キュンとしちゃうな」

「キュン……?」

「あ、気にしないで、こっちの話。……さて、そろそろ帰ろっか」

「そうですね。時間もちょうどいいですし」

「うん、それじゃあ、私は向こうだからここでお別れだね」

「あ、送っていきましょうか?」

「大丈夫。ここから近いから。心配してくれてありがとう」

「いえいえ。それじゃあ、またいつか」

「そうだね。それじゃあ、さようなら、依桜ちゃん」


 最後に軽く挨拶をして、美羽さんと別れた。

 次に会えるのはいつになるかな、なんて思いながら、ボクは家に帰った。



 家に帰ってすぐ、ボクは師匠にところへ。


「師匠、これ、よかったらどうぞ」


 師匠の部屋に行くと、運よく師匠がいた。

 なので、すぐにチョコレートを渡した。


「ああ、イオか。これは?」

「バレンタインのチョコレートです」

「そういや、そんな日があったな。なるほど、イオがあたしに?」

「はい。師匠にはお世話になってますからね。普段のお礼です」

「そうか。ありがとな。できた弟子を持って、師匠は嬉しいぞ」


 少し微笑みながら、師匠がそう言う。

 なんか、戸隠先生と同じようなことを言ってるのがちょっとおもしろかった。


「さて、あたしはちょっとやることがある」

「あ、そうなんですか。それじゃあ、ボクは部屋を出ますね」

「ああ、すまないな」

「それでは」

「ありがとな」


 最後にお礼を言われて、ボクは部屋を出た。



 何とか無事、チョコレートを渡し終えることができた。


 サプライズみたいなものだったけど、みんな喜んでもらえて、よかったなぁ……。


 そう言えば、未果と女委、師匠に美羽さんのは、ハート形にしちゃったけど……今にして思えば、なんでハート形にしちゃったんだろう?


 うーん……わからない。


 多分、直感的にその方がいいと思ったんだよね。


 それ以外に他意はない、はず。


 ……でも、女の子側としてバレンタインに臨むのは、すごく楽しかったなぁ。

 来年も、またやろう。


 そう思えたボクでした。

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