第142話 学園見学会 上

 色々と考えがおかしすぎる女委のあれこれを聞いた後、ボクは戸隠先生に呼び出されていた。


「悪いな、呼び出して」

「いえいえ。それで、何ですか?」

「ああ、実はな、お前に頼み……まあ、私からじゃないんだが、学園長の方からな。今週の土曜日に、学園見学があるのは知ってるな?」

「はい。たしか、志望している中学生、もしくは、とりあえず見ておきたい、という中学生を対象にした、この学園の見学会、ですよね?」


 この学園の見学会は、五月に一回。九月に一回、十一月に一回、そして、一月に一回の、年四回だったかな?


 見学と言っても、見るのは校舎内とか、それ以外の建物、部活動くらいだけど。

 特色を知りたい、と言う人たちは、大体が、学園祭や体育祭を見に来ている。


 五月と九月は、そこまで人数は多くないけど、十二月と一月は、反対に多くなるそう。

 まあ、大体志望校を決める時期でもあるしね。あまりに遅すぎると、勉強が間に合わない、みたいな状況になる。

 だから、決める人は、大体九月に決めてしまうみたいです、この学園を志望する人は。

 早いか遅いかは、わからないけど。


「実は、と言うか何と言うか……見学会には、色々な人が来るだろ? 中学生にその保護者と。色々」

「そうですね」

「で、だ。まずは、講堂で説明をするだろ? この学園」

「あー、そう言えばそうですね」

「そこで、壇上に立って説明する生徒が一人、毎年いる」

「はい。去年とか、五月と九月は、たしか、生徒会長がやっていましたよね?」

「ああ。今回もその予定だったんだが……」

「だが?」

「……学園長が、『依桜君にやらせましょう!』とか、急に言い出してな……」

「ええ!? ぼ、ボクまだ一年生ですよ!? 十二月以降の行事とか、ほとんど知らないんですけど……」


 そもそも、一年生にやらせるようなことじゃないよね? そう言うのって、普通は二年生か三年生だと思うんだけど。

 ボク、今年入学した一年生だから、何を言えばいいのかわからないんだけど。


「それに、生徒会長も納得しないんじゃないですか?」


 生徒会長の仕事なわけだし……。


「いや、権蔵院は納得してる」

「なんでですか!?」

「いやだって……この学園で一番有名なの、お前だし。そもそも、対外的にも有名だしな、お前」

「た、たしかに、変に広まっちゃってますけど……」

「それに、今年の倍率が高いってのは、お前も知ってるよな?」

「女委に聞きましたけど……」


 具体的な数字は聞いてないけど。


「なら、いいか。で、だ。志望者が増えたのは、間違いなく、お前が原因だ」

「それ、未果たちにも言われたんですけど……本当、なんですか?」

「マジだ。要約すると『めっちゃ可愛い先輩がいる学園に通いたい!』ってところだろ」

「ふ、不純すぎませんか?」


 少なくとも、可愛いかどうかは別として。

 ……否定するのもちょっと疲れた。


「まあ、今時の奴なんてそんなもんなんじゃないか? ちなみに、男女両方とも、大体がその理由だ」

「……日本、大丈夫なんですかね?」

「大丈夫じゃないな。ま、この辺りは、この学園だけでなく、周辺の高校も倍率が高くなるそうだ」

「この学園ならまだしも、どうして周辺の高校も?」

「この学園は、それなりの偏差値だろ?」

「まあ、そうですね。やっている行事の中身は、割と頭が悪いような気がしますが」


 体育祭とかね。


「まあ、そうだな。それに比べると、周辺にある高校は、何と言うか……平均的で、中には、平均よりも低め、と言う学校もある。だから、比較的入りやすいわけだな」

「そう、ですね?」


 それが一体、倍率が高くなることと、何の関係があるんだろう?


「まあ、つまりだな……たとえ、この学園に入れなくても、登下校中のお前を目撃できるチャンスがある! と考えているわけだな」

「そんな理由ですか!?」


 もうちょっと真面目に考えようよ、中学生さん!

 ボクなんかを見るためだけに、人生棒に振ってるようなものだからね、それ!


「そんな理由なんだよ……。これには正直、教師側も頭を悩ませていてな」


 そう言う戸隠先生は、少し頭が痛そうな顔をしていた。

 そ、そうなんだ……。


「そ、その……申し訳ないです……」

「いや、いいんだ。お前が悪いわけじゃない。……まあ、頭を悩ませてるのは、教師側ってだけで、学園長は喜んでいたんだがな……」

「学園長先生、ですもんね……」


 あの人は喜ぶと思うよ。

 だって、学園を経営している人だもん。人が来るのはありがたいことだからね。少なくとも、経営難にならないと思うもん。


「学園長が言うには『依桜君が出てくれれば、来た中学生は必ず志望するはず!』らしいんだ」

「……さ、さすがに言いすぎな気が……」

「……私もそう思わないでもないんだが……お前がこの三ヶ月にやっていたことを考えると、否定ができなくてな」

「すみません」


 思わず謝っていた。


 ……ボクとしても、この三ヶ月間、色々と問題を引き起こしてるから、否定できない……。むしろ、迷惑をかけているんじゃないか、とさえ思っている節がある。


「いや、いいんだ。お前も、予期せぬ状況だったんだろう。まあ、それはいいとして……どうする? 嫌なら、嫌だと言っておくぞ」

「……とりあえず、放課後にでも、学園長室に行ってきますよ」

「そうか。わかった。こっちから言っておこう。それじゃ、もう行っていいぞ」

「はい」


 はぁ……あの人、何を考えてるのかよくわからないよ。



 というわけで、放課後。

 ボクは、朝言った通り、学園長室に来ていた。


「例の件かしら?」

「そうです。どうして、ボクなんですか?」

「どうしてって……可愛いから?」

「……本気ですか?」

「もちろん」

「……はぁ」


 きらきらとした目で言われても……。


 ボクが見学会の方に出たとしても、あまり意味はないような気がするんだけどね。

 だって、入学したばかりの人に説明をされても、あまり興味は引かないような気がするし……。そもそも、可愛いから、と言う理由でやらせようとしてるのも、おかしな話だと思うんだけど。


「だって、依桜君が有名になったおかげで、この学園を志望している人が増えたからね。だったら、依桜君にやってもらえば、確実ってものよ」

「だったら、の意味がわからないです」

「だったらは、だったらよ。美少女が説明とかしてくれたら、思春期の中学生のハートを鷲掴み! 視線は釘付け! なら、志望するしかない! ということになるじゃん?」

「なりませんよ」


 人の容姿で志望校を決めるなんて、おかしすぎるよ。

 そもそも、人生の転機になりうる選択なのに、そんなことで選んで棒に振っても、ボクは責任を取れないよ? ……まあ、この学園は進路の実績とかもあるけど。


 でも、戸隠先生が言ったように、周辺の学校に進学しようとしている人も出てくるって言ってたし……そうなると、さすがに色々とまずいような気がする。


「でも、依桜君にも後輩ができるんだよ? 使い勝手のいい」

「人を物みたいに言わないでください! それに、後輩ができるのはいいですけど、ボクの場合は、部活にも委員会にも所属していないので、あまり接点ないですよ。あっても、学園行事くらいです」


 林間学校とか。


「まあ、さっきのは冗談だとして。……でも、後輩ができるってよくない? 少なくとも、依桜君はちやほやされると思うよ?」

「あんまり、ちやほやされても嬉しくないです。ボク自身は可愛いとは思ってないですけど、ほとんどの人は容姿で判断してるですよね?」

「否定はできないわね。でも、この学園の生徒の大半は、依桜君が優しくて家庭的だから、って言う理由の子もいるわよ?」

「それはそれです。優しい……かどうかはわかりません。それに、家庭的と言いますけど、普通に好きだから家事をしているだけですよ」

「……今の若い子は、家事なんてほとんどしないけどね。大体、親に任せっきりよ。よく、『女性って料理ができるイメージがある』なんて、勝手な想像している男性が良くいるけど、できない人って割と多いのよね。レトルト、レベル高いから」

「そ、そうなんですね」


 ……ボク、そんな想像していないんだけど。

 だって、できない人はできないし、できる人はできるもん。

 ボクだって、最初は料理とかできなかったし。練習で今くらいに持っていただけだからね。家庭料理くらいだけど。


「でも、今時珍しいくらい、依桜君って家事出来るじゃない?」

「まあ……家でよくやってますから」

「それよ」

「それ?」

「男性って言うのは、割と理想が高い生き物なのよ。簡単に言うと、美人で、優しくて、スタイルが良くて、家事ができて、可愛いような女性を求めてるのよ」

「……さ、さすがにそれは理想が高すぎる気が……」

「そう。理想が高いのよ。でもね、依桜君は当てはまっちゃってるのよ」

「さ、さすがにいくつかは外れてますよ」


 別に可愛くはないし、スタイルもいいかはわからないし……家事は、できるけど。

 それにしても、美人と可愛いって同じじゃないの?


「まっさか。だって依桜君。美人だし、誰にでも優しいし、スタイルも抜群だし、家事も完璧。そして、恥ずかしがったり、お化けが苦手と、かなり女の子らしくて可愛い部分もあるじゃない? ほら、理想にぴったり」

「そ、そんなことはないですよ」

「……不思議ね。本気でそう思っているせいで、全然嫌味に感じないのよね……やっぱり、元々男の娘だったからかしら?」

「ボク自身、あんまり恋愛事に興味がありませんでしたし……」


 ボクの場合は、友達がいればいい、みたいな考え方だもん。

 ……それに、男の時だったらまだ考えたかもしれないけど、今は女の子。恋愛をしようと考えても、ちょっと困るからね。


「そっかぁ。……これは、落とそうとしている人たちは大変ね」

「何か言いましたか?」

「いえ、何でもないわ。……それで、やってくれないかしら?」

「ボク、人前に立って話すのって苦手なんですよね……」


 だと言うのに、人前に出させられることが多いボク。


 異世界では、勇者として演説を! と言われて、リーゲル王国にいる人全員が集まった広場で演説をさせられたり、こっちに戻ってからは、ミス・ミスターコンテストに出場して、大勢の人が見ている前でテロリストを撃退したり、次の日には、ボク個人のイベント事をやらされたり……本当に、人前に出されることが多くなった。


 ボクは目立ちたくなくて、裏方作業が好きなのに……。

 なぜか、みんなボクを目立たせようとして来るんだもん。酷い話だよ……。


「そう? 傍から見てる分には、結構堂々としているように見えるけど?」

「……心臓はバクバクですよ。すっごく緊張してるんですよ?」

「まあ、ほんのり頬が赤くなってた気がするしね」

「……あれでも、緊張を押し殺してるんですよ」


 恥ずかしい姿は見せられないもん。


「なら、いいじゃない」

「あれ、ボクの話聞いてました?」

「大丈夫よ。ただ、中学生にこの学園のことを説明して、学園を案内するだけなんだから」「それが大変なんですよ!」

「まあまあ。今のうちにこう言うのになれていた方が、社会に出ても苦労しないわよー?」

「そ、そうかもしれないですけど……」

「というか、誰もやりたがらないのよ! 生徒会長の権蔵院君は受験の方に専念したい! って言うし、他の生徒会メンバーに声をかけても断られるし……まあ、生徒会選挙も近いし、仕方ないんだけど……。でも、誰もいない、って言うのは問題じゃない?」

「見学会ですからね」


 一応、志望者を確保するため、と言う意味でもある行事だから、大事なのは当然のこと。


 そう言えば、生徒会選挙も近いんだっけ。

 だから、誰もやろうとしないんだね。


 ……うーん、さすがに、誰もやる人がいない、と言うのはあれだよね……一応、ボクが通っている学園なわけだし……でも、不純なんだよね……。


 だから、迷うと言うか……。


「できれば、依桜君にやってもらいたいのよね……。だって、他に頼めそうな人がいないんだもの」

「……ボクの友達とかではダメなんですか? 晶とか、未果とか……」

「正直に言うと、今回の見学会の申し込みを見ている限りだと、男子中学生の方が多くてね。男子生徒を説明とかに回しても、逆に聞いてくれなさそうでね」

「……普通は、そんなことありえないと思うんですが」

「ありえちゃうのが、この学園」

「……納得です」


 そもそも、学園に在籍する生徒や先生たちがおかしいもん。それが、体育祭でよくわかったからね。本当に酷い。


「教師がやる、って言う案もあるのだけど……それだとつまらないからね」

「つ、つまらないって……」

「それに、生徒の方が、中学生の子たちも安心するでしょ? 先生が話しちゃうと、どうにも事務的になるし、緊張しちゃうしで」

「まあ、わからないでもないですね」

「でしょう? だから、お願い! 見学会の方やってくれないかしら?」


 両手を合わせてお願いしてくる。


 ……う、うーん。ボク個人としては、引き受けてもいいかもしれないけど……学園長先生には色々と酷い目に遭わされてることを考えると……微妙なところ。


 でも、それだと準備とかしてくれている人たちに申し訳ないし……はぁ。


「……わかりました。引き受けます」

「ありがとう、依桜君! いやぁ、引き受けてくれてよかったわよ。一応、ご褒美の方も用意しておくから、お願いね」


 というわけで、ボクが見学会に出ることが決まってしまった。


 ……何事もないといいんだけどね。

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