第143話 学園見学会 中

 翌日。


 今日は金曜日で、明日の準備があるそう。

 と言っても、ボクの場合は特にやることはなく、ちょっとしたリハーサルをするくらい。

 準備は放課後だけど。


「お、そういや依桜、お前、明日の見学会に出るんだってな」


 昼休み。みんなでお昼を食べていると、態徒が明日のことを言ってきた。


「……頼まれちゃってね」

「見学会の説明を一年生に頼むって言うのも、なかなか変な話よね」

「んー、でも、入ったばかりの人の方が、新鮮な感想とか言ってもらえるんじゃないかな? だって、歳も一つしか変わらないわけだしねー」

「そうかもしれないが……依桜、大丈夫か?」

「う、うーん、正直何とも言えない……」


 そもそも、本当かどうかはともかく、ボク目当て? で志望している中学生が多いって聞くし……だから、ボクが出て大丈夫なのかな、っていう気持ちはある。


「下手なことにはならないでしょうけど。依桜だし、変な不良とかに絡まれても、十分撃退可能でしょ?」

「いや、そもそも、この学園を受ける以上、不良の人はいないと思うけど……」


 佐々木君みたいな人はある意味、例外と言えば例外だけど。


 ……そう言えば、風の噂だと、今まであんなに荒々しかったのに、今ではすっかり大人しくなっているのだとか。


 ……その時点で、どれだけ大変な目に遭ったのか、想像に難くないね。

 あの世界、割と理不尽だもん。


「いやいや、もしかしたらよ、依桜を無理矢理彼女に! って奴がいるかもしれないぜ?」

「あはは、まさか」


 いるわけないよ。ボクなんかを彼女にしたいと思う人なんて。


「……いや、いると思うな、俺は」

「え?」

「依桜は、外見だけ見れば、か弱い女の子、って感じだからな。あまり強そうには見えない。それどころか、荒事とは無縁と思われてそうだ」

「まあ、わたしたちはよく知ってるからねぇ。結局、体育祭のアスレチック鬼ごっこでの依桜君の動きは、ゲームの不具合、ってことで片付けられちゃってるしね」

「あれ、そうだったの?」

「うん。あれ、依桜君知らなかった?」

「うん」


 そうだったんだ。


 あ、だからみんな何も言わなかったんだ。

 ……でも、不具合、ってことになると、ボクがずるして勝った、みたいに広まったりしないかな……?


「あ、安心してね、依桜君。誰も、ずるって思ってないから」

「そうなの?」

「うん。天使ちゃんは幸運にも恵まれている、ってことになってるから」

「……そ、そうなんだ」


 幸運って……。た、たしかに、7777っていう、頭のおかしい数字を持ってるけど……あれは、幸運と言うより、不運だもん。


「まあでも、幸運に思えるのは周囲の人で、依桜自身は不運だけどね」

「……ほんとにね」


 たった三ヶ月で、本当に色々あったし。

 どれもこれも、記憶から一生消えないようなものばかり。


 学生時代のあれこれは、どんなものでもいい思い出、なんて言うのかもしれないけど、高校生の時に、性転換する、なんてことを経験したのは、世界広しと言えども、ボクだけなんじゃないかな。


 そもそも、異世界に行くって言うこと自体があれだけど。

 ……そう言えば、異世界の人がこっちに来てる、っていう件はどうなったんだろう?


「見学会に来るのは中学生だけなんでしょ? なら、そう大きなことになることはないでしょ」

「だといいんだけどね……」

「つか、そうほいほいと大事に巻き込まれるのも、勘弁だわな。実際、それで風邪引いて休んだわけだしな」

「……あはは」


 ……風邪を引いた日のことは、できれば思い出しくないところです。

 恥ずかしい姿を見られたから。

 ……まあ、母さんとかがいなかっただけマシと思うことにしよう。うん。


「頑張ってね、依桜君」

「……うん。頑張るよ」



「おはよう、依桜君」

「おはようございます、学園長先生」


 翌日の朝、家の前には車に乗った学園長先生がいた。


 無理に頼んだので、送り迎えはさせて、と言われたので、ここは厚意に甘えることにした。

 ……ボクの場合、車よりも速く移動できるから、あまり意味がないように感じるけど。


 そう言う行為は、目立つからしないけどね。……よほどのことがない限り。


「さ、乗って」

「よろしくお願いします」


 一言言ってから、学園長先生の車に乗り込んだ。



 教師用の門から学園に入り、校舎へ移動。


 道中、ちらほらと学園に向かう中学生を見かけた。

 その中学生たちは、いろんな表情をしていた。


 学園がどんなところかと、楽しみな表情をしている人。もしかしたら怖いところかも、と緊張した面持ちの人。人に言われて仕方なく、と言った表情の人もいた。


 それを見て、なんとなく安心したんだけど……あくまで、これらの表情をしていたのは一部で、他の人は何と言うか……邪? な感情を抱いているように見えた。


 よくわからない表情をしていたから、つい、『気配感知』を使ったら、邪な何かが出ていた。

 なんでだろう? と思いつつ、ボクは準備へ。


「さて、私は一旦職員室に行ってくる」

「あ、わかりました。それで、ボクはどこに行けば?」

「んー、とりあえず、少しだけ時間もあるし、中学生の様子を見に行っててもいいわよ。その際、気配を消すことは忘れずにね」

「そうですね。学園生がいたら緊張しちゃいますもんね」

「……一昨日言ったはずなのだけどね」

「? 何か言いました?」

「何でもないわ。それじゃ、十時になる十分前には講堂の舞台裏に来てね」

「はい」


 そこでボクと学園長先生は別れた。

 うーん、なら、どんな人が来たのか気になるし、見に行ってみようかな。



 正門近くに来て、『気配遮断』と『消音』を使用。

 この世界にの人たちには、『消音』はあまりいらないんだけど、念には念を入れて、ね。

 暗殺者時代の体の動きは、体に染みついているので、最短最速で近づく。


『ようこそ、叡董学園へ。ここをまっすぐ進むと講堂がありますので、そちらへ行き、受付の方をお願いします』


 と、案内役の先生が来校した中学生とその保護者の人たちに声をかけていた。


 ……よくよく考えたら、講堂があるってすごいことなんじゃないかな?

 だって、他の高校の見学に行ったら、大体体育館だったし。

 そう考えると……朝礼などでのみ使用する場所って言うのも珍しいね。


 さて、中学生は……。


「ボクも、あんな感じだったなぁ」


 緊張した面持ちの人や、友達と話している人など、やっぱり色々な人がいた。

 それを見て、ついつい懐かしい気持ちになった。


 多分だけど、高校に来るのは今回が初めて、って言う人もいるのかも。

 わりと、遅い時期に決める人もいないわけじゃないから。


 そう言えば、ボクは第一志望をここにしてたけど……理由は、近いからと言うのと、楽しそうだったから、っていう理由。

 それに、進路もよさそうだった、と言うのもあるかな。


 んー……それにしても、保護者の人は父親の方が多い?


 こう言うのって、どちらかと言えば母親が来ることの方が多いような気がするんだけど……珍しいこともあるんだね。


 男女比は、大体同じくらいかな? 男子の方が少し多いくらいに見える。

 それにしても、結構いるなぁ……。

 うぅ、緊張してきた……。


「そろそろ行こうかな」


 時計を見れば、時間もいいころだったので、講堂に向かうことにした。



「学園長先生」

「来たね。とりあえず、昨日のリハーサルの通り、台本のことを言ってね。まあ、アドリブを加えてもいいから」

「は、はい」

「それと、司会進行はミオにしているから、安心してね」

「……え、安心できないです」

「ミオ、信頼されてないわね」


 だって、師匠って敬語とか話さないんだもん。

 師匠からすればこっちの人はみんな年下だから、仕方ないのかもしれないけど。

 それだとしても、問題はあるような気がする。


「まあまあ、ちゃんと敬語で進めるように言ってあるから、安心して。それに、ミオは司会進行だけだから。終わったら、そのまま私と街に繰り出すことになってるのよ」


 ……お酒だね、これ。


 そもそも、休日だと言うのに師匠が学園に来て、しかも嫌いな敬語を使ってまでやるということは、十中八九お酒に釣られたんだろうね。

 だって、無類のお酒好きだもん。


「緊張してる?」

「あ、当たり前ですよ」

「まあまあ、相手は中学生。あんまり気を張らなくてもいいと思うわよ。リラックスリラックス」

「そ、そうですね」

「うんうん。それじゃ、そろそろ始まるみたいだから、ミオの紹介が入ったら、中心に言って」

「わ、わかりました。頑張りますっ」


「それでは、時間になりましたので、見学会を始めさせていただきます。まずは、当学園の見学会に来てくださり、誠にありがとうございます」


 す、すごい、師匠が完璧な敬語を……!

 いつもは、決して使わないはずなのに、敬語を使うなんて……それだけ、お酒が飲みたいってことなのかな、これ。

 ……ありそうだなぁ。


「本日の司会進行を務めさせていただきます、ミオ・ヴェリルです。よろしくお願いします」


 さ、さすが、伝説の暗殺者……。演技はやっぱり、お手の物なのかな。

 表情は見えないけど、少なくともかなり柔らかい声音。ということは、今の師匠は笑顔なのかも。

 耳を澄ますと、


『す、すげぇ、この学園、すっごい美人な先生がいるんだ』

『かっこいい……』

『外国人なのかな? 日本語上手……』


 と、師匠に対して見惚れているような反応が窺えた。

 師匠、普段の言動や行動はあれだけど、綺麗だもんね。

 実際、昔はモテてた、って言ってたし。


「それでは、当校の生徒である、男女依桜さんに学園の説明をしてもらいます」


 で、出番だ。

 が、頑張ろう。


 緊張で少し硬い動きになってしまったけど、舞台袖から出て、マイクのある中央へ。


 すると、席の方からざわめきが起こった。


 ……あ、あれ、ボク何かおかしい?

 内心、ちょっと焦りつつも、柔らかい笑顔を浮かべる。

 ……暗殺者の必須技能に助けられた。


「それでは、よろしくお願いします」


 マイクの前に立つのを見計らい、師匠がそう言った。

 そのまま、師匠は端の方にはける。


「中学生のみなさん、こんにちは。ボ――私は、男女依桜と言います。今日は、この学園の説明をさせてもらいます。……私は、まだ一年生ですので、もしかすると、説明がわかりにくい、と言ったことがあるかもしれませんが、大目に見ていただけると嬉しいです。それでは、よろしくお願いします」


 危うく『ボク』と言いかけるところだったけど、すぐに『私』と言いなおす。


 うーん、さすがに、この外見で、こう言った公の場で『ボク』って言うのは変だと思うしね。

 だから、『私』って言うようにしたんだけど……う、うーん、違和感。

 前も一度、『私』って言ったことあったけど、あれは女委に頼まれて、って言う理由だったから、自発的に言ったわけじゃないんだよね。

 でも、今回は自発的に。


 学園案内の時は、ボクにしよう。


「まずは、この学園の校風ですね。この学園は、自由を重んじ、生徒の自主性を尊重しています。ですので、染髪、ピアスなども許可されています。それから、授業中以外であれば、ゲーム機を持ち込んで遊んだりすることも、許可されています」


 この部分は、本当にすごいと思うよ。


 だって、休み時間や昼休みには、ゲームをしてる人も多いし。

 それに、女委だって髪を染めてるからね。当然、校則で認められてるからです。


 この話には、中学生の人たちも、興味津々みたいだね。


 ……妙に熱っぽい視線が多いのは気になるけど。あと、頬を赤くしている人が多いのも気になるけど。


「それから、バイクや原動機付自転車の免許に関しても、学園側から許可をもらえれば、取得は可能ですので、もしも、遠くから来る、と言う方は取得してもいいかもしれませんね」


 と言う風に、明るく、笑顔で話すように心がけると、静かに聞いてくれた。

 内心、すごくほっとしてます。


「それでは、次ですね。次は、私が思ったことを言えばいい、と言われているので、軽く私の思ったことを言わせてもらいますね。まず、最初に言えることは、この学園での高校生活は退屈しないです。行事は豊富で、先生方も面白い方が多く、とても過ごしやすい学園です。環境・設備も充実しており、将来どういったことがしたいか、ということについても学ぶことができます」


 台本通りに言えばいい、と言っていた人が、


『依桜君が思ったことを言ってね』


 と言ってきたので、本当に思うことを言うようにした。


「とりあえずは、行事の話をしましょうか。環境や設備を話しても、ピンと来ない部分もありますので、そちらは学園案内の際にさせてもらいますね。それで、行事ですね。そうですね……高校生にとって、一番馴染み深い、学園祭と体育祭の話をしましょう」


 と、この後は、特に何の問題もなく説明が続き、


「――と、以上で学園の説明を終わりにします。ご清聴ありがとうございました」


 最後に一礼をして、ボクは舞台袖にはけていった。

 その際、大きな拍手が講堂内に響いていた。


「それでは、続いて学園見学の注意点を説明します――」

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