第144話 学園見学会 下
「はぁぁぁ~~~……き、緊張したぁ……」
「お疲れ様、依桜君。はい、お茶」
「ありがとうございます」
学園長先生からお茶を受け取り、両手で持ってこくこくと喉を鳴らしながら飲む。
ペットボトルから、口を話してほっと一息。
「……女の子してるわねぇ」
「ふえ!?」
学園長先生の突然の言葉に、思わず変な声を出してしまった。
「男の子って、そうやって飲まないしねぇ。やっぱり、精神面も変わってきてるわねぇ」
「そ、そうなんでしょうか……?」
「そうね。ちょくちょく、その片鱗……あ、いや、ちょくちょくじゃないわね。しょっちゅう出てるわよー」
「そ、そうだったんですね……」
うぅ、やっぱり違和感を感じなくなってきてるよぉ。
……もう二度と戻れないってわかっているのに、未練たらたらだよぉ。
受け入れないと、って言葉ではわかってるんだけどね……。
「さて、次は学園見学ね。寒いと思うけど、外に待機していてもらえるかしら?」
「大丈夫ですよ。日本の冬くらいの寒さは、ボクにとって、全然寒さじゃないですから」
「心強いわね。それじゃ、よろしくね」
「はい」
お茶を飲み干してから、ボクは裏口から外に出た。
一方、説明が終わった講堂内では、
『さっきの人、すげえ可愛かったんだけど!』
『だよなだよな! しかもあの人、前にネットで騒ぎになった人だよな!?』
『この学園にいる、って噂、ほんとだったんだ』
『入学できれば、あの人が先輩かぁ。やっべ、テンション上がってきた』
『彼氏とかいるのかな?』
『あんなに可愛い人なんだし、いるんじゃないのか?』
『だよなぁ』
と、中学生男子は、依桜の容姿に興奮していた。
一方、中学生女子はと言うと、
『さっきの人、可愛すぎ……』
『同じ日本人とは思えないくらい、可愛かったよね。しかも、銀髪碧眼だし』
『あれって、地なのかな?』
『そうなんじゃない? ハーフかもしれないよ』
『うぅ、でも、あんな人が先輩っていいよねぇ』
『わかる。私、学園祭の時に言ったんだけど、カッコよかったよ!』
『可愛い、じゃなくて、カッコイイ?』
『うん! 突発イベントだったんだけどね、襲撃してきたテロリストの人たちを全員倒しちゃったの! それでそれで、最後に『これでチェックメイトです』って言ったの!』
『『何それ、カッコイイ!』』
と、やはり依桜に対して興奮していた。
実際、今回の見学会に来た中学生の中には、学園祭と体育祭に来ている人もいた。
その時の依桜に惚れて志望した、という中学生も少なくない。むしろ多い。
もし、依桜が魔族で例えられるとしたら、間違いなく『サキュバス』だ。
と言っても、本人は性知識が圧倒的に欠如しているので、あれだが。
とにもかくにも、こうして本人のあずかり知らぬところで、年下を落としていった。
「それでは、見学の方も、ボクが案内を務めさせてもらいますね」
と、学園見学に参加する人が集まったところで、そう言うと、どよめきが起きた。
『ぼ、ボクっ娘……?』
『み、見た目とのギャップが半端ない……』
『ボクっ娘っているんだ……』
あ、あれ? やっぱり、ボクって言うのって変、なのかな?
……で、でも、昔からこの一人称だったからなぁ。
「それでは、まずは講堂周辺にある建物から説明させていただきます」
少し動揺していることを表情に出さず、説明に移行した。
講堂周辺にあるのは、体育館、室内プール、柔剣道場、合宿場、ジム施設、食堂、温室の計七つ。
体育館、室内プール、柔剣道場、合宿場、食堂はよくあるかもしれないけど、ジム施設と温室はさすがになじみがないみたいで、ちょっとびっくりしていた。
「あちらに見えるのが、ジム施設です。主に、運動部が使用しています。例えば、雨が降ってグラウンドが使えなくなってしまった際などに、活用しますね」
中には、スポーツジム顔負けの器具が揃えられています。
ボクは、使ったことがないです。行く必要がなかったしね。
……まあ、今のボクだったら、全然苦に感じないと思うけど。
次に、場所を移して、温室。
「ここでは、主に環境委員や園芸部の人たちが草花を育てています。中には、野菜や果物を育てている区画もあります。色とりどりのお花を見ながら昼食を摂ったりする人もかなりいるんですよ」
たまに、ボクたちもここで食べていたりする。
冬場は、あったかくてちょうどいいんだよね、ここ。
年中草花を育ててるからね。気温は暖かめで設定されている。
そう言えば、温室って道路に面した位置にあるから、ちょっと騒音がしたり……と言っても、あんまり気にするレベルじゃないけど。
「それでは、何か質問はありますか? 別に、案内したところだけでなく、学園に関することや個人的なことでもいいですよ」
と言うと、バババッ! と手が上がった。
お、多いなぁ……。
「え、えっと、じゃあ……そこの男の子」
『はい! えっと、男女先輩って、恋人とかいるんですか?』
「ふぇっ!? いや、あの、恋人はいない、ですよ」
思わぬ質問に驚きつつも、しっかりと回答。
『じゃ、じゃあ、理想のタイプは?』
「え、あ、そ、その……な、中身で判断してくれる人、でしょうか」
と言うと、中学生男子のみんなが、小さくガッツポーズをしていた。
な、なんで?
「そ、それじゃあ、他に質問はありますか?」
またしても、かなりの手が上がる。
「じゃ、じゃあ、そちらの女の子」
『男女先輩の好きなものって何ですか?』
なんで、ボクに関する質問ばかりなの?
……まあ、質問されたからには、ちゃんと答えるけど。
「うーんと、そうですね……やっぱり、平穏、ですね」
『『『平穏?』』』
「……ちょっと、昔から色々なことに巻き込まれやすくて。なので、やっぱり、平穏が一番ですよ」
ここ最近、平穏に過ごせた日があんまりないもん。
「そ、それで、他に質問はありますか? えっと、ボクの質問ばかりじゃなくて、できれば学園に関することを――」
と、ボクが言いかけた時だった。
『居眠り運転だ!』
そんな焦りが色濃く浮かんだ叫びが聞こえた。
急いで『気配感知』を使って周囲を確認すると、こちらに向かって猛スピードで移動している気配があった。
って、悠長に考えている場合じゃなくて!
「みなさん、急いで校舎側に逃げてください!」
ボクがそう言うと、中学生及び、保護者の人たちが慌てて校舎側の方へ駆け出して行った。
スピードを考えると、学園のフェンスに突っ込むと思うから、そこで少しはスピードが落ちると考えての指示。
それに、距離はまだ十分にある。
だから、間違っても当たることはない、と思っていたら、
「きゃあ!」
なんと、一人の女の子がその場に転んでしまった。しかも、足を痛めてしまったのか、右足首を抑えていた。
道路側を見れば、暴走した車はこちらに向かっている。
今から起き上がったのでは、間に合わない。
そう考えたボクは、
「ちょっと、しつれいしますねっ」
「ひゃっ」
倒れた女の子に駆け寄り、腰と膝に手を回して抱きかかえる。
ガシャンッ!
と言う大きな音を立てながら、車がこっちに近づいてくる。
女の子は、ぶつかると思い、目をぎゅっと瞑る。
車がぶつかる寸前で、ボクは大きく跳躍して、くるりと一回転し着地。
回避したすぐあと、
ドガシャーーンッッ!
という車がぶつかる音が聞こえてきた。
音がした方を見れば、車は渡り廊下の柱にぶつかって完全に止まっていた。
「はぁ……危なかったぁ。あ、大丈夫?」
「は、はぃ……」
「どこか、痛いところとかはない?」
「だ、だだだ、大丈夫ですっ!」
「そっか、よかったぁ……あ、抱っこしたままでごめんね! すぐに降ろすね」
「い、いえ、ありがとうございました……」
女の子に謝りながら、地面に降ろす。
降ろしてから、車が来た方向を見ると、見事にフェンスが破られていた。
うーん、普通に突っ込んできたら、中に入ることはないはずなんだけど……それこそ、ジャンプ台になりそうなものがないと……。
と、そう思いながら、外を見ていると、何やら、ジャンプ台になりそうなものがあった。
と言うより、坂道、なんだけど。結構急な坂で、かなりのスピードを出していれば、車一台が跳ぶことなんて容易なくらいのものが。
……なるほど、小川を避けるための坂で。
はぁ……普通に運転していれば、大丈夫だったのに。
居眠り運転だなんて……。
あ、そんなことよりも、他の人の安全確認をしないと。
「みなさん、どこかお怪我はありませんか!?」
と、ボクが尋ねると、何も反応はなかった。
どうやら、怪我をした人などはいなかったみたい。よかったぁ……。
「どうしたの!? 何か、すごい音がした……って、何があったの!?」
ここで学園長先生が慌てた様子でこちらに来た。
渡り廊下の柱にぶつかって止まっている車を見て、学園長先生が驚きの声を上げていた。
「実は――」
軽く事情を説明。
「なるほどね。……まったく、居眠り運転だなんて……。それで? 中の人は無事?」
「多少の怪我はあるでしょうけど、命にかかわるようなものはないと思いますよ」
少なくとも、『気配感知』で確認した限りでは、反応が弱まっているなんてことはないから。
「そ。それなら、色々と請求させてもらわないとねぇ?」
そう言う学園長先生は、すっごく黒い笑みを浮かべていた。
……居眠り運転だったので、自業自得ですね。運転手さん。
「それから、中学生や保護者の人たちに怪我は?」
「そこにいる女の子以外は、みんな無事です。どうも、足を捻ったらしく」
「あら、それは大変ね。……仕方ないけど、今日はここでお開きにしたほうがよさそうね」
「そうですね」
「えー、思わぬアクシデントが発生してしまいましたので、本日の見学会は、勝手ではありますが、ここで終わりにさせていただきます!」
まさかの事態によって、見学会はお開きとなった。
その後、依桜が助けた少女は、学園の保健室で治療を受けてから、帰された。
そんな少女はと言うと……
「……か、かっこよすぎるよ、あんなの……」
依桜に惚れていた。
そして、他の中学生たちも、反応は様々だった。
『居眠り運転とか、マジやばくなった?』
『それな。あんなことマジであるのな』
『でもよ、さっきの、男女先輩、すごくなかったか?』
『すごいってレベルじゃなくね? 一人一人抱えて車を紙一重で避けてたよな?』
『……あんなん、惚れるな、って方が無理だろ』
男子はこんな反応だ。
依桜の異常な身体能力の一端を見て、興奮していた。
それと同時に、
『……で、見たか?』
『ああ、見た見た』
『当然』
『『『おっぱい、めっちゃ揺れてた!』』』
依桜が回避する時に、大きく揺れた胸もバッチリ見ていた。
思春期男子はすごい。
それから、女子はと言うと、
『男女先輩がかっこよすぎる!』
『ねー! 可愛いのに、カッコイイって……最高すぎ……』
『何としてでも、合格しないと……』
『同性なのに、すっごくドキッとしたわ』
『わかるわかる! あれで惚れるな、って言う方が無理よね』
『……正直、男子なんかよりよっぽどカッコよかった。男女先輩みたいな人と付き合いたいなぁ』
『『わかる』』
こんな感じである。
とまあ、こんな感じに、人知れず落としていく依桜である。
ここまで来ると、もはや才能だ。しかも、本人はこのことを全く知らないという条件付きだ。
さすがの一言である。
その後、見学会に来た中学生たちによって、依桜はさらに有名になるのだった。
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