第388話 転校生(知った顔)

 職業体験が終わり、新しい週。


 気が付けば、六月も中旬。


 六月と言えば、あまりぱっとしないイメージがあるんだよね、ボクの中では。


 梅雨は洗濯がなかなかできないし、じめじめしてるしであまりいいことはない。


 人によっては、祝日がない、って言う理由で嫌いだったんじゃないかな? 今は、六月にも祝日があるけど。


 そんな六月だけど、最近のボクは少し好きになりつつあります。


 何せ、一番刺激がない月だと思っているから。


 ボクにとって、刺激は不要なのです。


 欲しいのは平穏。それを壊してしまうような、普通じゃないことは、今のボクには不必要。

 できれば、平穏に、普通に過ごしたいものです。


 そう、思っていたんです。この時までは。



 いつも通りに朝起きて、いつも通りにお弁当を作って、いつも通りにみんなで登校。


 道中、メルたちがきゃっきゃとしている光景は、ボクにとって最大の癒しであり、最大の目の保養でした。


 本当に可愛すぎて、ボクは死んでしまいそうです。


 そうして、いつも通りに学園に到着し、自分のクラスへ行くと、いつも通りに未果と晶が先に来ていた。


 しかも、珍しいことに今日は態徒と女委も来ていた。


「おはよー。珍しいね、こんな時間に態徒と女委が来てるなんて」

「いやー、ちょっと今日はいいことがあってねー」

「いいこと?」

「おうよ! 知ってるか? 依桜。今日ってよ、転校生が来るんだぜ?」

「あ、そうなんだ。珍しいね、こんな時期に転校生だなんて」


 そもそも、この学園に転校してくる人っていないと思っていたんだけど……いるんだ、そう言う人。


 でも、転校生……転校生かぁ。


「その人って、どんな人かわかるの?」

「ん? 依桜も気になるのか?」

「それなりにはね。でも、そこまでって言うほど気になるわけじゃないよ」


 人並み程度だと思うな。


 転校生が来る、何て言う話を聞けば、少なからず、多少は気になるもん。


 ボクとしても、気にはなる。


「なんでも、学年は二年生で、聞いた話によると、超美少女らしいわよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、廊下ですれ違っていた男子の人たちが、念仏を唱えるようにぶつぶつと願い事を言っていたのって……」

「多分、その件だろうねぇ。いやー、どういう人が来るのかねー」

「予想しようぜ」

「急になんだ?」

「予想って何を予想するの?」

「ズバリ! その転校生が来るのは、このクラスである!」


 ビシッ! と決めて、態徒が自信満々にそう言った。

 すると、未果たち三人が、


「「「……十中八九このクラスだろうな(ね)」」」


 ボクを見ながらそんなことを言ってきた。

 その言葉の真意を知りたい。


「そんなことないと思うよ、ボクは。確率七分の一だよ? さすがに当たらないって」

「……なんでこう、依桜は自然にフラグを建てるのかしら」

「んー、まあ、ほら、特級フラグ建築士だからね。仕方ないね」

「……否定できないな」

「否定してよ!?」


 そんな不名誉な物になった覚えはないんだけど、ボク。

 みんなして酷いよ。


「ところでよ、先週はなんだかんだで初日しか話せなかったけどさ、お前ら、どうだったよ、職業体験」

「まあ、ボチボチね。でも、普通に楽しかったわよ。図書館って静かで好きだし。たまに変な人もいたけど」

「俺は、普通に忙しかったが楽しかったぞ。体を動かす仕事ってのもいいな」

「んー、わたしも楽しかったね! 自分のお店以外で働く飲食店って言うのも、なかなかよかったし。あとは、新しい人脈も得られたしね! 店長さんと仲良くなったぜ!」


 女委だけなんかおかしくない?

 明らかに目的が違っているというか……明らかに仕事以外のことで言ってるんだけど。


「オレも楽しかったな、ゲーセン。基本的に、クレーンゲームの景品の補充とか再配置がメインだったけどな。まあ、休憩時間は遊んでいいって言われたからちょこちょこ遊んでたぜ」

「へ~、みんな楽しんでたんだね」

「そう言う依桜はどうだったの? 小学校」

「うん、楽しかったよ。途中、誘拐された子とかいたけど、すぐに助けに行ったしね。あ、最終日はクラスの子がパーティーを開いてくれてね、お手紙とか色紙とか、あと花束をもらったよ……って、みんなどうしたの?」


 ボクの話を聞いていたみんなが、なぜか頭が痛そうな顔をしていた。


「……ほんっと、普通じゃないわね、依桜」

「てか、誘拐ってなんだ誘拐って。明らかにおかしくね?」

「さっすが依桜君。どうあがいても普通じゃないねぇ」

「むしろ、普通に過ごせたら、天変地異だと思うぞ」


 ……本当に、友達なんだよね? みんな。



 それから、みんなで楽しく職業体験の時のことを話したり、転校生の人がどんな感じなのかを予想したりと、平穏な朝を送りました。


 そうして、HRになり、席に着くと、戸隠先生が入ってきた。


「おーし、HR始めるぞー。えー、まず連絡事項だ。お前らも知っての通り、今日はこの学園に転校生が来る。ついでに言うと、その転校生の願いで、このクラスに来ることになった」

『『『おおー!』』』


 ……ボクのクラスだった。


 なんとなく未果たちを見ると、『それ見たことか』みたいな表情で、ボクを見ていた。


 そんな顔を向けないでぇ……。


『先生。どうして、そんな願いが通ったんですか?』

「ん? ああ、まあ……なんて言うかだな……この件に関しては、特別、というか、学園長が許可してな。理由については、まあ、見ればわかるか。おーい、入ってきてくれー」

「はーい!」


 ……あれ、なんだかすごく聞き覚えのある声のような……。


 というか、先週の土曜日に聞いたというか……ま、まさかね。


「みなさん初めまして! 御庭惠菜みにわえなです! これからよろしくお願いします!」

『『『( ゚д゚)』』』


 入ってきた思わぬ人物に、クラスのみんながポカーンとした。


 ボクはと言えば……何とも言えない気分になった。


 だって、だって……あれ、エナちゃんなんだもん!


 え!? なんでここにエナちゃんが!? 一体何があったの!?


 ……あ! そう言えば、早ければ十四日に、とか何とか言ってた気が……確か今日は十四日で……って、そういうこと!? もしかして、転校のあれこれ!?


『せ、先生。そ、その人ってまさか……』

「ああ、多分お察しの通りって奴だ。御庭は、アイドルだ。だよな?」

「はい! うち、エナって名前でアイドルやってます! あ、だからと言って、変に特別扱いとかしないでね! うち、悲しんじゃうので!」


 わー、すごく元気~……。


 可愛いけど、何だろう、この、ボクの平穏という名の生活がガラガラと音を立てて崩れていくような感じは……。


「あ! 依桜ちゃんに女委ちゃん、未果ちゃんも一週間振り! 来ちゃった!」


 ……学園長先生が許可した理由って、エナちゃんがアイドルで、尚且つ知り合いがこのクラスにいるから、みたいな理由だよね? これ。


 いいの? それ。


「あー、この御庭だが、男女、腐島、椎崎の三人と知り合いらしいんで、このクラスになった。アイドルだからな、変な輩に絡まれる危険性を考慮して、だそうだ。ついでに、こいつのマネージャーからも、『男女さんがいるクラスならOKです』だ、そうだ」


 マネージャーさん!? 一体何を言ってるんでしょうか!


 そんなことを言ったら、ボクが何らかの形でエナちゃんと関係を持ったっていうことがバレちゃいますよ!


『男女……? 一体、どういう関係なんだ……』

『女委ちゃんと未果ちゃんも知り合いみたいだし、何かあったのかな?』

『気になる……!』


 あぅぅ、なんかみんなひそひそ言ってるよぉ……!


「あー、知り合いは男女、腐島、椎崎の三人なんで……そうだな。まあ、男女が一番面倒見がいいし、性格がいいしな。おい、男女の右にいる奴か左にいる奴、どっちかずれろ。そこを御庭の席にする」

『あ、じゃあ、俺が移動します』

「お、偉いぞ吉田。というわけだ。御庭、お前はあそこな」

「はーい!」


 この学園の指定の制服(黒と赤が基調のタイプ)を着たエナちゃんが、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、ボクの左隣の席に座った。


「よろしくね! 依桜ちゃん!」

「あ、あははは……こ、こっちこそ、よろしくね、エナちゃん」


 まさか、このクラスにアイドルが転校してくるとは思いませんでした。



「というわけで、改めてよろしくね、晶君に態徒君!」

「ああ、よろしく」

「おう、よろしくな!」


 HR終了と同時に、ボクたちはエナちゃんと一緒にいた。

 アイドルだからなのか、みんなエナちゃんの所に来ようとしない。気後れしちゃってるのかも。


「それにしても、どうしてこの学園に?」

「えへへー、ほら、依桜ちゃんの知り合いのほとんどって、この学園だったりこの街に住んでるでしょ?」

「うん、そうだね」


 大多数はこの街にいるのはたしか。


「でも、うちってそこそこ遠い所に住んでてね。ちょっと、色々と厳しいなーと思って、じゃあ思い切って転校しよう! っていうことになったの!」

「な、なる、ほど?」


 いまいちわからないというか……色々と厳しいって何?


「そもそも、エナちゃんってどこに住んでたの?」

「んーとね、七津壬市だよ」

「え、ちょっと待って? 確かそこって、一つ隣の県じゃなかったかしら?」

「そうなの?」

「ええ。少なくとも、この街に近いとは言えないわね」


 ……本当になんで、そんな遠い所からわざわざこの学園に転校を?


「エナっちって、今はどこに暮らしてるの? 普通に考えて、結構遠いよね?」

「そだね。今は、一人暮らししてるよ! えっとー、駅の近くにマンションがあるよね?」

「たしか、この街で物理的にも値段的に、一番高いマンションだったよな?」

「そうそう! 今うち、そこで暮らしてるの! よかったら、今度遊びに来てね!」

「いいのか? 御庭って、アイドルじゃん? なのに、一般人を入れてもいいのか?」

「いいよいいよ! 依桜ちゃんのお友達だもん! 女委ちゃんと未果ちゃんは言うに及ばず、晶君と態徒君の二人のことは、依桜ちゃんが信頼してると思うしね! 大丈夫だよ!」


 エナちゃんがそう言うと、二人は若干照れたように、頬をポリポリと掻いた。


 正直、それを言われたボクとしてもちょっと気恥ずかしい……。


 エナちゃん、本当に元気いっぱいだよね。


「じゃあ、その内みんなで行こうぜー。わたしも、エナっちの家見てみたいし!」

「おいでおいで! 一人暮らしだから、いつでもウェルカムだよ!」


 アイドルの家って、どんな感じなんだろうね?


 やっぱり、衣装とか置いてあったりするのかな?


 ちょっと気になる。


「あ、家と言えば、依桜が今住んでる新居、行ったことなかったわね」

「新居?」

「ええ、実は依桜、妹が増えたから、って言う理由でゴールデンウイークに引っ越してるのよ。なんでも、三階建ての一軒家だとかで、大きいらしくてね」

「三階建て! すごいね! もしかして、お金持ちなの? 依桜ちゃんのお家って」

「そんなことはないよ。ボクのポケットマネーから出したもん」

「へぇ~……って、え? 依桜ちゃんってお金持ってるの? 家を買えるほどの」

「ま、まあ一応……」

「たしか……一億近いとか言ってなかったか? 依桜」

「そんなに!? 依桜ちゃんってお金持ちなんだ~。すごいね、属性てんこ盛りだよ!」

「「「「それはもう、異常なくらいに」」」」


 そこ、声をそろえて言うことかな……?


「じゃあ、今日とか遊びに行ってもいいかな?」

「もちろんいいよ。特にないし。なんだったら、みんなも来る?」

「それなら、お邪魔させてもらうわ。気になってたし」

「俺も、今の家は見たことがないから見たいな」

「わたしもー!」

「じゃあ、オレも」

「了解だよ。じゃあ、夜ご飯もごちそうするよ。せっかくだし」


 ボクがそう言うと、エナちゃん以外のみんながちょっと嬉しそうにした。


「わーい! 依桜君のご飯!」

「絶対行くわ」

「右に同じくだぜ!」

「依桜の料理は冗談抜きで美味いからな」

「依桜ちゃんの料理って、そんなに美味しいの?」

「「「「すごく」」」」

「むぅー、すっごく気になる! じゃあ、絶対行かないと! 今日は転校のためにオフにしてきたからね! 何が何でも行くよ!」

「あ、あはは」


 そこまでいいものじゃないと思うんだけど……。


 まあ、いいよね。


 それなら、今日は三階のバルコニー辺りで食べようかな。ちょうどいいし、活用しよう。


 楽しみになってきました。

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