第326話 保健委員の仕事

 バスケットボール、及びテニスの初戦が終了した後、種目に参加したであろう子たちが何人か救護テントにやってきた。


 とりあえず、今はボクと小倉先生しかいないので、二人だけで手当てに当たる。


「どうしたの?」

『こ、転んじゃって……ひざを……』


 そう言いながら、男の子は怪我した場所を見せる。


 転んで擦り剥いちゃったらしく、砂が付き、血が滲んでいた。


「あらら、痛かったね。それじゃあ、手当てしちゃうね」


 とりあえず、砂を水で流して……消毒。


「ちょっと染みるけど、我慢してね?」


 ガーゼに消毒液を染み込ませて、傷口に当てる。


 男の子は痛そうに手をぎゅっと握る。うん、痛いよね、消毒する時って。


 ボクなんて、腹部に剣が刺さった時とか、師匠に大量のお酒(度数がすごく高い)を掛けられて、悶絶してたもん。


「はい、これで大丈夫だよ」

『ありがとう、お姉ちゃん』

「うん、じゃあ、この後も頑張ってね」

『うん!』


 笑顔でそう言うと、男の子は顔を赤くしながらも、グラウンドの方に駆けて行った。


 うーん? なんで顔を赤くしたんだろう?


 まあ、大したことじゃない、よね?


「次の人―」


 そう言うと、今度は女の子……って、


「あれ? 巴ちゃん?」

「あ、依桜お姉さん……」

「巴ちゃんはどうしたの?」

「あの、ボールが腕に当たっちゃって、痛くて……」

「そっか。じゃあ、ちょっと見せてね」


 そう言いいながら、優しく手を取る。


 確かに、前腕部分に、ちょっと青っぽくなってるところがあるね。


 見たところ、軽い打撲かな。


「巴ちゃん、この後試合はある?」

「な、ないです」

「よかった。じゃあ、氷を渡すから、怪我したところの周りを冷やして」

「は、はい」

「とりあえず、十分後くらいにテーピングしてあげるから、安静にね」

「わ、わかりました」

「うん。じゃあ、次の人―」


 と、ボクは救護テントに来た子たちの手当てをして行きました。

 意外と、怪我人が多いなぁ。



 そんなこんなで、怪我人の子たちを手当てして、誰もいなくなった頃、


「……イオおねーちゃん」

「スイ? どうしたの?」


 スイが救護テントに来た。


「……不覚を取った」

「え!? も、もしかして、怪我したの?」

「……ん。転んだ」

「じゃあ、怪我した場所を見せて? すぐ治すよ」

「……ここ」


 そう言って、スイは右膝と、左肘を見せて来た。


 あ、どっちも擦り傷になってる……。


 治さないと!


 急ぎ目でスイが怪我した場所を洗っていく。


 そして、


「『ヒール』」


 なるべく、小倉先生に聞こえないように、回復魔法を唱えた。


 妹の為なら自重もしません。

 まあ、別に普通の子供たちにも使ってもいいけど、誤魔化すのが大変だから……使うにしても、身内だけになるかな。


「はい、治ったよ」

「……おー、イオおねーちゃんすごい」

「ふふふ、この魔法はちょっとだけ得意だからね」


 多分、『武器生成魔法』の次くらいに。


 魔力量で効果が高まるっていうものだしね。


 擦り傷程度なら、一瞬で治せちゃうから。


「……イオおねーちゃん、ちょっとここにいて、いい?」

「今は、怪我した子たちがいないからいいよ。でも、人が来たら戻るんだよ?」

「……もち」

「うん。じゃあ、おいで」


 椅子に座って、両手を前に出しながらそう言うと、スイは嬉しそうにボクの膝の上に座った。


 スイは一番小さいからね。姉妹の中だと。


「……イオおねーちゃんのおっぱい、気持ちいい」

「そ、そっか」


 なんか、膝の上に座った途端、ボクの胸を枕にするかのようによりかかってきたんだけど。


 いや、全然いいんだけどね?


 ……うーん、メルたちみんな、ボクの胸がお気に入りらしいんだよね……そんなにいいのかな? これ。


「あら、男女さん、その娘って、例の妹さん?」

「あ、小倉先生。そうですよ、ボクの妹の一人の、スイです。七女ですね」

「……スイ。よろしくお願いします」

「ふふ、よろしくね。と言っても、私は初等部の保健の先生だし、怪我したり病気になったりしない限りは、あまり接点がないと思うけどね」


 そのほかだと、身体測定とかだよね。


 そう考えたら、保健の先生って、なかなか会わない人だよね。


 健康的な人なんて、学校に通っている間、一度も会わない、なんてこともあるかもしれないよね。身体測定などを抜きにした場合だけど。


「それにしても、男女さんの応急処置の手際、なかなかよかったですね。得意なんですか?」

「得意と言えば、得意ですね。よく、応急処置とかもしてましたし、慣れてますから」


 主に、向こうの世界で、だけどね。


 魔力がほとんどない時とか、まだ『回復魔法』が使えなかった時なんて、応急処置ができるようにしてたし。


 幸いだったのは、普段から応急処置をする道具を持っていたことかな、こっちの世界で。


 みんなが怪我した時とか、ボクが手当てしてたもん。


 そのおかげか、向こうの世界ではすぐに覚えられたよ。


 でも、こっち以上に怪我のレベルは酷かったけどね。骨折なんて最初の頃はよくあることだったし、剣で切られたり、槍で刺されたり、『火属性魔法』で火傷したり、『風属性魔法』で切り裂かれたり、『土属性魔法』で打撲したり、『雷属性魔法』で感電させられたり、挙句の果てには『毒耐性』を得るために、ひたすら毒を飲まされ続けたりしたからね……。


 それに比べたら……ふふふ……慣れたものですよ……。


「あの……男女さん? 目に、光がないんですけど……どうしたんですか?」

「あ、い、いえ、ちょっと、辛い過去を思い出しちゃって……」


 主に、地獄の三年間を……。


「そ、そうですか」

「……イオおねーちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ、一応……」

「でも、応急手当の手際がいいのは驚きでしたね。これなら、初等部の保健委員の子たちが来ても、大丈夫そうですね」

「ボクが教えられる範囲なら、教えられますしね。任せてください」

「頼もしいですね。……もういっそのこと、本当に保健の先生とか、小学校の先生とか目指してもいいと思いますよ」

「せ、先生ですか……」


 いいとは思うけど、やりたいかどうかはちょっと別かなぁ……。


 昨日、小学校の先生が向いてる、って小倉先生に言われたけど……どうなんだろう?


 子供は嫌いじゃないけど。


「ところで、スイちゃん、だったかな?」

「……ん」

「スイちゃんは、男女さんのどこが好きなんですか?」

「……全部。優しいし、わたしたちを助けてくれた。だから、大好き」

「随分と、慕われてるんですね?」

「ボクも嬉しいですけどね」


 ……でも、突然大好きって言われると、ちょっと気恥ずかしい……。


 しかも、スイって表情の変化がみんなよりも乏しかったりするから、本音で言っているのか、それとも冗談なのか判断しにくい時があるんだよね。


 でも、今回のは本音だと思います。


「でも、助けた、ですか。具体的に何を?」

「……監禁されたところを助けれた」

「え、か、監禁!?」


 あぁ……それ、こっちで言ったら大問題になることなんだけど……まあ、向こうのこととは明言してないし、大丈夫かと言われれば、グレーゾーンかなぁ……。


「……わたしだけじゃなくて、ニアたちも」

「ということは……男女さんの妹さんたちって、監禁されてるんですか、一度!?」

「ひ、一人は違いますけど、まあ、その……六人中五人は……」

「小さいのに、とんでもない経験してるんですね……」

「あ、あははは……」


 本当にね……。


 九歳と十歳という若さで、とんでもない経験してるよね、みんな。


 それを言ったら、十六歳で異世界に三年間いたんだけど。


「でも、男女さんが助けたんですか?」

「ま、まあ……」

「もしかして、犯人のところに乗り込んだ、とか?」

「…………一応」

「へ、へぇ~、男女さんって強いんですね」

「師匠が師匠ですので……」


 あの人に鍛えられたら、どんなに体が弱い人でも、一年で相当な強さになると思います。具体的には、格闘技で上位ランカーになれるくらいに。


「でも、男女さんってこう言っては何ですけど、あまり強そうに見えませんよね? どこからどう見ても、か弱い女の子って感じですし……」


 あー、そっか。


 現状、この学園でボクが元男だって知ってるのって、高等部の二年生三年生と、高等部に去年以降から勤めている先生方だけだもんね。


 初等部~高等部一年生までの人は、知らなくて当然だよね。


 うーん……まあ、別に小倉先生一人だったら、言っても問題ない、よね。


「実は、その……ボクって、去年の九月まで男だったんですよ」

「……え? それは、あの……心が?」

「いえ、肉体がです」

「トランスジェンダーのようなあれじゃなくて?」

「う、うーん、今はそういう感じになっちゃってますけど……事実です。えーっと……あ、これが男だった時のボクです」


 そう言って、ボクはスマホに保存されている写真を見せる。


「え、こ、これが、男女さん?」

「はい」

「……嘘、こんな可愛い男の子がいたの?」


 小倉先生はボクの写真を見て、驚きの表情を浮かべていた。

 ……やっぱり、男らしいとは思われない……。


「でも、え? 弟、とかじゃなくて?」

「ボクです」

「ほんとに?」

「本当です。ちょっと、体質が変でして、まあ……ある日突然女の子に」

「そ、そうなんですね……」


 体質、というのはあながち間違いとは言い切れないけどね……。


 呪いで変化しちゃったから、こうなってるわけだし。


 その後に、師匠の解呪の薬の調合ミスでボクの体はおかしなことになってるけど。


「不思議な体質があるんですね」

「あ、あはは……本当ですよね……」

「じゃあ、男女さんのその大きな胸も、その影響で?」

「そうですね。なぜか、大きくて……」

「まあ……大変そうですよね、それ」

「……運動する時って、痛いんですよ、揺れて」

「たしかに。痛そうです」


 小倉先生が、なんだか同情的な目を向けてくる。

 よく見れば、小倉先生もそこそこ大きいように見える。もしかして、苦労しているのかな?


「……イオおねーちゃん、痛いの?」

「うん、すごくね。ブラジャーをしているからまだマシだけど、ものによっては、ちょっとね……」

「……じゃあ、小さい方が、得?」

「うーん……人によるんじゃないかな? 人によっては、大きくしたいって思う人もいるし、小さい方がいい、っていう人もいるし」

「……なるほど。でも、わたしまだない」

「ふふ、スイはまだ子供だからね。多分、小学六年生くらいになったら膨らみ始めるんじゃないかな」


 わからないけど。


 ボク自身、その辺りは詳しくないからね。


 でも、女委は中学一年生の時から、服の上からでもわかるくらいに膨らんでいたような気がするから、あながち間違いじゃないんじゃないかな?


 もちろん、個人差はあると思うけどね。


「……わたしは、イオおねーちゃんみたいになりたい」

「え。いや、スイ? これは、結構生活する上で不便だよ? だって、狭いところなんて通れないし、胸がつっかえる時もあるし、運動の時は邪魔になるよ?」

「……でも、わたしさきゅ――」

「わー! それはダメ!」


 ボクはスイが言おうとしたことに反応し、素早く口を塞いだ。


「さきゅ?」

「あ、え、えっと、あの……さ、砂丘って言おうとしたんですよきっと!」

「と、突然ですね」

「お、覚えたての言葉だったので、言おうとしたんですよ!」

「そ、そうですね」


 はぁ、よかった……。


 さすがに、サキュバスだと暴露したら、いろんな意味で大変なことになるよ。


 よかった……。


「……あ、ごめんね、男女さん。ちょっと呼び出しがあったから、行ってきます。ここ、お願いしてもいいですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「ありがとう。それじゃあ、よろしくお願いします」


 そう言って、小倉先生がどこかへ行った。


「……ふぅ、スイ、こっちの世界には魔族とかいないんだから、無闇に自分がサキュバスだって言わないようにね?」

「……ん。反省」


 みんなは素直でいい子なんだけど、こっちでの常識はまだまだ完璧とは言えないから、その内教えたりしないと……。


「でも、どうして胸を大きくしたいの?」

「……わたし、サキュバスだから」


 ……あー、そう言えば、サキュバスの人たちって、みんな胸が大きかったっけ。


 なんでも、精気? っていうものを摂るために、大きい胸の方が効率がいいとかなんとか……。


 でも、精気っていうのを摂るのに、どうして胸が大きい方がいいんだろう?


 サキュバスの人たちって、最後までよくわからなかったんだよね。


 なぜか、ボクを見て驚愕していたし……。


「……イオおねーちゃん、綺麗なの」

「と、突然何?」

「……イオおねーちゃん、純粋。穢れを知らない。多分、サキュバスの天敵だった、かも」

「え、そうなの?」

「……ん。サキュバスは、魔族や人間に限らず、誰でも持っているはずの物を増幅させて倒す。でも、天敵がいる。それが、純粋な人。サキュバス、敵わない」

「そ、そうなんだ?」


 ちょっと、よくわからないけど……つまり、ボクは誰でも持っているはずのものがなかったから、倒されなかったってこと?


 じゃあ、驚愕していたのは、それがなかなかったから?


 ……でも、頬を染めてじーっと見つめられていたような……それも、熱っぽい視線で。


 やっぱり、サキュバスってよくわからない。


『すみません……』

「あ、怪我人の子かな? スイ、そろそろ戻ろっか」

「……ん。イオおねーちゃん、気持ちよかった」

「ふふ、そっか、それならよかったよ。じゃあ、あとで空き時間に行けたら、スイたちの所に行くよ」

「……嬉しい。それじゃあ、行く」

「うん、頑張ってね」

「……もち」


 最後にサムズアップをして、スイは戻っていった。


 そして、ボクは手当ての方に戻る。

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