第79話 押し負け依桜ちゃん

 二日後


「おはよー」


 いつも通りに登校し、いつも通りに教室へ。

 道中の視線は相変わらずだけど、もう慣れた。


「おはよう、依桜」

「おはよう」


 いつも通り、未果と晶が先に来ていて、挨拶を返してくれる。


「依桜、知ってる?」

「何が?」

「三週間後に体育祭があるでしょ?」

「うん、そうだね」


 だから、月曜日に種目決めをしていたわけだし。


「来週から、色々と準備や練習期間に入るらしいわよ」

「あれ、そうなの?」


 学園際はなんとなくわかるけど、体育祭もなんだ?

 別に、準備とか必要ない気がするんだけど。

 何か必要なものとかあったっけ?


「やっぱり知らないのか」

「うん。ちょっと、気分的に、ね……」


 ふっ、と暗い笑みを浮かべるボク。

 二日も経っているけど、それだけチアガールをやりたくなかった。それから、強制的に決められた競技三つも。

 いや、まあ、決まっちゃったものはしょうがないし、強く言えなかった僕も悪いんだけど。


「……そうか。本当、依桜はその姿になってから苦労しかしてないもんな。まだ、二か月程度しか経ってないのに」

「そ、そうだね……あはは……」


 まだ二か月しか経っていないにもかかわらず、すでに色々な出来事に巻き込まれているわけで。

 異世界転移に、性転換、それから転移の真相を知らされ、テロリストを撃退し、モデルをやり、痴漢を捕まえて、自分からではあるけど、エキストラもやり、変に有名になり、再び異世界に行って、プロポーズを受け、返ったら幼い女の子になり……たった二ヶ月ですでにこんなに事件のようなことが起こっている。

 ……ボク、もしかして生まれつき呪われているんじゃないだろうか?


「そ、それで、準備とか練習期間ってなにするの?」


 学園祭なら、出し物の準備や、個人だと屋台作り、実行委員と生徒会の人だったら、門や特設ステージを作ったりなど、色々ある。


 でも、体育祭にはそう言う物がなかった気がする。

 強いて言うなら、テントのようなものとか、看板の設置、万国旗を吊るしたりするくらいじゃないだろうか?

 これと言ってないように思えるんだけど。


「まあ、準備と言っても、俺たちは特にないぞ。あるとすれば……ちょっとした設営くらいだろ」

「あ、そうなんだ。それで、練習期間のほうは?」

「言葉の通りよ。学園祭の準備期間に似てるわね。と言っても、学園祭よりも期間は短いわ。あっちは三週間前から五、六時間目の授業がなくなって、一週間前から授業そのものが消えるわけだけど、体育祭の場合は、三日前から授業がなくなるわ」

「でも、それだと付け焼き刃くらいにしかならないような?」


 いくら授業がない練習期間が三日間あったとしても、そこで体力を付けたり、もっと早くなるようにするなんて、普通なら不可能だと思うんだけど。

 有効なのは、リレーとか二人三脚みたいな、複数に行う競技くらいじゃないかな?


「そうね。でもまあ、一応は体育の授業でも練習はできるみたいだし、問題ないんじゃないかしら?」

「だとしても、そこまで劇的な変化は望めないと思うよ?」


 それこそ、ボクがやった手法じゃないと。

 ……まあ、あれって、限界まで体を酷使して、回復魔法をかけて回復したら、また再び限界まで体を酷使するって言う、ちょっと危険な手法だけど。

 でも、危険な分身体能力の向上は格段に高くなる。

 とは言っても、こっちの世界では絶対にできない手法だけどね。


「そうかもしれないけどね。でも、やらないよりはましでしょ?」

「それもそっか」


 このクラスって、結構運動得意な人がいるし。

 それに、ボクたちのクラス以外にも西軍のクラスはあるわけだからね。そこまでマイナスに考えなくてもいいか。

 ちょっと向こう基準で考えてたよ。

 勝つためには、手段を択ばずに強くならないといけなかったし。

 平和って、いいなぁ……。


「おーっす」

「おっはよー」

「あ、二人ともおはよー」

「おはよう」

「おはよう」


 やっぱりいつも通りのタイミングで登校してきた二人。

 そう言えば、大抵この二人で来るよね。

 変態同士、通じ合うのかな。


「三人は何話してたの?」

「体育祭のことよ」


 未果が軽く女委にさっきまでの会話の説明をする。


「なるほどー。でもさ、仮に練習出来てなかったとしても、みんな普通に勝ちそうだよね」


 未果の説明を聞くなり、女委がそんなことを言ってきた。

 その認識は甘いと思うんだけど。


「たしかにな。特に、男子とかかなり頑張るんじゃね?」

「ええ、そうね。そのために、あの時強制したわけだし」

「未果、一体何を言ってるの?」

「もちろん、確実に勝つ方法」

「そんな意味を含んだセリフ言ってた?」


 それに今、あの時強制したとか言ってなかった?


「なんとなく言っている意味はわかるが……それはどうなんだ?」

「問題ないでしょ。女子のほうもぬかりなし」

「だねー。二人なら確実だもん」

「限界突破して勝ちを取りに行ってくれそうだもんな」


 あれ、晶は理解したの? というか、ナチュラルに会話が成立している気がするのは気のせい? ボクだけ? ボクだけが理解してないの?


「あの、さっきから一体何の話をしてるの?」

「時が来ればわかるわ」

「言っている意味が分からないんだけど……」

「まあまあ、大丈夫だって。きっと、変なことにはならないと思うから」

「いや、本当に何を言っているかわからないんだけど……」


 結局、何度聞いてもこんな感じにはぐらかされるだけだった。

 すごく気になるけど……何の話をしてたんだろう?



 そんなボクの疑問は、次の日に明らかになった。

 その日は、いつもと変わらない一日……になるはずだった。

 今日は、いつも通りの時間割で、特に変更もなく、いつも通りに過ごすだろうと思っていたのだけど……。


「え、ええっと……」

『お願いだ! ぜひ、ぜひ! この衣装を着てくれ!』

『頼む! これを男女が着てくれれば、西軍は絶対勝てるんだ!』

『むしろ、負けるはずがない!』

『せっかく作ったの! これは、散って逝った西軍所属の服飾部のみんなの血と汗と妄想の結晶なの!』

『だからお願いっ! 依桜ちゃんこれを着て応援して!』


 ど う し て こ う な っ た の ?


 ボクの目の前には、土下座して一着の服を差し出している人たちの姿。

 そこには、男女両方ともいて、どちらも土下座状態。

 すごく怖い、と言うのが本音。

 どうしてこうなったのか、それはちょっと時間を遡ります。



 何気なく登校し、朝いつものように未果と話していた時。


「あ、そうだ、依桜と晶は放課後に、柔剣道場に行ってくれない?」

「応援の件か?」

「そうそう。今日、集まりがあるらしくてね。東軍が体育館で、西軍が柔剣道場に集まるそうよ」

「わかった」

「……嫌だけど、出ることになっちゃってるし、わかったよ」

「お願いね」


 そう言うと、未果は職員室に用があったらしく、教室を出て行った。


「……応援団ね。依桜、大丈夫か?」

「大丈夫……って言いたかったかなぁ」


 いつか集まると思っていたけど、まさかこんなに早く集まるとは思わなかったよ。

 ……いや、むしろ決まった当日とかに集まらなかっただけまし、と考えるべきなのかな?

 まあ、そうだとしても、嫌なことに変わりはないんだけど……。


「一応、応援するだけらしいし、さすがに面倒ごとに巻き込まれることはないだろうが……依桜だからなぁ」

「ボクだからって……結構酷くない?」

「でも、実際にそうだろ?」

「……そうだけど」


 本当に巻き込まれ体質だし、反論できない。


「それに、ただ説明を受けたり、軽い打ち合わせとか、練習日時を連絡だけだと思うぞ?」

「そう、だよね。何もないよね!」

「ああ。さすがに、ミス・ミスターコンテストの時のような、急なことになることはないだろ」

「だよね」


 あの時とは違って、変なことに発展する様な何かがあるわけじゃないし、きっと大丈夫だよね!

 そんな風に、能天気に考えていたボク。

 いざ放課後になり、柔剣道場に向かっている最中。


「あれ? なんか、妙に見られてるような……?」

「依桜が見られてるのなんて、いつも通りじゃないのか?」

「いや、そうだけど。いつもとはちょっと違う気がするんだけど……」

「いつもと違うって言うと?」

「なんと言うか、いつものはこう……熱を孕んだような、ねっとりとしたような、妙な視線なんだけど、今来ているのは、そう言った視線と言うよりも……期待に満ちたような、悔しさの混じったような視線と言うか……」

「なんだそれ? 気のせい……と言いたいところだが、依桜はそう言うのはわかるからな」


 暗殺者だもの、必須スキルですとも。

 と言っても、そう言うのはスキルと言うよりも、感覚のようなものだけどね。

 それをより深く感じ取れるのが、気配感知だし。


「うん。だからちょっと違和感を感じるんだけど……実害はないし、気にしなくても大丈夫、かな?」

「そうだな。その感覚はなんとなくわかるぞ。俺も、最近は妙に見られてる気がするからな……」


 あ、遠い目してる。

 もしかして、ストーカー被害にでもあってるのだろうか?


「晶、もしも何かあったら言ってね? 絶対助けるから」

「……普通、そう言うのは男が言うものだと思うんだがな……」

「いや、ボクって男だよ?」

「それは、中身の話な。外見は違うだろ?」

「それは関係ないよ。ボクは見た目こそ女の子だけど、心は男のまま。だから、さっきのセリフも変じゃないでしょ?」

「……そうだな」


 微妙な間があったけど、納得してくれたようで何より。


(そもそも、女子っぽいところが男の時も多々あったし、今も結構女子のような言動、行動をとっていたりするんだが……言わないほうがいいか)


 今一瞬、晶が何か失礼なことを考えて気がしたけど……気のせいだよね。


「そう言えば、応援ってどのタイミングでするんだろ?」

「枠とかが決められてるんじゃないのか?」

「やっぱり、そうなのかな」

「ずっと応援し続けても、疲れるだけだろう」

「……それもそっか」


 普通なら、声をずっと出し続けたり、ひたすら動いて応援するなんてできないもんね。

 ボクだったら多分大丈夫だろうけど、精神的な問題でずっとは無理だろうけどね。


「それにしても、柔剣道場だったは運が良かったな」

「だね。体育館のほうがちょっと遠いもんね」

「ああ。まあ、それを言ったら、室内プールとか、もっと遠いけどな」

「だね。夏は地獄だったよ……」


 この学園のプールはなぜか室内プール。

 雨が降ってもできるようにと言うのと、春、秋でもできるようにとのことらしい。

 一応、温室になっているらしいので、冬場も可能だとか。


「今は、プールが工事中で、水泳の授業がないんだよな」

「そうだね」


 現在、室内プールは使用不可となっている。

 と言うのも、改装工事を行っているとのことで。

 しかもそれがちょうど、ボクが女の子になった時からだったので、ボクとしてはすごく助かった。


「あの時のうちのクラスの男子たちは軒並みがっかりしてたよな」

「あったね、そんなこと。なんでだったんだろ?」

「……ま、そう言う反応だよな」

「? 何か言った?」

「いや、何でもない」


 なぜかはわからないんだけど、プールの改装工事が始まると告知された瞬間、男子のみんながなぜかがっかりしていた。

 それも、涙を流して拳を机に何度も叩きつけていた。

 あれ、痛くないのかな? と思ったものです。

 水泳って結構楽しいからね、それが理由でがっかりしてたのかも。


 あ、でも女の子のほうはなぜか、男子のみんなに冷たい視線を向けてたっけ。

 一応、この学園の水泳の授業って男女混合だからかな?

 多分そうだね。

 可愛い人多いもん、この学園。


「っと、そろそろ着くぞ」


 話しているうちにたどり着いていたようで、目の前に柔剣道場があった。


「うーんと……あ、結構な人数いるね」

「入る前から分かるって……依桜はほんと、規格外だよな」

「まあ、努力した結果だからね」

「そうだな。とりあえず、入ろう」

「うん」


 で、こうしてボクが入り……


『『『お願いします! この服を着てください!』


 土下座でスタンバイしていたのか、中に入った瞬間、土下座しながらこんな感じでお願いされてしまった。



 なんてことがあって、今に至ります。


「えーっと、これは……指定の服、なんですか?」

『いや違う! だが、男女がチアガールとして参加してくれると聞いて、西軍に所属している服飾部に頼んだんだ!』

『だからお願い! 私たち、これのために三日徹夜してるの!』

『これさえ来てくれれば、勝てるの! お願いします!』

「こ、これを、ですか……」


 ボクが渡されたのは……何と言うか、漫画やアニメでよく見かけるような、チアガールの服。

 おへそよりも少し上までしかない上部に、すごく短いスカート。これ、アンダースコート? も一緒に渡されてるんだけど。


 ちょっと待って。

 これ着たら、かなりの露出だよね?

 上半身なんて、肩、腕、腹部がほとんど見えそうだし、胸だって谷間が見えちゃいそうなんだけど。

 それに、このスカート。一応アンダースコートも渡されたけど……いくら見られても平気なものとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 だって、パンツを見られてるような気分になりそうなんだもん……というか、絶対なるよね。

 スカートの裾だってすごく短くて、太腿の真ん中よりもちょっとしたくらいまでしかないし……。

 ……って、あれ? なんかよく見ると……二着ある?


「……」


 ボクは、もう一着のチアガール衣装を見て、何とも言えない気分になった。

 小さかったんです。物理的に。


 まるで、子供用……それも、小学三、四年生くらいの女の子にちょうどいいサイズで。

 ……そう言えば、学園長先生が周知させてたんだっけ、ボクのこと。

 たしか、ハロウィンの日を機に、お知らせメールで連絡したって。

 ……なるほど。つまり、どっちの姿になっても応援ができるように、って言う計らいなんだね、これ。


『お願いっ! それを作るのに、すっごく時間がかかってるの!』

『本来なら、かなり時間をかけて作るんだけど、依桜ちゃんが出るって聞いて、西軍の服飾部全員が一致団結して作り上げたの!』

『この努力を無駄にしたくないんです! だから、お願いします!』

『『『お願いしますっ!』』』

「……依桜」

「……どうしようね」


 晶が向けてくる同情の目が辛いです。

 いや、ほんとどうすればいいの?


 ボク個人としては、着たくないというのが本音。

 だって、露出がすごく多いんだもん……。


 でも、これを作った人たちの顔を見ると、お化粧で隠しているみたいだけど、疲労が色濃く出てるし、隈もすごい。

 今にも倒れるんじゃないかって心配になるくらいフラフラしてる。


 そして、今ボクの手の中にあるこの衣装。

 三日で作ったとは思えないほどによくできていて、お金を取れるんじゃないかなって思えるほど。

 事前に言われていないとはいえ……なんだか、これを渡されて断ると言うのも、気が引けると言うか……ちょっと可哀そうに思える。

 ………………はぁ、仕方ない、よね。


「……わかりました。引き受けます」

『よっしゃぁああああああああああっっ!』

『ありがとぉ! 依桜ちゃーん!』

「うわわっ! きゅ、急に抱き着かないでくださいよぉ」


 ボクが引き受けると言った瞬間、柔剣道場内はほかの応援団の人の歓声でいっぱいになった。

 晶は、やれやれみたいに苦笑いをしながら、肩をすくめて頭を横に振っていた。

 何その反応。


 ……はぁ。結局、押しに負けて請け負ってしまった……。

 変なことにならないと思っていたのになぁ。


 結局、ボクは普通に行事に参加できないみたいです。

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