第78話 依桜ちゃんの悩み
ほとんど押しつけられて決まった種目と、応援団のチアガールとしての参加が決まってしまって、個人的にかなり精神的にきついことになってしまった。
どうしよう。チアガールをやることに対して、全然自信がないんだけど。
ミスコンに出た時もそうだけど、大勢の前で何かをすることは、あまり慣れない……というか、どちらかと言えば苦手。
向こうの世界でも、暗殺者なのに、なぜか演説をさせられたり、ミスコンにほとんど強制参加させられるというね。
そもそも、暗殺者って、人にバレちゃいけないような職業な気がするんだけど。
師匠とか、暗殺者なのに、すごく有名になっちゃってるよね? 少なくとも、百年くらい前の人だけど、全然有名だよね?
いや、ボクの場合は召喚者で、勇者っていう肩書きがあるけど、それはそれとしても、暗殺者で目立つって、三流なんじゃないだろうか?
とにもかくにも……チアガールなんてやりたくないなぁ。
その時に着る衣装によると思うけど、それでも、目立つことに変わりはない。
「はぁ……」
「あら、どうしたの、依桜?」
「あー、うん、ちょっとね……」
今日の出来事やら、暗殺者って何? みたいな疑問を覚えながら、あまり心理的によろしくないことが体育祭で行われると思い、自然とため息をこぼしていた。
全くもって困ったものです。
そもそも、未果も酷いよね。
ボクに人権はない、見たいに言うかのごとく、ボクの出場種目を決めてきたんだもん。
唯一ボクが自分で決められたのだって、障害物競走だけだし……。
さすがに、おかしなことにはならない……と思いたい。
「依桜はどんな種目に出るの?」
母さんに、出場種目に関して尋ねられてしまった。
……さすがに、言わないわけにはいかない、よね。
「二人三脚と、障害物競走、それから、美天杯にアスレチック鬼ごっこ」
「あら、四つも出場するのね。お母さんびっくり。それで、美天杯って何かしら?」
「なんて言えばいいのか……」
正直、この種目だけは、本当になんて言えばいいのか迷う。
だって、概要だけ聞いていると、ほとんどなんでもありの格闘大会だよ?
学校に何かと苦情やらクレームやらを言ってくる人が多くて、さらに学校の評判を悪くしよう、なんて考えている人も世の中にはいるわけで。言い的になるんじゃないのだろうか、この種目。
それに、格闘大会なんてものが、体育祭のプログラムに組み込まれていると知れた場合、モンスターペアレントでなくても、確実に文句を言われると思う。
しかも、出場者に制限はなく、強いて言うなら、武道系の部活動に参加している人と、格闘技経験者にはハンデが設けられるくらいで、本当に素人の人も出ても問題ない、と言う競技になっている。
正直、それでも強い人は強いので、結局はハンデがどうなるか、と言う部分に目がいく。
ボクは……どんなハンデが設けられるのかわからない。
って、そんなことを考えてる場合じゃなくて。
言ってもいいのかな、これ。
うーん……まあ、一応母さんも事情を知ってるし、問題ない、かな。
「一言で言うと、格闘大会、かな」
「あら、ずいぶん面白い競技があるのね? 大丈夫なの?」
「負ける、なんてことはないと思うけど……」
「ああ、そっちじゃなくて、依桜以外の、出場者さんよ」
「……た、多分大丈夫」
「ちゃんと、手加減するのよ?」
「もちろん」
そうしないと、普通に死んじゃうもん。
こっちの世界の人のステータスがどうなっているかわからないけど、あっちの世界の一般的な農民(43話参照)の人よりも低いんじゃないかなと、ボクは見ている。
あっちの世界は、平気で魔物とか出てくるし、日本とかみたいに、便利なもの――車や電車、それからトラクターのような便利なものはなかったから、必然的に自分の体でやらなきゃいけなかったので、日本人の成人男性の平均よりも結構高いはず。
ボク自身、能力看破や、解析のようなスキルは持ち合わせていないので、憶測でしかないけど、こっちの人――それも高校生の攻撃力と防御力の平均はおそらく、攻撃力が20で、防御力が10くらいなんじゃないかなと思う。
ちなみに、時速50キロメートルで走るトラックがぶつかって来た時の衝撃を攻撃力に換算すると……120くらいかな。
そのトラックがぶつかってきて、生きていられるのに必要な防御力は、最低でも50以上。
と言っても、本当に最低ラインなので、すぐに病院に運んで治療を施さないと死んでしまうので、決して必ず助かるというわけではない。
100くらいで、ようやくぶつかっても骨折、くらいになる。
で、本題に戻そう。
ごく一般的な男子高校生の防御力は、どんなに高くても、30~40くらいだと思う。
格闘技をやっている人であれば、最低が40。高ければ60は超えられると思う。
まあ、この辺りはうちの学園の生徒を見て、って感じだから、世界規模の平均で考えると……アフリカ系アメリカ人の人とかが高くなるかな? 実際、身体能力が高い人が多いしね。昔からかっこいいと思ってるし、結構尊敬してます。
まあ、ああいう人たちは、どちらかと言えば、攻撃力や防御力と言うよりも、素早さの方が高そうだけど。
現在のボクの攻撃力は926。なので、ボクが本気で攻撃して、ギリギリ生きていられるくらいになるには、大体500後半。
一応、それ以下でも生きていられるかもしれないけど、かなり厳しいと思う。
ほとんど確実と言っていいレベルで、内臓と言う内臓すべてが破裂する恐れがある。
つまり、今回のこの競技において、ボクが本気で相手を攻撃しようものなら、一撃で内臓が破裂するどころか、全身バラバラの死体が完成してしまうわけで。
……そう考えると、本当に怖い競技なんだけど。
で、でも、ボクの攻撃力なんて、あっちの世界では上の下くらいだし……。
おそらく、師匠はトップクラス……というより、確実にトップの攻撃力を誇ってそうだよ。
ちなみにだけど、ボクが倒した魔王の攻撃力はたしか……1500くらいだった気がする。
もちろん、普通なら一発攻撃を貰っただけでアウトだけど、攻撃をいなすのは基本中の基本だし、身体強化の魔法とかも普通に使用してたから、あまり大きなけがには発展しなかった。
向こうの世界において、戦っている人にとっては骨折なんて日常茶飯事だし、常に回復できるように、魔法使いの人やポーションを持っていることが常識みたいなものだったし。
ボクの場合は、暗殺者だったので、一人でこなさなきゃいけなかったけどね。
だからまあ、向こうではどんなに大けがしても、ポーションや回復魔法さえあれば、ある程度は治せた。
と言っても、ほとんどの人やポーションは、骨折を治せればいいほうで、擦り傷や捻挫、打撲などの治療がほとんどだった。
内臓の損傷や、命にかかわるようなレベルのけがを負っても回復できる人やポーションなんかは、本当に滅多に会えないし手に入らなかったけど。
あ、また脱線しちゃった。
あと、テロリストの人たちにも攻撃は入れてたけど、あれだってかなり抑えていた。
でも、結構力加減が難しいんだよね、こっちの世界だと。
「何難しい顔してるの?」
「あ、えっと、美天杯どうしようかなって」
「あなた、さっき自分で大丈夫って言ったのよ?」
「そ、そうだけど……」
確かに大丈夫って言ったけど、多分がついてたんだけど。
「まあ、死ななきゃいいのよ」
「それはそれでどうかと思うんだけど」
「でも、ねぇ? 依桜ってば、死んでいなければ治せるんでしょ?」
「そうだけど……それでも、限度もあるよ?」
死ぬ直前――例えば、頭蓋骨が陥没して、脳にまでダメージが行っている場合とか。
あとは、出血多量の状態とか。
回復魔法って、失った血は戻せないんだよね。あくまでも、体の自然治癒力を上げて、傷を治しているわけだし。
回復魔法の上位互換に、再生魔法って言うのがあるけど、あっちは失った血や腕、脚も元に戻せるなんていう、規格外なもの。死んでいなければ何とかなる、みたいな、エリクサーのような魔法だったっけ。
まあ、使える人は少なかったけど。
ボクの知り合いに、一人いたけど……元気かなぁ。
「でも、依桜だってちゃんと手加減するんでしょ?」
「それはそうだよ。だって、ボクが本気出したら、全身バラバラだよ」
「それはまずいわね」
「でしょ? だから、ボクも困ってるわけで……」
「でもまあ、依桜だったら何もしなくても勝てそうだけど」
「それ、未果にも言われたんだけど、どういう意味なの?」
「一言で言うと、可愛いから」
「え、それだけ?」
「そう、それだけ」
なんで断言できるんだろう?
可愛いだけで勝ち上がれたら苦労しない気がするんだけど……。
「そうねぇ、加虐嗜好の持ち主でなければ、確実よ」
「うーん、全然想像できない」
あれかな。女の子は殴れない、みたいな感じなのかな?
でも、一応は競技なわけで、その辺りはちゃんとやるとは思うんだけど……例えば、投げ技を使うとか。
ルール自体はまだ知らないけど、未果曰く、異種格闘技のようなものって言ってたから、投げ技もありのはず。
「依桜は自己評価低いからね」
「普通だと思うんだけど……」
みんなに言われるけど、別に普通、だよね?
実際、ちょっと可愛いかなくらいなんだよ? 女委とか態徒は、ボクのことを美少女だって、断言してるけど。
そこまででもないと思うんだけどなぁ。
「本気でそう思っているから、依桜はいじめとかにあわないのかもねぇ」
ちょっと母さんが何を言っているかわからないけど……謙虚でいることは、やっぱりいじめ防止に繋がるのかな? ……いや、そうでもないかも。
と言っても、目立たないのが一番だけどね。
ボクなんて、目立ちたくないと思っても、必然的に目立っちゃうわけだし。
「髪とか染めたら、目立たなくなるかなぁ」
「ダメよ!」
「ひぁ!?」
何の気なしに言った一言に対し、母さんがものすごい勢いで却下してきた。
目が本気だ……!
「いい、依桜。あなたの髪はね、ほんっとうに綺麗なの! しかも、ここまで綺麗な銀髪って稀なのよ!? それを染めるだなんて……その宝をどぶに捨てるようなものよ!」
「そ、そこまで……?」
「ええ、そうよ。そもそも、銀髪ってかなり珍しいのよ? そんな髪を持っているあなたは世界的に見ても稀。しかも、その珍しい髪を持っているのが美少女なんですもの。当然、目立つわ。きっと、黒髪でも青髪でも、なんでも似合うかもしれないけどね、依桜はやっぱり銀髪が一番似合うのよ!」
「そ、そですか……」
どうしよう。母さんが怖い。
娘……じゃなかった。息子の髪に対してそこまで豪語できるって、なかなかにすごいと思うんだけど。
普通だったら、『別にいいんじゃない?』くらいのノリで言うと思うんだよ、親って。
でも……たしかに、母さんの言い分もわかる。
別に、宝、とまでは思ってないけど、染めるのは確かにもったいないよね。
それに、髪を染めるんだったら、自分でやらないほうがよさそうだし、そうなると、美容院とかに行かないといけなくなりそうなんだよね。
お金もかかりそうだし、ちょっとね。
「まあ、どうしても染めないというのなら……あ、ごめんやっぱなし。絶対染めないで!」
「わわわっ! ちょっ、母さん今食事中だから! わかったから、染めないからぁ!」
「それならいいの。ごめんなさいね」
「まったくもぉ……」
てへっ、と笑いながら母さんは離れてくれた。
ボクが異世界から帰ってからというもの、母さんが大分……というか、かなりおかしな方向に進んでいるのは気のせいなのだろうか?
……いや、絶対気のせいじゃないねこれ。
……まさかとは思うんだけど、これが本性だったの?
ぽいよねぇ……。
少なくとも、知らぬ間に、小さい女の子向けの服をなぜか持っていたり、尻尾を通せるくらいのちょうどいい穴が開いた服もあったし。
……母さんって何者なんだろうか?
ふと疑問に思うボクだった。
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