第77話 依桜の後悔
「とりあえず、依桜と女委が二人三脚に出るのは確定。あと、もう一組は……誰がいいかしら」
未果が言うと、サッとみんな視線を逸らした。
……やる気はないようで。
「仕方ない。晶、態徒、出て」
「オレたちかよ!?」
「本気か?」
「本気も本気。出なさい。むしろ、出ろ」
「強制!?」
「……別に構わないが、俺としては、ここで余計に女委のような人物に見られるのは、断固として阻止したいんだが……」
苦々し気な表情の晶。
その気持ちはよくわかります。
ボクだって、女の子になる前、なぜか腐女子の人たちから熱烈な視線を受けていたもの。
あの、何とも言えない、絡みつくような、ねっとりとした、視線は、ちょっとね……。
態徒の方は、単純に、同性で出るのが嫌だ! って言う心境だと思います。
それを言ってしまったら、ボクと女委だって、同性と言えば同性だけど。
「大丈夫よ。美男と野獣みたいなイメージにしかならないと思うし」
「嫌だよ、そんなホモカップルみたいな状況!」
「まあいいじゃない。晶はイケメンで、態徒は野獣だもの」
「ちょっと待て。まるで俺がホモみたいな言い方をするな」
「まあいいじゃない。ねえ、女委」
「うんうん! 同性愛はいいものだよ! それでしか表現できないものもあるし、何よりも、一度入ればもう戻れない!」
「「入りたくない(ぞ)!」」
まるで、こちら側においで、と言わんばかりのセリフに、晶と態徒の二人が強く否定。
まあ、かなり特殊だからね。
ただ……ボクの知り合いに、少なくとも、バイと同性愛の人って……女委含めて四人いるんだよなぁ……。
内二人が向こうの世界の人だけど、もう二人はこっちの人だし……。
最近、同性愛とバイって、珍しいものじゃないんじゃないか、と言う風に思うようになってきてしまった。
……もうだめかもしれない。
「とにかく、二人が出るのは確定ね」
「嫌だぞ! だったら、依桜のところ、オレのとこ、一人交換したほうが、まだマシだ!」
「依桜のファンクラブの会員に殺されてもいいのなら、私は止めないわ」
「ぐっ、それを言われるとっ」
「最も? 態徒はすでに、依桜とデートの約束を取り付けっちゃってるし? どうあがいても、殺されるとは思うけど」
「美少女とデートして死ぬなら本望! ……だが、それに追加で、二人三脚にも出たら、確実に死ぬ……というか、殺人事件に発展しかねないか」
「そうだねぇ。態徒君が死にたいなら、変わってもいいけど?」
「……魅力的な提案ではあるが……断るっ! ここで死んだら、デートができんっ……!」
「血の涙を流さなくても……」
別に、二人で出かけるだけだというのに、なにがそこまでいいのかな?
「はい決まり。それじゃあ、残りは……まあ、美天杯とアスレチック鬼ごっこか……」
たしかに、あまり出たくない……というか、美天杯はただの格闘大会だから敬遠されると思うけど、鬼ごっこの方は中身がわからない以上、ほとんどブラックボックスだもんね。
どちらも、怪我をする恐れがある競技と考えると、出たくないと思うのは当たり前だよね。
ましてや、この学園での体育祭はこれが初めてなわけだし……。
そんな体育祭で、トラウマを残すとか嫌だしね。
「美天杯に関しては、態徒かしらねぇ」
「え、オレ?」
「態徒君、結構強いもんね」
「いやいやいや、オレ、依桜にボロ負けだったんだぜ? オレが出たところで、勝てないと思うんだが」
「依桜と比べたらダメだろ。そもそも、依桜は色々と規格外なんだぞ?」
まあ、魔法使えますし、暗殺技術も持ってますし……こっちの世界で言えば、規格外で済むようなレベルじゃないけど。
「というか、態徒はそれなりに強いでしょ? 少なくとも、そこらへんのチンピラや不良になら勝てるんじゃないの?」
「そりゃまあ、勝てるけどよ……負けても知らないぞ?」
「別にいいのよ。もう一人にも頑張ってもらうから」
「もう一人?」
態徒が聞き返すと、未果はニンマリとした。
そのニンマリとした表情を、ボクに向けてきた。
……まさかとは思うけど、
「ボクに出ろってこと?」
「もち!」
「もち、じゃないよ! さ、さすがにこれに出るのはまずいよ!」
「大丈夫よ。少なくとも、反対意見はないと思うし」
『俺はいいと思うぜ!』
『私もー』
『わたしも。依桜ちゃん、強いもん』
『というか、柔道部とか空手部に所属してるやつより強いんじゃね?』
う、うわぁ、みんな結構前向き……。
「そ、そう言う問題じゃないと思うんだけど……」
そもそも、ボクがやっていたのは、格闘技なんて優しいものじゃなくて、人を殺すための技術。
言ってしまえば、アマチュアの中に、プロが紛れ込んでいるようなもの。
師匠が言うには、
『単なる試合における格闘技はアマチュア。人を殺す技術を身に着け、使うことでプロ』
だそうで。
暗殺のプロが言うことは、本当に違うね……。
でも、わからないわけじゃない。
武術なんて、元をただせば殺すための技術だったわけだし。
自身や他人を守るために使えば、武術。でも、人を殺すことに使ってしまえば、それはもう、武術とは言えない。
ただの、凶器。
自分自身が凶器になるようなもの。
自分の腕や足が、凶器になり替わるのだから、そのあたりは本当に、その人次第になってしまう。
だからこそ、道徳心などが必要なわけで。
「大丈夫よ。少なくとも、何もしなくても勝てると思うし」
「それはないと思うけど」
何もしないで勝つって、どういう状況?
「まあいいじゃない。ついでに、鬼ごっこの方もお願いね」
「え!? ボク、まだやるって言ってないよ!?」
なぜか、鬼ごっこの方もやらせようとして来てるんだけど!
「依桜という幼馴染を、最大限活かせる種目を選んであげたんだけど、気に食わない?」
「さ、さすがにボクが出るのって、反則じゃない……?」
少なくとも、アスレチックということは、障害物も多いわけで。
立体的なのか、それとも、平面的な方面なのかはわからないけど、少なくとも障害物が多い場所でこそ、活躍が最も期待できる暗殺者であるボクにとって、限りなく反則――というより、チートに近い。
「反則でも、勝ちは勝ち! 最終的に勝てばいいのよ、勝てば」
「それもう、悪役が言うことだよね!?」
カー〇様を思い出したよ、ボク。
汚い手や、卑怯なことをしてでも勝つって、結構酷いと思うんだよ。
「まあまあ依桜君。別にいいじゃん」
「何もよくないよ」
「よく言うじゃん。卑怯汚いは敗者の戯言だって」
「なんかどこかのライトノベルで聞いたことあるんだけど!」
少なくとも、まともじゃないよね!
ボク、そこまでして勝ちたいとか思ってないんだけど!
「別にいいじゃない。死人が出るわけじゃないんだし」
「そ、そうだけど」
死なないようにちゃんと手加減するけど、それでも相手にかなりのダメージを与えるわけで……。
正直、かなり大人げないと思う。
もう一つ言ってしまうと、ボク、十六歳じゃないし。
実年齢、十九歳だし。
高校生相手に、大学生が相手してるようなものだよね、これ。
……まあ、それを知っているのはごく一部だから、問題ないと言えば問題ないけど、この辺りは、ボクの気分の問題でもある。
「うじうじしないの! それでも男?」
「それとこれとは関係ないよね!? 単純に、ボクに押し付けようとしてるだけだよね!?」
「別に、そう言うわけじゃないわよ」
「じゃあ、なんで?」
「勝つためよ」
なんて、曇りのない目なんだろう。
これ、本気で勝ちに行こうとしてるよ。
別に、クラス対抗って言うわけじゃないから、問題ないとは思うんだけど。
……そう言えば、東軍・西軍に分かれるって言ってたけど、東軍のほうが人数多くない?
その辺りはどうするんだろう?
「とにかく決まりね」
「わ、わかったよ……」
こうなってしまったら、もうボクが折れるしかないので、素直に受けることにした。
未果って、結構頑固なんだもん……。
この後は、とんとん拍子に種目が決まっていった。
ボクたちが出場する種目は、ボクが二人三脚、障害物競争、美天杯、鬼ごっこの四つ。
未果が、クラス対抗リレーと100メートル走、それから借り物・借り人競争の三つ。
晶が、スウェーデンリレー、クラス対抗リレー、二人三脚、棒倒しの四つ。
女委が、二人三脚、パン食い競争、借り物・借り人競争の三つ。
態徒が、二人三脚、棒倒し、美天杯、借り物・借り人競争、瓦割りの五つ。
なんか、三人ほど同じものに出場しちゃってるんだけど。
三人とも、そんなに借り物・借り人競争に出たかったのかな?
まあ、それを言ったら、未果以外が二人三脚に出ることになっちゃってるけど。
「――よし、とりあえずこれで種目決めは終了ね」
ほかの種目も誰が出るか決まり、種目決めが終わった。
これで終わりかな?
もし、これだけで終わるのなら、時間が結構余っちゃってる。
「さて、次に決めることがあります」
どうやら、まだ何か決めることがあったみたい。
「これは、私たちが所属する西軍の士気にも関わってくるもの。当然、最高のものを選ぶわ」
士気に関わるって……結構大ごとじゃない?
そこまで大ごとになるようなことって、あったかなぁ?
「ここで決めるもの、それは……応援団の人選よ!」
…………うん?
応援団?
それって、あれかな。自分の所属しているところを、ひたすら応援するって言う、あれ?
……なぜだろう。すごく嫌な予感しかしない。
だって、未果がボクの方をガン見してるもん。圧倒的なまでの、圧力の籠った視線をボクに向けてるんだもん。底意地の悪い笑みを浮かべてるんだもん。
「ちなみに、これは男女各一名ずつ、クラスから選出しなくちゃいけないの」
……うわー、なんかどこかで聞いたことがある制限だなぁ。
それはきっと、学園際の時のあれ、だよね……。
「それから、男子は学ラン、女子は……チアガールの服を着ます」
『――ッ!?』
その瞬間、男子のみんなが、チアガールと言う部分に反応した。
そして、やけに視線を感じる。
……まずい。この状況はもしかして……
「と、言うわけで……晶、依桜、頑張ってね!」
やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!
「待ってよ未果! なんでもうすでに、ボクたちがやる前提なの!?」
「依桜はわかるが、何でも俺も?」
ちょっと待って晶。なんでボクはわかるの? おかしくない?
「そりゃそうよ。だって、ミス・ミスターコンテストで優勝してるじゃない、二人とも」
「そ、それとこれとは関係ない気がするんだけど!」
「関係あるわよ。イケメンと美少女に応援される場面を想像してみなさい」
と、未果の言葉に、ボクと晶以外のみんなが何かを想像するように、目を閉じ、
『『『素晴らしいッ!』』』
みんな全力で肯定した。
「ほらね? 当然だけど、拒否権はないわ」
「ぼ、ボクにだって拒否権はあるよ!」
確実に、ボクの人権を無視しに来てるよ、未果。
これ以上、ボクは目立ちたくない。
「普段なら、そうだったでしょうね。でもね、依桜」
「な、なに?」
「私、朝の依桜の言葉、忘れてないからね」
「言葉……?」
ボク、何か言ったっけ?
これに関わってくるような言葉……あ。
「も、もしかして……」
「そう。依桜はね……困ったら何でも言って、と、私に言ったわ」
「うっ、そ、それは……」
確かに言った。
色々と知らない間に迷惑をかけていた未果に対して、少しでもそのお礼をしようと、確かにボクはそのセリフを言った。
あ、あの時感じた嫌な予感ってこれのことだったんだ!
「あー、困ったなー。私、すごーく困ったなー」
な、なんて白々しい!
もしかして、最初からボクにチアガールをやらせるために、わざとあんなことを言ったり、姿を見せていたんじゃ……?
……あり得る。
未果のことだから、こういう風に誘導していてもおかしくない。
は、嵌められたよ!
「わ、わかったよ……」
「さっすが依桜! 話が分かるわ!」
「……依桜が可哀そうだし、俺も出るよ」
「当然ね。はいじゃあ、決まり! すんなり決まってよかったわ」
清々しい笑顔の未果。
なんだろう。すごくパンチを入れたいです。
あの顔に、すごく拳を入れたいです。
計画通り、と言う言葉が混じってそうな、あの清々しい笑顔を浮かべている未果に、掌底をすごく入れたいです。
なんて思ったけど、元はと言えば、ボクがあんなことを言ってしまったのが原因なので、自業自得。
……今度から、未果の泣き落としのような行為には気を付けよう。
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