第296話 保護

 アイルランドから帰って数日。


 まあ、例によって、あたしは世界中を回る。


 エイコから頼まれた仕事も、一応はこなしているが、アイルランドには異世界の奴はいなかったな。


 そもそも、向こうで把握している奴は、そちらで回収しているみたいなんで、あたしはどこかで回収し忘れていたり、単純に見つかっていなかったりするかのどっちかだ。


 あたしの『気配感知』をもってすれば、世界中にいる異世界人を探すのはたやすい。


 こっちの人間のパターンも大体把握できたしな。


 それなら、この調子で世界中を回っていれば、その内異世界人の保護も終わるだろ。


 というかだな、あと何人くらいいるか、さえわかればなぁ……。いくらあたしと言えど、結局は同じ人間を探すとか、無理だぞ?


 まったくもって、厄介な仕事を押し付けられたもんだ。


 ……ま、一回の旅で、四十万手元に入るのはありがたい。


 ほとんどは酒に使うつもりで入るが、あれだ。イオにもなにか買ってやりたいしな。せめてもの、師匠心と言う奴だ。あいつには、散々苦労を掛けたし、あまり褒めてやったり、何かを買ってやったりはしなかったしな。


 やはり、何かしてやりたいものだ。



 そんなわけで、アイルランドへ旅立った次の週は、アメリカへ向かった。


 正直、もう面倒なので、『空間転移』を使ってやろうか、とか思ってる。


 あたしの力をもってすればバレんしな。

 というか、ハイジャックとかされたんだぞ? もうないとも言い切れんし、やってられんよ。

 どのみち、アメリカには一度行ったしな、ちょっと前に。


 それに、長く滞在するわけじゃない。例によって、ブライズの浄化と、見つけた場合異世界人の保護をするだけだ。


 アメリカはかなり広いみたいだが、あたしからすれば、距離なんてみんな同じだ。


 結局『空間転移』を使えば、一瞬で距離を無くせるんだからな。だからまあ、この件……というか、あたしの旅に関するあれこれは、目を瞑ってもらうとしよう。正直、悠長に移動なんてしてられないからな。


 やるのなら、迅速に、だ。


 そんなわけで、アメリカ――ニューヨークに到着。


「ふむ。なるほど、ここがニューヨークか。ビル、だったか? これはすごいな。向こうとは違う発展の仕方をしたことがよくわかる」


 向こうは、魔法ですべてが発展したが、こっちは科学、か。


 こちらの世界には、魔法はない。だが、だからこそ、こんなものが生まれた、というわけか。

 面白いな。


 ……そう言えば、不思議なことがあるな。


 こっちには、魔法がない代わりに、科学というものが発達し、生活を支え、便利にしたと聞く。


 そして、向こうの世界は魔法による発展だ。


 そこで疑問になるのが……ステータスの存在だな。


 ……いや、疑問を考察するのは後回しだ。


 どうやら、またブライズが出現しているみたいだ。

 しかも、厄介なことに、もう取り憑いちまったみたいだな、これは。


「しょうがない、か」



 ガシャァァァァァァンッッ!


『ウゥ……ガァッ! 壊す壊す壊す!』

「チッ、もう暴れてやがったか」


 取り憑かれた奴がいる場所に行くと、一人の大男が人間とは思えない形相で暴れていた。


 どうにも、ブライズに取り憑かれると、短気になっていかん。

 面倒というか、何と言うか……。

 しかもステータスを覗いた感じ、結構強めだぞ?


 宿主の肉体がそれなりに強かったんだろうな、この世界にしては。


 それで、取り憑いたブライズが肉体能力を向上させているわけだな。


 ふむ……攻撃力は200ってところか。

 向こうの一般的な農民が40なんで、五倍だな。


「おいテメェ、暴れんのをやめな」

『がふぅっ!?』


 暴れる大男を聖属性を纏った腕で殴り飛ばす。


 当然のように回復魔法も付与してるんで、あいつに肉体的外傷はない。残るのは痛みだけだ。

 もっとも、取り憑かれている間の奴に、痛みなんてあるかは知らんがな。


『グウゥゥゥッ……! 壊しテヤる……!』


 立ち上がり、そう言うと、大男はあたしに向かって突進してきた。

 遅い突進だ。

 まあ、取り憑いているとはいえ、こんなもんだろうな、こっちの世界の人間じゃ。


「一直線すぎる」


 あたしはひらりと躱すと同時に、裏拳で後頭部を打ちぬいた。


『ガァッ!?』


 自身の突進と、背後から加わったあたしの裏拳によって、かなりの勢いで地面に激突した。


 ふむ。まだ抜けきってないな。


 というかだな、周囲の人間ども、せめて警察呼ぶくらいはしろ。

 なんで、突っ立ってるだけなんかね? よく見りゃ、写真撮ってる奴もいるしよ。


 ……お、ようやく通報した奴が出てきた。


 こっちの世界の人間はどうなってんだか、ったく。


「おい、さっさとそいつの中から出ていけ。次は、本気で打ち抜くぞ、この野郎」

『――ッ!?』


 ためしに脅してみたら、ブライズが大男の体の中から出て行く。

 どうやら、知能はあるらしいな。


 ま、このタイミングなら……


「消えな『浄化』」


 眩い光が放たれ、ブライズはその光に触れた瞬間跡形もなく消滅した。


「こんなもんだな。まったく、面倒ったらありゃしない。おい、お前。いいか、どんなに壊したいもんがあってもな、暴力で壊そうとするんじゃねえぞ」


 そう声をかけると、大男はびくっと体を震わせた。

 よし、次行くか次。



 アメリカにはブライズが多く、合計で四十体もいた。


 やっぱあれか? こういう人が多い国には、ブライズが多く集まるのか?


 本当に面倒くさい。


 いくら『空間転移』が使えるからと言って、疲れないわけじゃない。転移には魔力を使うしな。しかも、距離によって必要な魔力量は違う。


 今回の件に関して言えば、割と多用しちまってるからなぁ。


 正直四割も使ってる。


 日本からアメリカまで行くのに、ざっと……二割ちょいってところか。あとは、国内移動に使っただけだしな。


 まあ、近い所は走って行ったが。


 そんなあたしだが、道中で異世界人を見つけた。


『お前、出身はミレッドランドか?』

『あ、あなたは、私の言葉がわかるのですか……?』

『そりゃ、あたしも異世界人だしな』

『……や、やっと同郷の物に会えました!』


 その異世界人は女で、とある家の老夫婦に保護されていた。


 どうやら、倒れているところを保護したようだ。


 なんとなく、歩いていたら異世界人が近くにいるの感じ取ったんで、そこへ向かってみたら、畑の手伝いをしていた。


 すごいな。言葉がわからないのに、とか思ったのは内緒だ。


『あなたは、この方のお知り合いですか?』

「ああ、ちょっとな。ちょいと、あたしの知り合いたちが散り散りになっててな。あたしは今、保護して回っているんだ」

『そうでしたか。よかったわぁ、知り合いの方が現れて』

「こいつはあたしが連れて行くがいいか?」

『もちろんです。少し寂しくなりますが、私どもでは言葉が通じませんからね。お願いします』

「ああ、任せな。……ああ、そうだ。こいつと同じ言語を話す奴を見かけなかったか? それか、見たこともない服を着ている奴とか」


 情報が得られれば御の字だ。

 まあ、なくても仕方ないんで、別にいいがな。


『そうですね……ああ、そう言えば、この先にいる店に、最近見たこともない服を着た女性が入った、とか聞きましたな』

「そうか。わかった。すまないな。ああ、これはこいつを保護してくれた礼だ。とっといてくれ」

『こ、こんなに? い、いいのですか?』

「ああ。この件はかなり厄介でな。あたしの協力者も、保護してくれた奴らがいれば、遠慮なくこの金を渡せと言われてるんだ。まあ、そう言うことだ」

『そうですか……ありがとうございます』

「気にするな。むしろ、礼を言うのはこっちだからな。それじゃあ、あたしらはそろそろ行く」

『はい。どうか、お元気で』

『よし、行くぞ』

『は、はい』



 保護した女を、アメリカにあるエイコの研究施設に送り、さっきの老夫婦たちが言っていた店に行く。


 一応情報はもらったんで、問題ないだろ。

 まあ、そんなわけで来てみれば……


「……これはあれか、娼館か?」


 どう見ても、そういう店だった。


 ったく、厄介なことになってんじゃねぇか……仕方ない。

 あたしは中に入ることにした。



『いらっしゃいませ……ん? あなたは、女性の方ですか?』

「それ以外の何に見える?」

『いえ、ここは男性用の場所なのですが……どうなさったのですか?』

「いやなに。ここに、見知らぬ服を着て、知らない言語を話す女がいると聞いてな。で、いるのか?」

『たしかに、その女性はおりますよ。して、なぜそのようなことを?』


 ビンゴだな。

 情報通り、ここにいるようだ。


「そいつは、あたしの同郷でな。いや、正確に言えば同郷じゃないかもしれんが……まあ、同じ国の出身でな。今、そいつらを保護して回ってるんだ」

『保護、と申されましても、彼女はもう、この店の大事な従業員なのですが?』

「ふむ。そう来たか」


 ま、予想通りと言えば、予想通りだが……それに素直に従うほど、あたしは温くない。


「だが、知らん。そもそも、言語もわからない相手と、どうやって意思疎通を図る? それに、そいつが本当に望んでいるのか?」

『意思疎通など図れずとも、行為自体になんの支障もありません。そもそも、あなたが本当に同郷の物なのですか?』

「まあな。証拠を見せろ、と言うのか?」

『当然です』

「そうか。なら、そいつを連れてきな。証拠を見せてやろう」

『わかりました』


 そう言うと、男は奥へと消えていった。


 ……しかし、周囲にいる男どもの視線が気持ち悪いな。

 それと、何やら獲物を狙う獣のような視線もある。


 ……これはまさかとは思うんだが。いや、まさか、じゃないな。確実に、だ。


 となると、こいつらが取る行動は……


『おいねーちゃん。うちの従業員になる気はねぇか? 容姿は最高だしなぁ? かなり稼げると思うぜ?』


 だろうな。


 見た目だけなら、強そうだな。まあ、見た目だけだが。


「ふむ。それはお前、あれだろ? あたしが断ったら、力尽くで! とか言うんだろ? お前たちのような奴らの常套手段だ」

『なんだ、わかってるなら、話は早ぇ。大人しくすれば、痛い目にあわ――』

「あたしはな、お前たちのような奴らが大嫌いだ。なんでまあ、興味はない」


 あたしは話している途中の男の言葉を遮り、背後に回った。


「おい、さっきのひょろい男。さっさと出てきな。大方、監視カメラか、陰でこっそり見ているんだろう? あたしが優しいうちに、出てきた方が身のためだぞ?」

『そんなこと言っても無駄だ。ボスはな、お前を手に入れると言った。俺たちはお前を捕まえることが仕事になるわけだ。なぁ、まだ間に合うぜ? 言うことを聞けばいい待遇を用意するぜぇ?』


 まったく、気持ち悪い声だ。


 こんな気持ち悪い奴らは、どこの世界にもいるってことだな。

 面倒くさい。


「そうは言うがな、あたしには好きな奴がいる。そいつ以上の人間じゃなきゃ、あたしは好きにならん。まあ、あいつ以上の奴なんていないし、いても絶対にそいつ以上に好きになるはずはないがな。……あたしは、こんな会話をしている場合じゃなくてね。なんでまあ、さっさと出てきてくれないか?」

『……もういい。おいボス! こいつ、やっちゃっていいんすよね!?』

『ああ、言うことを聞かないのなら、力尽くで聞かせろ!』

『了解だぜ! へへへ、ちょーっとばかし痛い目に遭うが、ねーちゃんが大人しくしないのが悪いんだからな? 恨むなよ?』

「ははは! 何を言う。お前如きが、あたしに勝てると思ってるのか? まったく。人を外見だけで判断しているんじゃないだろうな? あ? いいか、世の中にはな、外見通りじゃない強さの奴がいる。むしろ、外見だけで判断するのは、非常によくない。わかるか?」

『何をを言うんだ? この俺が、お前に負ける? んなわけないだろう。俺はな、こう見えても、ボクシングの世界チャンピオンなんだよッ!』


 いきなり殴りかかってくるが……ふむ、遅いな。


 こんなん、あくびが出る。


 あたしは、拳を片手で軽く受け止めると、そのまま握る。


『なっ!?』


 酷く驚いた表情を浮かべるが、何を驚いているんだが。

 あたしを相手にできる奴が、この世界にいるわけないだろう。


「んで? 世界……なんだっけ?」

『ふ、ふざけんなッ! 俺の拳が止められるわけ――』

「ああもう、うるさいな。いいから、眠ってろ」

『は――? ごふっ』


 瞬時に男の鳩尾に拳を叩き込み、ノックアウト。


 死なないよう、しっかり回復魔法を纏わせてるんで、破裂した傍から回復している。ふむ。問題なく、心臓も動いているな。


「んで? 世界チャンピオンとやらは倒れたぞ? ほれ、さっさと女を連れて来いよ」

『わ、わわわわかった! つ、連れて来る!』

「早くしろ。あたしは、気が長くない」


 待ってやる義理も、本当はないんだがな。下手に騒ぎにしたら、面倒だ。


 しばらく待つと、男が一人の女を連れて来た。

 女を見れば、何やら顔が青白い。

 それに、やや細っている。


 ……ほう? これは、ちゃんとした食事を与えてないな?


『そこの女。お前は、ミレッドランド出身でいいのか?』

『――っ!? あ、あなたは、言葉が……!?』

『まあな。一つ聞く。ここは娼館らしい。お前は、ここに残りたいか? それとも、あたしに……というより、あたしの知り合いに保護されるか。どっちがいい?』

『ほ、保護を……!』

『了解だ』


 ま、聞くまでもないな。

 あたしが、向こうの言語を話した途端に、期待したような目を向けていたし。


「さて、こいつはあたしについて行きたいそうだ。もちろん……渡してくれるよな?」


 にっこり微笑んで問うと、


『ふ、ふざけるな! て、適当な言葉を話しただけだろう!? なら、無効だ!』

「……テメェ、まさか、約束を破るってか?」

『ひ、ひぃっ!?』

「いいか。暗殺者を相手にする時はな……全部本当のことで話さなきゃならん。つまり、嘘を吐くなということだ。理解したか?」

『う、うるさい! こ、こうなりゃ……! こ、これでも喰らえ!』


 男は懐から拳銃を取り出すと、それをあたしに向けて発砲した。


 パァン! という、乾いた音が鳴るが……あたしの体からは、血が一切出てこなかった。


 まあ、当然だな。なにせ、あたしが……


『な、なぁッ――!?』


 手で掴んだわけだしな。


 銃というのは、やはり遅い。


 向こうの世界にも、一応銃という武器はあったが、こっちの世界の方が弾速は速い。

 だがまあ、それでも、対処には困らないな。あたしには止まって見える。


「まったく。こういう時は普通、相手が大切にしている者を狙うべきだ。例えば、そこにいる女とかな? もっとも、あたしが殺させるわけもないし、そもそも撃たせないんが……」


 こつこつと足音を鳴らしながら、ひょろい男に近づく。


「たしか、身元がはっきりしていない奴を、無理やりこういった店で働かせたりするのは違法、じゃなかったか? ええ?」

『く、来るな!』

「あたしも一応、向こうの世界では人を殺していてね。まあ、全員がクズみたいな連中だった。ああ、お前みたいなやつも何人もいたな。正直、あたしは証拠を残さずにお前を消し、自殺に見せかけることなんざ容易だ。特に、こっちの世界では余裕だ」

『な、何を言って……』

「だからまあ……目を覚ましたさっさと自首しな。じゃないと……殺すぞ」

『ヒィィィィィィィ!』


 みっともない悲鳴を上げて、男は気絶した。

 ……ご丁寧に、粗相もしてな。

 ……さて、と。


『ほれ、障害はぶっ飛ばした。行くぞ』

『は、はい……あ、ありがとうございます……』

『なぁに、気にするな。これは、あたしの仕事でね。そんじゃま、知り合いの研究所に連れて行く。そこならちゃんとした食事に、しっかりとした寝床もある。それに、かなり安全なはずだ』

『わかりました……。本当に、ありがとうございます……』


 なんとか、落ち着いたらしい。

 そんじゃま、さっさと行くか。

 あたしは『空間転移』を使用すると、アメリカの研究所に女を連れて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る