第456話 可哀そうな天使(冗談抜きで)

「あー、えーっと……これは、どういう状況なんですか?」


 悪魔との問題を解決して戻ってきたら、なぜか目の前の大勢の天使が跪いて出待ちしていました。


 文章にしてみると、ここまで頓珍漢な事態もないと思うんだけど。


 何があったらこうなるの?


「お初にお目にかかります。わたくし、天使長のフィルメリアと申しますぅ。男女依桜様、で間違いないでしょうかぁ?」

「あ、え、えっと、はい、そうですけど……」


 ……天使長と名乗る天使の人は、フィルメリアさんと言うみたい。


 名前はわかったよ? 名前は。


 でも……でもね。


「すみません。後光がすごすぎて、姿が見えないんですけど……」


 フィルメリアさんの後ろから差す光のせいで、まったく姿が見えない!


 辛うじて、体のシルエットとか声で女性の人ということがわかるだけで、顔とかがまったくわからない。


 ノエルさんの時もそうだったんだけど、天使の人ってみんな光ってるのかな?


「あ、申し訳ありません。すぐに光を切りますねぇ」

「え、それって切れるんですか!?」

「はい。オンオフ可能ですぅ。ちなみに、天使の輪も着脱可能で、羽は収納できますよぉ」

「べ、便利なんですね、天使って」


 なんか、夢が壊された気分。


「では、切りますねぇ」


 フィルメリアさんがそう言うと、後光がみるみるうちに小さくなっていき、気が付けば光が消えていた。


「こちらが、私の姿となります」

「なんと言いますか……天使、ですね。すごく綺麗です」

「私如きにもったいないお褒めの言葉、ありがとうございますぅ。そう言って頂けるだけで、私は二十八徹目に入れそうですぅ」

「前代未聞の徹夜日数!?」


 二十八徹って何!?


 どうやったらそんなになるまで徹夜できるの!?


 前にノエルさんに会った時も思ったけど、天使の世界ブラックすぎませんか!? 大丈夫? 死んじゃったりしないよね!?


 突然目の前でパタリ、とかならないよね!?


 しかも……フィルメリアさんの容姿が本当に綺麗なだけに、かなり残念!


 腰元まで伸びたゆるふわな翡翠色の髪で、瞳は金眼。


 顔立ちは、おっとり系の大人なお姉さんと言った感じで、身長の方は……百六十センチ後半、かな? 結構高い。


 あと、スタイルがいいのか、とっても胸が大きい。


 これ、もしかしてボクよりも大きいんじゃないかな?


 ……は、初めて会ったかも、ボクより胸が大きい人!


 人じゃないけど!


 でも、なんだかちょっと嬉しい!


 ……なんだけど、フィルメリアさんの目を見てると、その……隈、だよね、あれ。


 目の下にくっきりとした隈が見えるんだけど。


 どう見ても、寝不足ですよ、っていう目だよね? 大丈夫? 本当に大丈夫?


「あ、間違えましたぁ。二十八徹じゃなくて、二万八千徹でしたぁ」

「桁がバグってますよ!?」


 それ、日本人の平均寿命に近いくらいの年月なんですけど!


 あと、絶対に間違えるような桁じゃない。


 ……それだけ、仕事をしているっていうことなのかな。


 お、恐ろしい。


「すみません。どうやら、間違えてしまったようですぅ」

「間違えたで済ませていい徹夜数じゃないですよ!? 体は大丈夫なんですか!?」

「の、ノエルの言う通りでしたぁ……。ほ、本当に、私たち天使を心配してくださいますぅ!」

「感極まるところじゃないですからね!? というか、どれだけ酷使されてるんですか、神様に!」

「ミリエリア様がこの世界を創造した頃から、でしょうかぁ」

「……具体的な年数は?」

「えーっとぉ……ン億年?」

「アウトです! 休んでください!」


 そのレベルで酷使なんてされていたら、絶対に死ぬよ!


 天使だから死なない、とか言いそうだけど、だとしてもそれはダメ! 過労死、ダメ、絶対!


「わ、私に休めと、そうおっしゃっているのですか……!?」

「え、そ、それは、まあ……。だって、そんなに働いていたら、いくら天使と言ってもその……可哀そうだなって」

「……(ぽろぽろ)」

「なんで泣いてるんですか!?」

『『『うっ、うぅっ……!』』』


 って、よく見たら後ろの天使のみなさんも泣いてるし!


 なんで!?


「……まさか、私たちに休めと言ってくださったり、可哀そうと言って下さるなんて……初めてですぅ……」


 理由が悲しい!


 ノエルさんの時に薄々気づいてはいたけど、本当にブラック企業なんだけど! というか、ブラック企業の方がはるかにマシと思えてくるレベルの何かなんだけど!


 神様、せめて優しくして上げましょうよ!


「……そんな話を聞いたら、普通の人は休んでと言うと思いますが」

「……残念ながら、私たちのクソ上司――ではなく、あたまのねじが無くなっている方たちですので、休みを頂けないのですぅ……」


 毒が、入ってるね。


 これはもう、休まないとダメな気がしてきた。


「いっそのこと、ストライキとかしたらどうですか? 神様たちに」

「ストライキ、とはなんでしょうかぁ?」


 え、もしかしてストライキ、知らない……?


 他の天使のみなさんを見ても、首を傾げてきょとんとするだけで、誰一人として知っているような様子は見られない。


 ……それほどまでに、逼迫していたんだ、天使のみなさん。


「え、えっと、ストライキと言うのはですね、簡単に言えば雇用側の行動や考えに反して、労働者や労働組合の人たちが、仕事をしないで抗議をすることを言います」

「そ、そのようなものがあるのですかぁ!?」

「あるんです。法の世界だと、割と実例が多いですよ? まあ、ストライキは起きない方がいいんでしょうけど、実際人を人とも思わないような黒い人たちがいますからね。多分、一生亡くならないものだと思います。なので、天使のみなさんもストライキしてみてはどうでしょうか?」

「……それはいい考えかもしれません! あのクソ上司たちは、いつも命令するだけで、自分たちで何もしない方たちですからねぇ!」


 それは酷い。


 やっぱり、トップの人たちこそ、命令するだけでなく何らかのお手本を見せたり、率先して仕事をしないと。


 命令だけだと、反感を持たれるだけだから。


 ……でも、よく今まで天使のみなさんは反旗を翻さなかったね。


「それがいいと思います。でも、自分で提案しておいてなんなんですけど、ストライキなんてして大丈夫なんでしょうか? その、こっちの世界とかに影響とか……」

「特に問題はありませんよぉ。私たちがおもにしているのは、人間界で何らかの問題が起こっていないかを監視し、仮にそこに住む方たちによる対象が不可能な事象が発生した場合に限り、私たちがこちらの世界に出向き解決する、と言うものでしたからぁ。なので、私たちがこちらの世界に残ることは、特に影響はありませんよぉ」

「な、なるほど……」


 あれかな。海に行くとよく見かける、ライフセーバーの人みたいな感じなのかな?


 そんな仕事を、ずっと休まずに続けていたわけだし……尊敬はするんだけど、これだと尊敬以前に心配が先に来ちゃうよ。


 ……あれ?


「あの、天使のみなさんがこっちにいるっていうことは、何か人間では対処が不可能なことが起こったんですか? 特に何も起こっていないような気がするんですけど……」

「それなのですが、私たちがこちらの世界に来る頃にはすでに終わっていたみたいなんですよぉ」

「え、それって誰かが解決しちゃった、っていうことですか?」

「はいぃ。というより、依桜様が解決為されてようですしぃ」

「え、ボク、ですか?」


 ボクが解決したことと言うと……あ、もしかして。


「あの、悪魔たちのことですか?」

「そう、そうです! 私たちは悪魔たちがこちらの世界で悪さをしようとするのを感じ取り、天使総動員でこちらの世界に降りて来たのですぅ。ただ、私たちが降りてくる頃には、悪魔はすでにおらず、各地で戦闘の形跡だけがありましたぁ」


 ……それ、師匠とボクじゃない?


 セルマさんが見た限りでは、師匠が一方的に悪魔を倒して回っていたみたいだし、それで全滅したって言ってたから。


 そもそも、悪魔って数えただけで数百人はいたように思えるんだけど。


 悪魔一人一人がかなりの強さを誇っていたのに、それを一人でほぼ全滅。


 ……やっぱりおかしい。


「あー……なるほど。こっちの世界の悪魔を倒したのは、正確に言えばボクの師匠ですね」

「師匠と言いますと……ミオ様でしょうかぁ?」

「そうです。あとは、この国に残してきた、ボクの分身体が対処してくれたみたいですね」

「なるほどぉ。まさか、お二人で対処なされてしまうとはぁ。……ですが、悪魔はまだ生きているようですねぇ。今後、このような事態が起きないとは限りませんしぃ……」


 感嘆したと思ったら、すぐに心配そうな顔になる。


 まあでも、その心配はいらないんだけど。


「大丈夫ですよ。ボクが魔界に直接行って、二度と人を襲わないように約束させてきましたから」

「ほ、本当ですかぁ!?」

「はい。まあ、その過程でセルマさんと契約しましたけど……」

「あ、悪魔王とですかぁ!?」

「はい。えっと、何かまずかったですか……?」

「まずいと言いますか……悪魔王と言えば、無駄に強くて、ちょっと我儘なところがある悪魔ですからぁ。そんな悪魔と契約した、何を対価に持って行かれるかわかりません」


 無駄に強いって……地味に言い方が酷い。


 それだけ、悪魔と仲が悪いっていうことなのかな……? 前に喧嘩してたし。


「対価はないそうです」

「そうなのですかぁ?」

「はい。師匠に倒されたボロボロの悪魔たちを治すと言ったら、セルマさんが契約を持ちかけてきまして。お礼代わりと言っていましたよ。しかも、セルマさんが使い魔のような状態みたいです」

「あの悪魔王がぁ……」

「なので、大丈夫だと思いますよ。セルマさんと契約したことで、なんかボク、悪魔の王みたいなことになっちゃったみたいですし……」

「依桜様がぁ!? そうなってきますと、今後は悪魔の被害を心配しなくてもいい、ということですねぇ?」

「そう、だと思います。悪魔たちも約束してくれましたし」

「悪魔は上下関係が絶対で、尚且つ約束は必ず守る種族ですからねぇ。きっと、大丈夫でしょうぅ」


 よかった、天使長のフィルメリアさんのお墨付きももらえた。


 これなら、今後悪魔たちが暴れることはなさそうだからね。


 ショッピングモールの時のようなことが起こることは、もうないはず。


「ですが……悪魔と契約、ですか」

「えと、どうかしたんですか?」

「……いえ、悪魔王がずるいなぁ、と思いましてぇ」

「ずるい、ですか?」

「はいぃ。我々は仕事ばかりなのに、抜け駆けするように契約をしたのですよぉ? しかも、依桜様に助けられたことで、契約ももぎ取ってますしぃ……」


 抜け駆けって……。


「あの、もしかして、天使も契約とかあるんですか?」

「ありますよぉ。悪魔とは違って、かなりライトなものですけどねぇ」


 なんだろう、微妙に棘を感じる。


 そんなに仲が悪いのかな……?


「んー……」

「どうしたんですか? フィルメリアさん」

「……依桜様、一つお願いがあるのですがぁ」

「はい、なんでしょうか? ボクにできる事なら何でもしますよ。でも、難しいものはちょっと厳しいですけど……」

「そう言ってもらえてよかったですぅ。お願い、とは言っても簡単なものですよぉ」

「そうなんですか?」

「はいぃ」


 簡単ならよかった。


 でも、フィルメリアさんのお願いって何だろう?


「えっとですねぇ。私と、契約していただけませんかぁ?」

「……え、契約、ですか?」


 フィルメリアさんのお願いと言うのは、ボクとの契約だった。


 ……いやなんで?


「はいぃ。正直なところ、もう天界には戻りたくなくてぇ……。かと言って、一度戻ったらこっちに降りて来ることは難しくなりますしぃ……。そこで、考えましたぁ。依桜様と契約をすれば、いつでも地上に降りることができますぅ」

「なるほど。でもそれだと、フィルメリアさんしか降りてこられない気が……」

「その心配には及びませんよぉ。天使長である私が降りさえできれば、他の天使たちもこちらの世界に来ることは可能ですからねぇ」

「あ、そうなんですね」


 悪魔の次は、天使との契約かぁ……。


 別に断る理由はないんだよね。


 でも、何かデメリットがないかだけは知っておかないと。


「えっと、その契約をするのは別に構わないのですが、何かデメリットとかってありますか?」

「特にありませんよぉ。むしろ、あらゆる恩恵を得られますから。間違っても、契約者の方にデメリットがあるようなことはあってはなりませんからねぇ」

「それはよかったです」


 デメリットはないと。


 むしろ、契約するとプラスなことしかないみたいだし……。


 でもこれ、セルマさんと契約をしている状況で、契約しても大丈夫なのかな?


「あの、セルマさんと契約と反発する、みたいなことって……」

「ありませんよぉ。天使は天使の。悪魔は悪魔の契約となっていますので、お互いが邪魔し合うことはありませんよぉ。まあ、天使と悪魔なので、本人同士の方はそうとは限りませんけどぉ……」


 あ、やっぱり仲悪いんだ。


 でも、今の話だと契約がおかしな状態になることはなさそうだし、その辺りは大丈夫そうかな。


 それに、単純に天使のみなさんが心配。


 ボクが契約すれば、休ませてあげることができるような気がするし……うん。


「わかりました。契約を受けましょう」

「あ、ありがとうございますぅ! まさか、本当に受けてくださるなんてぇ……」

「まあ、さすがに天使のみなさんが可哀そうだったので……。それに、フィルメリアさんと契約することによって、他の天使の人たちも降りられるとのことですし、契約した方が他の天使のみなさんも地上でゆっくり休めそうですからね」

「そ、そこまで我々のことをぉ……! 依桜様!」

「は、はい?」

「もういっそのこと、我々の主になっていただけませんかぁ!?」

「……え!?」


 何か言いだしたんだけど!


 どういうこと? え? 主? いやボク人間なんですが!


「仕事ばかりを押し付けてくるクソ上司たちに比べれば、依桜様に仕えた方が我々は辛い状態で生活することがなくなりますぅ」

「は、はぁ……」

「それに、依桜様にお会いしてからと言うもの、どこか懐かしいような、不思議な感覚が私の胸中にあるのですぅ。まるで、どこかでお会いしたかのような、そんな感覚がぁ」

「でもボク、天使の人たちとは会ったことがないんですけど……」

「はい、私たちも依桜様にお会いしたことはないと思いますぅ」


 だよね。


 むしろ、こんな特徴的な人たちと会っていたら、確実に憶えていると思うし。


 仮に幼少期の頃でも憶えてたんじゃないかな。


「でも、仕えるって言われても、ボクは天使のみなさんを使役したいなんて思いませんし……そもそも、ボクなんかに仕えてもいいんですか? ボク、人間ですよ?」

「構いません! 百年ほどの関係になるかもしれませんが、それでもクソ上司たちにいいようにこき使われることに比べたら、まさに天国ですぅ!」

「そ、そうですか」

「ですので、どうか、私たちが依桜様にお仕えすることを、許していただきたいのですぅ!」

『『『何卒!』』』


 え、これどういう状況?


 ちらっと蚊帳の外状態になっている未果たちを見ると……


「頑張れ」


 目を逸らして引き攣った笑みを浮かべながら、そう言われてしまった。


 ……救いの手は、ないんですね。


 はぁ……でもボク、こうやって誰かにお願いされると断れないんだよね……。


 なんでだろう? そもそも、断ると言う考え自体が出てこない。


 それに……なんだかんだで、クナルラルでも押し切られたしね……。


「……わかりました。わかりましたから、その、ボクに跪くのはやめてください! すごく見ていて気持ちのいいものではないので!」


 そこがちょっと問題と言えば問題。


 さすがに、ちょっとね。


 跪かせる趣味なんてないよ、ボクには。


「ありがとうございますぅ! では、今後ともよろしくお願いいたしますぅ!」

『『『よろしくお願いいたします!』』』

「あ、あははははは……」


 なんでこうなったんだろうね。


 ボクにはまったく、わかりません。


 ……旅行に来たのに、なぜか天使と悪魔のトップになっちゃったよ。どういう状況? これ。


 ちなみに、天使との契約でも、やっぱり髪の毛を食べてました。


 特殊すぎませんか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る