第410話 ケモロリと変態(女の方)

 お昼ご飯を食べた後は、自由時間。


 昨日とは違い、そこまで時間がかからなかったため、時間が結構ある。


 肝心の師匠なんだけど、一応林間学校の方に付いてきていたんだけど、途中でいなくなってました。


 この林間・臨海学校が始まってから、師匠はたまに一人でどこかに行っているみたいなんだよね。


 一体どこに行っているのかすごく気になって、訊いてみたりしたんだけど、


『気にするな。あたしの私用だ』


 って言ってはぐらかされました。


 まあ、師匠はもともとこっちの世界で単独で動いているみたいだし、今更と言えば今更なんだけど……それでもちょっと気になる。


 大丈夫なのかな、師匠。


「依桜君、どしたん?」


 師匠のことを考えながら、岩場の上に座って足を川の水に浸けながら座っていると、女委がどうしたのと声をかけて来た。


「あ、めい。ちょっとね」

「んー、依桜君のことだし、ミオさん関連?」

「……よくわかったね」

「ふっふふー。伊達に中学一年生の時から友達をやってませんぜー。あとは、単純に依桜君の表情でなんとなく、かな?」

「ボク、そんなにかおにでてた?」

「どうだろう? 依桜君って、昔から表情作るのが上手かったし、嘘を吐くのも上手いからねぇ。気づいたとしても、わたしらだけなんじゃないかな?」

「そっか」


 つまり、みんなにはバレバレかも、っていうことだね。


 それなりに長く友達をしているだけあるよね、本当に。


 だからこそ、ボクは心の底から感謝しているんだけど。


「ねえ依桜君。横に座っていい?」

「もちろん」

「んじゃ、おじゃまして。おー、水が冷たくて気持ちいいね」

「うん」

「というか依桜君、その姿用の水着とか持ってたの?」

「あ、これはつくったの。さすがに、しっぽあながあるみずぎなんてないからね」


 女委が指摘した通り、ボクは今水着を着ています。


 一応、ワンピースタイプのもので、スカートが長め。


 丈は膝より少し下くらいかな。


 露出が少なくて結構好き。


 対して、女委が来ているのは薄桃色のオフショルダータイプのビキニ。普通に似合ってる。


 水着を着ていることからわかる通り、自由時間は川で遊んでいます。


 まあ、ボクはちょっと座っているんだけどね。


 だって、水が深いんだもん。


 あと、流されそうだし。


 今の身体能力でも問題ないと言えばないんだけど、最悪の可能性を想定して、一応はこうして座ってます。


 ただ、たまに川に入ってみんなと遊んだりもするけど。


 そう言えばこの姿だと、普通の泳ぎ方(間違っても、例のものじゃないです。クロールなどです)犬かきの方が泳ぎやすいということに気づきました。


 狼だからかな?


「やっぱり、便利だよね、依桜君って。羨ましい」

「あはは。でもそのかわり、ボクはいろいろなものをうしなったきがするよ」

「例えば?」

「うーん、たとえば……たいいくさいとかで、みんなといっしょにほんきでがんばる、っていうこととかかな? こっちのせかいでボクがどりょくすることといったら、だいたいはべんきょうくらいだから」

「でもさ、帰ってきてからの依桜君の成績って、結構上がってたよね? やっぱり、異世界効果?」

「どうだろう? さいしょはししょうのしゅぎょうのせいかかなとおもったけど、あとあとかんがえてみたら、いせかいにいったちょくごだったようなきもするかな? ふしぎだよね」


 どうしてなんだろう?


 ボクの体調が安定したのもあの時だったし、何かと異世界に縁があるのかな? ボク……というより、ボクの体って。


「ほほー。異世界に行くと、頭がよくなるのかね? それとも、依桜君だけなのか。まあ、どちらにせよ、依桜君はこっちだと努力をする、という行為のほとんどが無意味になりつつあるんだね」

「そうだね……」

「努力ねぇ……依桜君は、多分、自分自身が本気を出すことよりも、他の人の本気を引き出す方が上手いんじゃないかな?」

「ほかのひとの?」

「そうそう。ほら、依桜君って教えるのが上手いし、どうやったらやる気を出してくれるのか、みたいなのもなんとなくわかってるみたいでしょ?」

「まあ……なんとなくは?」


 小学校に職業体験で行った時も、柊先生に言われたっけ。


 ボクって、そんなに教えるのが上手なの?


「そう考えたら、依桜君が本気を出せるのって、ある意味、誰かの為、とも言えるよね」

「だれかのため……」

「実際、わたしが依桜君と出会ってからこれまで、依桜君が本気を出していたように見えたのって、自分自身と言うよりも、誰かの為に本気を出してるように見えたしね~」

「いわれてみれば、そう……かも?」


 向こうの世界でも、自分の為に頑張った、と言う面もたしかにあったにはあったけど、途中から困っている人を助ける為、にすり替わっていた気もするし……。


 ボクがボクの為に動いたことって、言われてみればないかも。


 なんでだろう?


「なんと言うか、依桜君って自己犠牲の精神が強すぎるんだよねぇ。自分のことを棚に上げるから、尚更。なーんかね、心配なんだよ、わたしたち的には。去年の学園祭の三日目で、初めて弱音を吐いたじゃん? あれ、嬉しかったんだよね」

「どうして……?」

「決まってるじゃないか! いつもはほのぼの~とした笑みを浮かべていて、誰かの為に頑張っちゃうような依桜君が、珍しく弱音を吐いてくれたんだもん! そりゃぁ、友達として嬉しいよ!」

「……そうなんだ」


 なんだか、本当に恵まれてるよね、ボクって。


 普段は何かとふざけてたり、おかしなことを言ったり、恥ずかしい服を着せたりする女委だけど、性格はすごくいいもん。


 それに、真面目な時は真面目なことを言うし、しかもそれが本心。


 だからきっと、今女委が言っていることも本心なんだろうね……。


 本当に、嬉しいよ。ボクは。


「それに、一人で抱え込んでいたら、いつか依桜君が壊れそうだもん」

「うっ……それは、みかにもいわれました……」

「でしょでしょ? だからさー、依桜君はもっとこう、わたしたちを頼ればいいと思うんだよ。ついでに、肩の力を抜いたりとかさ。わたしたち、みーんな依桜君のこと大好きだからね!」

「めい……」


 どうしよう、笑顔でそう言われたから、ちょっと泣きそう……。


 こんなに正面から言われると、嬉しすぎるよ。


「でもさー、わたし思うんだよ」

「えっと、なにを?」

「ほら、依桜君って寿命が延びたー、みたいに言ってたでしょ?」

「うん。でも、いまはながくても100ねんっていわれてるけど……」

「そこだよそこ。たしか、魔力で延びるんだよね? 寿命って」

「う、うん」

「で、たしか解呪の影響で寿命が削れて、さっき言った百年になってるんだよね?」

「そうだよ」

「で、わたし考えたんだけど、依桜君って、ミオさんに色々と教え込まれてるみたいじゃん? こっちの世界で」

「うん」

「それに組み手とかもしてる時があるということは……依桜君の寿命、またちょっとずつ延びてるんじゃないのかな?」

「――っ!」


 鋭い……!


 普段の言動とか行動がアレだから、女委って周囲から割と頭が悪く見られがちなんだけど、実際はその反対で、とても頭がいい。


 でないと、経営とかハッキングとかなんてできっこないし、何より、ここまで鋭い指摘なんてできない。


「お、図星かな? まあ、そんな感じなんだろうなー、とは思ってたけどね」

「……よくわかったね?」

「まねー。これでも、友達だよ友達。まあ、確証はなかったけどね。でも、時たま依桜君が、ちょっと寂しそうな顔する時があったし、将来のこととかを話すときも、微妙に悲しそうな顔だったし。まあ、そうなのかなーって」

「めいって、ほんとうにすごいね」

「にゃははー。もっと褒めてもっと褒めて!」

「うん、すごいよ、ほんとうに」


 そう言いながら、ちょっとだけ女委に寄り掛かる。


「おおっ、ケモロリが寄り掛かって来た! 可愛いね、依桜君!」

「ちゃ、ちゃかさないでよ……もぉ」

「にゃはは。ごめんごめん。でも、急にどうしたん? 珍しいけど」

「ちょっと、よりかかりたくなっちゃって……」

「そっかそっか。まあ、わたしはいつでも大歓迎さ! いやぁー、この小さな重みがたまらないぜ!」

「めい……?」


 なおも茶化すような発言をする女委に、軽くジト目を向ける。


「まあ、冗談はさておき。依桜君がこうして寄り掛かってくれるのは、普通に嬉しいねぇ。昨日はなんか、未果ちゃんが膝枕してたみたいだし~?」

「はぅっ」

「わたしの場合は、寄り添い、かぁ。うんうん、いいねぇ、こういうの。百合っぽくて最高です」

「ゆ、ゆりって……」

「あー、百合というより、おねロリ的な物かな? 絵的に」


 それはよくわからないです。


 単語的に、お姉さんと幼い女の子のペアって言うところかな?


 うーん?


「で、どうだい? 依桜君。わたしのこの体は」

「……え、えと、あ、あったかくて、やわらかくて……おちつく、かな?」

「お、おおぅ。まさか、照れ顔で言われるとは……本気の照れ顔あざます!」

「も、もぅ、めいったら……」


 普段と変わらない調子に、なんだかほっとした。

 女委はこうじゃないと、なんか嫌だもん。


「あ、そうそう依桜君」

「なに?」

「十中八九、依桜君が悲しそうな顔をしたのは、依桜君だけがわたしたちの中で一番長生きしちゃって、尚且つ、わたしたちを看取ることになるのが悲しい、とか思っているんだろうけど」

「……」


 いきなりボクの考えていたことを言い当てられて、思わず女委の顔を見た。


「大丈夫だよ。わたしたちはずーっと友達だし、一緒にいるから」

「……めい」

「それはきっと、未果ちゃんたちもそう思ってるんじゃないかなぁ。仮に、みんなに別々の家族が出来たとしても、仲良しだったのは変わらないし、友達――親友だったことは忘れないよ。だから仮に、わたしたちが依桜君よりも早く死ぬときは、笑顔で看取って欲しいな。いいかな? 依桜君」

「……うん、もちろんだよ。めい。でも、ボクがかんがえていたことは、おみとおしだったんだね」

「当然。少なくとも、その辺に鈍い態徒君ですら、微妙に気づいてるんじゃないかな? 態徒君は変態で馬鹿だけど、そう言うところはちょっと鋭いしね~」

「たいとも……」


 ボクって、嘘を吐くのが下手なのかなぁ……。


 これじゃあ、どっちが守られているのかわからないよ。


 でも……


「ありがとう、めい。げんきでたよ」

「お、ほんと? ならよかったぜー! いやー、前々から話そうかなー、と思っていたんだけど、なかなか機会がなかったからね。一人で座っているのを見て、絶好のチャンス! と思ったんだよ。ついでに、あわよくば依桜君と触れ合える! って思ったしね」

「……さいごのがなければ、もっとよかったんだけどなぁ」

「にゃはは! これがわたしさ! まあ、ともかく。人生まだまだこれから! ならば、全力全開で楽しんだ方が、絶対の勝ち組だよ!」

「うん、そうだね。じゃあ、そのために、ボクたちもみかたちのところにいこ」

「よしきた! じゃあ、依桜君、ちょっと立って」

「うん。えっと、こう?」

「そそ。じゃあ、失礼してと」

「ふぇ?」


 いきなり、女委に後ろから抱きしめられたと思ったら、不意に抱っこされた。


 女委の大きな胸が頭に乗っているんだけど……。


「よっしゃー、イクゾー!」

「ひゃああああ!?」


 女委のノリノリの掛け声とともに、ボクは女委に抱っこされたまま川に飛び込みました。


 つ、冷たい……。


「おーい、未果ちゃんたちやー、わたしたちも混ぜて混ぜてー!」


 女委に抱きかかえられたまま、ボクたちは未果たちの所に向かいました。



 その後と言えば、なぜか他の人に抱き抱えられたり、熊さんたちが川に入ってきて一緒に遊んだり、あわや態徒が流されかけたりしたけど、とっても楽しい時間を過ごしました。


 林間学校、とてもよかったです。


 ……と、そう思っていたのはこの時までで、旅館に戻った後、ボクには絶望が待ってました。

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