第409話 血まみれケモロリ

「まったく……いきなり熊と一緒に現れるなんて、予想外よ」

「本当にな。なんらかの出来事を必ず引き起こすとは、さすが依桜、と言うべきなのか、ここは」

「あははは……なんか、ごめんね」

「謝らなくていいよ、依桜ちゃん。うちももう慣れたし!」

「そ、それはそれでびみょうなきぶん……」


 まだ出会って一ヶ月も経っていないエナちゃんにそう言われると、ボクってそんなに変なことに巻き込まれやすいのかなぁ、って思ってしまう。


 ……あ、違う。そもそも変なことに巻き込まれやすいのは昔からだった……。


「んで? さっきから気になってるんだけどよ、それって……猪か?」


 態徒が親熊さんによって運ばれてきた猪を見てそう尋ねる。


「うん、そうだよ。たまたまかりのかえりだったらしくて、これをくれたの。ね」

『グォォ』

「本当に懐いてるのね、依桜に」

「うん、かわいいよね、このくまさんたち」


 初めて会った時は、威嚇されながらのものだったけど、今回はむしろ好かれている方の好意だったから、素直に嬉しい。


 そして、すごく可愛い。


 ……ハッ! 今思ったんだけど、メルたちがこの熊さんたちと戯れていたら……あ、すごくいい! すごく可愛い! どうしよう、見てみたい!


 うぅ、なんで初等部も参加じゃないんだろう……?


 可愛い熊さんたちと戯れる可愛い妹という組み合わせは、至上なんじゃ……!?


 今度、ふれあい動物園みたいな場所に連れて行ってみよう。


 ちょっと想像……あ、想像だけでも、とっても可愛い!


 な、なんということでしょう……これは、是が非でも行こう! でも、夏場に行くにはちょっときついし、行くとしたら秋だね!


「……なんか、依桜がちょっとだらしない表情してるんだが」

「十中八九、メルちゃんたちのことを考えているんだろう」

「あー、納得。シスコンだし」

「依桜君、メルちゃんたちのことになると、本当に人間が変わったようになるからねぇ」

「妹ちゃんたちのために、アイドルはやりたくない、って言った直後に、お願いされたらすぐに覆しちゃうような女の子だもんね、依桜ちゃん」


 じゃあまずは、家の近くにあるかどうかを調べないと。


 なかったら……ちょっと遠出になるかなぁ。


 まあでも、メルたちと一緒にお出かけできると考えたら、それだけでもう、お姉ちゃんは嬉しいです。


 問題は、メルたちが行くかどうか……って、みんなの反応を考えると、普通に行きそう。というかむしろ、ノリノリになりそう。


 うん。絶対秋に行こう。


 可愛いメルたちが見たいです。


 あの地獄みたいな暮らしから解放されたんだから、みんなには幸せに暮らしてもらいたいからね!


 それに、動物園はまだ行ったことないしね。


「あー、依桜?」

「……うーん、でも、どういう場所が……」

「依桜―」

「むぅ、いい場所……いい場所……」

「依桜!」

「ひゃぅっ!? な、なになに!?」

「まったく……呼んでるんだから、返事くらいしなさいよ」

「あ、ご、ごめんね……」

「……まあ、大方メルちゃんたちのことを考えていたんでしょ?」

「え、な、なんでわかったの? え、エスパー?」


(((((顔に出てるからなんだよなぁ(よねぇ)……)))))


 なんでみんな、ちょっと呆れた表情を浮かべているんだろう?


 ……ま、まあいいよね。うん。きっときのせい……だと思いたい。


「そ、それで、なに?」

「なにも何も……とりあえず、材料は集まったのよね? そっちは」

「あ、う、うん。めい」

「ほいきた! これだぜこれ」


 ボクは女委を呼ぶと、女委は背中の籠を下ろして中を見せる。


 そこには、山の中で採った山菜やきのこ、木の実などが入っていた。


 もちろん、全部毒がなくて、美味しく食べられるものです。


『鑑定(下)』って、便利だよね……。

「結構採ったんだな。それに、そっちの猪も含めると、十分すぎる」

「そうだね。でも、うみとはちがって、きのうみたいなだいきぼなりょうりはちょっときびしいかなぁ……。多分、作れても50にんまえくらい?」

「いやそれで十分だろ!?」

「え、そ、そう? いつもなら、1000にんまえくらいよゆうにできるけど……」


((((どこの化け物……?))))


「依桜ちゃんすごいね!」


 この姿だと身体能力が低下しちゃうから、いつもよりも動けないんだよね……。


 それでも、こっちの世界では十分なんだけど。


 今だと……ヴェルガさんに辛うじて身体能力では勝てるくらいかな?


 でも、一度戦った人なら、ある程度知識もあるので問題ない、と言えば問題ないんだけど。


「それはそれとして、ほかのみんなはなにをとったの?」

「私たちの所は、とりあえず、魚を釣ってたわ。意外と釣れたわよ。人数分は最低限確保したし」

「俺と御庭の所は、依桜たちと同じように山菜などをメインに採ってたな。まあ、さすがに依桜たちほどではないが」

「まあ、わたしたちは結構採ってたしねぇ」

「そ、そうだね」


『鑑定(下)』のスキルがあれば、どこにあるかなんて一目瞭然だし、なにより、この姿でも十分な身体能力は持ってるからね。


 幼稚園児くらいで、ようやくこっちの世界の範疇に収まるんじゃないかなぁ、ボクの身体能力って。


「じゃあ、どう料理するの? さすがに、山菜とかを使った料理なんてできないし、そもそも猪とか解体できるの? って話なんだけど」

「あ、うん。かいたいはボクがやるからだいじょうぶ。まかせて」


 そう言うと、みんなはなぜか『ああ、うん。そうだよね……』みたいな、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。


 ……解体は、向こうの世界で散々したので……。



 というわけで、猪の解体。


 さすがに、六人では食べきれない量なので、熊さんたちにも分ける……というか、元々熊さんに貰ったものなので、返す? が正しいのかな?


「んしょ……んしょ……」

「……どうしよう、ケモ耳ケモ尻尾が生えた、小学一年生くらいの幼女が、血まみれになって解体してる姿がその……アレ過ぎるんだけど」

「言うな。俺も思っている。どう見ても、野生児的な何かだろう、あれは」

「しかも見ろよ、クッソ的確なんだが。しかも、手の動きに淀みがねぇ」

「猪の解体って、あんなに簡単にできるの?」

「普通は無理なんじゃないかな? 依桜ちゃんが特別っていうだけで」


 あれ? 後ろでみんなが何か話してるような……。


 まあ、この光景のことを話してるのかもね。


 解体だもん。


『天使ちゃん、猪の解体までできるのか……』

『なんか、ナイフ持ったケモロリってのも……いいな』

『わかる。こう、可愛らしい幼女が、絶対に持つことのないナイフと言う凶器を持っているギャップが半端ないな』

『ギャップ萌えか……』


 うん? なんだか、他の人たちからも視線が……。


 まあいいよね。とりあえず、どう料理しようか。


 一応血抜きはしたけど、それでもまだまだ臭みはありそう。それを消さないと、みんなには出せないね。


 まあ、臭みくらいだったら割とすぐに消せるんだけど。向こうの世界のあれこれの応用で。


 それに、臭みの元になってるのは血だからね。


 しっかりと血抜きをして、丁寧に下処理をすれば、臭みのない美味しい猪肉が食べられるというわけだね。


 たしか、調味料の他にも、小麦粉、パン粉、卵、お米、パスタ、といったものは先生方の方で用意してくれているみたいだから、それを活用かな。


 うーん……じゃあ、猪カツにでもしようかな。


 あーでも、ステーキも捨てがたいし……やろうと思えば鍋も作れるんだよね。


 ぼたん鍋。ちょっと作ってみたい。


「ねえみんな。カツとステーキとぼたんなべ、どれがたべたい?」

「え、作れるの? 依桜」

「うん。つくれるよ」

「猪の肉すら調理できるのかよ……マジで、半端ないな、依桜の料理スキル」

「えっと、それで、どれがたべたい?」

「うち、カツが食べたいかも。美味しそう」

「俺はステーキだな」

「私もカツね」

「オレ鍋」

「わたしはステーキ」

「ば、バラバラだね……。まあ、いっぱいあるし、ぜんぶつくろっか」

「「「「「さすがっす!」」」」」


 じゃあ、早いところ解体しちゃって、下処理しないとね。



 解体を終え、下処理を済ませて料理開始。


 一応、ボクの鼻は今現在鋭敏になっているので、臭みがあるかどうかがまるわかり。


 こういう時、便利なのかもね、この姿は。


 おかげで臭みがあるかどうかがわかるし、この状態で臭くないと感じれば、普通の人も臭みがないと思はずだしね。


 うん。やっぱり便利。


「依桜、とりあえず、あく抜きしておいたぞ」

「あ、ありがとう、あきら。そこにおいておいて」

「了解だ」

「依桜、とりあえず、こっちの準備は出来たわ。言われた通り、出汁も取ったわよ」

「うん、ありがとう、みか」


 さすがにこの姿だと色々と不便なので、みんなに手伝ってもらってます。


 通常時だったら、一人で全部こなせちゃうし、今の状態でもできないわけじゃないんだけど、みんなが


『『『『『手伝う!』』』』』


 って言ってくれたので、お願いしました。


 まあ、元々みんなで頑張る、みたいな行事だからね。


 本来、ボク一人でやる、というのはまずい気がするんだけど……ついつい楽しくなっちゃって、一人でやっちゃうんだよね、料理。


 昨日は、申し訳なかったと思ってます。


「あ、くまさんたちにもごはんあるから、ちょっとまっててね!」

『グォ!』

『『きゅぅっ!』』


 猪をくれた、せめてものお礼。


 美味しい物を食べてもらいたいからね。


「しっかしまあ、昨日ほどじゃないけどよ、それでも材料がとんでもなく多いよな、これ」

「だねぇ。山菜沢山、きのこもたくさん。あ、晶君と態徒君のも含めた方があ痛!?」


 下ネタを言ったのか、女委が痛みをこらえていた。


「……ド下ネタを言うなよ、女委」

「え? いまのってしもネタなの? どのあたりが?」

「……訊くな。依桜はそのままでいてくれ」

「???」


 どういう意味だったんだろう?



「依桜がピュアすぎて、私たちが汚れてるように思えるわ……」

「実際、汚れているような物だろう。依桜のは、ちょっと特別だ」

「まー、男の時ですら、エロ本を呼んで気絶してたような純情男の娘だったしなぁ」

「それはそれで見てみたかったぜ、わたし」

「依桜ちゃん、男の娘時からピュアだったんだ」



 みんなの協力もあり、無事に料理が完成。


 正直、作りすぎちゃった感じはある。


 猪肉のカツに、ぼたん鍋に、ステーキ。


 それ以外にも、アユ、イワナ、ヤマメが獲れていたみたいなので、それも使いました。


 唐揚げとかね。


 ちなみに、ぼたん鍋の出汁は、川魚の骨で取ってます。ありがたい限りです。


 山菜などは鍋の具材にしたり、天ぷらにしたり、おひたしにしたり、と言ったように、様々な料理にしました。


 なんだか、揚げ物が多くなっちゃったけど、そこはご愛敬。


 きのこの方は、ホイル焼きとか、炊き込みご飯とか、あとはお吸い物に使ったりかな。


 うん。作りすぎた。


「これ、全部食うのか……?」

「さすがに、多すぎるような気がするわね……」

「ちょっと、わたしでも辛いかなぁ」

「俺も無理だ。全部は」

「これはあれかな。昨日みたいにお裾分けかな?」

「……そうだね。せんせいにじじょうをせつめいしてくるよ」


 猪の量が量だったし、ボクたちが採ってきた山菜などの量も尋常じゃなかったため、ボクは昨日と同じように、お裾分けをすることに決めました。


 やりすぎは、よくないね。



 その後、昨日と同じように宴会のような状態に発展。


 ただ、昨日ほど量はなかったので、他の人たちは自分たちで採ったものを料理しつつ、ボクたちが作った料理を食べていました。


 その結果、何一つ残すことなく、完食できました。ありがたい限りです。


 ちなみに、熊さんたちにもご飯を作りました。


 お礼です。


 とっても美味しそうに食べてくれたのは、見ていてとても嬉しかったです。



 ちなみにこの時、依桜が血まみれだったことに、他の生徒たちや教師はものすごくびっくりしたが、気にしたら負けだと思って何も言わなかった。

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