第411話 肝試し

 三日目の夜。


 パンフレットにあった、謎の『???』の時間の直前になると、館内放送にて、


『生徒の皆さん、少しお疲れかもしれませんが、これからレクリエーションを行いますので、動きやすい恰好で旅館前に来るよう、お願いします』


 ということを言われた。


 どうやら、まだ何かあるみたいなんだけど……


「この『???』の部分だよね? 何があるのかな?」


 エナちゃんがパンフレットの一ヵ所を指さしながらそう言う。


 未果と女委の二人もそう思ったらしく、ちょっと考え込む素振りを見せた。


「んー……ま、行ってみればわかるでしょ。にしても、夕食の前後がお風呂の時間じゃない、っていうのは少し気になるわね」

「だねー。まあいいや。レクリエーションなら面白そうだし、何かわたしのネタになるものはないかな」

「めいはやっぱりそれなんだね。ともあれ、みんなふくそうはしふくだし、いこっか」

「「「おー」」」


 何するんだろうなぁ。



 と、内心ちょっとワクワクしながら、未果たちと旅館を出て、正面入口の前へ。


 そこには、すでに大勢の生徒がいて、みんな楽しそうに周りの人と話している。


「おっす」

「そっちも来たか」

「あ、あきら、たいと」

「そっちは何があるか知ってる?」

「いや、知らないな。俺達には今の三年生の知り合いはいないからな」

「まあ、わたしたちって、誰も部活とかに参加してないしねー」


 女委の言う通り、ボクたちは誰も部活動等に参加していないので、上級生の知り合いがいない。


 委員会に参加しているから、決して0というわけじゃないんだけど、友達のような関係の人はいないので、実質0みたいなもの。


 だから、ボクたちはそう言った面での情報収集はほとんど不可能なんだよね。


 ただ、女委だけは知り合いがいそうではあるけど……。


「あ、先生たち来たみたいだよ!」


 エナちゃんが入口の方を見ながら言うと、たしかにエナちゃんの言う通り、何人かの先生がこちらに来ていた。


『あーあー……よし、声は聞こえているな。突然集まってもらって申し訳ない。特に今日が臨海学校だった生徒たちは、海水によって髪の毛や肌などが多少べたつくが、この後のレクリエーションの内容上、先にお風呂に入るのはあれだったので、後に回した』


 あれって、何?


 一体何するの? 今回のレクリエーションって。


『さて、集まってもらったのは他でもない。これから行うレクリエーション、それは……肝試しだ!』


 ビシッ――!


「「「「あ」」」」


 その瞬間、ボクは固まった。


 同時に、エナちゃんを除いたみんなの声も聞こえた。


 でも、ボクはそれどころじゃなかった。


 肝試し……。


「……(ぶるぶる)」


 これから行われるレクリエーションが肝試しと知り、ボクの心はすでにワクワクから、ガクブルに変わっていた。


 今にも逃げ出したい衝動に駆られる。


『全員参加のレクリエーションなので、逃げることは許されません。なお、戻れないように玄関にはカギがかけられているので、参加するように』


 退路はっ……断たれたっ……!


 逃げられないという現実を突き付けられ、ボクは更に震えた。


 こ、怖い……。


 正直、もう先生の言っていることが聞こえない。


 肝試しをしないといけないという恐怖に、それどころじゃないから。


『―――というわけなので、今から四人組になってもらう! 学年は基本的に問わないので、各自四人組を決めたら、代表者が一名こちらに来るように! では、組を作れ!』


 辛うじて、最後の部分だけは聞こえた。


 先生のその発言から、他の人たちは組を作るために自由に動き出した。



 自由に組み始める周囲の生徒たちをよそに、私たちは一度集まって話し合っていた。


「……まさか、依桜にとっての最大の弱点が来るとは」

「依桜ちゃんの弱点?」

「ああ、そう言えばエナは知らなかったわね。普段は完璧な依桜なんだけど……実は、幽霊が大の苦手なのよ」

「マジ?」

「「「「マジ」」」」

「う、うぅぅ……」


 その肝心の依桜は、ぶるぶると震えていた。


 しかも、今にも泣きだしそう。


「あ、ほんとだ。すっごく震えてるし、何より、耳がぺたんってなってる。あと、尻尾も垂れ下がってるね」

「しかも、逃げられないと来たかぁ。んで、どうするよ? 四人組だってさ」

「そうねぇ……とりあえず、私たち女子で四人組を作ることにするわ」


 態徒の質問に、私はそう答えた。


「そうだな。俺もその方がいいと思う」

「えー、なんでだ?」

「んまー、この状態の依桜君は限りなく弱いし、下手に押し倒されたら問題になりそうだからねぇ。あと、下手な男子と組ませたくない! って言う、未果ちゃんの気持ちの表れかね?」

「正解。この状態の依桜は、あまり他に見せたくないわ。それでよからぬことを考える輩が出ないとも限らないもの」


 絶対出るわ。確実に。断言できる。


 なんだったら、私の命を賭けてもいいくらいね。


 あと、女委はよくわかってるわ。


「じゃあ、わたしたち四人で組むということでOK?」

「「OK!」」

「お、おっけー……」


 うっわー、本当に震えてるわ。


 大丈夫かしら?


「そんじゃ、オレと晶は適当にクラスメートの奴らと組むかー」

「そうだな。たまには、他の人と組むのもいいだろう」

「じゃ、オレたちは行くぜー」

「ええ、悪いわね、追い出すような形になって」

「いや、依桜のためだ。別に構わないさ」

「おうよ。やっぱ、友達が大事だしな!」


 軽く笑いながら、二人は離れていった。

 残されたのは私たち四人。


「私と女委はこう言うのに強いけど、エナってどうなの?」

「んーと、別段弱くはないよ。うち、心霊系って好きだもん!」

「なるほど、私たちと同じタイプ、ってことね。ともかく、依桜は見ての通り、幽霊がダメ。本人曰く『目玉がいっぱいの化け物とか、ゾンビとかなら平気』らしいわ」

「え、うち、どちらかと言えばそっちが無理なんだけど」

「いやいや、エナっちの反応が正しいんじゃないかな? 依桜君的には、物理的な攻撃が当てられない存在が苦手、って言う感じだしね」

「なる、ほど?」


 ほんっと、依桜って変なところがあるわよね。


 むしろ、面白い価値観とも言えるけど。


 目玉がいっぱいの化け物やゾンビ、スケルトン、グロテスクなモンスターなんかよりも、幽霊の方が苦手って……。


 そもそも、怖いの基準が触れるかどうか、って言う部分もどうかと思う。

「で? 依桜、大丈夫?」

「む、むりぃ……! だ、だって、く、くらいもん! あ、あきらかに、これからすすむみちがまっくらなんだもん……!」

「確かにねぇ。この辺りって街って言うわけじゃなくて、山の中だもんね。普通に考えてかなり恐怖だよね、これ」


 女委が言うように、この辺りは本当に暗い。


 何せ、山の中にある旅館だし、明かりがないから、先がほとんど見えない。


 時刻的には八時過ぎ。


 これが七時とかだったなら、まだ見えたんだろうけど……。


「まあまあ、怖かったら、うちたちが守ってあげるから! ね?」

「ほ、ほんとぉ……?」

「もちろんよ」

「あったぼうよ!」

「当然!」

「あ、ありがとぉ……みか、めい、エナちゃん……」


(((か、可愛い……)))


 今に泣き出しそうな顔且つ、潤んだ瞳で、ちょっとだけ笑みを浮かべているのは可愛すぎるわー……。


 なんとしてでも、守らないとね。


 ……ただこれ、ただただ役得なのでは?


「じゃあ、私が代表者として行ってくるわね。三人はちょっと待ってて」

「了解だぜー」

「うん!」

「は、はやくもどってきて、ね……?」

「光速で行ってくるわ」


 依桜のそのセリフは卑怯よ。

 何が何でも、早く行かないとね!



『じゃあ、次の組、スタートしてくれ』


 順番を待つこと三十分ほど。


 意外に早く順番が回って来た。


 順番が近づくにつれ、依桜の表情はどんどん青くなっていく。


 よっぽど怖いのね、依桜。


「じゃあ、進むわよ」

「「おー!」」

「ほら、依桜。怖かったら手を繋いであげるから。行くわよ」

「ぅ、ぅん……あ、ありがとぅ……」

「いいのよ」


 うっわー! 依桜の手、ちっちゃい! ぷにぷに! あったかい! そして、すべすべ!


 くっ、何と言う可愛らしい手!


 これは、素晴らしすぎる!


 私にとっては、天国みたいなレクリエーションだわ。



「うぅぅ……こ、こわいよぉ……み、みかぁ、て、てはなさないでね……?」

「もちろん」


 コースに入って数分。


 すでに依桜は泣きそう。


 なんと言うか……本当にこういったタイプのものに弱いわね、この娘。


 いやまあ、昔からだったし、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……だとしても、ちょっと心配。


 まあ? だからこそ、合法的にさりげなく、依桜と手がつなげるわけですが!


「依桜ちゃん大丈夫?」

「む、むりぃ――」


 ガサガサッ!


「ひぅっ!?」


 エナの言葉に、答えようとした矢先、近くの茂みから音が発された。


 それに怖がった依桜が小さな悲鳴と共に、私に抱き着いてきた。


 やっばい。本当に役得なんだけど……。


 正直、怖さとか全然ないわ。そこにあるのは、ただの癒しであって、脅かし要因の行動は、私にとってはご褒美にしかならない。


 ふっ……これが、勝ち組。


「ふぇぇ……」

「依桜君が泣きそうになってる。んむー、どうもこのコース、歩いて最低でも十分くらいはあるみたいなんだよねぇ」

「じゅ、じゅっぷん……そんなぁ……」

「ちょっと女委。依桜をこれ以上怖がらせないでよ。可哀そうでしょ?」

「そうは言うけど、あらかじめ基準を示しておいた方が、何かと楽だよ? あと、わたしも手を繋ぎたいです」

「唐突に本音を出してきたわね」

「あ、うちも繋ぎたい!」

「はいはい。じゃあ順番ね。依桜、それでいい?」

「だ、だれかがてをにぎってくれるなら……い、いいょ……?」


(((はぅあ! そ、その仕草は反則……!)))


 ぎゅっと手を握って、潤んだ瞳をしながら言われるのは本当に反則過ぎよ……。


 しかも、空いている方の手で拳を作って、自分の口元に持って行ってるのがポイント高いわ。


 くっ、なんなの、この可愛さの塊は……!


 しかも、耳と尻尾も不安なのか、基本垂れ下がったままだし。


 はぁ、この可愛さだけで、生きる活力が生まれるわ。


 なんて、私がそんなことを考えていると、


『キャーキャッキャッキャッ!』

「ひぁぁぁっ!?」

「おふっ」


 突然、魔女(?)のような笑い声を出す、人影が現れた。


 多分、うちの先生でしょうね、この調子だと。


 まあ、今ので悲鳴を上げながら依桜がしがみついてきたんだけどね!


 ぶるぶると体を震わせながら、私の体に体を押し付けているのがなんとも可愛い。


 しかも、顔もうずめている。


 やっばい。天国。


「あー、本当に依桜ちゃんって怖いの駄目なんだね」

「見ての通りさ、エナっち」

「納得!」


 依桜が可愛いけど、これ、持つのかしら?



「よっしゃー、バッターチェンジ!」


 わたしの番だぜぃ!


「め、めい、はなさないでね……?」

「おうとも!」


 おー、たしかに可愛い!


 不安に揺れる瞳! 怖いという感情がビシビシと伝わってくる表情!


 うーん、守ってあげたくなるオーラが全開だね!


「依桜君、怖がらなくても、お姉さんがいるからねー」

「ぅん……」


 あれれ、ツッコミが来ない。


 やっぱり、この姿の時と、普通のロリっ娘状態の時って、少し精神年齢も低下するのかな? じゃなきゃ、こうもならないだろうし……。


 何より、ツッコミが来ないんだもんなぁ。


 まあでも、可愛いから全然OKだぜい!


 すっばらしい!


「うぅ……まっくらだよぉ……こわいよぉ……」

「大丈夫だよ、依桜君。幽霊なんて、いないんだからさ!」

「で、でも……ちょ、ちょうじょうげんしょうって、あるんだよ……?」

「それは異世界に話じゃないの?」

「ぅぅん……こっちにもあるの……」

「マジで!?」


 何それ驚き!


 ふへぇ、こっちにも不思議なことってあるんだね。


 ……あ、そもそもミオさんがこっちに来ちゃった時点で、不思議なことはいっぱいか!


 んじゃあ、幽霊って本当にいるのかも。


「ねね、未果ちゃん。超常現象ってあるの?」

「んー、まあ、依桜みたいなのがいる時点で、あるんじゃないかしら? そもそも、異世界の人がこっちに来る、みたいなことも何度かあったわけだし」

「わ、じゃあこの世界って、不思議でいっぱいなんだね! ちょっと遭遇してみたいな!」

「でも、夏休み中に行くわよね、異世界」

「あ、そうだったそうだった。楽しみだよね!」


 たしかにね!


 いやぁ、異世界かぁ。


 どんな場所なんだろうなぁ。


 行ったら、絶対に写真撮ろう。


 そしたらそれを使って、異世界ものの作品を書くんだー。


 なんて思っていたら、


『ゆぅううぅぅりぃ~~……とうとしぃ~~~……!』


 どこからか、そんな声が聞こえてきた。


 怖い風に言ってるんだけど、中身が全然怖くないね!


 百合尊しだって!


 まあ、わたしたちは怖くなくても、


「きゃぁぁぁっ!」


 依桜君はダメなんだけどね。


 んおぅっふ。


 やっべー、依桜君がわたしの腰に抱き着いてくるのがたまらんですよ。


 何と言う可愛さ!


 しかも、しがみついて離れない!


 どうしよう。このままだと、私の下着が大洪水――


「あ痛っ!?」

「あ、下ネタを思ったわね、女委」


 くそぅっ! 考えるのもダメなのか!


 ……でも最近、この痛みがちょっと癖になりつつある……ふへへ。


 いやぁ、でも依桜君の体の柔らかさや温かさが半端ない!


 なんというちっこくて可愛らしい体!


 やっぱり、ケモロリは最高だぜ!



「次はうちだね!」


 未果ちゃん、女委ちゃんと来て、次はうちの番。


「はい、どうぞ、依桜ちゃん」

「ぅん……ありがとぉ、エナちゃん……」


 きゅっ手を握ってくる依桜ちゃん。


 あ、本当にぷにぷにしててあったかい! その上柔らかいしすべすべだなんて……!


 これも、小さくなった影響なのかな?


 いいね、こう言うのも。


 すごく癒されるよぉ……。


「ねえ、依桜ちゃん」

「な、なに……?」

「依桜ちゃんがお化けを怖がる理由はわかったんだけど、なにか原因とかあるの?」

「げ、げんいん……?」

「そうそう。だって、普段はあんなに強くて可愛くて、カッコいい依桜ちゃんが、ここまで怖がるなんてよっぽどだと思うもん、うち」

「……言われてみれば、確かにそうよね」

「だね。依桜君、何かあるの?」

「え、えっと……ち、ちっちゃいころに……ま、まえのいえで、わふくすがたのおとなのじょせいをみちゃって……しかも、ボクをみて、ほほえんできたから……そ、それで……」

「「「あー、確かにそれはトラウマになる……」」」


 なるほど。依桜ちゃんのお化け恐怖症(?)の原因はそう言うことなんだ。

 それなら、トラウマになってもおかしくないよね。


「でも、あの辺りって、特に和服の女性の霊が出る! みたいな話は無いはずなんだけどなぁ」

「へぇ~、そうなの? 女委ちゃん」

「うむ。わたし、アニメとかだけじゃなくて、オカルト系の知識もちょっとはあるからね。一応、美天市内のそう言った話は基本全部調べたつもりさー。ただ、依桜君の家辺りにはないはずだよ?」

「じゃ、じゃあ、ボクがみたゆうれいは……?」

「んー、そうだねぇ……意外と、家の精霊とかかもね! あ、付喪神の方がいいのかな?」

「ない、とは言い切れないわね。依桜の家だもの。しかも、今も持ってるんでしょ?」

「う、うん……。たまにおそうじしにいったりしてる、よ」

「じゃあじゃあ、大事にしてるんだね、そのお家」

「うん」


 それなら、可能性ありそうだよね!


 だって依桜ちゃんの周りって、不思議なことがたくさんあるもん!


「それにしても、こうして普通の会話をしていると、肝試しって言うことを忘れるわね」

「にゃはは、むしろこうやって話している方が、怖さも軽減されるんじゃないかな?」

「依桜ちゃんはどう?」

「う、うん、ちょっとあんしんしてる……よ?」

「よかった。それに、お化け役の人たちもほとんど出てないもんね」


 だから、多分大丈夫――


『ヒャッハー!』

「き……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 いきなり上から人が出てきた。


 しかも、木の枝にぶら下がっているのか、逆さま!


 それによって、依桜ちゃんが大きな悲鳴を上げると同時に、うちに飛びついてきた。


 抱っこだよ! 抱っこ!


「ふ、ふ……ふぇぇぇぇぇんっ! こわい、よぉ……たすけてぇ……!」


 あ、泣いちゃった!

 とうとう泣いちゃったよ、依桜ちゃん!


「よしよし、大丈夫だよ、依桜ちゃん。怖いなら、このままおんぶする?」

「ぐすっ……おんぶぅ……」


(((え、なにこれ、本当に可愛い……)))


 まさか、本当におんぶをせがんでくるとは思わなかったよ。


 でもでも、とっても嬉しい!


 うちは早速背中に依桜ちゃんをおんぶする。


「どうかな?」

「エナちゃんのせなか……あったかい……」

「そっかそっか! じゃあ、このまま行く?」

「ぅん……」


 ケモロリっ娘って、すっごく可愛いんだね。


 なんだかうちの性癖が、新しく開拓されちゃったよ……。



 その後、依桜を交代でおんぶしたり抱っこしたりしながら、四人は肝試しを終えた。


 依桜以外の三人は、軒並み、満足したとか。

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