第51話 騎士団長の戸惑い

「はぁ……師匠がまさか、とんでもない人だったなんて……」

「どうだ? 尊敬したか?」

「……尊敬はしてますけど、脅かすのはやめてほしいところです」

「ま、別に寿命は戻るんだからいいだろう?」

「……いや、そもそも寿命が削れることは、もっと早く言ってほしかったですよ! 解呪方法を言った時に言って欲しかったです!」


 寿命が削れるという、相当重要なことを言わなかった師匠は、本当にひどいと思う。

 死ぬかもしれないほどの毒が入っている薬のことを教えずに、この薬試して、と言っているようなものだと思う。


「いやあ、さすがにそれで解呪を断られたらいやだったしな。正直、お前が神殺しについて聞かなければ、何も知らずに今まで通りの生活が送れてたかもしれないだぞ?」

「もうすでに、今まで通りじゃないです」


 少なくとも、人外的なまでの身体能力、魔法、スキルを持ち、女の子になってしまっている時点で、ボクは普通の生活なんかには戻れません。


「ま、そうだな。お前のもとの世界の話を聞いた限りじゃ、魔族もいなければ、魔物もいないし、魔法も、能力も、スキルもないような世界だからな。そんな世界じゃ、お前は浮いてるわなぁ」


 にやにやしながら言う師匠に、ものすごくイラっと来る。

 魔改造の原因の一人が軽そうに言うのがものすごくイラっと来る。


「それに、その容姿だもんなぁ。引く手あまたなんじゃないのか?」

「まあ、告白とかかなり受けていますけど、周囲が言うほど、ボクって可愛いとは思えないんですけど」

「お前の自己評価の低さよ。まあいい。でもさ、結果的にある程度、普通の人間の寿命になるんだからよくないか?」

「まあ、そうですけど……」


 今の寿命って三百年くらいはあるかも。

 さっき師匠が、成長がピークの状態が二百年続くって言ってたから、老化することを考えると、三百年くらいだし。


 まあ、老化で六十~七十の可能性もなくはないと思うけど。

 元の世界基準で言えば、余剰分の寿命が削れるならいいかな。

 みんな以上に一人で生きるなんて、ボクには耐えられないよ。


「はは! お前には、あたしと同じ道を辿ってほしくないんでね」


 自嘲するように師匠が言う。

 その表情には、悲しみが混じったような笑顔をしていた。


「さて。お前の解呪方法な。とりあえず、反転草は大量にあるから問題なし。あとは創造石だな。まあ、こっちは明日のパーティーでおど――融通してもらえば、解呪に必要なものはそろうな」

「……師匠、今脅すって」

「融通だぞ?」

「え、でも……」

「融通」

「あの……」

「融通だって言ってんだろう! お前も脅すぞ? ああん?」

「すみません!」

「ふん、わかればいいんだよ。……でもま、これでようやく、お前が元に戻るという事実が近づいてきたな」

「……ですね」


 やっと……というか、まだ一ヶ月ほどしか経っていないけど、ようやく男に戻るって言う希望が見えてきた。


 この体になってからという物、あまりいいことはなかったしね……。

 学園長先生にはセクハラされるし……以前電車に乗った時に痴漢にあったし……学園祭では、エッチな衣装を着せられるし……チョコレートで酔っぱらった未果と、発情した女委が襲ってくるし……あれ? なんでボク、エッチな方面にばかり災難なことになってるの?


 あれ? あれあれ?

 女の子って、こんなにエッチな出来事によく遭う物なの?

 ……いや、そんなわけないよね。ボクがちょっと……特殊、なだけだよね。

 ……で、でも、もうすぐこんなこととはおさらばだもんね!

 男に戻れるもんね!

 ……戻れる、よね?


「解呪はあたしに任せとけ。これでも、ちゃんと解呪には成功させてるからな!」

「お願いします、師匠」


 非常識で異常だけど、師匠は本当にこういう時頼もしい。

 ……でも、成功させてる、っていう言葉がちょっと気になる。

 ……もしかして、失敗とかあったりするのだろうか?

 だ、大丈夫だよね! 師匠だもの!


「そんじゃま、あとは明日だな。明日、クソ野郎に言って、創造石を手に入れてもらうか」

「……穏便にお願いしますね、師匠」

「もちろんだ。任せとけって」


 満面の笑みで、胸を張る師匠は、本当に頼もしく感じた。

 ……悪い意味で。

 この三日だけで、師匠の異常なお話が明らかになっていったことに対して、ものすごく疲れました。

 なぜ、一日に一度はおかしな事実が飛び出すのか、本当にわからない。



 ―四日目―


 今日は、王様との約束通り、パーティーへ行く日。

 本音を言ってしまうと、行きたくない。

 本気で行きたくないです。


 一応、この世界でのボクの立ち位置って、勇者ってことになってるからね。

 ……魔王討伐から帰ってきてから、本当に地獄だったよ。

 付き合ってほしいとか、結婚してくれ(男)、とか、それはもう、かなりの数の人から告白されました。

 魔王を討伐しただけで、ここまでされるとは思ってなかったよ。

 あと、同性に求婚されるとも思ってなかったよ。

 ……ボク、あの時普通に男だったのにね。


「師匠―。準備できましたー?」

「終わってるぞー」


 軽い返事が寝室の中から返ってきた。

 いくら今が同性同士とはいえ、ボクは元は男。

 なので、さすがに一緒に着替えるわけにはいかない、ということで、こうして別々に着替えている。なお、今着ているのは、ドレスではなく、普通の私服です。


 ボクたちが住んでいるこの森は、王都の外れで、ゾールという場所。

 ここから王都までは、徒歩で三十分ほど。


 でも、ボクと師匠の場合、走っていくのでそれの三分の二ほどの時間しかかからない。

 師匠だったら、もっと早く着けるだろうけど、今回はボクに合わせてくれるとのこと。


 そんなわけで、移動の方法が方法なので、ドレスで行くわけにはいかないということです。

 動きやすい服装で行って、王城で着替えようとのことになった。

 王様にはまだ言ってないけど、いいよね!


 ボクの服装は、女の子になった日に購入し着ていた、可愛らしいウサギや花などがプリントされたTシャツに、ピンク色のパーカーと、今回はスカートではなく、ジーンズを履いていた。

 スカートだと、ちょっと走るには恥ずかしいからね……パンツ見えちゃいそうだし。

 ……パンツを見られて恥ずかしがるのは、男でもそうだよね? 女の子だけじゃないよね?


「ん、どうしたイオ?」

「あ、いえ……ちょっと、考え事を……」


 ボクを見て不思議そうな顔をしながら支障が出てきた。


 師匠は、ブラウスにジャケット、スラックスという、オフィスにいそうな感じの人になっている。

 元々、黒髪黒目で、スタイル抜群の美人さということもあって、できる女、みたいな雰囲気があるので、すごく似合っている。

 ……美人って、何を着ても似合うんだなぁ。


「どうした? あたしをじーっと見て」

「あ、い、いえ、すごく似合ってるなぁと思いまして……」

「そ、そうか。何というか……あれだな。弟子に言われるのは、嬉しいものだな」


 師匠にしては珍しい、照れたような表情。

 ……え、誰ですか? この美人さん。


 師匠が照れているところなんて、今まで見たことなかったような……?

 ……に、似合わない。


「おい弟子。今なんか、失礼なことを考えたか?」


 す、鋭い!

 師匠の目がどんどん細く……!

 こ、これ不機嫌な時の師匠だ!


「い、いいいいいえ! か、考えておりませぬ!」

「……口調がおかしいぞ? 貴様、本当は考えていたんじゃないのか?」


 ああ、さらに細くなってるぅ!


「そ、そんなことはない、です……」


 ひ、否定を、否定をしないと。


「……まあいいだろう。あたしは今、機嫌がいいんでな」

「ほっ……」


 よ、よかったぁ……このままだと、パーティーの前に死を覚悟をしないといけなかったよ。


「んじゃ、行こうか」

「あ、はい」


 準備を終えたボクたちは、王城へ向かうべく、家を出た。



「さて……今日は、イオ殿とミオ殿が来るわけだが……」


 俺は一人、これから来る重要人物のことを思い、ものすごく緊張していた。

 そりゃそうだ。


 方や、魔王を倒してくれた勇者殿。方や、その師匠であり、数十年前に邪神を倒し、世界を救った英雄。

 そんな大物たちがこれから来ると考えると、緊張してくるのは当たり前だと言えよう。


 俺が一番心配しているのは、ミオ殿の方だ。

 イオ殿は一年ほど共に過ごしているから、人となりを知っている。


 だが、ミオ殿は未知数。


 俺とて、伝説の暗殺者であるミオ殿とは、話でしか聞いたことがない。

 どのような人物かは全くわかっていない。


 どのような性格なのだろうか?


 少なくとも、あのイオ殿が師匠と仰ぎ、世話をするくらいなのだ。

 さぞ、素晴らしい人物なのだろうな。

 是非とも、話をしてみたいものだ。


 ……しかし、気になることがあるとすれば、ミオ殿が邪神を倒したのは数十年前と聞いている。


 だというのに、イオ殿がミオ殿の特徴を挙げた時、その特徴は確かにミオ殿と一致していたが……あの特徴は、邪神を倒した時くらいの特徴だったよな?


 まさかとは思うが、偽物?


 ……いや、それはないだろう。

 王国最強とまで言われた俺を超えたイオ殿を鍛えるなど、生半可な実力では務まらないし、何より魔王討伐までいくとは考えにくい。


 だから、本物だとは思うのだが……。


「……いや、そもそもこの世界では魔力の質と量が高ければ高いほど寿命が延び、外見は若々しいまま、だったな」


 それが一番あり得るだろう。


 ……暗殺者なのに、高位の魔法使い以上の魔力と質、量を持っているとか、何の冗談だと思うが。


 ……よし、現実逃避はここまでにしよう。

 現実を見ろ、ヴェルガ・クロード。

 目の前のことを認識しろ。


「ですから、お姉様はわたくしとパーティーを過ごしてくれるのです!」

「いいや、いくら可愛い妹であるフェレノラと言えど、これだけは譲れないぞ!」

「私は、お姉様と約束したのです! ですから、私と一緒にいるのが当然なのです!」

「何を言う! イオ殿は、きっと私とも一緒にいたいというはずだ!」


 俺の目の前で繰り広げられているのは、フェレノラ様と、セルジュ様の二名による喧嘩。

 王宮に使えること二十年。生まれたばかりの頃から知っているこの二人が喧嘩をしていたことなど、俺は一度も見たことがない。

 それほどまでにフェレノラ様とセルジュ様は仲が良かったのだ。

 どんな時でもお互いに助け合う、そんな仲なのだが……


「お兄様のバカ! お姉様は私といるのです!」

「バカとはなんだ! イオ殿は、私といるのだ!」


 なぜ今は、犬猿の仲のような状態なのだ……。


 しかも、その喧嘩の原因がイオ殿だというのだから、余計に戸惑う。


 セルジュ様がイオ殿にプロポーズしたのは陛下から聞いていたが、俺はフェレノラ様が、とんでもないことを言い出したのを見ている。


 この二人が同時に、同じ人に恋をする、そんな状態だ。


 フェレノラ様が男であったのなら、この状況は何ら不自然でもない。いや、イオ殿的にはたまったものではないと思うが。


 しかし、しかしだ。


 問題はフェレノラ様の方だ。

 女性であるフェレノラ様が、心は男とは言え、女性となってしまったイオ殿に恋をしてしまったのだ。


 仮に、イオ殿が男のままであったならば、フェレノラ様との恋を応援したことだろう。


 しかし、陛下曰く、男の状態でもイオ殿を愛せる、とセルジュ様が言っていたそうだ。


 そう考えると……どちらの性別でも、この二人はこうなったんじゃないだろうか?


 つまり、イオ殿が男だったのならば、フェレノラ様は普通の恋をしたが、セルジュ様は特殊すぎる恋をすることになり、イオ殿が女性ならば、セルジュ様は普通の恋をし、フェレノラ様が特殊な恋をする、と。

 後者はすでに実現してしまっているが、前者は普通にありそうで恐ろしい。


 セルジュ様にはそっちの気もあるのか?

 だとしたら、この王族……というか、セルジュ様とフェレノラ様は特殊すぎると言うか、かなり恐ろしい。


 イオ殿が男なら、セルジュ様が特殊すぎる恋をし、イオ殿が女性ならば、フェレノラ様が特殊すぎる恋をするのだから、本当に恐ろしい。


 ……どっちへ転んでも、どちらかが同性愛者になるじゃねえかっ……!


 なんだ、この状況は!?

 俺はどうすればいいんだ!?

 いや、騎士団団長でしかない俺が口を出すのもおかしいが、さすがにこの件に関しては、俺も関わってるからな。

 ……なんというか、フェレノラ様に関しては、俺も原因な気がしないでもないしな。


 陛下! マジでどうしろと!?


「お兄様は振られたではありませんか! だというのに、アプローチをかけるというのですか!?」

「振られたとて、この先そうならない未来しかないわけではないだろう! つまり、私とイオ殿が結婚する世界もあり得るというのだ!」

「絶対に訪れませんわ! むしろ、そのような未来が来る前に、私が破壊します!」


 ……イオ殿の影響力は、目を見張るものがあるなぁ……。

 まさか、ちょっとかかわっただけで、兄妹仲が悪くなっているなど、思いもしないだろうな、イオ殿は。


 女神のごときあの美貌は、たしかに美しく、男女問わず、誰もを魅了しそうなほどだが、時としてこんな風に仲を引き裂くことになりうる、ということか。


「……俺、辞めようかな」


 本気で騎士団を辞めようかと、俺は思った。

 むしろ、そのほうが俺疲れないんじゃね?


 正直、ここまで仲が悪くなる二人を見ているのも疲れるのだ。

 喧嘩の内容もどうでもいいしな。

 どちらがイオ殿とパーティー中一緒にいるか、という話だからな。

 ……いや、本当にどうでもよくね?


「……早く、来来ないものか……」


 イオ殿、早く来てくれ。

 そう、切に願う俺だった。

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