第50話 神殺しの実話

「あー、ヴェルガよ。マジ?」

「マジです、陛下」

「そうか……マジかぁ……」


 額に手を当てて見上げる儂。

 フェレノラが攫われたという事件の顛末をヴェルガに聞いた。

 途中まではよかったのだよ、途中までは、な。

 イオ殿がお姉様と呼ばれることになったのはまあ……いいとしよう。


 しかし、しかしだ!


 何をどうしたら、フェレノラが同性愛に目覚めるのか。

 自慢の娘であるフェレノラは、巷ではあの可憐な容姿と純粋な性格から『白百合姫』とも呼ばれている。

 なんとなくだが、百合というのが全く別の意味に聞こえるのはなぜなのか。

 純粋無垢、それがフェレノラだったはずだったんだが……。


「よりにもよって、イオ殿……それも、今の姿の方に惚れてしまうとはな……」


 男の時ならば、さほど問題もなく、儂はイオ殿との恋を応援しただろう。


 だが、だがしかし!

 今のイオ殿は、紛れもない女子おなご

 すなわち、儂の可愛い可愛い娘であるフェレノラとは同性!


 正直、今の状態で応援してもいいものなのだろうか?

 というか、まさかそんなことになってるとは思わんかった。


「は、ははは……俺も、止めたほうがいいと思ったんですが……同性同士で子供を作れる魔法を作る、とか言い出しましてね……」


 遠い目をしながらとんでもないことを言い出すヴェルガ。

 儂も、フェレノラがとんでもないことをしようとしていると知り、戸惑いしかないんだが。


「そこまで、思考が行ってしまったのか……」

「すみません、陛下……」

「いや、よい。……正直、儂もどうすればいいのかわからんが……まあ、いいか。イオ殿だし」

「陛下、それはさすがに、イオ殿に対し失礼では?」


 儂の発言に、非難する様な視線を向けてくるヴェルガ。


「いやな? 儂、イオ殿だったらフェレノラを任せてもいいかなー、とは思っておったし。というか、どこぞの馬の骨なんぞに、フェレノラはやらん!」


 というか、誘拐犯の下衆どもは、見つけ次第処刑してやる!

 儂の可愛いフェレノラを誘拐するとは、命知らずの下衆共め! 目に物を見せてやる。


「……陛下、親馬鹿は結構ですが、イオ殿を巻き込むのは……」

「何を言うか! イオ殿は勇者だぞ! イオ殿くらいのものでなければ、儂は結婚は認めん!」

「いや、そう言うことを言っているのではなく! というか、陛下の親バカは別にいいんですが、放置していいんですか?」

「儂的にも放置はあれだが……まあ、いいかなと」

「いや、よくないですよ!?」

「だってぇ、イオ殿くらいの容姿なら、フェレノラと恋人関係でも変な目で見られるどころか、むしろ歓迎されそうじゃん?」

「いやまあ、確かにそうですが……」


 美少女と美少女のカップルとか、世の男たちは絶対歓喜するに違いあるまい!

 つか、儂が見てみたい! 超見たい!


「……はぁ。陛下の親バカは、治る見通しなし、か……」


 ヴェルガが何か言っていたようだが、気にする必要はあるまい。

 さて、明日のことを考えておかねばな。



「はぁ……」

「ん、どうしたイオ」


 家に帰ってきて、軽く着替えを済ませると、ボクはため息をついていた。

 それを見た師匠が声をかけてくる。


「ボクは、師匠のことをほとんど知らなかったんだな、と思いまして……」


 だって、一年間も過ごしたのに、神を殺していたことなんて、全然知らなかったんだよ?


「んー? もしかして、気になるのか?」

「気なると言えば気になりますね……」

「そうかそうか。んで? 何か聞きたいことがあるのか?」

「……えっと、師匠って、神を殺したんですか?」

「ああ、やったな」


 あっさりと答えてくれた。

 それどころか、さも当たり前のように肯定してきた。

 軽くない?


「えっと……師匠がやったことって、理由がかなりどうでもいいというか……しょうもない気がするので、あれですけど……理由って何ですか?」


 確実に、ろくでもない理由なんだろうけど、それでも気になるしね……。


「ひでぇ言い方だなぁ。んー、ま、聞かれたから答えるが……簡単に言えば、世界が滅ぼされかけた」

「……へ?」

「あんときの邪神……神ってさ、人間やら動物、魔族の負の感情を全部引き受けてたのか知らんけど、この世界のすべてのことに対して恨みを持ってたんだよ。んで、これはさすがにまずいと思って、戦争していた人間と魔族が手を取り合ってあいつ倒そう、ってなってな。でもさ、手を取り合う相手が今まで戦争してた相手なんだぞ? そりゃあ、連携も取れないし、いがみ合うってもんだろ? だから、それを見かねた当時の人間の王族と魔王があたしに依頼してきたんだよ。お前なら確実だろ、って。で、倒したらかなりの報酬がもらえるって言うから、仕方なく殺しに行った。っと、簡単にまとめるとこんなんだな。……って、どうした?」

「……いえ、師匠って本当に非常識な存在なんだなぁって思って……」


 コンビニ行ってくる、みたいなノリで神を殺しに行く人なんて、聞いたことないよ。

 というか、いくら世界を滅ぼそうとした神様とはいえ、コンビニ感覚で殺された神様がちょっと不憫に思えてきた。


「師匠。この際、師匠の異常なお話は置いておくとして……一度魔族と手を取り合ったのに、どうしてまた魔族と戦争なんてしてたんですか?」

「そうだなぁ……結局のところ、神を邪神にしたのはどっちだ、みたいな言い争いになったんだよ。責任の所在はどちらにあるのか、ってね」

「え、でもそれって……」

「ああ。神は、この世界に生ける全ての生物の負の感情を一身に受け続け、邪神になった。だから、ある意味では人間の所為とも言えるし、魔族の所為とも言える。言ってしまえば、この二種族が争わなければ邪神なんて生まれなかったんだよ。しかも、手を取り合った時、ほんのわずかだが、邪神の力が弱まってたしな」


 つまり、師匠は本当に世界を救おうとしていた、ってこと?

 ……しょうもないとか思った自分が恥ずかしい。


「……でも、責任の所在を巡って争うなんて……本当に意味のないことをしたんですね」

「そうだな。その時代の王と魔王は、ちょっと面倒な奴らだったからなぁ。正直、邪神とかどうでもよかったしな、あたしは」

「そうなんですか?」

「ああ。何が悲しくて、いつまでもいがみ合ってるやつらのために世界を救わなきゃならないんだ、ってな。ま、結局はお金がもらえるから、って言う理由でやったからあれだがな」


 それでも、普通にすごいと思うんだけど。


 相手が神だろうと、お金がもらえるから、って言う理由だけで、世界の命運をかけた戦いに出るなんて、正気の沙汰じゃない気がするんだけど。

 ボクだったら絶対できないよ。


「邪神なぁ……あれはさすがに、死を覚悟したぞ、あたし」

「え、師匠が死を覚悟するほどって……本気でまずいじゃないですか!」


 あの、何をしても死ななそうなイメージの師匠が、死を覚悟するレベルって……その邪神さん、一体どれほど強かったんだろう?

 というより、負の感情が強すぎた、のかな? さっきの師匠の話だと、そう考えるのが自然かも。


「そりゃ、相手は神だぞ? まあ、何とか勝ったんだがな。おかげで、あたしは歳を取らないんだよ」

「え!?」

「そりゃそうだ。神気と呼ばれる神の気……というか、魔力のようなものを浴びちゃったからな。あたし、こう見えて結構長く生きてるんだぞ?」


 おかしそうに言う師匠。

 いや、それ笑うところじゃない気がするんですが。


「じゃ、じゃあ、師匠っていくつ……?」

「んー、そうだなぁ……軽く見積もっても百年以上は生きてるかもなぁ」

「ひゃ、百年……」


 ボクの世界の最大寿命に近いくらいの長さなんですが。

 百年以上って言うことは、確実に地球のギネス記録を更新している気がする。


「まあ、一応これでも寿命はあるんだが……長すぎるんだよなぁ。邪神を倒したのが確か……あたしが二十歳くらいか? その時くらいの外見で止まってんだよ」


 し、知らなかった……。


 若い人だとは思っていたけど、正直、四十以上は言っているんじゃないかって疑ってたから、ちょっと納得。


 でもまさか、百歳以上だなんて……さすが異世界。


 あれ? じゃあ、師匠が初めて仕事したのって……いつ?

 ……すごく気になるけど、聞くのが怖いし、何よりボクの心がぽっきりいきそうだからやめておこう……。


「そんなわけだ。あたしが神を殺したのは、世界を救うためなんてそんな徳の高い理由じゃないよ。お金が欲しかっただけさ。……お酒飲みたくてな。つい、ついでに世界救ったって感じだよ」

「……」


 最後のセリフですべてを台無しにしましたよ、師匠。

 世界を救うのはついでで、ただただお酒が飲みたかったって……どこまで言ってもぶれない師匠に、なんだか少しほっとした。

 遠い存在になったような気がしてたのかも。


「……ま、イオならあたしと同じように神を殺せるかもなぁ」

「やりませんよ!?」


 レノにも言われたけど!

 どうしてみんな、ボクが神を殺すなんて思ってるんだろう?


「ははは! まあ、いずれそうなるかもしれないけどね」

「……ふぇ?」


 表情は笑っているけど、師匠の声音からは楽しそうな雰囲気なんて、微塵も感じなかった。

 どこまでも真剣で、どこまでも……底冷えする様な声音だった。


「イオ、さっき邪神が出てきた、って言う理由は……話したな?」

「は、はい。負の感情を受け止めたからって……」

「あたしは、神と直接戦ったからわかるんだが。この世界……というか、その世界には必ず神ってのがいるらしいんだよ。で、その世界を管理する神様ってのが少なからずいるんだ。つっても、世界によって管理体制は様々みたいだが」

「あれ? 師匠がどうしてそんなことを知っているんですか?」

「ん? ああ、あたし、邪神を倒した際に、この世界の一番偉い神にあってるんだよ」

「そ、そうなんですか!?」


 それってあれかな、ゼウスとか、オーディンとか、最高神みたいな神様かな?


「それで聞いたら、原因は自分たちにあるかも、だってさ」

「神様に?」

「なんでも、『負の感情を一柱の神に押し付けすぎた……やっちゃったぜ☆』だってさ」

「神様軽いですね!?」


 この世界の最高神って、そんな性格してるの!?


「どうも、この世界の神って、ある程度の年で入れ替わるらしいだよ、担当。んで、邪神は、運が悪いことに、歴史上最も不仲と言われた時代の担当だったんだよ」


 ……あの、その話を聞いていると、頭の中に、アルバイト、という単語が思い浮かんできたんですが。

 シフト制? シフト制なの? 神様って。


「本来であれば、そこまで問題はないんだがな。だが、その時は運悪く、争いが酷かった時代だった。それだけだ」

「……そう、なんですね」

「つか、最高神が一番害悪だと思うぞ、あたし。だって、負の感情をたった一柱の神に全部押し付けるんだぞ? いくらなんでもな?」

「あ、あはは……」


 地球……特に、日本でよく聞く話だなぁ。

 多分、ブラック企業だと思います。


「だから、この世界を壊すようなことするんじゃねえ、って最高神に言ったんだよ」

「師匠、肝が据わってますね」


 普通の人は、最高神相手にそんなことは言えないと思います。


「そしたら『今すぐは無理! でも、ほかならないミオさんの頼みなら聞きますとも! というか、聞かないと殺されるっ!』って言われたんで、許した」

「ええぇ……」


 師匠、最高神にすら恐れられてるの……?

 本当、でたらめな人だよ、この人。


「だが、すぐには変えられないと言われた。神ってのは、寿命って概念がなくてな。いつ変わるか、なんてのはあたしら人間にはわからないからな。だから、正直なところ、邪神はまた出てくると思うんだよ、あたし。そうだな……あたしが倒した邪神は、八十年以上前か……ふむ。今のところは大丈夫だろうな。少なくとも、魔王軍はイオがほとんど壊滅させたみたいだし」

「え? じゃあ、なんで師匠はボクが神と戦うかもって言ったんですか?」


 負の感情を生み出しかねない戦争のようなものは、一応ボクが終結させている。

 そう考えると、かなり先の方になるのでは?


「そりゃお前。お前の寿命の問題だよ」

「ぼ、ボクの寿命?」

「一応言うんだが、お前、自分がどういう人間か、理解してるか?」

「え? えっと、異世界人で、呪いで女の子になっちゃった不憫な少年?」

「……お前の自己評価すごいな。いや、今はそんなことはどうでもいい。えーっとだな。お前は、この世界ではトップクラス……というか、二番目くらいの魔力を得ている」


 え、そうなの?

 ボク、この世界で二番目くらいの魔力量なの?

 魔法使いじゃない暗殺者のボクが二番目って……なんというか、魔法使いの人たちに申し訳ない。


「一応言うが、あたしは人間だが少し神的な要素が混じってる。神気って言うのを浴びた、と言ったよな?」

「は、はい」

「神気ってのは、神の使う物のことで、あたしらで言えば、魔力と同じだ。ま、あっちの方が上だが。んで、この神気ってのをあたしは邪神と最高神のせいでバカみたいに浴びてるから、あたしにもその神気ってのが少し宿ってるんだ」

「なるほど……」


 つまり、師匠も神様に近い存在ってと?

 …………非常識すぎる。


「んで、一年間一緒に過ごしてきたイオにも、ほんのわずかだそれが宿っている。つまり、普通の人間の寿命じゃない。あと、この世界で魔力の質と量を高めれば高めるほど、若い状態を保ち続け、寿命も延びる。そうだな……今のお前の魔力量なら、成長しきった状態が百年以上続くと思っていい」

「えええ!? そ、そんなに続くんですか!?」


 アンチエイジングを必死にしている人たちを鼻で笑うような状況だよね、ボク。


「当然だな。過去に名を馳せた魔法使いは、三百年くらい生きたらしいぞ?」

「さ、さんっ……」

「そこにあたしから漏れ出る神気が追加だ。少なくとも、成長のピークくらいの状態で二百年くらいは余裕だな。あと、邪神については、百年以内には出現すると思う。ま、そうなることは少ないだろ。多分、そのころには、最高神のバカもあの無茶な人員の組み方をしないだろ」

「……そ、そうですね」


 え、なに? ボク、最低でも二百年は若いままが続くの?

 つまり、ボクよりも先にみんなが逝ってしまうってことで……。

 ……なんだろう。どうしよもない虚無感と悲壮感が溢れ出てきた……。


「……本当に、イオにはすまないことをしたな」

「……え?」

「まさか、イオにも神気が移っているとは……魔王を倒すためだったとはいえ、普通の人間の倍は生きるような体にしちまった……。だからこそ、あたしはあんたに、あたしが好きかどうかを聞いたんだよ。……ま、結局言わなかったんだがな、この話は」


 そっか……考えてみれば、師匠はさっき、百年以上は生きているって言ってたっけ。

 ということは、師匠の大切な人や友人、家族なんかもすでに別れているのでは?

 もしかしたら師匠は、自分と同じ境遇にしてしまったことに、罪悪感を感じでいるのかも。


「あの、ししょ――」

「でもま、一応元の人間の寿命くらいに戻すことはできるがな!」


 にやにやと、そこ意地の悪い笑みを浮かべながら、そんなことを言ってきた


「……え」

「んーそうだな……先に言っておこうか。実を言うと、『反転の呪い』の解呪には、寿命を削ってやらなきゃいけなくてな」

「……」

「その寿命ってのが大体……二百年程度だな。つまり、お前は解呪さえすれば、失敗しようが成功しようが、普通の人間くらいの寿命にはなるぞ、ってことだ」

「……そ」

「そ?」

「それを早くって言ってくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 この日、森の中の家から、少女の非難する様な声と、誰かを説教する様な声が森の中に響いていたとかいないとか。

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