第49話 姫様の暴走

「して、イオ殿。誘拐犯たちは……」


 ボクの腕に抱き着いたまま、きらきらとした純粋な目を向けてくるレノに戸惑っていると、ヴェルガさんが誘拐犯たちについて尋ねてきた。


「あー、レノを庇いながら、っていうのはちょっと厳しいですからね。かなり激しく動き回りますから、気分を悪くさせちゃいそうだったので、とりあえず馬車に乗っていた男以外は特に何もしてないです」

「そう、か。……いや、姫様を助けてもらっただけ、僥倖、か」

「やっぱり、捕まえておいた方がよかったですか?」

「……そうだな。できれば、そっちの方が助かったが……さすがに、何も知らずに助けてもらったイオ殿に、そこまで頼むのは少し気が引ける」

「ボクも好きでやったことですし……気にしなくていいですよ。それにしても、ヴェルガさんが後れを取るなんて、相手はそんなに強かったんですか?」


 王国最強とまで言われているヴェルガさんが、あの程度の男たちにやられるとは考えにくい。

 そこら辺のごろつきやチンピラなんかに負けるほど、ヴェルガさんは弱くない。


「不意打ちってやつだな。かなりレベルの高い魔道具を使っていてな。隠密系ってのかね? その類のものを使われ、人質にされた、ってわけだ。騎士とあろうものが、情けない」


 理由を尋ねると、悔しそうに答えた。

 見ると、後ろの騎士の人たちも悔しそうに顔を歪めている。

 ただ、説明の中でちょっと気になることを言っていた。


「魔道具、ですか」

「ああ。どこで手に入れたのかは知らんが……ありゃ、アーティファクト級だな」

「え、そんな代物がなんであんな人たちに?」


 アーティファクトと言えば、この世界における魔道具の階級の一種で、その中でも突出して高い効果を持った魔道具のことを指すもの。


 説明すると、魔道具には階級というのが存在していて、上から順に、アーティファクト級、古代級、中世級、現代級の四種類がある。


 現代級は、今を生きている人たちが作ったものが多く、それなりに普及していて、一般家庭でも多く使われている。


 中世級は、現代級よりも効果の高い魔道具。中世級は、二百年以内に作られたものが多く、それなりに出回っている魔道具。


 古代級は、二百年以上昔に作られている魔道具で、現代級とは天と地ほどの差があり、魔道具を作ることを生業としている人たちは、古代級を目標にしている人が多い。


 そして、アーティファクト級は、異常レベルの効果を持った魔道具のことを指している。アーティファクト級は、現代の技術では作るのは不可能とされており、生成できるとしても、古代級が限界と言われている。そして、このアーティファクト級はダンジョンなどでしか手に入らず、滅多に市場に出回ることはない。

 そのアーティファクト級が普通に出回っているって言うのは……かなりおかしい。


「まったくわからん。見たところ、そこまで財があるような奴らには見えなかったし、何より強さ自体は大したことがなかった。そんなやつらが、かなり高度の隠密を使うなど、魔道具……古代級くらいの隠密系能力だったら、辛うじて俺でも見切ることができるが、全くわからなかった。そう考えると、アーティファクト級ってのが、正しいだろうよ」

「……ちょっと、きな臭い話ですね」

「ああ。だから正直なところ、捕まえてほしかったんだが……」

「それはすみませんでした……」

「いや、いいんだ。……それにしても、よくイオ殿はわかったな」

「え?」


 突然、感心の言葉を受けたボクは、意味が分からず呆けた声が漏れ出た。


「いやな、その男たち、普通に魔道具を使っていたはずなんだが……気づかなかったのか?」


 え、そうだったの!?

 全然、気づかなかった。


「でもあれ、師匠以下ですよ? そもそも、気配を消す類の能力のはずなのに、師匠よりも圧倒的に弱いボクに見破られるって……それ、本当にアーティファクト級なんですか?」


 師匠の気配遮断の能力は異常だからなぁ。

 少なくとも、アーティファクト級と言ったら、師匠くらいのレベルかと思ったんだけど。


 ……って、あれ? この世のものではないものを見るような目を向けられてる。

 レノは、さっきよりもさらにきらきらとした視線を向けてくるし……どういうこと?


「あー、その、だな、イオ殿。そもそもの話なんだが、イオ殿の師匠は……ちょっとあてにならないんだ」

「どういうことですか?」


 それはまあ、師匠を基準に考えちゃったらちょっとあれかもしれないけど、アーティファクト級なら、師匠と同等以上じゃないと……。


「いやな、そもそもの話……イオ殿の師匠は、その……『神殺しの暗殺者』と呼ばれるほどの英雄でな」

「………………え?」


 今、すごい言葉が飛び出したような……?

 え、ちょっと待って。今、神殺しって……。


「簡単に言えば、イオ殿の師匠は、この国どころか、ミレッドランド最強とまで言われた、伝説の暗殺者なんだ」

「………えええええええええええええええっっっ!?」


 とんでもない事実が発覚しちゃったんですけど!?

 師匠、神殺しちゃってたんだけど!

 たしかに、神様殺してそうだなぁ、とは思ってたけど……まさか、本当にやっていたとは思わないよ!


「詳しくは知らないが、少なくとも世界を脅かすような邪神に単身挑み、打ち勝ったそうだ……って、どうした?」

「……いえ、何と言うか……あれだけ一緒にいたのに、その驚愕的事実を弟子のボクが知らなかったことに、ショックを受けてしまいまして……」

「……やはり、知らなかったんだな」

「……はい」


 ……ボク、なんでそんな人の弟子になってたんだろう?

 ……あの時、師匠に弟子になれと言われた理由って何?

 そんなすごい人が、ボクなんかを弟子にとる理由が本当にわからないんだけど。


「さすがお姉様です! そのような御人の弟子だなんて……!」

「あ、ありがとう、レノ」

「で、では、お姉様も神を殺すのですか?」

「い、いやいやいや! さ、さすがにしないよぉ。ボクなんて、師匠に全然勝てないし……」


 一度勝った時でさえ、手加減だったしね……。

 じゃあ、師匠の本気って、どれくらいなの?


「イオ殿ですら勝てないとなると……一体だれが勝てるのやら」


 ボクの発言にまるで呆れたような表情を見せるヴェルガさん。


「さ、さあ……? 少なくとも、誰も勝てないんじゃないですかね?」

「……かもしれんな」


 顔を見合わせて、苦笑い。

 神様ですら、師匠に勝てないとなると……本当に誰が勝てるんだろうか?


 というか、それならボクが魔王討伐に行かなくてもよかったんじゃ?

 ……腑に落ちない。


「さて、ここにずっといるもあれだし……我々はそろそろ変えるとしましょうか、姫様」

「嫌です! お姉様といるんですっ!」


 帰ると言った瞬間、レノがさらにぎゅっとボクの腕にしがみついてきた。

 ……胸が当たっているんだけど……やっぱり、ドキドキしなくなっているところを考えると、本当に精神面の女の子化が進んでいるような気がしてならない。

 これ、本当に大丈夫なのだろうか?


「嫌じゃありません。帰らないと、陛下に怒られてしまいますよ。第一、攫われた原因と言えば、姫様にあるのですから」


 一体、何をしたんだろう?


「うっ、そ、それはそうですけれど……」


 ちらっとボクの顔を見てくる。

 それを見てから、視線を前に向けると、ヴェルガさんが何とかしてくれと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「えっと、レノ?」

「はいっ! お姉様!」

「ちゃんとヴェルガさんの言うことを聞かなきゃだめだよ?」

「で、でもわたくし、お姉様と一緒に……」

「その気持ちは嬉しいけど……さっき誘拐されてたんだよ? ヴェルガさんだって心配していたはずだし、そのことを王様にもちゃんと知らせてると思うの。だから、ちゃんと帰らなくちゃだめだよ? ね?」

「うぅ……お姉様がそう言うのでしたら……」

「うん、ありがとう」


 聞き分けのいい王女様でよかったよ。

 ……敬語はいらないって言われたから、友達と話すように接してるけど、これ大丈夫なんだよね? 大きな問題に発展したりしないよね?

 なんて、ちょっと情けないことを考えてしまった。


「そ、それでは、その……お姉様。明日のパーティー、私とその……一緒にいてくださいます、か?」


 す、すごい。自然に上目遣いを……。

 美少女の上目遣いって、同性でもドキッとくるんだ。

 ……心は男だから当然だと思うけど、女の子だからね、体は。


「いいよ。ボクで良ければ」

「あ、ありがとうございますっ! とっても嬉しいです!」


 表情を綻ばせながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。

 可愛い。


「で、では、私はこの辺りで帰ります」

「うん。また明日」

「は、はい。それでは、ごきげんよう」


 ごきげんようって言う人、初めて見た。


「……さて、と。ボクも軽く観光でもしたら、帰ろうかな」


 いきなり誘拐された王女様を助けることになるとは思わなかったけど、何とか無事に助けられてよかったぁ。

 ちょっと、特殊な関係になった気がしないでもないけど。


「お姉様、か」

 なんというか……そう呼ばれるのはこそばゆいというかなんというか……ちょっと複雑な気持ち。

 元々男なのに、お姉様って呼ばれるんだもん。ちょっとね。

 かといって、お兄様って言われるのも……うん、変な感じだし、あまりしっくりこない。

 お姉様は……認めたくないけど、ちょっとしっくりくると思ってしまった。

 ……だめかもしれない。



「ふふふー……」


 思い出すだけで、口元が緩んでしまいます。


 お会いしたいと思っていた勇者様にお会いできただけでなく、助けていただいて、その上お姉様と呼ばせていただけるとは……なんてすばらしい日なのでしょう!

 ああ、思い出すだけでも、胸のときめきが収まりません。


 お姉様のあの美しさ……そしてカッコよさ。

 ふふ、ふふふふ……。


「……姫様。国民には見せられないくらい、にやけてますよ」

「はっ、ヴ、ヴェルガ、このことは内密に!」

「……はいはい」


 いけないいけない。

 ここにいるのは、私だけではないのです。


 で、ですが、それでもにやけてしまうというもの。

 それほどまでに、お姉様はすごい人でした。


 誰にも気づかれることなく客車に侵入し、瞬く間に誘拐犯たちを制圧し、助けだしていただいた……私はなんて幸運。


 お父様が、『イオ殿がいる』と仰り、その言葉を信じて街へ出向いた甲斐がありましたわ。

 本当にお会いできるなんて思いもよらなかったですし。

 お父様には感謝しかありませんね。


 それに……あそこまで美しい女性を私は初めて見ましたわ。

 元々男性の方と聞き及んでいましたが、まさか呪いであのような美しい女性になっているとは思いませんでしたが。


 しかし、まるで神が創り出したかのような精巧な人形のごとき美しさに、あの可愛らしさ。同性の私ですら、思わず見惚れてしまうほどでした。

 いえ、しまう、ではなく、しまっていた、ですね。

 男性の時の姿にも大変興味はありますが、お姉様はあの姿が一番であると、そう確信してしまっている自分がいます。


 こ、これはもしや……恋!?


 い、いえ、落ち着くのです私。


 お、お姉様は元々男性の方とはいえ、現在は女性の方……で、ですが、そうは言ってもドキドキしてしまうのは仕方のないことで……で、ですが、同性との恋愛というのはイケないことで……し、しかし、好きなものは好き……はっ! や、やはり私、お姉様に恋をしているのですね!

 ど、どうすればいいのでしょう!?



 さっきから姫様の様子がおかしい。


 困ったような顔をしたと思ったら、次の瞬間には顔を赤くしてくねくねとしている。


 こんな姫様は初めて見るが……いや、本当にどうしたんだ? この王女。


 一分の間だけでも、嬉しそうな表情や、困ったような表情、悲しそうな表情、はにかんだような表情、と様々な表情をしている。

 一体、何を考えているんだ、姫様は。


「あー、姫様? 先ほどから、百面相しておられますが……どうなさいました?」


 さすがに気になった俺は、姫様に直接尋ねてみた。


「ヴェルガ!」


 すると、返って来たのは尋ねたことに対する回答ではなく、なぜかオレの名前を呼ぶことだけだった。

 いったいどうしたのだ?

 妙に興奮しているような気がするが……。


「なんですか?」

「同性愛について、どう思いますか!?」

「……はい?」


 ……今、姫様の口から、とんでもないセリフが飛び出したのだが……。

 い、いや、俺の聞き間違いかもしれん。

 単純に疲れているだけに違いな――


「ですから、同性愛について!」


 ガチだった。

 聞き間違いでもなんでもなく、ガチ中のガチだった。


「……どう、とは?」

「ヴェルガ的に、同性愛はありかどうか、です!」

「どう、と言われましても……」

「いいから答えるのです!」


 姫様が妙に押しが強い。

 いや、姫様が押しに強いことはそれなりにあったが、ここまでぐいぐい来ることはなかったぞ?

 一体、どうしたというのだ。


 ……い、いや、考えるのは後にするんだ、ヴェルガ。

 ここは、姫様の質問に答えるのだ!


 ……いやしかし、どう答えるのがいいんだ?

 俺個人としては、そのあたりは個人の自由だろう。


 しかし、世間一般で見るとするならば、あまりいいことではない……。

 というか、確実に引かれるだろうし、距離を取られるだろう。

 それどころか、嫌われ者に発展してしまう可能性さえある。


 そうなると、ダメなこと、というのが正しいんだろうが……姫様は、俺個人に対してどう思うかを問うてきた。

 ならば、俺個人のことを言えばいいはず。


「個人の自由ならば、構わないと思います」

「そうですよね! 愛し合っているのならば、たとえ女性同士であっても問題ないですよね!」


 あかん。

 俺はもしかしたら、選択を間違えたのではないだろうか?

 ハイテンションで『女同士でも問題ないですよね!』と言っているが、問題大有りな気がするんだが。

 いや、それ以前に、なぜ姫様はこんなことを聞くのだ?


 ……よし、覚悟を決めるのだ、男ヴェルガ。

 姫様がどうこたえようと、受け止めるのだ。


「姫様。なぜ、そのようなことを聞くのですか?」

「そ、それはもちろん……お姉様に恋をしてしまったからですっ!」


 ……すまん。おかしな方向に行ってしまったようだ。


「あの美しい銀色の髪! 神が造ったとさえ思えるようなあの可愛らしい顔立ち! 小柄ながらも、抜群のスタイル! そして、あの優しい雰囲気にあの凛々しいお姿! 心を奪われない自信がありません!」


 へ、陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁっっ! 

 あなたの娘さんが大変なことになってますよ!

 完全におかしな方向へノンストップで突き進んでますよ!

 同性に恋をしてしまってますよ!?

 ど、どうすればいいんだ、俺は!


「い、いや、姫様。さ、さすがに女性同士で恋人になるというのは……」


 だが、俺は自分が嫌われようが、姫様が間違った方向へ行くのを防ぐ!

 さあ、どうだ!?


「あ……そ、そうですよね……同性同士じゃ、できませんものね……」


 お? これは、なかなかいい反応なんじゃないか?

 これなら……


「で・す・が! ないなら作ればいいのです!」


 ん? なんかおかしくないか?

 ないなら作るってなんだ? というか、同性同士じゃできない、って何を指しているんだ?

 ……なんだ、強烈に嫌な予感がするんだが……。


「同性同士でも、子供が作れる魔法を作ってしまえばいいのです!」


 ちょっとおおおおおおおおおおおっっっ!?

 とんでもないことを口走りだしたんですけど、この人!


 今、同性同士でも子供が作れる魔法を作るとか言い出しちゃったんですけど!?


 陛下! ガチで姫様が行ってはいけない世界へ旅立とうとしちゃってるんですが!

 つか、普通に同性愛に目覚めてるんだけど!?


 待て。本当に待て。

 何をどうしたらこうなる!? 普通、こうはならんだろ!


「ひ、姫様? それは、本気、なのですか?」

「当然です! 私は本気でお姉様と恋人になりたいのです!」

「……あ、ハイ」


 もう諦めた。

 申し訳ありません、陛下。

 どうやら姫様は……すでに、手遅れのようです。

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