第52話 王城へ
「師匠、ちゃんとドレス持ちましたよね?」
「当然。つか、さっき準備は大丈夫かって聞いたのお前だろ。持ってるにきまってるさ」
「ですよね。それならいいんです」
師匠の事だから、私服で行こうとするんじゃないかなって思っていたけど、杞憂でよかった。
「いい酒が飲めるんだ、そのためだけにドレスを着る価値はある。本当は着たくないんだがな」
……やっぱり、私服で行こうとしていたんだね、師匠。
ドレスを着るのは、お酒の為って……本当に欲望に忠実だよ、師匠。
家から出発して、すでに十分程経過している。
ちなみに、こうしてなんでもない、日常風景のような感じで普通に喋っているけど、かなりのスピードで走っていたりする。
少なくとも、時速四十キロくらいで道を走っている。
一応、もっとスピードは出せるけど、走っているのは普通の道だからね。これで馬車とか、一般人の人たちが通ったらかなり危険だからね、これくらいが限界。
これ以上スピードを出そうものなら、人は死んじゃうし、馬車は破壊しちゃうかもしれないしね。
師匠なんて、ちょっと当たっただけで壊しちゃいそうだもん。
「ところで師匠、創造石っていくつ必要になるんですか?」
「んー、そうだな……そこまで必要じゃない。大体五センチくらいの大きさのやつが一個でも十分だ」
「意外と小さいのでもいいんですね。てっきり、もっと必要なのかと……」
「でかいに越したことはないけどな。でかければでかいほど、成功確率は上がる」
「なるほど」
なら、師匠としては、大きいものを手に入れておきたい、ってことかも。
でも、
「師匠、できれば最低サイズをお願いできませんか?」
ボクは、創造石の大きさに関して、小さいものにしてもらうよう頼んでいた。
「ん、どうしてだ? でかい方が、お前が元に戻る確率が高まるんだぞ?」
「い、いえ、ボクの場合、むしろ小さいほうが確率が高いというか……」
「ふむ? どういうことだ?」
「そ、その……ボクのステータス、なんですが」
「お前の幸運値か?」
ボクがステータスと言うと、師匠はすぐに幸運値という結論に至った。
さすが師匠。
「お前、幸運値だけでいい、ちょっと数値言ってみろ」
し、師匠の眼光が鋭い……。
「な、7777です……」
「はぁっ!?」
ボクの言った数値に、師匠が素っ頓狂な声を上げた。
ボクも、この数値に関して、初めて見た時も師匠みたいな反応だったしね……。
「お、おおおおおお前! ま、ままままマジで言ってるのか!?」
「は、はい」
ここまで取り乱している師匠を、ボクは一度も見たことがない。
「そ、そうか……そんなあほみたいな数値、聞いたこともないし見たことないぞ、あたし」
「や、やっぱり、変、ですか……?」
「変なんてもんじゃない。そもそも、幸運値が四桁って言うことだけでもおかしいのに、まさか、幸運を表す『7』だけで構成されてるとか……お前、やっぱおかしいんじゃないのか?」
「あ、あはは……」
ボクもおかしいと思ってます。
あと、やっぱり四桁って普通じゃないんだ……。
そう言えば、一般的な農民の幸運値で、大体120って話だし。
一般的な幸運値の約648倍の幸運値をボクは持っているわけで。
それに、幸運値っていうのは、人が生まれた時から変動することはなく、生まれた時の数値で人生を送ることになるとのこと。
ある意味、一番特殊なステータスみたい。
「ち、ちなみに、師匠ってどれくらいなんですか?」
「あたしは、666だな」
「……師匠も師匠で、おかしくないですか?」
数字全部『6』って……地球で言うところの悪魔の数字ですよね?
師匠、悪魔にでも愛されているの?
「ま、これでもかなり幸運な方なんだぞ? まあ、悪運かもしれんがな」
まあ、悪魔の数字ですし。
「だが、この世界の一般人の平均は、100~200だ。どんなに多くても、お前は、明らかにおかしい数字だ。そもそも、四桁とかまずいない……というか、聞いたこともない。しかも、ゾロ目だってほとんど現れないんだがな……」
「そ、そうなんですね」
ゾロ目がほとんど現れない、とか言っている人が、『6』のゾロ目なんだけど。
師匠、自分の事を棚上げしてる?
「しかし……そうか。たしかに、お前の場合は小さいほうがいい、か。ある意味、お前の場合、成功確率を上げるには、反対に確率を低くする方を取らないといけない、か」
「そうです」
「まあ、わかった。それなら、小さい方で頼んでみるとするか」
「ですね」
じゃないと、ボクの場合失敗しちゃうからね。
「ともかく、急ぐぞ」
「はい」
あれから数分程度で王都に到着。
王都に着いてからは、徒歩での移動になる。
時速四十キロで街を走るってことは、時速四十キロの車が街中を走行する様なものだからね。
当たったら大怪我しちゃうよ。
まあ、ボクたちだったら、普通の道を歩かず、屋根の上を走って行けば早く着くんだけどね。
でも、それだと変に目立っちゃうし、移動の余波で物が壊れかねないもの。
他愛のない話をしながら王城へ向かうと、ふと気になった。
「師匠、なんだか今日は人が多い気がするんですけど……」
「ま、そりゃ、魔王討伐のパーティーだからな。いろんなところから人が来るんだろうな」
「でも、パーティーってたしか、一応貴族の人たちだけ、って聞いたんですが……」
王様曰く、ボクが落ち着いてパーティーを楽しめるように、とのことらしい。
まあ、魔王を倒したわけだから、利用しようとする、なんて言う人が現れてもおかしくないからね。
ボクは、ちゃんとそのあたりを理解しています。
伊達に、暗殺者として一年間も活動していないよ。
「そりゃ、王城の中だけだぞ。少なくとも、勇者が帰ってきていることは、国中どころか世界中に知れ渡っていると思うがな。なにせ、お前が堂々と王様に会っていたみたいだしな?」
「うっ、す、すみません……」
実を言うと、師匠にはしっかり地球からこっちへ来る過程を説明した。
王様と知り合いという時点で、色々聞かれたからね……。
そんなわけで、ボクがこっちに転移した場所が王城の謁見の間ということも知っている。
王様は多分、貴族の人たちに言っちゃったんだろうなぁ。
パーティーを開くって言ったの、王様だったし。
それに何より、国中の貴族の人たちに、ボクがこっちに来ていることを招待状に書いたらしいしね。
……そこから漏れたんだろうね。
街中でも、ボクがこっちに来ていることはすでに知られていた。
「お祭り騒ぎみたいですね~」
「みたい、じゃなくて、まんまだろうな。これ、どう見ても、王城で貴族や勇者がパーティーするなら、俺たちも祭りしようぜ! みたいな感じだろ」
「そうかもしれませんね」
「かも、じゃなくて、確実にな。見ろ、どう見てもあれ、出店だろ?」
「あ、あはは……」
街へ入るなり見えたものと言えば、通りに並ぶ数々の出店。
見たところ、食べもの屋さんが多いように見える。
それ以外に見受けられるものとしては……
「おやおや。大人気じゃないか? ええ? 勇者様?」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた師匠が、出店を見てからかってきた。
「や、止めてくださいよぉ……当人のボクとしては、すっごく恥ずかしいんですよ?」
「ま、これも人気者の宿命だよ。見ろよあれ、結構完成度高くないか?」
「だから嫌なんですよ!」
師匠が指さした先に会ったのは、ボクの人形(男)。
多分だけど、ボクがまだ王国騎士団で修業をしていた時の姿を模したものなんだろうなぁ。
だって、似合わない鎧着てるし。
身長低くて、ちょっと女顔のボクには、鎧がとことん似合わなかった。
そもそも、重くて最初は着れなかったしね。
鎧を着て動けるようになったのって、修業を始めてから半年経った頃だったかな?
まあ、動けるって言うだけで、そのまま素早く動けるか、と言われれば、そうじゃなかったんだけど。
鎧は、戦闘面でも、外見面でも似合わなかったよ。
ヴェルガさんと戦った時だって、ボク、ほとんど軽装に近かったし。
胸当てと籠手、脛当くらいだったし。
本当に大事なところだけを守ってた、って感じだったけ。
この人形は多分だけど、ボクがようやく着れるようになった時に、魔物討伐しに行ったときの鎧かな?
ボクがフル装備で街を歩いたのなんて、その時くらいだろうしね。
「お、イオ、ほかにもあんなのがあるぞ?」
「……はぁ」
次に見えたのは、銀髪のかつら。
しかも、無駄に完成度が高い気がする。
どう見ても、ボクが男の時の髪型だ。
今のボクと言えば、腰元まで伸びた銀髪ロング。
でも、このかつらは肩口くらいのショートカット。
まあ、女の子になっていることは、王様と騎士団の人たち、それから、セルジュさんと、レノくらいだもんね。
国民の人たちは知っているはずがないので、ショートカットしかないのは当たり前。
そう言えば、この世界には銀髪の人がいないんだとか。
師匠曰く、『神の楽園』にいるかも、って話だけど、何だろう、神の楽園って。
王城で暮らしていた頃、この世界を知るために、王城の書斎に行って本を読んでいたけど、『神の楽園』なんて場所は見たことがなかった。
師匠は色々と謎だから、誰も知らないようなことを知っていても不思議ではない気がする。
なにせ、神様に会ってるって言う話だし。
「いやしかし、本当にこの国じゃ、勇者様は英雄なんだなぁ? あんな立派な像まで作られちゃってよ?」
「あ、あぅぅぅ……」
は、恥ずかしいぃ……。
師匠にあの像を見られるなんてぇ……。
あの像、どうみても本当のボクよりかっこよく作られちゃってるんだもん。
誰、あの人、ってなるくらいにかっこよくなっちゃってるよ!
きりっとした切れ長の目、スッと通った鼻筋、爽やかな笑みを浮かべた口元! 神の気だって、男だった時よりも、妙にさらさらな印象を受けるし。
皆さんには、ボクがあんな風に見えていたの?
ボク、あんなにかっこよくないよぉ……。
「しかしまあ、ここの街並みも随分変わったもんだねぇ」
「やっぱり、結構変わったんですか?」
「まあなー。一年前にイオに会った時だって、ただ酒買いに来てただけだから、あんましじっくり見れてなかったからな。こうしてゆっくり見てみると、変わったもんだよ」
しんみりとした口調で話す師匠。
その表情には、わずかに憂いが見えた。
……百年以上も生きてるわけだから、その人が高位の魔法使いでない限り、大抵の人は師匠よりも先に旅立ってしまったのだろう。
そう考えると、不老不死なんて、辛いだけだよね……。
「変わっちまったよ……あそこ、いい酒屋だったんだけどなぁ……」
…………ボクの純粋な心を返してほしい。
結局師匠はお酒でした!
あの憂いも、多分、好きだった居酒屋がなくなっちゃったからでしょうね!
師匠のやることなすこと、すべてお酒が絡んできてる気がするもん!
「くっそお、あそこの蜂蜜酒、すっごい美味かったんだけどなぁ」
「……師匠って、空気読めない、って言われたことありませんか?」
「暗殺者であるこのあたしがか? まさか。あたしほど空気の読める女はいないぞー?」
「空気を読める人は、お風呂に入っている弟子のところに乱入するようなことはしません」
「弟子の成長を確かめるのも、師匠の務めだ」
「一体何の成長を確かめてたんですか! 第一、お風呂で確かめるようなものってないですよね!?」
「いやなに。男の象徴的な部分をだな……」
「へ、変態! 師匠のエッチ!」
度し難い変態でした。
……まさか、あの乱入の理由がそんなことだったなんて……。
師匠は、確かに尊敬しているんだけど、こうも変態的な部分を見せられると、一気に尊敬から、軽蔑になりそうだよ。
「ははは! なに、九割方本気だ」
「普通、九割方冗談って言うところなんじゃないんですか!? なんで、普通に本気にしちゃってるんですかっ!」
しかも、冗談の割合が一割しかないんだけど。
これ、男に戻ったとして、本当に大丈夫なの?
「おっと、そろそろ王城だぞ」
「あ、誤魔化しましたね!?」
「いいから行くぞ。過去のことなんだぞ?」
「過去は過去でも、ボクからしたら過去のことに対してのカミングアウトをされてるんですけど!」
「うるせえ! いいから行くぞ!」
「え、あの……きゃっ!
逆切れされた。
そしてそのまま、逆切れされた師匠にお姫様抱っこで王城まで連れていかれた。
……思わず、きゃっ、と言ってしまった。
お姫様抱っこされた瞬間、周囲からざわめきが起こったけど、お姫様抱っこされるという、恥ずかしい状況のおかげで、周囲に気を配っている余裕がなかった。
「し、師匠、あ、あの、下ろして――」
「嫌だ」
「……はい」
下ろしてほしいという前に却下され、あえなく撃沈。
顔を真っ赤にしながら、ボクはこのまま王城へ行くことになってしまった。
師匠、なんで恥ずかしくないの……?
真っ赤な顔で恥ずかしがる銀髪の少女を、黒髪の長身美人の人がお姫様抱っこしている光景を見ていた街の住人たちは、大変すばらしいものを見たと、とても幸福な気持ちになったとか。
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