第521話 帰還

 翌日。


 ボクと美羽さんは、あの後村から戻ってからすぐに眠りに落ち、朝はとても清々しい気分で起床することができました。


 そうして、朝起きてボクと美羽さんが天姫さんがいる広間へと向かうと、そこには天姫さんやセルマさん、フィルメリアさんの三人と、伊吹さんが待ってました。


「お、ちょうどええタイミングに来たなぁ」

「ちょうどいいってもしかして……戻るための準備できたの?」

「そや。依桜はんたちのおかげさんで、この妖魔界の問題は解決したで。依桜はんが保護した三人も問題のう動けてもおるし、ほんまに、感謝しかあらへんよ」


 どうやら戻るための準備が完了していたみたい。


 それと同時に、天姫さんから感謝の言葉を述べられた。


「いえいえ。二人の友達だし、それにボクとも契約してますから。これくらいは」

「美羽はんも、おおきになぁ」

「あはは、私は特に何もしてませんよ」


 そう言って苦笑いする美羽さんに、天姫さんは軽く首を振ってからこう話す。


「いや、美羽はんがあの爪の欠片を見つけたおかげさんで、こうなったんやで。そやさかい、美羽はんも問題解決に一役買うてんよ」

「そうですか?」

「あぁ」

「そう言われると……なんだか悪い気はしないですね」


 あはは、とこそばゆそうに笑う美羽さん。


 うん、その気持ちわかります。


 ボクも問題を解決してから、妖魔の人たちにやたら感謝の念を送られてるからね……。


「さ、早いとこ元の世界に帰らなあかんな。きっと、依桜はんらの友人も心配してるはずやろうし」

「あ、うん。そうだね」


 学園長先生に連絡してあるとはいえ、いきなりボクが消えたことに変わりはないわけだし、みんなに心配をかけさせてるかも………………ないかも。


 よくよく考えてみたら、みんなから見た今のボクたちの状況って、いつも通りと言えばいつも通りなんだよね……。


 だって、しょっちゅう異世界に行ってるんだよ? 今更どこかへ行ってしまいました、なんて言われてもみんな的に『あ、そうなんだ』で済んでても不思議ではないような……。


 ……うん、なんかそうなりそう。


「ほな、道を開くで」

「うん。……天姫さん、色々とありがとう。本当に助かったよ」

「ありがとうございました!」

「かかっ、ええよええよ。ウチも大いに助けられたさかい。せやから、次はウチらが番やからな。その時は、なんぼでも声をかけなはれ」

「うん。そうさせてもらうよ。あ、天姫さんもあっちの世界に来たいと思ったら、いつでも召喚するから言ってね。……というか、セルマさんとフィルメリアさんは既に向こうで暮らしてるけど……」

「かかっ、それは面白そうやなぁ。……そやな。ごたごたが片付いたら、そちらへ活かしてもらうとしよか」

「うん、わかった」

「じゃあ、伊吹さんもそうする?」

「うむ、美羽殿さえよければ、某も美羽殿元へ行きたく思う」

「了解。それじゃあ、私は家に帰宅してから呼ぶね」

「うむ!」


 とりあえず、天姫さんは色々と問題が片付いてから法の世界へ行くことになり、伊吹さんの方は、美羽さんが家に帰り次第ということになった。


 法の世界出身じゃない人たちがどんどん向こうに移住してるような気がするけど……まあ、その分何らかの問題が発生した時に対処しやすくなるし、そこはいいと言うことにしよう。うん。


「では……【開門】」


 天姫さん開門と唱えると、ボクたちの目の前に紫色の扉のようなものが現れ、その数秒後に扉が開いた。


 その先は白い光に包まれていて見えない。


 でも、以前悪魔の人を脅し――じゃなかった、お願いして魔界へ行く際に平行ってもらったゲートに似てるし、外見が違うだけで術としてはどの世界でも同じなのかな?


「さ、開いたで。二人とも、ほんまにおおきになぁ」

「いえいえ。法の世界に来るの、待ってるね」

「あぁ。その時はよろしゅうな」

「うん。それじゃあね」

「さよならー!」


 最後のボクたちは軽く挨拶をしてから、天姫さんが開いたゲートを通った。



 ゲートから入ると同時に意識が一瞬だけ途切れ、次に目を覚ますと、そこは妖魔界へ行くきっかけ(?)になった神社の本殿の前で二人揃って寝転んでいました。


 ボクの方が少し早く起きたようで、美羽さんはまだ気が付いていない様子。


 とりあえず、先に確認と安全確保と思い、立ち上がって周囲を見回し、『気配感知』で周囲の状況をある程度把握する。


 その結果、ここが法の世界であり、ボクたちがちゃんと元の世界に帰ってきたことがわかった。


「はぁ……よかったぁ。どうやら帰ってこられたみたい」


 元の世界だとわかり、ほっと一息。


 これでもし、別の世界へ! なんてことになってたら、それこそ大変だったよ……。


「とりあえず、美羽さんを起こさないと」


 いつまでもここで寝かせておくわけにはいかないので、ボクは美羽さんの体に触れて、ゆすりながら声をかける。


「美羽さん、起きてください。帰ってこられましたよ」

「ん、んんん…………依桜ちゃん?」

「はい、ボクです。体調はどうですか? 気分が悪いとかは?」

「ううん、大丈夫……よいしょ、と」


 最初はぼんやりとした様子だったけど、次第にいつもの表情になっていき、しっかりと目が覚めた状態になった後、美羽さんも立ち上がった。


「なんだか、妖魔界にいたのが夢だったみたい」

「あはは、夢じゃないですよ。現に、ボクたちは向こうに行ってましたし。……ほら、美羽さんの手の甲、紋章があるでしょ?」

「あ、ほんとだ。よかったぁ。伊吹さんのこと、本当だったんだ……安心安心」


 美羽さんは伊吹さんのこと、かなり気に入ってたみたいだから、そのことが夢じゃないとわかりかなり安心した様子。


 ……でもあの人、幼い外見に似合わず、初対面はかなりの飲んだくれだったような……ま、まあ、美羽さんがいいならいいと思います。


「さて、と。じゃあ、旅館に戻らないとね」

「そうですね。見た感じ…………夜みたいですし」

「あ、ほんとだ……。今って時間は何時なんだろう?」

「ちょっと待ってくださいね。えーっと……どうやら、夜の十時過ぎみたいです」


 美羽さんの疑問に答えるべく、ボクは『アイテムボックス』の中から異転二式を取り出して、時間の確認をしてから、ディスプレイに表示された時間を伝える。


 この異転二式の便利な所と言えば、別の世界に行ったらその世界の日付と時間を表示してくれるところですね。


 ただ……一体どうやって、別の世界の時間を知ったのかが気になるけど……もしかしてこの端末、相当おかしなもの、とか?


「何日の?」

「十月十九日です」

「……え? 本当に? 見間違えとかじゃなくて?」

「はい」


 美羽さんに訊かれて、ボクは今の日付を答え、それに対する聞き返しに対しても、問題ないと頷く。


「一応、向こうには合計で四日間くらいいたんだよね?」

「そうですね」

「それならどうして、十三時間しか経過してないのかな?」


 あれ? 前に転移に関することは伝えたような気はするけど……まあもう一度説明しておこうかな。


「えっとですね。異世界や異界へ転移して一週間滞在して、再び元の世界に戻ってくると、元の世界では一日しか経っていないんですよ。だからこの場合、向こうでの四日間は、こちらの世界で言うところの、約十三時間になるわけです」

「あ、そういう感じなんだ。てっきり、一週間以内なら、どの時間に戻っても一日なのかと……」

「あはは、たしかにそう思いそうですよね。ボクも、この事実を知らなかったら、かなり不思議に思ってましたよ」


 今となっては、『そういうものなのかな?』で済ませてるけど。


「なるほどね~。……っと、時間も時間だし、そろそろ戻らないとだね。夜だから、旅館に入れるかわからないけど……」


 時間的な意味で、旅館に入れないかもしれないと不安そうにする美羽さんに、ボクは大丈夫であることを話す。


「あ、いえ、その部分に関しては問題ないですよ?」

「どうして?」

「そもそも、あの旅館を貸切にするような人ですし……」

「たしかに。じゃあ、学園長に連絡を?」

「はい。ちょっと待ってくださいね」


 一言断ってから、ボクはスマホを取り出し、学園長先生に電話をかける。


 この時間にかけるのは迷惑かもしれないけど、それでも一応連絡はしないとだしね……。


 ただ、いくら学園長先生と言えど、電話に出てくれるかわからないから、その辺りがちょっと不安。


 ……と思っていたけど、その不安は杞憂に終わりました。


 というのも、かけてから、二コールくらいで出たので。


『もしもし、依桜君!?』

「夜分遅くにすみません。少し前に電話した通り、ボクたち妖魔界から今帰ってきまして……」

『電話? それって一体なんのこと? それに、妖魔界?』

「え? 何のことって……ボク、学園長先生に妖魔界から電話しましたよね? 例の、異世界間での通話を可能にするアプリで」

『………………あ、あぁ! はいはい、あれのことね! うん、了解了解。そっかそっか、無事に帰ってきたのね。それならよかった』


 ……あれ、なんだろう、学園長先生の反応がどこかおかしいような……。


 上手く言葉にできないけど、なんと言うか……無理やり合わせてる、そんな感じがする気がするんだけど、どうしてだろう?


『とりあえず、今二人はどこ?』


 学園長先生の反応に対する疑問で、思考の海に沈み込みそうになった時、学園長先生からのその質問で引き上げられる。


「あ、はい。えっと、多分伏見稲荷大社だと思います」

『了解。じゃあ、すぐに迎えに行くから、稲荷駅まで来られる?』

「ちょっと待ってくださいね。……美羽さん、稲荷駅まで歩けますか?」

「うん、問題ないよ。というより、私たちまだ起きたばかりだもん」


 ふふふ、と笑いながら答える美羽さん。


 そういえばそうだった。


 ボクたち、五日目の朝にこっちに戻って来てるわけだしね。


「問題ないです」

『おっけー。じゃ、駅前で待ってて』

「わかりました。では、待ってますね」

『はいはい。それじゃあ、また後でね』

「了解です」


 そこで通話は終了。


 とりあえず、これでなんとか旅館に入れそうだよ。


「じゃあ、行きましょうか」

「うん」


 ささっと旅館に帰るべく、ボクたちは稲荷駅まで歩き始めた。



 妖魔界から戻って来て、依桜ちゃんと一緒に稲荷駅まで向かう事、一分ほど。


 場所と雰囲気のせいか……


「こ、怖いよぉ……」


 依桜ちゃんは私の左腕を抱きしめながらぷるぷると震えていました。


「あ、そう言えば依桜ちゃんって怖いの苦手だったっけ。でも、ダメのは幽霊だけじゃないの?」


 依桜ちゃんが幽霊が苦手なのは知ってたけど、あれはお化けの類かと思ったんだけど……


「ち、違うんですよぉぉ……ボク、こういう夜の神社や夜の病院みたいな雰囲気の所も苦手なんですぅ……」

「あー、うん。今の依桜ちゃんの様子で納得」


 どうやら違うみたい。


 依桜ちゃん的には、こういうお化けが出そうな雰囲気、というだけで恐怖の対象なのかも。


 でも、それもわからないでもないかな。


 私だって、人並み以上にホラーな物に対して耐性があるとは言っても、それでも怖いものは怖い。


 悪い幽霊ではない限りは最初だけびっくりするかもしれないけど、悪霊なんかが襲いかかってきたら恐怖で震えると思う。


 だから、依桜ちゃんの今の状態は自然なことだと思うな、私。


 ……というより、依桜ちゃんにも怖いものがあって安心、というのが一番大きいかも。


 だって依桜ちゃん、どんな状況にも怖がらないで進んじゃうから。


 だからこそ、こういう依桜ちゃんを見てると、普通の女の子なんだなぁ、って思うわけです。


 あれ? でも依桜ちゃんってもともと男の娘だし、普通の女の子は変なような…………あー、うん。まあいっか。


「うぅぅ……み、美羽さん、ぜ、絶対離れないでくださいね……?」


 うるうるとした不安に揺れる瞳でこう言ってくる依桜ちゃんが可愛くて仕方ないからね!


 色々と役得です。


 ありがとう、女委ちゃん! あの時、依桜ちゃんとデートできるという景品にしてくれて! おかげで私は、この四日(五日間?)だけで、かなりのイオニウムを摂取できました……幸せです。


「安心してね、依桜ちゃん。絶対に私が離れることはないから」


 おっと、少しばかりトリップしてたかも。


 依桜ちゃんを安心させないと、という一心でありきたりながらも、微笑みを浮かべながらそう告げると、恐怖で強張っていた表情が一転して、安堵の表情を浮かべた。


 うんうん、よかった。


「じゃあ、早く抜けちゃお?」

「はい……!」


 やっぱり可愛い。



 美羽さんと会話をしながら、ボクたちは稲荷駅に到着した。


 ちなみに、稲荷駅までの道中では、ボクの恐怖心を和らげるために、美羽さんが楽しい話をしてくれたり、妖魔界でのことを思い出しながら話したりと、美羽さんのおかげでかなり和気藹々とした帰りになりました。


 そのおかげもあって、途中からは怖いという感情が出てくることはなく、無事に稲荷駅に到着。


「えーっと、この辺りのはずだけど……」


 辺りをきょろきょろと見回しながら、目的の車を探していると、


「おーい、依桜くーん! 宮崎さーん! こっちよー!」


 ボクたちを呼ぶ声が聞こえてきた。


 二人揃って声の発生源の方向に視線を向けると、そこには車の窓から少し体を乗り出してこちらに手を振っている学園長先生の姿があった。


 それに気づいたボクたちは心なしか早歩き気味に向かっていく。


「お帰りなさい、二人とも。大変だったわね」


 ボクたちが近づいたところで、学園長先生が労いの言葉を投げかけてきた。


 こういう時の学園長先生はまともなんだよなぁ……。


「大変……と言えば大変でしたけど、それなりに楽しかったですよ。ね、美羽さん」

「そうだね。貴重な体験もできて、私はラッキーだったかな」

「そうなので。なら、そのお話は車の中で聞くことにするわ。さ、乗って乗って」

「「はい」」


 学園長先生の操作で車の後部座席側のドアが開き、ボクたちは車に乗り込む。


 ボクたちが乗ったことを確認してから、学園長先生は車を発進させた。


「それで、妖魔界はどんなところだったの?」


 車を発進させてからほどなくして、学園長先生が妖魔界について尋ねてきた。


「そうですね……基本的に妖怪が住む世界でしたよ」

「妖怪……もしかして、河童とか?」

「はい。河童もそうですけど、鬼とか人魚、猫又なんかもいましたね。他にも色々いるみたいですけど、ボクたちが出会ったのはこの辺りですね」

「へぇ~、まさか妖怪が実在していたなんてね。まあ、天使や悪魔がいる上に、異世界も存在するわけだから今更か」

「「たしかに」」


 学園長先生の言葉に、ボクと美羽さんは揃って同調した。


 異世界に関わる前までは、妖怪は本当にいるのかわからない存在だったけど、異世界へ行ってからは『いても不思議じゃないよね……?』と思うようになったし。


 さらに言えば、天使や悪魔が実在しちゃったのも大きいわけで……。


 うーん、不思議。


「でも、そっかー。妖怪ねぇ……やっぱり、異世界を研究してる身だからこそ、一度でいいから見てみたいものね」


 ふふっと軽く笑ってから、妖怪を見てみたいと呟く学園長先生。


 その呟きに、ボクと美羽さんはお互い顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。


 だって、会おうと思えばいつでも会えるわけだしね……。


「あ、でも依桜君のことだし、もしかしたら契約してるんじゃ? ……って、あはは。それはさすがにないか。いくら依桜君でも……」

「えっと、契約してます、よ?」

「ない……って、え。ちょっと待って? ほんとに? マジで? というかまた?」

「は、はい……というか、ボクだけじゃなくて……」

「実は私も契約してたり……」

「……はいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」


 ボクだけじゃなく、美羽さんも一緒に契約した、という事実のせいか(絶対そうだと思うけど)、学園長先生は素っ頓狂な声を上げた。


 ……ちなみに、あまりにも突然の話だったにもかかわらず、まったくハンドリングがぶれることなく、普通に運転できていたのは……地味にすごいと思います。



「ったく、我が弟子ながら、また面倒なことになってんなぁ、おい。しかも、お前だけじゃなくて、ミウまでもとは……なんかもう、お前と一緒にいたら、他の面子も何かしらの奴らと契約すんじゃねーの?」

「あ、あははは…………すみません」


 あの後、まくし立てるように矢継ぎ早に契約のことを学園長先生に尋ねられながらも、旅館に到着。


 ボクが電話した時点で既に隣にいた師匠は、ボクたちの帰りを待っていたようで、旅館のラウンジに座っていました。


 美羽さんの方は、『先に部屋に戻ってるね』と言いながら逃げ――もとい、宿泊している部屋に戻っていきました。


 ボクもボクで逃げようとしたんだけど……まあ、うん。師匠からは逃れられない! と言わんばかりの状況になり、逃げることは叶いませんでした。


 結果、事情説明を要求され、今に至ります。


「だが……そうか。やっぱ、あの事故は妖魔が原因だったのな。いや、違うか」

「はい。正確に言えば、邪神の兵……だそうです。ボク自身も本当にそう言う存在なのかはわかりませんが、近くにいるだけで思わず体調を崩しそうになるほどでした」

「……なるほどな。チッ、なんでこうも面倒なことになってんのかねぇ? なぁ、愛弟子」


 スッと目を細めながら、ボクににこにこ笑顔で尋ねてくる師匠が怖い……。


「え、えーっとその……ぼ、ボクに言われても困ると言いますか……」

「……はぁ。ま、そりゃそうか。この件に関してはお前は悪くない。あっても、二割くらいだ」

「え、ボク本気で悪くないですよね!? 0ですよね!?」

「お前が存在してるだけで悪い」

「酷くないですかそれ!?」


 存在しちゃいけない、とか遠回し(ではないか)に言われてるようなものだよね?


 この人、本当にボクの師匠なんだよね? なのになんでこう、ボクに対して時たま不条理なこと言ってくるんだろう……?


「ま、冗談は置いとくとして、だ」

「……ほんとに冗談なんですか?」

「ああ。九割九分九厘――」

「冗談ですか?」

「本気だ」

「それ一厘しか冗談の部分ないじゃないですか! 酷い! 師匠酷い!」

「はは! まあいいじゃねーか。……しかし……あれだ。うん」

「どうしたんですか? 少し落ち着かない様子ですけど……」


 今のからかいモードから打って変わって、師匠の様子がどこか挙動不審。


 何か言いたいことでもあるのかな? と思いながら、次の言葉を待っていると、


「あー……こほん! とりあえず、無事に帰って来て何よりだよ。お帰り」

「あ……はい、ただいまです、師匠」


 照れくさそうに笑いながらの言葉に、ボクはなんだかじんわりと嬉しくなって、自然と笑みが零れました。


 何のかんの言って、師匠は優しい。



 さすがに疲れただろう、と言われてボクは未果たちのいる部屋へ戻ることに。


 時間が時間だから、もう寝てそうだけど……どうだろう。


 個人的に、未果とエナちゃん辺りはもう寝てそうだけど、女委はなんとなく起きてる予感がする。


 とりあえず、『気配遮断』と『消音』の二つを使って戻ろう。


 道中、足音で他の生徒のみんなを起こしたくないしね。


 もっとも、そんなことをしなくても、純粋な技術でできるけど……楽をしたいという事で……。


「……到着、と」


 気配と音を消して歩くと、目的の部屋に到着。


 なんとなく申し訳ない気持ちがあるボクは、軽く深呼吸をする。


 いつものことと思われてるかもしれないけど、それでも少しは心配させちゃったかもしれないからね……。


「ふぅ……よし。……おじゃましまーす……」


 一応、ボクの部屋でもある場所にも関わらず、小声で入るボク。


 部屋の中は真っ暗で、耳を澄ませてみれば、規則正しい寝息が聞こえてきた。


 どうやら、三人とも寝てるみたいだね。


「はぁ……じゃあ、ボクも布団を敷いて――」


 三人が寝ていることを確認したボクは、能力二つを解除して、小さく息を吐きながら布団を敷こうと口に出す。


 すると、


「ん、んん……いおぉ……?」


 もぞもぞという音が聞こえてきた直後に、寝ぼけたような声でボクの名前を呼ぶ未果がいた。


 見てみれば、ごしごしと目を擦っている辺り……起きたね、これ。


「あ、え、えーっと……た、ただいま……」

「…………依桜!?」


 ぼーっとした表情から一転して、みるみるうちに未果の目が大きく見開かれていき、最終的にはボクの名前を叫んでいた。


「あ、うん。ボクです……。あの、その……ごめんね? いきなりいなくなって……」


 起きた未果に対して、ボクはなんて言ったらいいのかわからず、とりあえず、突然いなくなったことに対しての謝罪を口にしていた。


「まったく……一体どこに行ってたの? というか、随分と中途半端な時間に帰ってきたわね……」

「あ、あはは……それに関しては、まあ、色々ありまして……」

「それに関しては……そうね。とりあえず、明日訊くことにするわ。他の二人だって寝てるし。とりあえず、そうね。寝ましょ」

「あー、それなんだけど……実はボク、少し前までガッツリ睡眠を取ってたから眠くなくて……」

「あら、そうなの? じゃあどうするの?」

「うーん……もともと、異世界では五轍とか普通だったし……ボクはこのまま起きてることにするよ。明日の夜までなら余裕だから」

「わかったわ。じゃあ、私は寝させてもらうわね」

「うん、おやすみ」

「えぇ、おやすみ。……あ、明日みんなの前で説明をお願いね」

「あ、うん。それはもちろん」

「よろしい。それじゃ」


 そう言い残して、未果は再び寝息を立て始めた。


「……とりあえず、ボクは瞑想してようかな」


 こういう時間がある時は、瞑想しておくに限ります。


 もちろん、寝ません。


 あとはまあ、頭の中を整理したいからね。


「……ちょっと疲れたかな」


 妖魔界でのことを思い出しながら、ボクは苦笑いを浮かべながら呟くのだった。


 それにしても……未果が一度大きな声を出してたのに、よく二人は起きなかったなぁ……。

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