第426話 記憶探り

『――とのようなことがあったのです』

「……そ、そう、ですか」


 話を聞き終えると、部屋には何とも言えない空気が流れた。


 なんと言うか……色々とツッコミどころしかない。


「ねえ、依桜……」

「……何、未果」

「あの、さ。依桜って、そんなに丁寧な口調だったかしら?」

「敬語は使う、けど……村長さんが話したような敬語は使わない、よ? ボク。丁寧すぎるとちょっと疲れちゃうし……もちろん、相手によってはするかもしれないけど、基本的には普通、だと思うんだけど」

「そうよね……」


 うーん、本当に記憶がないから何とも言えない……。


 でも、本当にそれはボクだったのかな?


「村長さん、その人って、本当にボクだったんですか? その、自分で言うのもなんですけど、口調が丁寧すぎると言うか……」

『はい、あれは勇者様でした。間違いありません。そして、九ヵ月後の今日、本当に誘拐された子を連れて、再び訪れたのですから』


 笑いを浮かべながら、そう言う村長さん。


「ってかさ、最後の部分、おかしくね? なんか依桜……っぽい奴さ、まるで今日依桜が来ることをわかってたみたいじゃん?」

「そこは俺も気になってる。依桜に未来が見える、みたいな能力とかがあるのなら話は別だが……」

「ボク、そんなものないよ? さすがに『未来視』なんて能力は持ってないし……」

「あ、わたしも気になることあるよー」


 女委も女委で気になることがあるらしく、手を挙げていた。


「女委はなに?」

「えっとさ、CFOってこっちの世界を基にしてたり、能力とかスキルなんかも適用されてたじゃん?」

「そう、だね」

「でもさ、話を聞いてると、その依桜君っぽい人、上級魔法を使ったみたいに言ってたでしょ? たしか依桜君って……」

「うん……初級だけ、なんだけど」


 女委の疑問の通り、そこもおかしい。


 ボクが使用可能な魔法と言うのは、基本的に初級魔法のみ。


 今使えるのだと、聖属性魔法、風属性魔法、回復魔法の三つと、付与魔法。


 一応『アイテムボックス』も魔法だけど、ボクの場合、色々とおかしいのであれは……カウントしない方がいい気がします。


『どうかされたのですか?』

「あ、い、いえ。その……ボク、魔法は初級の物しか使えないんですよ」

『そうなのですか? ですが、あの時使用されていたのは、間違いなく上級のものだったのですが……』


 本当にどういうこと?


 ……これはちょっと、師匠にも来てもらった方がいい気がしてきた。


「すみません。ちょっと師匠と連絡してきます」


 一言断って、席を外す。


 少し離れたところに行き、師匠に電話をかける。


『なんだ? イオ』

「あ、もしもし。えっと、ちょっと師匠に来てもらいたいんですけど……大丈夫ですか?」

『ん? なんだ、問題でも起きたのか?』

「いえ、問題と言うか……まあ、問題のような物です。ちょっと気になることが出てきちゃいまして……」

『なるほど。つまり、あたしの意見も聞きたい、もしくはあたしがいた方が何かといいかも、ってことか?』

「そうです」

『わかった。ちょっと待ってな。今すぐそっち行く』

「え、今すぐ……って、切れちゃった」


 今すぐそっち行くと言った後、通話が切れた。


 どういう意味なんだろう? と首を傾げていたら……


「で、何があったんだ?」

「ひゃぁっ!?」


 目の前にいきなり師匠が現れた。


「し、しし、師匠!? は、早くないですか!? というか、いつの間に……!?」

「何を言う。あたしは空間転移が使えるんだぞ? あとは、あれだ。色々とスキルを併用して、ここに来たんだよ。ま、あたしは最強の暗殺者とか呼ばれたんでな」


 ふっと笑って自信満々に言う。


 うわー……何と言うか、本当にさすがとしか言いようがないレベルの能力だよ。


 やっぱり、異常だよね、師匠って。


「んで? 聞きたいことってのはなんだ?」

「あ、はい。えっと、ちょっとこっちに来てください。詳しいことは村長さんからの方がいいので」

「あいよ」


 ともあれ、師匠がすぐに来てくれたのは普通にありがたい。



「……なるほど、そう言うことか」

「はい。師匠、その時のこと、何かわかりませんか?」

「あー、そうだなぁ……たしかに、村長の言う通り、あたしと話している時もやけに丁寧に話していたな」

「そう、ですか……」


 師匠に対しても、そういう口調だったんだ。


 うーん、となると本当におかしい。


「お前、本当に記憶がないんだよな?」

「はい……」

「たしかに、お前は七日目、あたしに自分が何をしていたのかを尋ねてきていたが……まさか、本当に記憶がないとはな。しかも、知らず知らずのうちに動き回って、村を救っているとは」


 師匠の声には微妙に呆れが混じっていた。


 うぅ、なんだか申し訳ない……。


「……仕方ない。どれ、これが本当なのかあたしが見てやろう」

「え、どういうことですか?」

「ほれ、あたしがよく使うものの中に、記憶操作があるだろ?」

「はい、ありますね」

「それを応用すれば、相手の記憶を見ることも可能だ。そこで、その能力を使用して、お前のその時の記憶を覗いてみる、ってわけだ」

「そ、そんなことができるんですか……って、師匠ですもんね。できますよね……」

「はは、当たり前だろ」


 何なんだろうね、この人。


 もう、何でもありな気がするよ……。


 見れば、他のみんなも師匠のやろうとしていることには苦笑い。


 村長さんなんて、驚いて口をぽかーんと開けてるし……。


「じゃ、ちょっと頭借りるぞ」


 そう言うと、師匠はボクの頭にぽんと手を置いた。


「『接続』……『開示』」


 師匠がその二つの単語を呟くと、なんだか頭の中に視線を感じた。


 え、な、なにこれ? 本当に頭の中を覗き見られてる気が……。


「ああ、まあ、直接の頭の中を見てるからな」

「――!?」


 え、もしかしてこれ、ボクが考えてることも筒抜け……?


「筒抜けだな」


 ひ、酷い! これ、絶対に普段使われたくない類のものだよ!


「気にするな。そもそも、あたしは『感覚共鳴』があるしな。他人の心を読むなんざ、それで十分だよ」

「それはそれでだめですからね!?」


 この人、デリカシーがないんじゃないのかな……。


 本当に、嫌になるよ。


 師匠に対して、ちょっと微妙な気持ちになっていると、師匠が目を閉じて集中しだした。


 それと同時に、ボクの方も頭の中を覗かれている感じが強くなる。


 うぅ、なんだか恥ずかしい……。


「…………………………ふむ。なるほど、うすぼんやりとだが、該当する記憶があるな」

「え!?」

「じゃあミオさん、依桜君はその時この村に立ち寄ってるってこと?」

「あー……まあ、そうだな。この記憶を見た限りじゃ、間違いない。うん。間違いない」


 あれ? なんで師匠、こんなに歯切れが悪いんだろう?


「というかお前、六日目にも似たようなことしてるぞ?」

「え、えぇぇぇぇ!?」

「見た感じ、こっちでもどこかの村で人助けをしているな。こっちは……盗賊どもを撃退しているみたいだ。お前、本当に何してたんだよ。あの時」

「い、いや、本当に記憶がないんですって」

「記憶がない、ねぇ……?」


 あ、あれ? 本当に師匠がさっきから微妙な顔をするんだけど。


 具体的には、若干目を細めて少し真顔になってまっす。


「ふぅむ……」

「あ、あの、師匠、どうなってるんですか? ボクの記憶……」

「あー……うーん……そうだなぁ……」

「え、あの、なんでそんなに歯切れが悪いんですか……?」


 なんか怖いんだけど。


 本当に怖いんだけど……!


「いや、気にするな。正直、どう言えばいいか迷ってるだけだ。まあ、言うだけ言うが……この記憶は、なんか本当にぼんやりとしてる」

「ぼんやり、ですか?」

「ああ。他の記憶はしっかりと見えるのに対し、五日目と六日目の記憶だけがぼんやりとしている」

「えっと、なんでかわかります、か?」

「………………いや、わからん」


 最初の間が気になるんだけど……。


 でも、わからないって言うならそうなんだよね、師匠だってわからないことはあるもん。


「まあ、強いて言うなら、この時の感情は明らかにおかしいな。いやまあ、お前だったらそこまでおかしくはないんだが……何と言うか、お前よりも優しいな」

「い、依桜より優しいって……それ、本当に人間?」

「未果、それどういう意味!?」

「どういう意味も何も、未果が言うことには一理あるというかな……依桜の優しさは正直異常なくらいなんだが、それ以上ともなると明らかにヤバいぞ?」

「それな。依桜はおかしいくらいに異常だからなぁ」

「うんうん。優しすぎるのにそれ以上はちょっとねぇ……」

「今以上に優しい依桜ちゃんって、一周回って怖いかな……」

「うちも、さすがにそれは異常だと思うなぁ……」

「み、みんなまで!? え、ぼ、ボクってそんなに異常なの……?」

「「「「「「異常」」」」」」


 え、ぼ、ボクってそんなに異常だったんだ……。


 というか、そんなにおかしいのかな、ボク。


 普通のことをしているだけだと思うんだけど……。


「あと言えることは、なぜこの記憶をお前が思い出せないのか、というところだな。まるで……」

「まるで?」

「まるで、お前の記憶じゃないみたいだ」

「いやいや、ボクは多重人格じゃないですよ?」


 別の人格がボクにあるわけないもん。


 もしあるんだったら、昔からそうなってたと思うもん。


「ま、それもそうだな。多分あたしの気のせいだろ。ただまあ、別段悪いことをしていたわけじゃないし、そこまで気にしなくていいと思うぞ、あたしは」

「うーん、でももしかすると、この時以外にも記憶がないところがあるかもしれないんですが……」

「なぜだ?」

「いや、最近あやふやになる時があるので……」


 本当に最近になってからだけど。


「……まあ、大丈夫だろ。このよくわからん記憶を見る限りじゃ、お前以上の優しさを持ってるみたいだしな。変なことはしてないだろ。単純に、お前が忘れてるだけって言うのもあるかもしれないしな」

「そう、ですね。まあ、気にしないことにします。何かあったら、師匠に相談します」

「ああ、安心しな」


 うわぁ、本当に師匠の言葉の安心感がすごい。


 正直、師匠だったら何でもできるんじゃないか、って思えるよ。本当に。


「それじゃあ、お話も聞けたし、そろそろ戻ろうか」

『おや、もう帰るのですかな? よければ、昼食などいかがでしょうか? お礼として、村の料理を御馳走しますよ』

「いいんですか?」

『もちろんですとも。助けてもらったお礼は、まだしておりませんのでな』

「記憶がないとはいえ、ボクが助けたというのなら……ごちそうになります」

『そうですか。では、すぐに準備をさせましょう』

「おっと、村長。いい酒はあるか?」


 師匠が準備の事を伝えに行こうとする村長さんを呼び止めたと思ったら、まさかのお酒。


『お酒、ですか。ええ、もちろんありますとも。この村の特産品として作っております』

「マジか。なら、それを貰えるか? もちろん、金は払うが」

『いえ、どうもあなたは勇者様のお師匠様のようですので、お金は不要です』

「いいのか? あたしは何もしてないが」

『いいのです。遠慮なく飲んで行ってください』

「そうか。ありがとな」


 し、師匠が大人しい……!


 いつもならお酒がただで飲めると知ったら、


『マジで!? よっしゃ! すぐに出せ! じゃんじゃん飲むぞ!』


 くらいは言ってきそうなんだけど。


 でも、今の師匠はそうじゃなくて、普段よりもお酒があると言うの大人しい……。


 どうしたんだろう?



 その後は、メネス村の料理をみんなでお腹いっぱい食べました。


 師匠は普通に大量のお酒を飲んでいたけど、村の人達は怒るどころかむしろ嬉しそうにしていました。


 どうやら、作ったお酒を美味しそうに飲んでくれたことが嬉しいみたい。


 まあ、作り手として嬉しいもんね、それは。


 ただ……師匠が何かを考え込んでいるような素振りを見せていたのが気になった。


 うーん?


 ……まあ、師匠のことだもんね。多分、お酒の事を考えていたんだよね、きっと。


 お昼を食べて軽く休んだら、ボクたちは村を出て王都へと戻りました。

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