第129話 アクシデント
「……ただいま」
「おかえり、依桜。その……災難だったわね」
「あ、あははは……」
未果の気まずげな言葉には、乾いた笑いしか出てこなかった。
「なかなかにいい光景だったよ、依桜君!」
「ボクはすっごくはずかしかったよぉ! うぅ……」
まさか、公衆の面前で師匠にお姫様抱っこされるとは思わなかった……。
以前も向こうの世界でお姫様抱っこされたけど、あっちは一週間ほどしかいなかったから、そこまで恥ずかしがることもなかったけど、こっちは違う。
だって、一週間だけ、って言うわけじゃなくて、あと二年半はこの学園に通うんだもん。一生残るよ、こっちだと。
……思い出すだけで、顔が熱くなるよぉ。
「依桜的には、やっぱり嫌なのか?」
「……いや、って言うわけじゃないよ。でも、その……や、やられるのなら、あまり人がいないところがいい、かなぁ……なんて」
師匠が嫌いなわけがない。
どちらかと言えば、好きなほうだし……。
そ、それに、お姫様抱っこされるのは、嬉しいと言うか何と言うか……。
「「「「……」」」」
あ、あれ? なんか、四人の顔が赤い……?
どうしたのかなぁ。
(やばいな、あれ。ますます精神が女子化してきてるぞ)
(ああ。まさか、お姫様抱っこを嫌がるどころか、若干嬉しそうなそぶりを見せるなんてな……)
(本人はまだ、男だと思っているんでしょうけど……仕草、言動、感情の起伏やらなんやらが、完全に女の子よりよね、あれ)
(喜んでいいのか、悪いのか……よくわからないなぁ)
また、何か話してる?
……う~ん、ボクなにか変なこと言った、かな?
「まあ、なんだ。気にするな。人の噂も七十五日って言うしな」
「……裏を返せば、二ヶ月半くらい続くってことだけどね」
地味に長いよ。
「まあ、三年生はいい思い出になったんじゃないかしら?」
「ボク、三年生とかかわりはあまりないけどね」
あるとすれば、獅子野先輩と江崎先輩くらいかな。
……そう言えば、獅子野先輩って、獅子野先生と同じ苗字だけど、何か関係があったりするのかな? 親子とか。
「依桜自身に関わりがなくても、向こうからしたら有名人だからな。それに、昨日今日で依桜のすんばらしい姿も見れたし! ってことなんじゃね?」
「……ボクからしたら、びみょうな気分だよ。すごく」
「それもそうね。依桜自身は知らないのに、向こうは一方的に知ってる。で、昨日の障害物競走とか、二人三脚を見て、会場は大惨事。それも、かなりの人数に恥ずかしい姿を見られているわけだから、依桜的にも微妙な気持ちになるわよね」
「……うん」
この学園の体育祭は、入学前から、かなり派手だということを知っていたし、一風変わった競技もある、って言っていたからちょっと楽しみにしていたんだけどね……。
男の状態だったら、それなりに楽しむことができたのかもしれないけど、女の子になっちゃってるからね……楽しむどころか、精神的に疲れるようなことばかりで、ちょっと、ね。正直、素直に楽しめている人とかがすごく羨ましい。
ボクなんて、恥ずかしい目に遭ってばかりだもん……。
スライムまみれになって、体操着が透けたり、二人三脚では、なんか変なことをさせられてたし……それに、さっきの生徒・教師対抗リレーでは、師匠にお姫様抱っこでゴールまで連れていかれるしで、かなり恥ずかしい思いをしたよ……。
これ、もしかすると、アスレチック鬼ごっことかも、割と酷いことになりそうな気がするのは気のせい……?
「ま、何はともあれ、次はオレと晶の出番だからな! 依桜はゆっくり休んでくれよ」
「うん。二人とも、ぼうたおし、がんばってね」
「おうよ!」
「俺は、あんまり対人戦とかは得意じゃないんだが……まあ、俺は防御メインで行くかな」
態徒は自信満々に。晶は、少し自信なさげにしてるけど、この二人なら大丈夫だと思う。
下手な人より強いっているのは知ってるし。
……と言っても、晶は本当に平均よりもちょっと高いかな、くらいなので、晶自身が言ったように、防御メインになりそうだけどね。
まあ、ボクが出ることはないし、二人を応援しないと!
と、ボクが内心意気込んでいる時だった。
『た、大変だ! 宮田が怪我した!』
クラスメートの一人――伊藤君が、慌ててボクたちのところに駆け寄ってきて、そう言ってきた。
……え?
『宮田の奴、他校の女子生徒に絡んでるうちの生徒を注意していたら、どうも相手が逆上しちまってよ……それで、突き飛ばされて、運悪く塀の角に腕をぶつけて、骨折しちまったらしくてな……』
「そんな……」
逆上して、手を上げるなんて……。
向こうの世界では、よく見かける様な人だけど、まさかこっちの世界の……それも、この学園にいたなんて……。
……まあ、それを言ったら、佐々木君もそうなんだけど。
「それで、人員が一人いなくなったってことなのか?」
『ああ……』
「困ったな……。宮田は、指揮官的役割を持っていたんだが、よりにもよって宮田が欠場になるとは……。それで、先生のほうはなんて?」
『それなんだが、どうやら代わりの人を出してもいいらしい』
「お、そうなのか。なら、誰を出すんだ?」
『……実は、ちょっと相談があってな』
「相談?」
どうしたんだろう。
そう思っていたら、なぜかボクの方を見てきた。
え、なに?
『頼む、男女! 棒倒しに出てくれないか!』
「ええ!? む、むりだよぉ! だってボク、四しゅもくしか出れないし……それに、もうそのわく、全部うまっちゃってるよ?」
『その点に関しては心配ない。さっき、学園長に相談しに行ったら、条件付きでOKをもらった』
「じょ、じょうけん?」
『条件は一つ。直接的な参加はダメ、だそうだ』
「え、えーっと、それだとさんかしちゃダメ、みたいなかんじになってる気がするんだけど」
直接的な参加を禁止されたら、そもそも競技自体に参加できないよね? どういう意味?
『より正確に言えば、闘うのがダメってことで、いわゆる、指揮官の役割だったらいいらしい』
「つまり、しじだし、ってこと?」
『その通りだ。それで、どうだ? お願いできないか?』
「うーん……」
正直なことを言うと、ボクは指揮をしたことがない。
だって、向こうの世界での職業は暗殺者で、『指揮官』の職業を取っていたわけじゃない。
だから、戦術だって、最初の一年でちょっと勉強した程度だし……しかも、その内容に関しては、ほとんど忘れちゃったし……。
『応援するだけでもいいんだ。特に指示出しもしなくていい』
「そ、そんなことでいいの? しきかん、なんでしょ?」
『名目上はそうだが、男女の応援があれば、ゴリ押しで勝てるんだよ。だから、頼む!』
そう言って、伊藤君が腰を曲げて、頭を下げた。
「あ、頭を上げて! ひ、ひきうけるよ」
まさか、ここまで頼まれるとは思ってなくて、慌てて了承してしまった。
『本当か!? ありがとう! あと、できればその格好で出てもらえるとありがたいんだが……』
「な、なんで?」
『そりゃあ……勝つためだよ』
「……………………はぁ。わかったよ。この服で出るね」
『ありがとう! これで勝てる! じゃあ、もうそろ招集がかかるらしいから、頼むな!』
「う、うん……」
すごい勢いで、伊藤君は離れて行った。
「はぁ……」
伊藤君の背中を見送って、見えなくなった後、ボクはため息を吐いていた。
「まあ、何と言うか……頑張ってね、依桜」
「……ボク、出場制限があるんだけどね……」
学園長先生の一存でどうにかなるのなら、出場制限って簡単に覆せちゃうよね。
あの人、多分だけど……そのほうが面白いから、なんて理由で許可を出していそうな気がするんだけど。
「まあ、実際にはほとんど動かなくていいみたいだし、いいんじゃないかしら?」
「……そうは言うけど」
「まあまあ、依桜君の応援って、実際力が沸くからね! 美少女応援補正がかかるんだよ! だから、何もしなくても、みんな何とかしてくれるよ!」
「そうだぜ、依桜。美少女からの声援ってのはマジで嬉しいし、テンション上がるんだよ。だから、依桜はそこにいて、応援するだけでいいんだぞ」
「……そうかなぁ」
ボクもちょっと、応援すると、応援した相手の身体能力が少し向上している気がするんだよね……。
多分、気のせいだとは思うけど……。
……まあでも、応援するだけでいいのなら、問題ない、かな。
「それで、俺たちのクラスは、どことやるんだ? たしか、もう組み合わせが張り出されてると思うんだが」
「あ、わたしさっき見てきたよー」
「お、さっすが女委だぜ。で、どこだった?」
「んーっとね、五組だったよ」
「……よりにもよって、体育会系クラスか」
女委が告げたクラスに、晶の顔が険しくなった。
うん。ボクもわかるよ、その気持ち。
だって、綱引きの時にいた、佐々木君二号~五号の人たちがいるよね?
たしか、あの人たちは、棒倒しに力を入れてるって話だったけど。
しかも、制限が四人までだから、ちょうどぴったりで出れるし……。
「まあ、少なくとも、依桜も出るし、大丈夫じゃないかしら?」
「だいじょうぶ、なのかなぁ……」
あまり大丈夫じゃない気がするんだけど……。
「でも、さっき伊藤君が言っていた条件って、『闘っちゃいけない』だったよね?」
「ああ。そう言っていたな」
「それって、あくまでも『人と闘っちゃいけない』ってだけであって、『棒を倒してはいけない』ってわけじゃない気がするんだけど」
「あ、たしかに」
「でもそれは、屁理屈じゃないか?」
「いやいや。抜け穴だよ、抜け穴。だって、『闘っちゃいけない』とは言われたけど、『棒を倒しちゃいけない』なんて、さっき言われてないからね。と言うことは、依桜君が棒を倒しちゃっても問題ないんじゃないかな?」
「……うーん。でもさっき、ちょくせつてきなさんかはダメ、って言われたけど。それに、しきかんてきなやくわり、って言ってたよ?」
さすがに、そう言われると、ボクが棒を倒すのはダメな気がしてならないんだけど……。
「学園長に訊いたほうが早いんじゃないか?」
「……そうだね。ちょっと訊いてくるよ」
「いってらっしゃい」
ボクは細かい制限を訊きに、学園長先生の所に向かった。
……さすがに、無理だと思うんだけなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます