第322話 球技大会前日

 次の日。


 今日も今日とて、球技大会の準備。


 初等部と中等部が新設された影響で、二日間になっていたりします。


 それから、初等部と中等部の方に、高等部の生徒――基本、二、三年生の人たちがそちらへ手伝いに行っていたりするのも、準備に二日使う理由だと思います。


 設営に関しては、体育委員が主導となって準備。


 環境委員は、看板などの設置だね。ゴミ箱の位置や、注意喚起に関するものが大半。


 学園が広くなったから、ちょっと大変だそうです。


 ボクが所属する保健委員では……


『『『お願いしますッッッ!』』』


 ボクの目の前で、土下座する人たちがいました。


「え、えぇぇぇぇ……」


 その光景に、ボクはそんな声しか出せず、ものすごく……困りました。


 なんだか、いつかに見た光景だなぁ、とか思っているのですが……なんと言うか、その……先頭の男子生徒(三年生)が、土下座したまま、ある物……というか、どこからどう見ても、ナース服なものを、ボクに差し出していました。


 なんで、こうなったんだっけ……?



 いつものように、朝登校して、みんなと軽く話したらSHRになった。


「あー、まあ、見ての通り、今日は球技大会前日だ。ついでに、準備期間も、練習期間も今日が最終日になるな。学園祭や体育祭ほどじゃないとはいえ、各競技の優勝クラスには、賞品が出るんで、頑張れよ。連絡事項は……特にねーな。じゃ、準備、きぃつけてやれよ。以上だ」


 そんな風に、いつも通りに、少し気怠そうに話す戸隠先生が出ていったら、更衣室に行って着替えて、そのまま準備に取り掛かる。


 ちなみに、女委はパンフレット作りに駆り出されています。


 ボクは少しだけみんなの方を手伝ってから、保健委員が仕事することになる救護テントへ。


 実は、保健委員は当日だけ仕事をするんじゃなくて、準備中にも仕事があったり。

 準備中に怪我した人たちの手当てがあります。


 と言っても、そこまで怪我する人はいないし、仕事はほとんどないんだけどね。


「こんにちはー」

「依桜君、こんにちは~」


 高等部の救護テントに来ると、何人かの生徒と希美先生が設営をしていました。


 昨日は、学園長先生の脅――じゃなかった、呼び出しであまり参加できなかったけど、今日は参加。


 でも、見た感じほとんど終わってるみたいだね、こっちは。


「希美先生、何か手伝うことってありますか?」

「そうですね~……とりあえず、こっちは大丈夫ですので、担当する初等部の方に行ってくれますか~? ちょっと遠いんですけど~」

「わかりました。初等部までの距離は、ボクの中では距離に入りませんから、大丈夫ですよ。じゃあ、行ってきます」


 そう言って、ボクは初等部の方へ向かった。



 歩くこと数分、初等部に到着。


 初等部は高等部と違って、活気に満ちていた。


 今年初めて通う学園で、最初の大きいイベントごと。小学生である子供たちが、わいわいと楽しそうにするのは当然のことなのかもね。


 とはいえ、こういう時に限って、いじめが発生したりする場合もあるんだけど……。


 非日常的なことがあるからこそ、気分が高揚し、結果的に他人を傷つけちゃったりするんだけど……その辺って大丈夫なのかな?


 なんて思ってたら、


『じゃあ、あとはたのんだぜ!』

『あ、ま、まってよ! ひ、一人じゃ重くて運べないよ……』

『そんなこと言うやつは、こんどからあそびにさそってやらねーかんな!』

『そ、それはいやだよ……』


 あー……うん。いたよ。本当にいたよ。


 見たところ、気弱そうな男の子が、ガキ大将っぽい感じの男の子たちに、仕事を押し付けられてる、って感じかな。


 ……まったく、まだ精神が幼いからこそやる過ちだけど、それでも見過ごすことはできないよね。


「何してるのかな?」


 正直、こういうのは年上の人が出るのはどうなんだろう? って思うには思うけど、見ちゃったものは仕方ない。


『んだよ、べつにこいつにたのんでただけだよ』

『ち、ちがっ……』

「うんうん。大丈夫だよ。君たちが、そこの男の子に自分たちのお仕事を押し付けてたんだよね?」

『は、はぁ!? 変なこと言うなよ! お、おれたちは本当にたのんでただけで……!』

『そ、そうだそうだ!』


 うーん、こういう時、素直に認めてくれるとありがたいんだけど……仕方ない。ちょっとお説教みたいになっちゃうかもしれないけど、


「嘘はだーめ。君たち、さっきの様子を見るに、普段からこの男の子をいじめたりしてるんじゃないのかな?」

『そんなことしてねーし』

『というか、ねーちゃんには関係ないだろ!』

「たしかに、ボクは関係ないかもしれないけどね……いじめは絶対にダメ」


 最後の部分にだけ、ほんのちょっぴり、威圧をかけた。

 いくら子供だと言っても、怒られない理由にはならないし、そもそも、こういう時にある程度叱っておかないと、あとあとまたやるからね。


『『『ひっ』』』


 それが効いたのか、いじめていた男の子たちは小さな悲鳴を漏らした。


「いじめはね、人を傷つけるの。心もそうだし、体の方も。それが嫌で自分で自分を殺しちゃう人だっている。君たちはやっていて楽しいのかもしれないけど、やられている側は、楽しくないの。もしも、君たちがこのままこの男の子をいじめ続けて、自殺しちゃった場合、君たちは責任が取れる? 無理だよね? そういう時、責任を取るのは君たちじゃなくて、君たちのお父さんやお母さん。そうなっちゃったら、今の生活はできないよ? お父さんやお母さんたちのお仕事がなくなっちゃって、もしかすると、一人で生きていくかもしれない。そうなったら、君たちはちゃんと、生きていけるの?」

『で、できるよ!』


 できる、かぁ……。

 つまり、


「一人だけで、誰の手も借りずに、生きていけるんだね?」

『と、当然だよ!』


 そっか。


 見たところ、五年生くらいかな?


 メル、ニア、クーナの三人よりも一つ上、と。


 平和な分、こっちの世界の子供たちは、少し精神が未熟だよ。


 正確に言えば、この時代の、かな?


 まあ、向こうは殺伐としているから、なんか大人びた子が多かったんだけどね……。


「じゃあ訊くね? 君は、誰の助けもなく生きられると言ったけど、そうなったら、君は服も、靴も、カバンも、勉強も、料理も、住む場所も、全部自分でやらなくちゃいけないんだよ? できる?」

『そ、それは……』

「いい? 人って言うのはね、生きていれば必ず誰かに助けられてるんだよ? 今着ている服だって、誰かが作っているから、着られるし、住む場所があるのも、お父さんやお母さんが頑張って働いているから。もっと言えば、そのお家を作った人がいるの。ほらね? 助けを借りてる。それでも、君は一人で生きていけるのかな? もちろん、そっちの二人も」

『『『……』』』

「話が逸れちゃったから戻すね。いじめるっていうのは、もしかするとその相手を殺しちゃうことになるかもしれない。そうなっちゃったら、一生犯罪者って言われ続けるかもしれない。そうなったら、今のお友達だって離れていっちゃうよ? それは嫌でしょ?」

『『『うん……』』』


 こくりと弱弱しく頷く男の子たち。

 ようやく、素直になったかな。


「ボクはさっきこの光景を見ていたから、本当にいじめていたかなんてわからない。でもね、少なくとも人が嫌がることをしていたのはわかるよ。それは絶対ダメ。人を殺しちゃうかもしれない行為なんて、尚更だよ。いじめられていた君も、嫌だったんだよね?」

『……うん。ぼく、ずっといやがらせされてて……だけど、そうしないと遊んでやらない、って言われて……』


 小学生にありがちないじめ文句だけど、それでもやっぱり、嫌な物は嫌だよね。


「そっか。嫌だもんね、それは。……もしかしてなんだけど、ずっと一人で抱え込んだりしていたのかな? 誰にも言わずに」


 ふと、気になったので尋ねてみた。


『だ、だって、今以上にいじめられたらって思ったら、こわくて……』


 やっぱり……。


 でも、気持ちはわかるんだよね……。苦しい時って、本当に抱え込んじゃうし。


「たしかに、我慢は決して悪いこととは言い切れないよ。でも、そのままだといつか壊れちゃう。誰かを頼るのも、勇気だし、いいこと。もちろん、頼りすぎはよくないけど、それでも、いじめられたら、お父さんやお母さんでもいいし、お友達でもいい、それか先生でもいいから、相談するということを覚えておくと、きっと役に立つよ。先輩からのアドバイス」

『う、うん』


 実際、ボクがそうだったしね、抱え込む癖。


 それで、未果に怒られちゃったわけで……。


「いじめていた三人も、今のを聞いたかな? この子は、嫌だったみたいだよ? もしも、反省しているのなら、ちゃんと謝ること。いいかな?」

『『『は、はい……。ご、ごめんね』』』

『う、うん、いいよ。でも、今度からはやらないでね……?』


 この子、強いなぁ。


 いじめてきていた子を許せるんだもん。もしかすると、いい大人になるかもね。


「ふふっ、今度からは仲良く、ね? お姉さんとの約束だよ?」

『『『『はいっ』』』』

「それじゃあ、ボクはそろそろ行くね。ごめんね、急に間に入ってきちゃって」

『だ、大丈夫です』

「そっか。よかった。……あ、そうだ。もしも、球技大会中に怪我しちゃったら、救護テントに来てね。手当てしてあげるから」


 にっこり微笑んで言うと、男の子たちはぽーっとした。

 なんだか、顔が赤い気がするけど、どうしたんだろう?


「それじゃあ、準備頑張ってね」

『『『『う、うんっ!』』』』


 そう言って、ボクは今度こそ、救護テントに向かいました。



「こんにちはー。高等部の男女です」

『あ、男女さん、どうしたんですか?』

「いえ、ちょっと手伝うことはあるかなと思いまして」

『そうなの。でも、大丈夫です。ついさっき、問題を解決していたみたいですしね?』


 ニヤニヤと笑う初等部の先生。

 え、もしかして……


「あ、あの、見てました?」

『それはもうバッチリ。他の先生方も感心してましたよ? 決して怒鳴り散らすわけじゃなく、かと言って優しすぎず。絶妙なさじ加減でお説教していましたし。私も、あの子たちには困らされていたんですが……男女さんのおかげで、解決しました。ありがとうございました』

「い、いえいえ、たまたま通りかかっただけで……それに、いきなり話しかけちゃいましたから、不審者に思われたかもって思いましたし……」


 普通に考えて、見ず知らずの年上の人がしゃしゃり出てきたら、不審者に思われそうだしね……。


『大丈夫ですよ。今の時代、そういう人はなかなかいませんしね……。ほら、今って世間の目っていうものが厳しいですから。悪いことをする子供を叱ったら、過保護な親や、PTAの人たちが非難してきますしね』

「あ、あはは……」


 それ、先生が言っていいことなのかな……?


 まあでも、実際その通りなんだよね。


 以前、女委が言っていたけど、今のPTAというか、親は頭が悪い人が多い! とかなんとか。


 アニメやマンガに対する批判だったみたい。


 なんでも、


『こんなアニメ、子供に悪影響だ!』


 とか言っていた人がいたらしいんだけど……どうもそのアニメ、深夜帯のだったようです。


 それなら、見せるなよ、っていうのが女委の言。


 まあ、うん。そうだね。


 そもそもの話、親がそう言うのなら、親自身が見せないようにすればいいのに、どうして作品自体を非難するのかがわからない。


 それに、何でもかんでも他人のせいにしたり、作品のせいにしたりするのも、腹が立つ、って女委が言ってました。


 うん、まあ……たしかにね。


 今って、どうにも親の方が変にねじれちゃってるし……。


 全員が全員ってわけじゃないけど、そういう人がいるというのは目立つ。


 ボクは別に個人の考え方は否定しないけど、いささか他人任せ……というより、責任転嫁をしているようで、少しだけ嫌な気分になる。


 子供が非行に走ったらどうするんだ、とは言うけど、しつけは親の責務だし、そもそも世間の目を気にして叱らないというのも、変な話。


 だから、犯罪者や不良が増えてしまうわけで……。


 甘やかしすぎはよくない、とは言うけど、本当にそうだと思います。


『はぁ、教師にとっても、何かと厳しい世の中ですよ。ちょっと叱ったら、親御さんがクレーム入れてきて……』

「それは……子供がまだまだ未熟、と言えばそれまでなんでしょうけど、そう片付けることができませんからね」

『そうなんですよ……。それにしても、男女さん、なんだか大人びてますね。とても、高校生とは思えないような気がします』

「そ、そうですか? ふ、普通ですよ、普通。あ、あはは……」


 だってボク、今年で二十歳だもん。


 それに、普通の価値観で向こうの世界を三年間切り抜けるって言うのも、無理ですしね。


 向こうの子供たちの夢って、


『おっきくなって、強くなって、お父さんやお母さんを守る!』


 って言うんだよ?


 なんと言うか……殺伐とした夢だった。

 その分、こっちは平和だよ。本当に。


「でも、あれですね。男女さんは小学校の先生とかに向いてるかもしれませんね」

「小学校の先生ですか……」


 向いてる、と言われればそうでもない気がするけど……子供は嫌いじゃないです。


『たしか、職業体験が二学期にあるそうですし、行って見るといいかもしれませんね』

「小学校の先生……そうですね。もしも候補にあったら、行ってみたいと思います」

『うんうん、何事も経験ですし、面白いかもしれませんしね』

「ですね」

『さて……あまりお話しているのもあれですし、お手伝いも実質ないですし……高等部の方に戻っても大丈夫ですよ』

「わかりました。それじゃあ、何かあったら呼んでください。すぐに来ますので」

『ありがとう、男女さん』

「はい。それでは」


 そう言って、ボクは高等部の方へと戻りました。



 そして、高等部の救護テントに戻ってくると、何やら大勢の保健委員の人たちがいて、


 唐突に、


『頼む、男女! これを着てくれ!』


 そう言って、一斉に土下座してきました。

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