第321話 大人(学園長)は汚い
それからしばらくし、球技大会二日前になりました。
例によって、土曜日にはお仕事があったけど、慣れたのかつつがなくできるようになり、問題が無くなりました。
まあ、それでも緊張はするんだけど……。
二日前ともなると、球技大会の準備が始まります。
準備と言っても、コート整備や、ちょっとした設営くらい。
ボクの方も、保健委員の方で何かと動くことがあるんだけど……
「いやー、来てもらって悪いわね。ちょっと、手伝ってほしいことがあるの」
学園長先生に呼び出されていました。
今日もいつも通りに登校して、教室に行き、今日明日は準備、と言われたので、ボクも保健委員の方へ行こうとしたんだけど、戸隠先生が、
『学園長がお呼びだ。ま、どうせくだらないことかもしれないがな』
って言われました。
勤めている教師にくだらないことと言われる学園長先生って一体……。
それで、呼ばれたから学園長へ行ったんだけど……なんか、学園長室に入るなり、手伝ってほしいことがあるとか何とか。
「なんですか?」
「いやー、最終日に高等部の生徒全員参加の種目があるでしょ?」
「ありますね。あの、何をやるのかわからない種目」
体育祭の時もあったけど。
「それで、それに関する手伝いをしてもらいたいなと」
「内容によります」
嫌な物はハッキリと、嫌だというつもりです、ボク。
学園長先生のお願い事は、いつもボクに不利な状況にしてくるんだもん。
「もちろん、そんなに難しいことじゃないわ。まあ、あれよ。お助けキャラ的なものになってほしいのよ」
「お助けキャラ?」
「そうそう。一応、そこではアイちゃんにも手伝ってもらうことになるけど……」
〈おや、私もですか?〉
「あ、いたのね」
〈そりゃいますよ。イオ様のいるところが、私のいるところ! すなわち! イオ様がいなければ、私はいないということですね!〉
「普通じゃないの? それ」
〈まあ、AIですしね。サポートの。至極当然のことを言ったまでです〉
「それ、ドヤ顔で言うことなのかしら?」
〈多分?〉
……アイちゃんって、色々とよくわからない。
人間らしいAIっていうのも、本当に不思議だよ。
「それで、お助けキャラってどういうことですか?」
「んー、最終種目に関してはまだ教えられないのよねぇ……。だからまあ、そうね。よくあるでしょ? バトルロワイアル形式の番組で、忍者とか味方NPCみたいな、プレイヤーを味方してくれるポジの人」
「いますね」
「つまり、依桜君とアイちゃんにはそれになってもらいたいのよ」
「そうなると……ボクとアイちゃんは競技に参加せず、学園長先生側で動いてほしい、って言うことですか?」
「そうそう」
「でも……」
「もちろん、依桜君の言いたいことはわかるわ。私の勝手なお願いよ、これは。たった一度きりの高校二年生の球技大会で、思い出に残したいって。もちろん、断ってくれても構わないしね。別に、あってもなくても、大して問題はない」
あ、そうなんだ。
じゃあ……
「でも、依桜君が参加したら、一瞬でアウトよ。多分……全滅ね。うん」
「……すみません。一体、何をしようとしてるんですか?」
ボクが参加したら、一発で全滅ってどういうこと?
この人、最終種目に何を持って来ようとしているの?
「ああ、うん。気にしないで」
「気にしますよ!?」
というか、今思ったんだけど、AIであるアイちゃんも参加するってどういうこと!?
球技大会に、どうやってAIであるアイちゃんが参加するの!?
「まあ、そんなわけなのよ。仮に、お助けキャラになった場合は……まあ、そうね。暇な時間が多くなっちゃいそうだし、適当に暴れてもらいましょうか」
「待ってください。暇な時間が多いから適当に暴れてもらうって……なんかおかしくないですか?」
「そう? でも、大切な生徒に、楽しい楽しい球技大会中、暇な時間を与えちゃうって言うのは、学園経営者として失格じゃない? なら、少しでも楽しめる方がいいし?」
「……そもそも、暇な時間が与えられるって言う時点で、変だと思うんですけど」
これが、観客として、という意味だったら納得できたけど、全員参加の種目で暇な時間って変だよね? 明らかにおかしいよね?
「うーん、でもなー……ここで最終種目を言ったら面白くないしー?」
ど、どうしよう……すごくイラッとくる。
なんと言うか、イラッと来る表情をされながら、そんな風に言われると、どうしようもなく、イラッと来る。
「じゃあ、手伝いじゃなくていいですよね? ボク」
「……まあ、いいけど……。学生たちにとって、一瞬で終わるのって結構辛いと思うんだけどなー。特に、三年生なんて、今年最後なのになー」
「うっ」
こ、この人、また脅しを使ってきたんだけど!
教育者としてそれはどうなの!? ってくらいに、兵器で脅しを使ってきたんだけど!?
うぅっ、なんでこの人、学園長なんてやってられるんだろう……。
「で、でも、手加減すればいい話じゃ……」
「まあ、それもそうだけどね。ただ……仮に、その種目に依桜君が参加したとしても、すぐに全滅しちゃいそうだしねぇ……前例あるし」
「前例?」
「ええ。やる気が無さそーだったのに、勝っちゃった出来事」
……う、うーん、微妙に身に覚えがある話なんだけど……いつのことだっけ?
似たようなことがいくつかあったから、ちょっと困る……。
「しかも、それが適用されちゃうしさー。いやまあ、前々から考えていたことだったし、別にいいんだけどね……。依桜君、いろんなことがイレギュラーなわけだし」
……イレギュラーなことになった原因の一つって、学園長先生だと思うんだけど、それを言ったら負けになるかな。
「だからまあ、依桜君がお手伝いしてくれたら、私も嬉しいなーって。あ、もちろんタダじゃないわよ?」
「タダじゃないと言われましても……一体何が貰えるんです?」
「んー、そうねぇ……あ、そう言えば依桜君って最近、引っ越したわよね?」
「え? ま、まあ……さすがに、十人ともなると、あの家じゃ手狭で……」
「もしかしなくても、依桜君ってあの家に思い入れがあったでしょ?」
「それはそうですよ。十六年以上もあの家に住んでいたんですから」
一応、あの家はまだまだ住めるということで、あの状態で売られているみたいだけど。
それに……最後に聞こえたようなが気がしたあの声も、ちょっと気になるしね。
「それで、あの家がどうしたんですか?」
「いやぁ、ほら、やっぱり思い入れがある家ってこう……手放したくない! みたいな気持ちってあるじゃない? 依桜君だって、あの家に他の人が住むと考えてみて」
「は、はぁ……」
言われた通り、ちょっと想像。
…………う、うーん、なんか微妙な気分。
次に新しく住む人たちがいい人たちだったらまだいいんだけど、これがもし、家を大切にできない人だったらと思うと……ちょっと嫌な気分。
我ながら、小さい人間だよ……こんなこと思うなんて。
もとはと言えば、ボクがみんなを連れて来たのが悪いのになぁ。後悔はしてないけど。
「どう? 嫌じゃない?」
「……嫌ですね」
「やっぱり、そうよねぇ。だから提案。もし、手伝ってくれたら、あの家、譲渡しましょう」
「は、はい?」
「いやぁ、依桜君ならそう言うかなーと思って、あの後、実はすぐにこっちで買いました」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
知らない間に学園長先生がしていた行動に、思わず素っ頓狂な声を上げていた。
いや、え、えぇぇぇ?
「そしてこれは……依桜君にお手伝いをさせるための切り札! さあ依桜君! 受ける? 受けない?」
「き、汚い! 学園長先生汚い!」
「ふふふふふ、大人はね、汚いのですよ! どんな手段を使ってでも、お手伝いをさせる! そのための対価と思えばまあ、いいじゃない」
……すみません。誰でもいいので、この人に対して、下剋上してください。
なんかもう、色々と酷いです。
まさか、一人の生徒相手に、そこまでしてくるとは思わなかった……。
だって今なんて、ゲスの極みみたいな悪~い笑顔を浮かべてるんだよ? 教育上、メルたちには見せられないよ……。
「……はぁ。わかりましたよ……受けます。受けさせてもらいます」
「ほんと? いやあ、ありがとう、依桜君。じゃあ、あとで権利書やらなんやらは譲渡するわねー」
「まったくもぅ、学園長先生は調子いいんですから……」
これ、ボクじゃなかったら大激怒だよ。
いや、ボクでも結構怒ってる方と言えば、怒ってる方なんだけどね……。
まさか、住んでいた家を脅しに使ってくるとは思わなかったけど……。数千万単位の物を平然と脅しに使ってくるあたり、この人の金銭感覚っておかしいんじゃないのかな。
……それにしても、まさかあの家を持つことになるとは。
いや、いいんだけどね? そうなると、定期的に掃除は必要かも。
でも、なんでそこまでしてボクをお手伝いさせたいんだろう?
〈いやはや、我が創造者ながら、きったないですねぇ〉
「ふふん、褒めても何もでないわよ~」
「〈褒めてないです〉」
「あら、冷たい。ま、実際この件に関しては、依桜君に手伝ってもらわないと、色々とね……もし、依桜君が通常参加だったら、競技なんて三十分も経たずに終わっちゃうもの」
「そ、そんなにですか?」
「そんなになのよ。まあ、前日辺りに大半の生徒には色々と準備させるけどね。一部は……まあ、何もさせなければいい、か」
大半とか、一部、とか言ってるけど、その基準って何?
「ちなみに、アイちゃんも手伝ってくれる、ってことでいいのよね?」
〈まあ、イオ様がやるわけですしねぇ〉
「よかった。これで、色々と面白くできそう」
「……ボクは、脅されて面白い気分じゃないですよ」
「いやいや、もしかすると最終日は面白いかもしれないじゃない?」
「……ジトー」
調子のいい学園長先生に、ジト目を向ける。
ちょっと頬が引き攣った。
「あ、あはははは……だ、大丈夫大丈夫。きっと面白いはずだから。ね? だから、そのジト目はやめてほしいなぁ……なんて」
「……学園長先生が酷い人って言うのは、今更ですし、もういいですけどね」
「え、それはそれで酷くない? 私、まだまだ善良な方だと思うんですが」
「…………善良な人は、面白そうだから、なんて理由で異世界の研究なんてしませんし、まして完成した装置を試運転しません」
「す、すみません……。でも、そうしないとまずいかもしれなかったわけだし……」
「? 何か言いました?」
「あ、う、ううん。こっちの話」
今、すごく困ったような顔をしていて、何か呟いていたような気がしたんだけど……気のせいかな?
(さ、さすがに、依桜君が死んだら世界滅亡コースかもしれない、なんてこと、言えるわけないわよねぇ……)
あれ? 学園長先生、なんでボクを見て遠い目をしてるんだろう?
何か、言いたいことでもあるのかな? それとも、ボクに何かあるとか?
……うーん、きっと、あれだね。異世界の研究が思うように進んでいないとかだよね。多分だけど。
「あ、そうだ依桜君。もう面倒だし、午後に土地のあれこしれたいんだけど、いいかしら? どうせ、今日明日の準備は午前で終了だしね。午後は、自主練習だし。どう?」
「ま、まあ、大丈夫ですけど……」
メルたち妹組も、今日と明日は練習していく! って言ってたし、余裕はあるしね。
「でも、いいんですか?」
「なにが?」
「今ボクに権利を渡したら、手伝わないかもしれませんよ?」
「そこは、依桜君を信用してるし。だって、約束を反故にするような娘じゃないって、わかり切ってるしね」
「そ、そうですか……」
そこまで信頼されてるとは思わなかったけど……うん、まあ、嬉しいと言えば嬉しい。
と言っても、ボクは一度した約束は絶対に守るけど。
嫌な人間にはなりたくないしね。
「わかりました。じゃあ、十二時頃になったら、こっちに来ますね」
「了解よ。じゃあ、よろしくね」
「はい」
なんだか、また変なことになりそうだよ……。
ちなみにこの後、本当に譲渡されました。
学園長先生、何してるんだろう?
そして、この日の教訓。
『大人は想像以上に、汚い』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます