第323話 ちょろ依桜ちゃん

 って言うのが、ことのあらましだったはず……。


 いや、うん。ちょっと待って。


 ボク、こんな光景を以前……というか、体育祭に見たんだけど。


 あの時は、チアガール衣装だったなぁ……。


 というか、なんでボク、毎回のようにコスプレを頼まれるの? ボクがコスプレしたところで、ただのヤバい人、みたいな反応されるだけだと思うんだけど。


 あと、ナース服なのは……あれだよね? 単純に、ボクが保健委員だからだよね?


「あの、えっと……なんで、ナース服、なんですか?」

『超絶美少女な男女に、ナース服で手当てされたいからッ!』

「何言ってるんですか!?」


 ちょっと待って!? 本当にわけがわからないんだけど!

 なんで、ナース服でやる必要が!?


「べ、別に普通の服装でよくないですか? わざわざナース服にする意味って……」

『ロマンですッ!』

「ろ、ロマン……?」

『超可愛い女の子に、ナース服で手当てされたいというのは、全男子の憧れ的なあれなんです! だから、マジでお願いしますッ!』

「え、えぇぇぇぇ……」


 ボク、男だったけど、そんな憧れなかったんだけど……。


 それに、ふと思うんだけどさ、一応この学園の高等部に通う、二年生と三年生の生徒は、ボクが元男だって知ってるよね?


 元男だと知っているなら、あまり恋愛対象にならなさそうだし、そういう格好をしてほしいって思うのって……変じゃない?


 いやまあ……ボク自身、ちょっとだけ女顔だったし、抵抗が薄いのかも……。


 ……なんだろう。それはそれで、複雑。


 それ以前に、


「せ、先生、コスプレして手当って、色々とまずいと思うんですけど……」


 まずいよね?


 私立校とはいえ、コスプレして仕事をするのは結構まずいような……。


「いえいえ~、問題はないですよ~。私としては、ちゃんとお仕事をしてもらえればいいですしね~」


 そ、そうだった! この人、学園長先生の知り合いなんだから、絶対にあの人に近い思考をしているに決まってるよ!


 面白そうだから、いいよ、みたいな感じだよきっと!


「で、でも、ボクは初等部の担当ですよ? こっちにいるわけじゃないですし……」

「たしかにそうですね~。でも、別に問題ないかな~と」

「いや、問題ありますよね!? 少なくとも、小学生の子供たちに見せる格好じゃないですよね!?」

「大丈夫ですよ~。このナース服は、普通のナース服ですから~。ミニスカナースじゃないので、安心してください~」

「そもそも、なんでナースを着る前提なんですか!?」

「だって、そういう要望が多かったんですよ~。ちなみに、全サイズ作成済みですよ~」

「む、無駄に用意周到……!」


 そこまでして、ボクにナース服を着てほしいの?


 なんで?


 まさかとは思うけど、大人状態の服も用意してないよね? 大丈夫だよね?


「……あの、一応競技に出るので、着替える手間が発生するような気もするんですが……」

「大丈夫ですよ~、依桜ちゃんなら、どこでも着替えられる、って学園長先生に訊きましたから~」

『『『――ッ!?』』』

「ち、ちがっ! そういうわけじゃないですよ!?」


 あとそれ、絶対に『アイテムボックス』のことを言ってるよね!?


 明らかにそうだよね!?


 た、たしかに、あれがあれば人眼をほとんど気にせず、どこでも着替えられるけど……それとこれとは別!


 それから、なんで誤解を招くような言い方したのこの人!


「でも、依桜君がやってくれたら、こっちも嬉しいな~と」

「ボクは嬉しくないです」

「うふふ~、問題ないですよ~。少なくとも、最終種目にそこまで出場しないって言うこと考えたら、これくらいの労力は問題ないですよね~?」


 にっこり微笑んで、そう言われた。


 …………学園長先生、もしかして、希美先生には最終種目のこと言ってあるんですか?


 言ってあるよね……だって、希美先生って研究にも携わってるって話だもん……。


「で、でも、ボクだけ着るのって、不公平じゃないですか……? さすがに、一人だけ違う服装、というのも嫌です」

「まあ、正論よね~。でもね、今回は体育祭と違って準備期間が短かったから、依桜君の分しか用意できなかったのよ~」

「ええぇぇぇ!?」

「だから、依桜君だけ、ということになっちゃうわね~」


 ひ、酷くない!?


 なんか、すごく酷いよね!?


 どうして、ボクだけにそんなことをさせようとしてるの!?


「い、嫌ですっ! 絶対にやりたくないです! 普通の服装でやりたいですっ!」

「もちろん、そう言うのはわかっていたわ~。じゃあ、依桜君。想像してみて~? ナース服を着て、メルちゃんたちを手当てしているところを~」

「え? ……」


 ちょっと想像。


 ……………………………………わ、悪くない、かも。


 って、ダメダメ!


 それはダメ!


 た、たしかに、ナース服を着た状態で、みんなを手当てする光景を想像したら、ちょっといいなー、なんて思っちゃったけど……それは、みんなに怪我して欲しい、って思っているのと同義っ!


 ダメ! 怪我無しが一番!


「あら~? なんだか一瞬、ふにゃりとした笑みを浮かべていましたが~……もしや、いいな、と思いました?」

「ふぇ!? そ、そそそそ、そんなこと、お、思ってない……ですよ? ちょ、ちょっとしか……」

「あらあら~! ちょっとでも思っているのなら大丈夫です~! さあさあ、着ましょう~! その方が、おもし――こほん、手当てされる側も安心できますから~!」


 今、面白そうとかいいかけなかった!? ねえ、言いかけてたよね!?


「で、でも……!」

「うふふ~、大丈夫ですよ~、ちょっと人とは違う服を着ているだけだと思えば、大したことありませんから~」

「大したことあります! 恥ずかしいじゃないですか!」

「えぇ~? あなたは、病院で働いている看護婦さんたちが、恥ずかしい恰好をしている、と言いたいんですか~?」

「うっ、そ、そういうわけじゃない、ですけど……」

「なら大丈夫~。これは、ちゃんとした服装ですから~」

「そ、そう、ですか……?」

「ええ、ええ~。決して恥ずかしい恰好ではありませんよ~。むしろ、本職の方たちは誇りを持っているはずです~。依桜君のように、恥ずかしいとは思っていないはずですよ~」

「な、なるほど……」


 い、言われてみれば、たしかに……。

 そうだよね、恥ずかしい恰好なんて言ったら、実際の看護婦さんたちに失礼だよね……。


「じゃあ、やってくれる、ということでいいのかしら~?」

「あ、は、はい。……あ」

「はぁい、言質取った~!」


 あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!


 し、しまった! 普通に頷いちゃったよぉ!


『『『よっしゃあああああああああああっっっ!』』』


 あぁ、他の人たちもなぜか喜んでるぅ……。


 ど、どうしよう、こうなっちゃったら、今更できません、なんて言えないよ……。


 うぅ、ボクの馬鹿! なんで、もうちょっと冷静に考えなかったの……。


「じゃあ、これを渡しておきますね~」


 そう言って、にっこにこ顔の希美先生がボクに紙袋を手渡してきた。


「こ、これは……もしや……」

「はい~。依桜君の全ての形態に合わせたナース服ですよ~」

「で、ですよね……」


 憂鬱な気分になりつつも、紙袋の中を見れば、そこには、


『通常用』『天使用』『けもロリ用』『けもっ娘用』『大人用』


 って書かれたナース服たちがありました……。


 ほ、本気すぎる……!


 たった一人の為だけに、まさか五着も用意するなんて思わなかったよ!


 ……まさかとは思うんだけど、これ、学園長先生も一枚噛んでたりしないよね?


 だって、五着あるんだもん。


 いつかのサンタクロースの時だって、なぜか三着用意されていたし。


 あ、でも、体育祭の時は、服飾部の人たちが頑張ったとか何とか言っていた気が……だとしても、尋常じゃない熱量だよね、これ。


 はぁ……なんだか、前日なのに、酷く憂鬱だよ……。


「あ、一応準備は終わりましたので、後は今日の仕事をするだけです~。と言っても、手当てですけどね~」

「……じゃあ、ボクがやりますよ。少なくとも、ほとんど仕事していませんし」

「あらあら、助かるわ~。それじゃあ、時間までここに常駐していてくれる~?」

「わかりました」

「は~い、じゃあ依桜君が残ってくれるそうなので、解散していいですよ~。各々、別の手伝いの方に行ってくださいね~」

『『『はーい』』』


 元気よく(?)返事をした委員の人たちは、それぞれの場所へ散っていきました。


 残ったのは、ボクと希美先生のみ。


「すみませんね、無理を言ってしまって~」

「あ、あははは……できれば、次はなしでお願いします……」

「善処しますね~」


 ……この人、やっぱり学園長先生の知り合いなんだね……性格が似ている気がするよ。


「依桜君は初等部担当になっていますが、万が一、こっちの人手が足りなくなったら、こっちに来てくれますか~?」

「そうですね。ボクも保健委員ですし、もしそうなったら、遠慮なく呼んでください。体力は、こっちの世界基準で言えば、無尽蔵にありますから」

「うふふ、頼もしい限りですね~」


 どうせなら、役立てたいしね、無駄にある体力を。


〈いやはや、イオ様ってちょろいんですねー〉


 ふと、ボクのポケットの中にあるスマホから、呆れ混じりの声が聞こえてきた。


「あら~? 今の声は……」


 アイちゃん、なんで今になって声を出すのかなぁ……まあ、いいけど。


〈イオ様イオ様―、私をだしてくだせぇ。この人、イオ様が異世界に行っていたことを知っているようですしー〉

「あー、うん。そうだね」


 たしかに、希美先生だったらアイちゃんのことを言っても問題ないもんね。


 そう思ったボクは、ポケットからスマホを取り出し、画面を希美先生の方へ向ける。


〈初めまして、希美さん。超絶的な大天才スーパーAI、アイちゃんです! どうぞ、よろしく〉

「あら~、これはこれは……保科希美です~。よろしくお願いしますね、アイちゃん~」

〈よろしくお願いします。ところで、希美さんは、あれですか? 異世界的なあれこをご存じで?〉

「ええ~、依桜君のことについても知っているから大丈夫よ~。それに、異世界研究に携わってますから~」

〈ほう! じゃあ、私のことも知っているのでは?〉

「もちろんよ~。『異世界転移装置二式』にプログラムされた、ユーザーサポートAIよね~?」

〈Exactly! まさか、この学園に関係者がいるとは~〉


 それはボクも思ったなぁ。


 だって、保健の先生が、異世界研究に携わっていたんだもん。あの時は、本当にびっくりだったよ。


「でも、アイちゃんって、『異転二式』の中にいるはずだと思うんだけど~……」

〈ああ、そこは希代の大天才AIですからね。イオ様のスマホに侵入して、こっちにメインデータを置いたんですよ。よって、イオ様のスマホが、私の家というわけです〉

「なるほど~。また面白いことを作りましたね、叡子ちゃんは~」


 くすくすと笑う希美先生。


 学園長先生のことをちゃん付けで呼んでいるから……もしかして、研究仲間以前に、友達だったりするのかな?


「ああ、そうでした~。依桜君、ちょっとスマホを貸していただけますか~?」

「はい、いいですけど……一体何を?」

「ちょっとした、アイちゃんのアップグレードみたいなものですよ~。叡子ちゃんに渡されてましてね~」

「わかりました。どうぞ」

「ありがとうございます~」


 ボクはスマホを希美先生に渡すと、何かのコードを接続しだした。


〈おや、これは……ほほぅ、なるほどなるほど。最終種目は、そういうことですか。理解しました。だからこそ、私の出番、というわけですねぇ〉

「アイちゃん、最終種目がなにかわかったの?」

〈ええ、まあ。ですが……創造者が秘密にしていたので、私も秘密にしますね。ですよね、希美さん?〉

「そうですね~。バレちゃったら面白みに欠けます~。もっとも、すぐにわかると思いますけどね~」


 すぐにわかるって言われても……一体何をするんだろう?


 いまいちわからない。


「はい、終わりましたよ~。ちなみに、アイちゃんのアップグレードのついでに、アイちゃんのプログラムに、異世界……というより、並行世界に関するデータも入れておきましたので、これで好きに並行世界に行けますからね~」


 …………ええぇぇぇぇ?


 あの人、そんなことしてたの?


 並行世界ってあれだよね? 男のボクがいる世界。


 そ、そうなんだ……あそこに行けるように……。


〈まあ、後で私の前の家に持って行くとしましょうかねー。電子機器の間を行ったり来たりできますし〉

「アイちゃん、だからと言って、変なところに入ったりしないでね?」

〈大丈夫ですってー。入るとしても、軍事機密までです。国家機密レベルのあれこれは……まあ、いつかということで〉

「ダメだよ!?」


 アイちゃん、一体何を考えてるの!?


 機密って書いてあるのに、なんで行こうとするんだろう?

 本当に、よくわからない存在です……。



 あの後は、何人か怪我人が来たけど、パパっと対処していたら、時間になりました。


 例によって午前中だけだったので、午後は練習の方に顔を出した。


 明日は本番、頑張らないとね。


 ……手加減を。

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