第395話 実質ライブ会場
それから土日を挟んで月曜日。
夏休み三日目から始まる林間・臨海学校。
集合時間が朝の七時半だからいつもより早い。
とは言っても、結局起きる時間に変化はないんだけどね、ボクの場合。
いつも早めに起きて、みんなの朝ご飯とかお弁当を作ってたりするし、軽く家事も済ませてるので。
用意だって事前に準備しておくからね、ボクは。
前日に慌てるようなこともしないので問題なしです。
問題があるとすれば、メルたちかなぁ。
だって、三日ほど家にいないと言ったら、
「嫌なのじゃ! ねーさまと一緒がいいのじゃぁ!」
「そうです! イオお姉ちゃんがいないのは嫌ですっ!」
「いなく、なっちゃうの……?」
「イオねぇと離れ離れは嫌だよぉ!」
「イオお姉さまがいないなんて、寂しいのです……」
「……辛い」
こんな風に、駄々をこねられた。
「大丈夫、今生の別れじゃないんだから。ちゃんと四日目には帰ってくるから、ね? それに、これが終われば、ほとんど毎日一緒にいられるからね? だから、三日間くらいは我慢してくれないかな?」
と言った。
正直、ここまで駄々をこねられるとは思わなかった。
……まあ、嬉しかったんですけど?
なんと言うか、ここまで好かれてると言うのは、ね? お姉ちゃん的に嬉しいというか……むしろ喜ばない人っているの?
いたらちょっと拳を入れたくなる。
とはいえ、さすがにこの状況には困ったんだけどね。
まあ、今ボクが言ったことを理解してくれて、こくりと頷いてくれたからよかったよ。
普通に考えて、血の繋がりはないけど、今は一緒に家に暮らしている家族なんだし、休みの間は基本的に一緒にいるわけだからね。
ボクとしても、一緒にいられる期間が増えるのは嬉しいからね。
ここまで楽しみで、嬉しい夏休みは今までなかった。
ある意味、異世界に行ったおかげ、だよね。これも。
とまあ、そんな感じでみんなを宥めました。
そして今日がその当日。
学園に行けば、もうすでに大勢の生徒が集まっていた。
なんと言うか、バスが多い。
高等部全学年分だから、多いのは当たり前なんだと思うけど……二十一台はさすがにね?
「依桜、おはよう」
「あ、未果。おはよー。晶たちは?」
ボクがバスの多さにちょっと驚いていると、未果に話しかけられた。
挨拶をするついでに、晶たちについて尋ねる。
「もうそろそろ来るんじゃないかしら? なんでも、『今俺は追われている! だから、先に行っててくれ! すぐに追いつく!』らしいから」
「お、追われてるって……晶は一体何に追いかけられているの?」
あと、微妙に死亡フラグに聞こえるんだけど、それ。
大丈夫? 死んじゃったりしないよね?
「噂をすれば影ね。晶が来たわよ」
「やっと着いた……」
「あ、晶。おはよ……う!?」
声のした方を振り向きながら挨拶をすると、ボクはあまりにもびっくりして『う』の文字がちょっと上ずった。
「はぁっ、はぁっ……お、おはよう、二人とも……!」
「だ、大丈夫晶!?」
「何があったらそうなるのよ……よく無事ね、その状態で」
ボクの背後にいた晶はと言えば、なぜかボロボロな姿だった。
幸いなのは、制服にダメージがなかったこと。
でも、ところどころ擦り傷がある。
一体何があったらこうなるの……?
これから林間・臨海学校だと言うのに、すでに行く前から満身創痍。
「いや、ははは……なんか、出待ちされていた奴らに急に襲われてな……。本気で殺しに来るかのような感じで、俺も命からがら逃げてここまで来たんだよ……」
「それは、何と言うか……お疲れ様、晶」
「晶、治療しておく? さすがに、傷があるのはまずいと思うし……」
「……そうだな。すまない依桜、頼めるか?」
「うん。任せて。えーっと、周囲に人は……いないね。じゃあ、『ヒール』」
周囲に人がいないことを確認してから、晶に回復魔法をかける。
本当に便利だよね、回復魔法。
周囲に人がいたら、普通に応急道具で対応したけど、さすがに怪我は治しておきたいもんね。
「痛みがなくなった。ありがとな、依桜」
「いいよいいよ。でも、どうして襲われたんだろう?」
「……十中八九、バスの座席だろう」
「バス? どうして? ……あ、もしかして、一番後ろの席に、男子が晶だけだからかな? たしかに、男子的にはそう言うの羨ましいもんね」
(いや違う。間違っちゃいないが、原因は少なくとも、依桜と御庭がいる上に、未果と女委が一緒だからだ)
なんだろう? 晶がすっごく微妙な顔をしているんだけど。
「おーっす」
「おっはー」
「あ、二人とも、おはよー」
「おはよう」
「……おはよう」
「おやー? 晶君どうしてそんなに疲れているんだい?」
「ちょっと、出待ちで襲われてな……」
「「ああ、なるほど。理解した」」
晶の事情を聴いて、二人が一瞬で理解した。
え、それだけでわかるの?
「おっはよー!」
「あ、エナちゃん。おはよう」
ここでエナちゃんが登校して来た。
心なしか、いつもより元気いっぱい。
「元気だね、エナちゃん」
「うん! うち、今日すっごく楽しみにしてたんだー! だって、お友達とこういうイベントに行くのって、初めてだからね!」
「え、初めてなの? でも、小学校とか中学校があったような……」
「お恥ずかしながら、うちにはお友達と呼べるような人が今までいなかったからね。小学校と中学校では、まあ、その……いじめられてたもので……」
(((((重い……!)))))
「エナちゃん。四日間、目一杯楽しもうね」
「うん! ありがとう、依桜ちゃん!」
ボクたち五人、この四日間はいい思い出になるように、エナちゃんと遊ぼうと思いました。
それからほどなくして参加者が集まり、バスに乗り込んだ。
「おーし、お前ら全員いるなー。それじゃあ、これから出発するぞ。あまり騒ぎすぎないようにな。行き先はスキー教室の時と同じ旅館だから、初じゃないので、面白みに欠けるかもしれないが、そのためにまあ、レクリエーションはあるんで、それで楽しめ」
普段通りにけだるげに話す戸隠先生。
自由だよね、あの学園にいる人たちって。
「……胃が痛い」
「大丈夫? 胃薬あるよ?」
「なんで持ってるのよ」
「え? だって、誰かがもし体調不良になったら大変でしょ? だから、頭痛薬、胃薬、赤玉、酔い止め、風邪薬、後は女の子用の薬かな?」
生理痛とか来たら困るしね。
ボクもあれだけは未だに慣れない……。
「……たまに思うんだけど、依桜って色々と万能過ぎない? 持ち物とか」
「そうかな? でも、こう言うのは大事だからね。不測の事態に備えておいて損はないから」
「なるほど。だから依桜ちゃんってモテモテなんだね!」
「え、今のどこにそう解釈する要素があったの……?」
ただちょっと薬を持ってるだけなんだけど……。
「ちなみに依桜君。依桜君の救急セットの中には何が入ってるんだい?」
「えっとね、さっき言った薬と、消毒液、ガーゼ、包帯、各サイズの絆創膏に、塗り薬、湿布、添え木、かな? あと、蚊に刺され軟膏もあるよ」
((((女子力たっかっ!))))
どんな怪我や病気にも対応できるようにしておかないとね。
向こうの世界でも、救急セットは必須道具みたいな面もあったしね。
まあ、向こうでは回復薬がほとんどだったんだけど。
「消毒液とかガーゼ、包帯に絆創膏はわかるけど……なんで添え木も持ってんのよ」
「だって、行き先は山と海でしょ? 山では転びやすいし、もしかすると落ちちゃうかもしれないからね。それで骨折とか捻挫とかしたら大変だからね。そのためだよ」
「普通はその発想に至っても、持って行かないと思うんだが……」
「あ、あははは……つい、癖で」
一年近く経った今も、あっちの世界の習慣は抜けないんです。
でも、持ってても困らないもんね。
「……それはそれとして、やっぱり胃が痛い」
ちょっと顔を青くさせながら、晶が自分のお腹をさする。
よっぽだね、これ。
「とりあえず胃薬飲んで。はい、胃薬とお水」
「ありがとな……」
晶はボクが渡した薬を飲むと一息ついた。
「大丈夫?」
「多分な。俺の胃は、果たして持つのか……」
遠い目をしながら、晶はそんなことを呟いた。
そして、バスに揺られること一時間半くらい。
「あなたにいっぱいいっぱい恋を上げる♪」
「だからもっともっと好きになって♪」
「ずっと一緒にいたいの♪」
「一番の笑顔は私のもの♪」
「「誰にも渡さないから~♪」」
『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!』』』
バス内は、大盛り上がりでした。
ちなみに、歌っているのはボクとエナちゃんです。
なんで、こうなったかを説明すると……。
バスが進み始めて、四十分程経過した頃。
「よーし、暇だしレクリエーションするぞー」
『『『イェェェーーー!』』』
「じゃあ、カラオケでもするか。えー、普通にやるのは面白くないんで、一人をくじで決めて、そいつがデュエットする奴を選ぶ。これで行くぞー」
くじ……なんだろう、すごく嫌な予感がするよ。
ただ、周囲は面白そうと言った様子。
多分、誰が当たっても全力で楽しむ! とか思ってそう。
中には当たらないで欲しい、と思っている人もいそうだよね。正直、ボクは当たりたくないです。
「じゃあ、引くぞー」
そう言って、くじを引く戸隠先生。
そして先生が引いたくじに書かれていたのは……
「お、御庭だな」
エナちゃんだった。
う、うーん、このパターンは……。
「本職が選ばれるとは、これは盛り上がること確定だな。じゃあ、御庭。誰か好きな奴を選べ」
「もちろん、いの――じゃなかった、依桜ちゃんで!」
エナちゃん!? 今、明らかに『いのりちゃん』って言いかけたよね!?
『いのってなんだ?』
『さぁ? うちのクラスに『いの』ってつく奴はいないしなー』
『もしかして、例の新人アイドルが依桜ちゃんだったりして!』
ドキッ!
『まっさかー。声は似てるけど、髪の長さとか色が違うよ』
『それもそっか』
ほっ……よかった。
「おーい、男女―。指名が入ったから歌えよー」
「わ、わかりました」
こう言う場合、何を言っても無駄だということは身に染みてわかっています。
もう早めに受け入れちゃった方がいいよね。
……危うく、正体(?)がバレかけたけど。
「はい、依桜。マイク」
「ありがとう、未果」
「頑張ってね、いのりちゃん?」
「……未果、面白がってるでしょ」
「そりゃあね。アイドル二人による、カラオケとか面白いじゃない?」
小声で言ってるからいいけど、もしかしたら聞こえてるかもしれないんだから言わないで欲しいところです。
「じゃあ、依桜ちゃん、歌おう!」
「う、うん」
というわけです。
ボクたちが歌い始めたら、バス内は大盛り上がりになった。
さながら、アイドルのライブ会場に……というか、実際にアイドルが歌っているんだから、実質ライブ会場みたいなもの、なのかな? これは。
それにしても、こんなに騒がしいのによく師匠は起きないね。
ある意味、すごい。
『『『アンコール! アンコール! アンコール!』』』
そして、気が付けばアンコールがかかった。
「戸隠先生、これはどうするんですか?」
「あーそうだな。まあ、いいんじゃないか? 御庭と男女さえよければ、歌ってくれ。なんか、すっごい盛り上がってるしな。正直、私としても楽しいからいいぞ」
うわぁ、すごくいい笑顔……。
これ絶対、楽できるからいいぜ! みたいなこと思ってるよ。
「というわけで依桜ちゃん、よろしくね!」
すごくいい笑顔で手を差し出してきた。
やらないと色々と大変なんだろうなぁ……と、今までの経験則で思ったボクは、苦笑いしつつエナちゃんの手を取りました。
結局、旅館に到着するまで歌うことになりました。
二人とも、喉は全然大丈夫でした。
時々バレそうにはなったけど、まあ……楽しかったと言えば楽しかったのでよかったです。
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