第396話 カレー作り

「んっ~~~! 気持ちぃ!」


 旅館に到着し、バスに降りるなり、エナちゃんが軽く伸びをする。

「なんだか、こういう場所ってすごくいいね! 自然が一杯だし、とっても気持ちがいい!」

「そうだね。一応ここは、学園長先生が所有する場所だから、気兼ねしなくていいみたいだしね」

「え、そうなんだ。あの学園長さん、すごいんだね」

「すごいというか……」

「あの人は色々と規格外だろ。VRゲーム作るくらいだぜ?」

「あとは、とあるとんでも装置を創ったりね」

「あ、それもそっか。なんだか、すごい学園に転校してきちゃった気分」


 この学園を、すごい学園、だけで済ませるのはある意味すごいと思います。

 あの学園を表すなら、すごい、じゃなくて、異常、だもん。


 他のみんなもそう思ったのか、ちょっと苦い顔。


 慣れればあまり気にしなくなるけど、それでもおかしい事ばかりが起きることに変わりはないんだよね。


「おーし、お前ら点呼とるぞー。こっちに集まれー」

「とりあえず話はあとにして、集まるか」



 軽く点呼を取ったら自分たちの部屋に行き、荷物を置く。


「わぁ、広―い!」

「たしかに。スキー教室の時って、こんなに広かったかしら?」

「んーん、もうちょっと狭かったよー」

「あれ、そうなの?」

「そうだね。ボクたちは前回、五人部屋だったけど、それでももう少しここより狭かったよ。四人だから、で済ませるにしては広いから、多分間違いないと思うよ」

「そっかー。でもでも、広いっていいよね! 心置きなく休めるもん!」

「それもそうね。私も広い所は好きよ。くつろげる空間っていうのかしら? それに、私たちの場合、みんな身内だし、本当に気兼ねなしにいられるものね」


 未果の言う通り、今回、戸隠先生に厄介払いのような形で一緒の部屋になったけど、普段から一緒にいるメンバーだから、すごく落ち着く。


 エナちゃんが新しくは言ってきた時も、最初こそちょっとだけ気を遣っていたけど、今じゃすっかり慣れて、皆と同じように接することができている。


「でも、あれよね。こういつものメンツだけで集まっていると、旅行系イベントの醍醐味みたいなのが減るわよね」

「たしかに、未果ちゃんの言う通りかなー。やっぱあれだよね、普段あんまり話さない人と一緒だからこそ、新しい友達が! みたいな感じになるもんねー」

「わかる! うちも、そう言うのに憧れてたよ! でも、うちの場合、なかなかお友達が出来なかったから、今日が初みたいなものなんだけどね」

「やっぱり、人気アイドルだと、僻みとか酷いの?」

「うーん、うちが売れ始めたのって、去年なんだよね。正確に言えば、一年半くらい、かな? 中学三年生の後半くらいでちょっとずつ売れて来て、次の年にドカン! と来たって言う感じかな? そこからは僻みとかが酷くて……。だから、前の学校もやめてこっちに来ちゃったんだけどね!」

「エナちゃんって、行動力がすごいよね。まさか、会ってすぐに転校してくるとは思わないもん」

「んふふー、うち、依桜ちゃんが好きになっちゃったからね!」

「ふぇ!?」


 突然の不意打ちに、変な声が出た。

 顔も熱い。


「それにそれに、依桜ちゃんのお友達はいい人が多そうだったし、あとね、依桜ちゃんが通ってる学園も楽しそうだなって!」

「なるほどねぇ。エナっちってやっぱりすごいねぇ。でも、どうやって叡董学園だってわかったんだい?」


 あ、それはボクも気になる。


 どこの学園の生徒か教えていなかったのに、なんでかピンポイントで転校してきたからちょっと気になってたんだよね。


 同じ事を思ったのか、未果もエナちゃんの顔を興味深そうにじっと見ている。


「ほら、依桜ちゃんってネット上で有名人でしょ?」

「「そうね(だね)」」

「否定して?」

「たまにね、依桜ちゃんが制服を着た姿の写真がネット上にあったの。あとは、それがどこの制服かを突き止めた人のサイトを偶然見つけて、そこからこの学園を知ったんだー」

「「なるほど……」」


 知った経緯がちょっとあれだけど、普通に納得。


 どういうわけか、学園の謎プロテクトをすり抜けて、写真をどうにか投稿した人がいたらしいからね。


 多分、それかな?


 でも、学園の制服を着た写真なんてあったっけ?


「あ、そう言えば最初はカレー作りだったよね! もう行かないとかな?」

「そう言えばそうね。じゃあ、行きましょうか。荷物は……たしか、エプロンと三角巾だったわよね? 依桜はクリップかゴム、忘れないでね」

「うん、大丈夫だよ。『アイテムボックス』にしまってるから」

「便利ね、ほんと」

「いやー、異世界名物、『なんでも入る謎空間』は、本当に羨ましいよねぇ」

「たしかになんでも入るけど、生き物は入らないからね?」

「でも、依桜のは入るじゃない」

「……そうだけど」


 未だに謎が解明できていません。


 ボクが所持する『アイテムボックス』は明らかにおかしいんだけど、一体なんでおかしな効果があるのか、師匠でもわかっていないそうです。


 そもそも、師匠がわからない時点で色々とお手上げな気が……。


 いつかは謎を解き明かしたいと思いつつ、ボクたちは外に出た。



『それでは、今からカレー作りをして行くんですが……注意点があります。まず、火の扱い。今回はキャンプのような形でのものになるため、まず火を起こすところから始めないといけません。一応、チャッカマンがありますが、火に十分気を付けて使ってください。それから、何か起こったらすぐ、近くにいる教師に言うように。そして最後に、自分たちで作ったカレーはしっかり完食してください。残すのはダメです。使われている食材のほとんどは、この辺りで栽培したり、飼育したものなので』


 な、なるほど。


 今目の前にあるお肉や、野菜はこの辺りで作られたものだったんだ。


 本気だね。


『何か質問はありますか?』

『はい』

『野々田さん』

『あのー、肝心の水がないんですが……』

『ああ、言い忘れてました。水は、現地調達です』

『『『!?』』』


 その瞬間、その場にいた生徒たちが固まった。


 ちなみに、ここにいるのは二年生で、一年生と三年生はそれぞれ別の場所でカレー作りをしているそう。


『そこの山を少し登ったところに、湧水があるので、それを使用してください。もちろん、安全確認はしていますし、味も保証します。普段よりもおいしいカレーが作れること間違いなしです』

『ち、ちなみに、どれくらい登るんですか……?』

『歩いて10分くらいです』

『『『……』』』


 絶望した顔の人たち大勢。


『入れ物は、バケツが置いてあると思うので、それに入れてください』


 さらに絶望顔に。


 しかも、バケツは二個。


 片方はカレー用とご飯用だと思うけど、もう片方は火消し兼予備っていう感じかな?


 体育会系の人たちはちょっとだけ『え』みたいな顔をしたけど、すぐに『これは……いい鍛錬になるのでは!?』みたいな顔になっていた。


 うん、見たところそこまで足場がいいわけじゃないから、確かに鍛えられそうだよね、足腰。


 さすが、体育会系。


『それじゃあ、始めてください!』


 先生の合図でカレー作りが始まった。



「さて、分担をどうするか、だけど……」


 カレー作りの班は、やっぱりいつものメンバー。


「正直、水を取りに行くのが一番大変だよなぁ……」

「まあ、結構な重さになる上に、足場の悪い山道を歩くわけだし、なかなかのい重労働になりそうよね」

「誰が行くか、だが……」


 うーんとみんなで頭を悩ませる。


 ……ここはいっそ。


「ボクが行こうか?」

「いいのか?」

「うん。歩いて十分なら、走って一分くらいだもん、ボク」


((((ああ、そう言えばサバイバル生活もしていたって言ってたな……))))


「依桜ちゃん大丈夫なの?」

「もちろん。波紋一つ出さないで運べるよ」


((((どうやるんだよそれ))))


「すごいね! やっぱり依桜ちゃんって多才なんだね!」

「どうだろう? 師匠と一緒に暮らしていた時に、一分以内に徒歩二十分以内の場所にある天然の湧き酒を持ってこい! って言われて持ってきてた時もあったから。ちなみに、一滴でも落としたら……うん」


((((何があったんだよ……!))))


 出来る事なら、思い出したくない過去かな。あれは。

 一滴落としただけで、まさかあんなことをされるなんて……。


「それはともかくとしてよ、依桜にやってもらうってのも、なんというか……男として、駄目じゃね?」

「……それ以前に、体育祭や球技大会ではほぼ頼りきりだったんだぞ? 割と手遅れだと思っているんだが」

「いやそうだけどよ」

「こう言っちゃなんなんだけどさー、わたし思うんだよ。……下手な男子よりも、依桜君の方がイケメンだよね! って」

「「「「わかる!」」」」

「なんで!?」


 と言うか、なんでエナちゃんも頷いてるの!?


「ボク、そこまでカッコいいことはしてないよね? 普通のことしかしてないよね?」

「……まあ、狙ってやる人なんて、見え透いてるのよね、下心って」

「下心?」

「でも、依桜はそう言うのないじゃない? 打算とか、そういうの」

「あるわけないよ。だって、ボクは当たり前のことをしてるわけだし……」


 そもそも、下心とか打算を持って助けて、何の意味があるの?

 それは助けてるとは言わないような気がしてます、ボク。


「そこよそこ。普通、何らかの打算とか考えるものでしょ? でも依桜はそうじゃない」

「そう、かなぁ?」

「そうなのよ。……だからまあ、依桜はイケメンということで」


 なんだか、無理やり終わらせたような気がしてならないんだけど。


「それよりも、早くお水を取りに行く人を決めないとまずいんじゃないかな? 見て見て、周りの人たちはすぐに決めてみんな水を汲みに行っちゃってるよ?」

「おぉぅ、ほんとだ!」


 エナちゃんの言う通り、周囲を見れば水を汲みに行く人たちが大勢山に入っていく。

 ちょっと出遅れちゃったかも。


「やっぱり、ボクが行ってくるよ。すぐに戻って来れるしね」

「……わかったわ。その代わり、私たちの方で火起こしとか、食材の下処理は進めておくわ」

「うん。お願いね。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「いってらっしゃい、依桜ちゃん!」


 軽く微笑んでから、ボクはバケツを持って山に入っていった。



 一分後。


「ただいま」

「「「「早っ!?」」」」

「依桜ちゃん、もう行ってきたの?」

「うん。意外と険しくなくてよかったよ」


((((やっぱりおかしい))))


「さ、準備もちゃっちゃと済ませちゃお!」


 ボクは手早く髪を後ろでまとめて、エプロンと三角巾を身に付けると、料理の準備に入った。



「晶、火の方は大丈夫そう?」

「もうちょっとで点くと思うんだが、少し空気が足りなさそうだ」

「わかったよ。じゃあ、ちょっとどうにかするね」


 ボクは料理をしつつ、みんなに指示出し。


 晶が火起こしを担当しているんだけど、なかなか上手く行っていないみたい。


 なので、軽く風魔法を使って少しだけ空気を送ってあげる。


「はい、これで点きやすくなったと思うよ」

「……魔法はいろんな意味で反則じゃないか?」

「大丈夫。これも美味しいカレーを作るためです」


 そのためなら、自重を捨てることも躊躇いませんよ。


「依桜ちゃん依桜ちゃん。野菜はこんな感じでいいかな?」

「えーっと……うん、大体大丈夫かな? でも、この辺とこの辺は、もう半分に切ってくれると嬉しいかな」

「はーい!」


 なかなかに順調に調理が進む。


 未果はある程度料理をしているので、あまり心配はいらない。


 態徒はほとんど力作業をしてくれてる。


 でも、実家のあれこれでよくサバイバル紛いの事をするらしく、飯盒炊爨は得意なんだとか。


 誰にでも得意な分野ってあるよね。


 飯盒炊爨って、なんだかんだで一時間くらいかかるけど、時間的にはまだまだ余裕があるので問題はなしです。


 ちなみに、女委はじゃがいもの皮を剥いて切ってます。


 意外と早い。


「よし、火が点いた。依桜、点いたぞ」

「ほんと? ありがとう、晶。じゃあ、そろそろ本格的に作って行こうか」


 ボクは火が点いた場所の金網の上に鍋を置き、油を入れる。


 人によっては、この辺りの作り方って変わってくるんだよね。


 時短で作りたいのなら、最初から水を入れちゃって、具材を煮込むパターン。


 もう一つは、先に炒めてから水を入れて煮込むパターン。


 大体この二つ。


 ボクは後者です。


 少しでも美味しいものを食べてもらいたいので。


「おー、依桜君の手際っていいよねぇ。迷いがないよ」

「あはは。そうは言うけど、カレーはそこまで難しいことはないから、覚えちゃえばぱぱっと出来るよ」

「でも、依桜ってば、小学生の頃から家事をしているじゃない」

「父さんと母さんは帰りが基本的に遅いからね。つい」


 単純に家事が楽しいというのもあるけど。


「うちも今は一人暮らしをしてるからわかるけど、毎日家事をするのって大変だよね。お仕事帰りに家に帰ると、あんまり気力がなくなっちゃって……」

「わかるなぁ、エナちゃんの気持ち。こう、疲れちゃうと、あんまり気力が起きないよね。出来る限り休みたい~、みたいな」

「そうそう! でも、洗濯しないと着るものが~、ってなっちゃうよね」

「うんうん。着るものがないと困るもんね。特にエナちゃんはそうなんじゃないの?」

「そーだね。うちはアイドルだから、なるべく私服をローテーションさせないといけなくて……。執念深いって言っちゃったら駄目なんだけど、そう言うファンの人もいるから、いろんなパターンの変装が必要で……」

「なるほど……」


 料理をしながら、エナちゃんとの家事談義が捗りました。



「……なんか、女子力がすっげえ高い会話だな、あれ」

「そうね。エナって、意外と女子力が高いみたいだし」

「……俺も、家事はある程度できるようにしておきたいところだな」



 それから一時間ほどして、カレーが完成。


 ちなみに、二年生の中で一番早く出来上がりました。


 まあ、うん。水を汲むのが早かったしね。

 片道三十秒だもん。


 だからこそ、調理にちょっと手間を加えられたわけで。


 今は、他の班が出来上がるまで、弱火で煮込んでいる最中。


 出来る限り具材を柔らかくしておきたいので。


 イメージ的には、舌で軽く押しただけで崩れるくらいの。


 あとは、隠し味を入れたりして、他の班の完成を待ち、大体出来上がってから三十分ほどで他の班の人たちも完成しました。


『では、食べましょうか。いただきます』

『『『いただきます!』』』


 しっかりいただきますをしてからカレーを食べ始めた。


「わ、美味しい! 依桜ちゃん、これ美味しいよ!」

「ほんと……深いコクがあって美味しいわ。どうやったらこうなるのかしら?」

「やっべ、マジで手が止まらん!」

「わかる、わかるよ態徒君! やっぱりこう、美少女たちの手作りって言うのがポイント高いよね!」

「女委は何を言っているんだ……。だが、本当に美味いな。依桜、何を入れたんだ?」

「えーっとね、持参して来たチーズとスパイスに、コーヒーと、牛乳、あと少しだけチョコレートも入れたね。それから、ちょっとだけ赤ワインも入ってるよ」

「「「「……依桜さん、マジパネェっす」」」」

「え、どうしたの? みんな」


 ボク、どうして敬語を使われたんだろう?

 でも、みんな美味しそうに食べてくれてよかった。


『くっ、あの班マジで羨ましいよな……』

『それな。女神とアイドル、それから大和撫子に、変態系美少女が作ったカレーだぞ?』

『小斯波と変態はマジで羨ましすぎる……首とかもげないか?』

「「……(ぞくっ)!?」」

「晶、態徒、どうしたの? 急にビクッとして」

「いや、なんだ。ちょっと寒気がしてな……」

「奇遇だな、オレもだぜ、晶。正直、生命の危機を感じた……」


 いきなり何を言っているんだろう?

 風邪でも引いたのかな?


「はふぅ~~、依桜ちゃんのカレー、本当に美味しい~」

「ふふっ、そんなに気に入ってもらえたなら、ボクも嬉しいかな。でも、エナちゃんも作ったんだし、きっとそれもあるんじゃないかな? ほら、自分で作ったものって美味しく感じるもん」

「たしかに! それに、未果ちゃんたちも一緒だったんだもん! 美味しいに決まってるよね!」

「うん、そうだよ」


 ボクとエナちゃんの二人でそう話し合う。


 あとは、自然豊かな場所に囲まれながら食べている、って言うのも、きっと理由の一つだと思います。


 早速、いい思い出ができました。



 この後、カレーは瞬時になくなりました。


 中でも、態徒と女委の二人がものすごい勢いで食べていました。


 多分、四割くらい二人なんじゃないかな?


 ボクたちはほどほどにしておきました。


 未果は、


『太るから』


 だそうだけど。


 うーん、未果は別段気にするほど太ってないと思うんだけどなぁ……。


 やっぱり、女の子ってわからない。

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