第518話 元凶との戦闘

 翌朝。


「依桜はん、準備は問題あらへんか?」


 天姫さんの家の門の前で、ボクは天姫さんと美羽さん、それから伊吹さんから見送りを受けていた。


「うん、大丈夫。しっかり美味しいご飯も食べたし、体もばっちり」

「依桜ちゃん、気を付けてね?」

「もちろんです。ここで大怪我なんてしたら、それこそ美羽さんや未果たちに申し訳ないですよ。それに、今日終わらせれば、明日一緒に見て回るんですからね」

「ふふ、そうだね。……じゃあ、私はここで待ってるね」


 少しだけ心配そうな表情を浮かべたものの、ボクが安心させるように言うと、美羽さんはにこっといつもの綺麗な笑みを浮かべた。


「はい。では、行ってきます」

「気を付けてくださいねぇ」

「気を付けるのだぞ、主」

「うん、それじゃあ」


 そう言って、ボクは一人、天姫さんに教えられた場所へ向かった。



 今回、ボクが一人で向かうのには理由がある。


 それと言うのも、セルマさんとフィルメリアさん、それから天姫さんの誰かが一緒だと、警戒されて逃げられてしまうのではないか、という理由。


 実際、三人のステータスはボクよりも高く、なんだったら外見から漂う強者感のようなものだって、向こうの方が上。


 それに……ボク、男だった時ならともかく、今は華奢な女の子になっちゃってるから、結果的に弱く見られがちなんだよね……。


 でも、こういう時は、逆にそれが有効に働く場合がある。


 実際のところ、あっちの世界で活動している暗殺者の人たちって、ボクのようにあまり強そうに見えない人が多かった。


 まあ、暗殺においては、目立たないような外見であったり、弱そうな外見であったり、印象が良さそうな人だったりする方が、何かと仕事を完遂しやすいからね。


 ボクもそう言う方向だったし……。


 師匠は……うん、なんだろう。あの人はそもそも、真正面から行くタイプだったからなぁ……正直、暗殺者でそれは反則だと思ったよ。いや、ほんとに。


 などと考えながら、目的地へ向かう。


 道中、妖魔の人たちとすれ違い、その度になぜか頭を下げられたり、挨拶をされたりする。


 挨拶は何の問題もないんだけど、なぜ頭を下げられるのか……。


 もしかしなくても、天姫さんと契約したこと、この知らされていたりするのかな?


 う、うーん、そうだとしたら、あまり好まないかなぁ……。


 ボク自身がすごいとかは全くないし、そもそもこの世界を管理してきた天姫さんがすごいわけであって、いきなりぽっと出のボクに対して、そんな恭しい態度を取られても困惑するだけだし……。


 ボク、どんどん勢力圏が広がってるような気がしてならないよ。


 少なくとも、学園(生徒会長だし……)、クナルラル、天界、魔界があったとに、ここに妖魔界なんだもん。


 元は、ごく普通の男子高校生だったボクが、いきなり多くの配下(あまりこの言い方は好きじゃないけど)がいるというのは、かなり困惑する。


 そもそも、ボクなんかがトップでいいの? とか心配になるレベルなんですが。


「うーん……少し考えないとなぁ」


 今のままだと、なんか近い将来、とんでもないことになりそうで……。


 今のペースで行ったら、学園を卒業する頃には、異界をコンプリートしてそうでなんか嫌だしね。


 ……まぁ、どうしようもないとは思うんだけどね。


「それはそれとして……なんだろう、嫌な気配が強まってきた気がする」


 昨日訪れた廃村に到達し、そこから北西へ向かい始めると、なんだか胸がざわつくような、嫌な気配が漂い出した。


 周囲は特に変化のない、自然豊かな森の中、といった印象なのに、どこか重苦しく感じる。


 この先に、何か危険な存在がいることは確かだと思う。


(依桜様、そちらはどうですかぁ?)


 と、ここでフィルメリアさんから念話が飛んできた。


 ボクはとりあえず、目的地に辿り着きそうであることと、嫌な気配があることを伝える。


 すると、セルマさんや天姫さんも会話に入ってきた。


(ふむ、時にその気配と言うのは、こう……強い嫌悪感や、冷や汗、動悸が早くなるようなことはあらへんか?)

(あ、うん。そんな感じ。他にも、少しだけ気持ち悪さがあったり、ちょっとだけ頭痛があったりするけど……)

(なるほどな。それを聞いて確信したのだ。相手は間違いなく、邪神関係の奴だな)

(やっぱり?)

(ですねぇ。邪神にまつわる存在というのは、独特な気配を持っているんですよぉ。それと言うのが、依桜様が今挙げたような内容でしてぇ……)

(故に、今回の一件、間違いなく邪神の手の者が原因やろう)

(そっか……)


 それを聞いてある意味納得。


 なんでこっちの世界に来てしまったのかはわからないけど、こっちの世界では通常起こりえないような出来事が起こっているみたいだし、ある意味こっちに来てよかったのかも。


 たしか、異界は法の世界と魔の世界を支えるような役目がある、っていう話だし……その肝心の異界が一つでも消えでもしたら、どんな影響が出るかわからないもんね。


 ……まぁ、こっちの世界に来て三日目で、問題解決できるかもしれない、という状況はその……早すぎる気がするけど。


 でも、早く解決できるに越したことはないよね!


 ……それにしても、


「本当に、気分が悪くなるね……」


 進めば進むほど、どんどん体調が悪くなっていってる気がする。


 一歩一歩進む度に、内から湧いてくる嫌悪感や吐き気めいた気持ち悪さが強くなり、冷や汗も止まらない。


 正直なところ、今すぐに踵を返して戻った方がいいのでは? そんな考えが浮かんでくるくらい、この先には危険なものがある気がする。


 ボクは邪神に会ったことも無ければ、それに関する存在すら知らない。


 師匠が倒してからの話だし、少なくとも今まではいなかったみたいなんだよね。


 だと言うのに、どうして今になって出て来てるんだろう?


 何か理由でもあるのかな?


 例えば……恨みを持った神様がいるとか。


 ……なんて、さすがにない、よね? そもそも、そんな神様いるのかな? 現代に。


「……っと、そろそろ思考を切り替えよう」


 思考の海に沈みそうだったけど、徐々に強くなってきていた嫌な気配が一気に強くなったのを感じ取って、ボクは頭を振って思考を戦闘モードに切り替えた。


 ここから先、何が出てくるかわからない以上、気を抜けない。


 とりあえず、武器は……


「最初はこれ、かな」


 そう言って『アイテムボックス』から取り出したのは、一丁のハンドガン。


 なんでこれを選んだかと言えば、実戦経験を積むため。


 そもそも、異世界を救った後に、どうしてこんなことをしなきゃいけないんだろうなぁ、なんて思わないでもないけど、それでもこの先何が起こるかわからないわけで。


 一応、師匠には投擲術を教えてもらったので、その応用で射撃技術はある。もちろん、師匠に鍛えてもらってますとも。


 とはいえ、ボクは銃弾よりも早く動けるし、そもそも銃弾を見切れるからあまり必要性を感じないんだけど……それでも、使いようはある、ということで。


 例えば、サイレンサーを付けることで、隠密性を高め、奇襲をかけることができることとか。


 で、話を戻して、実戦経験を積むため、という理由。


 そもそもボクは、銃を使った戦闘をしたことがないんです。


 強いて言えば、球技大会の時のサバイバルゲームの時かな?


 でもあれはVR世界の中だったからノーカウント。


 現実では実戦で使ったことがないから、これを機にちょっとだけ使ってみようかなと。


 それに、付与魔法を銃弾に使うことで、色々な効果も見込めそうだし、やりようはありそうだからね。


 あ、ローブも着ないと。


 思い出したように『アイテムボックス』から、一着の黒いローブを取り出すと、瞬時に身に着ける。


 隠密行動には、これが一番。


 辺りは薄暗い森だからね、こういう場面では非常に役に立つ。


 ボクは細心の注意を払いつつ、隠れながら先へと進むことに。


 木の陰から木の陰へと移動し、辺りを見回す。


 もちろん、『気配感知』を使用して、辺りを警戒しています。


 そうして、少しずつ進んでいくと、『気配感知』に怪し気な気配が引っかかった。


 その瞬間、ゾクッ――! とした寒気に似たおぞましい気配が、ボクの背中に走った。


 いや、それだけじゃない……なんだか、視線も感じるような……


「――ッ!」


 次の瞬間、ボクは心臓を掴まれたような、そんな嫌な予感がして、その場から大きく飛び退いた。


 すると、ドガンッ! という、大きな音共に、地面が割れた。


 突然のことに内心驚愕しつつも、すぐに音の発生源の場所を視界に入れると、そこにはおぞましい何かがいた。


 何あれ……黒い、人? ううん、人にしては何と言うか……気配が禍々しすぎるし、何より希薄……妖魔、の線もあるにはあるけど、どう見ても何か毛色が違う。


 男性なのか、女性なのかはっきりしない貌に、怪しげな黒が混じった紫色のオーラのようなものを纏ってるし、何より……危険だと、ボクの内から大音声で言われている気がする。


「……あなたが、妖魔界の一件、ひいては法の世界で悪さをした元凶、ですか?」


 いつでも攻撃に転じることができるような体勢を維持しつつ、犯人かどうかについて尋ねる。


 とは言っても、明らかにおぞましすぎる雰囲気から、犯人にしか見えないんだけど……。


「クヒヒヒ! オマエ、ツヨイ。イイ、スゴク」


 片言……?


 でも、言葉を離した時点で、知性は高いと考えるべき、だね。


 少なくとも、物言わぬ操り人形、みたいな存在ではなくて、会話が可能な相手……。


 でも、ボクの直感が言ってる。まず、交渉や和解は絶対に不可能だと。


「……もう一度聞きます、犯人はあなたですか?」

「クヒヒヒャハハハハハハ! ソウ! オレ、ハンニン!」

「じゃあ、法の世界でやったことも……」

「オレ。コノ世界、便利ナ奴、イッパイ。コイツラトカ!」


 いきなり言葉を強めたと思ったら、不意に何者かがボクに迫ってきた。


 冷静に回避すると、そこには虚ろな目をした鬼や天狗、それから……着物を着たおかっぱ頭の黒髪の女の子がいた。


 鬼や天狗はわかるけど……あの女の子は一体……。


『アァァァッ!』

「っと、今は無駄な考えは止めないと……!」


 女の子の正体が気にはなった物の、鬼が大ぶりな、けれど力強い拳を放ってきたので、余計な考えを捨ててすぐに回避に移る。


 しかし、その瞬間を狙っていたかのように、天狗が風の刃のようなものを飛ばしてきて、ボクは慌ててそれを回避。


 ボクが回避した刃は、ボクが立っていた場所を通過していくと、後ろに合った木々を易々と切り倒して、思わずぎょっとした。


 今、明らかにかなりの数の木を切ってた気がするんだけど……今のボクでも、当たったらかなりまずそう。


「……この人たちは、どうしてこのような状態になっているんですか?」


 様々な攻撃を仕掛けてくるも、ボクはそれを回避しつつ、相手にどうしてあんな状態になっているかと問うと、ニヤッとした邪悪な笑みを浮かべて答えた。


「操ッタカラ」

「なぜ?」

「コノ世界、イツカ邪魔ニナル。ナラ、邪魔スル」

「邪魔になる……?」


 ボクの問いかけに、相手は不穏な言葉を告げた。


 邪魔になるとは、一体何のことを言っているのか。ううん、それよりも……


「あなたは、邪神に関係のある存在、なんですか?」


 今は相手の正体を知ることが先。


「クヒヒヒッ、ソウ、オレ、邪神様ノ兵。邪神様ノタメニ動クノガ使命」

「……そのために、この世界やあっちの世界を?」

「アッチハ、余興ダ。本命ハ、コッチ」


 ……つまり、面白さを求めるために、ボクたちの世界に干渉した、っていうことだよね。


「……でも、どうやってあっちの世界に干渉したんですか?」

「コイツラヲ使ッタ」


 そう言いながら、兵は黒い穴を宙に発生させ、そこから小さな鯰のような生き物を取り出した。


 その鯰のような生き物は、黒い檻のようなものに入れられており、尚且つ酷く衰弱しているように見えた。


 どう見ても、いい扱いは受けてない。


 それに、今もボクを攻撃してきてる三人を改めて見てみると、どこか傷だらけで、辛そうに見えた。


 多分だけど、襲撃を受けた後に、洗脳でもされたのかも。


 だとしたら、下手に傷つけると死んでしまうかもしれない。


 ……結構厄介な状況、だね。これ。


 戦闘中『鑑定(下)』を使って情報を得ようと見てみるんだけど、どうやら『邪気』という物によって操られていることが発覚。


 状態異常としては『傀儡』という物みたい。


 だから、これをどうにかしないと、三人は襲われ続けることになる。


 となると、ボクに取れる選択肢は二つ。


 一つは、神気、もしくは聖属性魔法を使っての状態異常の解除。


 もう一つは、一度この三人をボクの『アイテムボックス』に入れて閉じ込める方法。


 相手は邪神の兵と考えると、悠長に解除をさせてくれるとは思えないし、解除を囮にして襲ってくる可能性や、最悪の場合自爆特攻のようなことをさせてくる可能性もある。


 何をしてくるかわからない以上、あまり時間をかけるのは得策じゃない。


 今だって、三人の攻撃がボクを襲い続けてるし。


 ただ……女の子の攻撃だけ、なぜか何の効果も及ぼしてないんだよね。


 手が妖しく光ったと思ったら何も起こらないし、一瞬だけ気持ち悪さが出てくるんだけど、すぐになくなるしで、何がしたいのかがわからない。


 何はともあれ、この状況は良くないし、かなり時間がかかりそう。


 ……それなら、取るべき選択肢は後者。


 対処法を決めたボクは、早速行動に移す。


 鋭く思い一撃一撃を放ってくる鬼の攻撃をかいくぐりつつ、風系の妖術(?)を放ってくる天狗の攻撃を避けながら二人に接近する。


 相手はボクから距離を取ろうと動くけど、ボクは『身体強化』を使って身体能力を向上させ、肉薄する。


 操られているとはいえ、ある程度の感情があるのか、一瞬だけ動揺を見せた。


 その瞬間を見逃さず、地面に『アイテムボックス』の穴を開いて中へ入れ、他の二人も同様に中へ。


 入れた直後は脱出しようと暴れたけど、ボクが穴を閉じてしまえば抜け出せない。


 これ、実質的に封印してるようなものだね。


「オマエ、何シタ?」


 操っていた三人を封じ込められた動揺からか、兵は苛立ちを滲ませた声を出していた。


「隔離しただけです。この方が、やりやすいので。それから……」


 そう言いながら、ボクは一瞬で兵に肉薄すると、兵が自身の周囲に浮かせていた鯰のような生き物を回収し、こちらも同様に『アイテムボックス』の中へ隔離した。


 よかった。


 問題なく接近できたみたい。


 まあ、仮にできなかったとしても、あらかじめ出しておいた分身体のボクが奪う算段だったけどね。


 策は、事前にいくつも用意しておかないと。


「こっちも、回収させていただきます」

「オマエッ! 返セ!」


 怒気を孕んだ声と共に、兵は大きく鋭利な爪で攻撃を仕掛けてきたけど、ボクはひらりと爪を躱した。


 攻撃を躱す際、よく見るとその爪は、美羽さんと調査した時に、美羽さんが拾った爪と同じ外見だった。


 やっぱり、あの廃村を襲ったのは、目の前の兵で間違いないみたいだね。


 であれば……


「嫌ですよ。それから、ここであなたを倒させていただきます」


 ここで倒さないといけないよね。


「ヤレルナラ、ヤッテミロ!」


 ボクの言葉に怒ったのか、兵は地を蹴ってボクに肉薄し、大きな爪を振りかぶる。


 その速度はかなり速く、思わず冷や汗が出るほど。


 ボクはナイフを生成すると、それで爪を受け止め……ようとしたところで、


 バキンッ!


 と、大きな音を立てて、ナイフが破壊された。


「なっ……!」

「死ネ!」


 かなりの強度で創ったはずのナイフが破壊され、動揺したボクの隙を突かれ、回避が数舜遅れた。


 その結果、兵の爪がボクの腹部を抉る。


「あぐっ……!」


 久々に感じる激痛に、苦悶の声が漏れる。


 抉られた個所からは、おびただしい量の血が流れる。


 幸い、内臓には届いていないみたいだけど、久しぶりに感じる激痛に思わず顔を歪ませる。


 痛みに慣れていたはずだけど、この一年でかなり落ちたのかもしれない。


 時たま、師匠の相手をさせられるけど、そこまで頻繁じゃないから、かなり敏感になっているのかも。


「……? これは……」


 傷を治すために回復魔法をかけても、なぜか治らない。


 それどころか、流れ出た血の色がどす黒くなっていた上に、痛みがいつもよりも強いと感じたボクは疑問の声を漏らした。


「オマエ、ナゼ、死ナナイ」


 そんなボクの様子を見てなのか、兵は攻撃を受けたボクに対して死んでいないことに対する疑問を呟いていた。


「……これは、なんですか?」


 正直、答えてくれるとは思わないけど、それでも試しにと尋ねる。


「邪気ヲ受ケタ人間ハ、死ヌハズ……オマエ、ナンダ?」


 どうやら、鬼の人たちを操るのに使っていた『邪気』を用いた攻撃だったみたいだ。


 まさか、ほとんど答えのような回答を得られるとは思わなかった。


 現状わかることで言えば、『邪気』は多分、人間に対してかなり有害なんだと思う。


 その証拠に、抉られた腹部から、少しずつ周りの肌が黒く染まって行ってるみたいだし、何より、かなりの激痛が発生してる。


 これ、ボクだからこうして、剣で思いっきり刺された状態で、尚且つそこに刃こぼれした切れ味の悪いナイフか何かでぐりぐりと抉られるような痛みだけで済んでるけど、普通の人だったら死んでるよね?


 それ以前に、血が黒く変色すること自体、かなりまずいものなのかも。


 現に、妙な倦怠感に似た不調がある気がする。


「……人間ですよ。ちょっと変わってるかもしれないけど、普通の人間です」


 痛みを押し殺して、やや挑発するように告げると、兵は目に見えて苛立ちを見せる。


「……殺ス!」


 強く言い放つと、兵はさっきとは違い、一直線に向かうのではなく、すぅ――……と、途中で姿が掻き消えた。


 やっぱり、隠密系のスキルがあるんだ。


 しかも、『気配感知』で見つからないところを察するに、かなり強い効果だね。


 さらに言えば、足音なんかも消しているのか、まるで何も感じない。


 あくまでも姿を消しているだけというのなら、ここは一つ試してみよう。


 せっかく、色々な力を得ているわけだし、この辺りで実践した方がいいのかも。


 ならまずは……


「『光操術』」


 天使の力を使用してみる。


 裏でフィルメリアさんに教えてもらいながら、扱いを練習していたんだけど、思ったよりも難しかったスキル。


 天使の人たちなんかは、生まれた瞬間から持っている力だから、なんとなく直感的に使えるみたいだけど、ボクは契約したことで、後天的に手に入れた力であるため、まずは使い方を憶えないといけなかった。


 この辺りは、悪魔の『黒靄こくあい操術』も同じ。


 こっちのスキルに関しても、セルマさんに教わってます。


 ボクは練習の時にしていたことを思い出しながら、手に光を発生させる。


 それは、やや薄暗い妖魔界においては、かなり明るく感じる光で、ピンポン玉くらいの光だけで半径五メートルを十分なほどに明るくさせることも可能。


 この辺りは、術者の使い方次第。


 なので、明るくしない光、という矛盾したようなこともできる。


 では、なぜボクがこのスキルを使ったのか。


 答えは単純、こうするためです。


「《暗消》」


 そう唱えると、ボクの手から思わず視界が真っ白な世界に染め上がり、辺り一帯を強く照らし出した。


「グァッ……!?」


 思わず目を瞑ってしまうほどに強い光だけど、術者本人には目を瞑ることなく、辺りを見回すことが可能。


 そして、辺りが照らされている中、兵の苦悶の声が聞こえ、辺りを注意深く見回していると、ボクは不自然な場所を見つけた。


 そこには、人型の影が浮かび上がっていた。


 場所はボクの背後から十メートル強の位置。


 見つけた、心の中で呟き、ナイフを生成し、もう片方の手に持っていたハンドガンを構え、バンッ! と銃を発砲する。


 銃弾は、人型の左胸に向かって真っすぐ飛んだけど、途中でガキンッ! という激しい金属音に似た音と共に弾き落された。


 でも、場所がわかればOK。


 確実にそこにいることを確信したボクは、ナイフを構えて疾駆、目前にまで迫ると、ナイフに聖属性と天力、そして神気を纏わせて横薙ぎに切りかかる。


「はぁっ!」

「ガグゥッ――!」


 ナイフはまるで豆腐を切るかのような感触を与えつつ、兵の脇腹を切った。


 首を狙ったつもりだったけど、どうやらギリギリで回避されてしまったみたい。


 だけど、兵にとってはかなりのダメージだったらしく、脇腹を手で抑えて肩を上下させるほどの粗い呼吸をしていた。


 まぁ、こっちもかなりお腹が痛むし、ちょっと寒くなってきたけど……。


「キ、サマッ……ナゼ、天力ニ、神気、纏ワセラレルッ……!」

「色々あっただけです。それにしても、これだけでそのダメージですと……案外早く片付きそうです。もちろん、油断はしません」

「ナメ……ルナァッ! ガァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」


 すぐに片付きそうと口にした瞬間、兵は獣のような咆哮を上げ、まるで弾丸のごとくこちらに突っ込んできた。


 突然の咆哮に、体が一瞬硬直してしまったものの、ボクはなんとか体を動かし、上に大きく跳躍し、回避できたと思った次の瞬間、


「アァァァッ!」


 突然垂直に跳躍し、ボクの僅か上を陣取り、次の瞬間には体を突き抜けるような重く、体の芯にまで響くどころか、粉砕さえしそうなほどの強烈な拳を放たれていた。


「なっ……がはっ――!」


 あまりにも予想外過ぎる動きに、ボクは驚愕し、慌てて防御をしようとしたけど、あと僅か間に合わず、そのまま地面に叩き落された。


 ドゴォォンッ! という、けたたましい音が胸や背中に発生した痛みと共に、ボクの耳に届き、激突と同時に肺の中の空気を全て吐き出す羽目になった。


「あっ、ぐぅっ……げほっ、ごほっ……っはぁっ、はぁっ……いったぁ~~~~……!」


 思わず涙が出そうになるほどの衝撃と痛みに、我ながら情けない声を出してしまった。


 師匠との組み手でも、ここまでの痛みは感じない(というか、師匠の場合は痛すぎて気絶するから、痛みをほぼ感じない)。


 やっぱり、ボクが倒した魔王レベル、というのは伊達じゃないみたいだ。


「ペッ……これ、多分内臓もちょっとやられたかも……」


 鈍いような鋭いような痛みと、衝撃でやや痺れる体に鞭打って立ち上がり、逆流してきて口の中に溜まっていた血を吐き出して呟く。


 内臓にダメージなんて、こっちも久しぶり。


 本当、なんで修学旅行なのにこんなことしてるんだろ……。


「……ム、運、イイ、オマエ。殺スツモリノ、攻撃ダッタノニ」


 やや離れた位置から見ていた兵は、ボクが立ち上がった姿を見て、怪訝な反応を見せた。


「……これくらいで死んでたら、魔王討伐を目指す勇者なんてできませんよ」


 最も、ボクが倒した魔王は歴代最強だったみたいだから、過去の勇者の人たちにとっては地獄みたいな一撃だったけどね。


「ナラ、次ハ、モット強クスル」

「……じゃあ、こっちも本気で行かせてもらいます」


 少なくとも、たった一撃でこれほどのダメージを与えてくる相手に、『身体強化』と『瞬刹』、それから使い慣れていない銃や、『黒靄操術』に『光操術』なんかを使っても厳しいと思う。


 それなら、こっちも全力で行かないと、ね。


「『悪魔転身』『天使変成』『妖魔変化』!」


 ボクは悪魔化、天使化、妖魔化の三つ全てを同時に発動させた。


 すると、紫、金、そして赤色の強い光がボクの全身を包み込み、光が無くなると全身からとてつもない力が体中を駆け巡っていた。


 あ、これ制御ちょっと難しそう……!


 あと、今のボクが一体どんな姿になっているかはわからないけど、なんか、すっごくごてごてした姿になってるんだろうなぁ、なんて感じる。


 それに、頭とお尻の辺りに感覚が延長されてる気がするから、耳と尻尾も生えてるのかも。それも、尻尾に至っては複数。


 ……とりあえず、確認は後。


 今は、目の前の敵を倒すことを考えよう。


「ナンダ、ソノ姿ト、力ハ!」

「ちょっとしたずるみたいなものです。……さぁ、終わりにしましょう」


 あんまり長引かせても、こっちの世界に被害を出すだけ。


 ここからは、短期で終わらせる……!


「次コソ、殺ス!」


 ギュンッ! と、ものすごいスピードでボクに肉薄してくる兵。


 さっきまでのボクであれば、ほんの僅かの余裕しかなかったけど……今のボクは違う。


 移動の出だしをすぐに見極め、どのタイミングでどう動けばいいか、というのを直感で悟ったボクは、兵がこちらへ接近するを待った。


 そして、兵の大きな爪でボクを切り裂く、その寸前。


「はぁっ!」


 大幅に上昇した力で、神気や天力を多く込めた拳によるカウンターを兵の貌に炸裂させた。


「グブァァァ!」


 ドゴンッ! という音と共に、兵は後方に大きく吹き飛び、木々を薙ぎ倒していく。


 数本ほどの木を倒したところで、勢いはなくなり、地面へと落下。


 少し遠いけど、身体能力が大きく向上しているおかげで、はっきりと兵の様子が見えた。


 その先では、貌から黒い煙が立ち上っており、体はダメージによってなのか、震えていた。


 地面に突っ伏したまま、十数秒間の時間が流れるも、よろよろとした動きで立ち上がる。


 見た感じ、今の一撃でかなりのダメージだったみたいだね。


 なら、次の一撃で決めよう。


「《断罪の煌球》・《葬撃槍》」


 ボクは右腕を水平の構える。


 最初に唱えた物は『光操術』の一種で、力強く、暖かな光を放ち、着弾と同時に爆発し、辺りにかなりの衝撃波を発生させる球を出現させる技。


 この技で、自身の背後数十個に及び光り輝く球を出現させる。


 そして、その次に唱えたのは『黒靄操術』の一種で、鋭く大きな禍々しい黒の槍を出現させ、標的に向かって追尾する槍を当てる技。


 この槍を右手に出現させ、ボクは槍投げの体勢を取る。


 右腕に力を溜め、光の球を黒い槍の周りに配置する。


 本来なら、あまり相性は良くない力同士だけど、ボクの場合は同時に契約しているせいなのか、こういう風に合体技として成立させることが可能。


 破壊力は……師匠のお墨付きを得ています。


「これで、終わりです」

「ナッ、ソレハ――ヤメロッ!」

「何の罪もないこの世界の妖魔の人たちにしたことを悔いながら、消えてください! はぁぁっ!」


 ボクが出現させた槍を見て、慌てる兵相手に悔いるよう言いながら、ボクは槍を思いっきり投擲。


 ギュオンッ! と、勢いよくその槍は真っ直ぐに兵へと向かって飛び、兵に直撃。


 その瞬間を見逃さず、ボクは槍の軌道をコントロールし、光の軌跡を描きながら遥か上空へと飛ばした。


 そして、誰もいないことを確認した上で、槍を覆っていた光の球を爆破。


 瞬間、


 ドッゴオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ―――!


 と、半径数キロの雲を吹き飛ばしてしまうほどの爆発と轟音が発生し、薄暗い妖魔界を明るく照らした。


「ふぅ……ちょっと、オーバーキルかもしれないけど、全力でやらないと、ね」


 結構な大技を使用したため、それなりに消耗した。


 けど、これくらいで倒せるなら、安いものです。


「とりあえず……爆発した場所の真下に行かないと」


 ちゃんと倒したかの確認をしないとね。



 治らない傷をそのままに、ボクは爆発があった場所の真下へ向かう。


 するとそこには、驚いたことに兵が横たわっていた。


 とは言っても、あのレベルの技をくらったからか、手足はなくなり、胴体や頭もほとんど原型を留めていなかった。


「……まだ、生きてたんですね」

「ガフッ……ホボ、死ンデル……ゾ」

「そうですか。じゃあ、とどめを刺しますね」


 軽口を叩く余裕があるのなら、復活するかもしれない、そう考えてナイフを生成する。


「……冷タイ、女、ダ。殺ス、ナラ、殺セ」


 息も絶え絶えと言った様子で、今にも命の火が消えそうな兵。


 こんな姿を見ても、可哀そうなどとは思わない。


 ……一体どんな理由で、妖魔の人たちを襲い、殺したのかはわからないけど。


「そうですか。……情報を、と思いましたけど……その様子じゃあ、話す気はないですよね?」

「……クヒヒッ、当然」

「ですよね。……それじゃあ、さようなら」


 話さないことはわかり切っていたボクは、兵の心臓めがけてナイフを思いっきり突き刺した。


 兵の体が煙となって徐々に消えゆく途中、肩から上が残っている状態で兵は気味の悪い笑みを浮かべながら、こう告げた。


「セイゼイ、今ノ生活、楽シメ……イツカ、必ズ、ソノ時、来ル…………クヒャハハハハ――……」


 不吉な言葉を残し、兵は煙となって消えた。


「……なんだったんだろう、本当に」


 強い上に、不気味な相手だった。


 本人は、邪神の兵、って言ってたけど……まさか、現代に本当に邪神がいる、の?


「……はぁ、なんだか厄介なことになりそうな予感…………」


 一抹の不安を憶えながら、立ち上がる。


「……とりあえず、元凶も倒したし、天姫さんの所へ戻ろう。美羽さんも心配してると思うし」


 不安な想像はやめにして、ボクは気持ちを切り替えて天姫さんの屋敷へと戻って行った。


 ……この先、何も起きなければいいけど。

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