第517話 元凶の手掛かり
邪神に関することを聞きつつ、軽く周辺の調査をし終えたボクとフィルメリアさんは、一度美羽さんたちと合流することにした。
「美羽さん、伊吹さん、そっちは何か見つかりましたか?」
「あ、依桜ちゃん。うーん、私は現実の方のファンタジー側の知識が乏しいからよくわからないけど、こんなものを見つけたんだけど」
そう言いながら、美羽さんがポケットから何かを取り出し、ボクに差し出してきた。
「これは……?」
差し出されたものを受け取り、観察してみる。
大きさ的には、五センチくらいで、ちょっと細長い。微妙にカーブがあるところを見るに、爪とか、角に近いかも。
色は黒っぽい紫で、黒曜石が一番近いかも。
強度は……。
「あ、堅い」
少なくともボクが思いっきり握っても、罅が入らないくらいには堅かった。
ちなみに、ダイヤモンドに対して同じようにすると、罅が入るどころか普通に粉々にできます。
多分、これでどれくらい堅いか想像できることでしょう。
内心、ボクもびっくりだし。
「んー……伊吹さんはこれ、何かわからなかった?」
「すまない。某の記憶になく……」
「そっか……フィルメリアさんは?」
「そうですねぇ…………とりあえず、爪であることのみ、でしょうかぁ? あとは、妙に禍々しい気もしますねぇ」
「ふむふむ……」
伊吹さんはわからなくて、フィルメリアさんは爪であることと、禍々しいと思えることだけ、と。
うーん……どうなんだろ?
これだけの情報じゃ、この爪らしきものの正体がわからない……。
わかることは、この爪が良くない物であることくらいかなぁ。
「とりあえず、これは一度持ち帰った方がよろしいかとぉ」
「そうだね。何かの手掛かりになるかもしれないし。それに、ここには得られる情報もなさそうだもんね」
「はいぃ。あ、伊吹さんは何かありますかぁ?」
「ふむ……一つだけ、気になることがある」
「伊吹さん、教えてくれるかな?」
伊吹さんが一瞬だけ考え込むと、気になることがあると告げ、美羽さんがそれについて教えてほしいと頼む。
こくりと頷いてから、伊吹さんは気になっていることを話しだした。
「……この村には、様々な種族の者が住んでいた。そこは知っているだろうか?」
「うん、天姫さんに聞いてるけど……」
「ここの自治に関しては、某も関わっていてな。たまに視察に来ていたのだ。もともと、妖魔は数が少ないが、この村は比較的妖魔の数が多かったのだ。しかし……明らかに血の痕跡が無さすぎる」
「血って……たしかに、ところどころに血痕があったけど……」
「うむ。たしかに存在していた。しかし、それにしては痕が少なく過ぎる。明らかに、いなくなった者がいると思われる」
「……ということは、裏切り者がいるかも、っていうこと?」
伊吹さんの話を受けて、美羽さんが眉を顰めながらそう尋ねる。
「……現段階ではわからぬ。妖魔界のあちらこちらにて異変が発生しているが、いずれも原因不明。妖魔の仕業であるならば、天姫様ならばすぐに痕跡を辿り、その者に行きつくはずなのだ。しかし、そうはなっていない。それ故に、裏切り者がいるかどうかはわからないのだ。もちろん、その可能性が消えたわけではないが……」
「そっか……ねぇ、依桜ちゃんはどう思う?」
「ボクですか? うーん、そうですね…………あ、そう言えば……」
「む、依桜殿、何か心当たりでもあるのか?」
「あ、えーっと、心当たりというか……一つだけ、法の世界で事件……というか、ちょっとした出来事があったんです」
「その出来事、教えてはもらえぬか?」
「うん。えっとね――」
美羽さんに訊かれて、ボクはとある出来事を思い出していた。
それは、京都へ向かうため、新幹線に乗っていた時のこと。
いきなり車体が大きく揺れ、危うくとんでもない事故になりかける、という出来事があった。
後々、師匠が調べたところによると、天使と悪魔を除いた、妖精、妖魔、精霊の三種族のどれか、という結論だった。
ただ、地震による揺れではなかったことから、精霊の線は除外。
必然的に、妖魔と妖精ということになった。
……ということを、伊吹さんに伝える。
「――っていう事があったんだけど……」
「ふむ……そのようなことが……しかし、すまぬ。某からは何も言えぬ……」
「あ、ううん。大丈夫。ボクもすぐにわかるとは思ってないし……後で、天姫さんに聞いてみるよ」
「それがいいと思う」
「……じゃあ、ここでの調査はもう終わりかな?」
「そうですね。『気配感知』には何も引っかかりませんし、地下空間のようなものもなく、妖魔の人たちもいない。倒壊した建物それぞれにも特に何もなかったですし……今日はもう、天姫さんの所に戻った方がいいかもしれませんね」
「そっか、了解だよ。伊吹さん、大丈夫?」
「問題ない。美羽殿は某の契約者だからな。美羽殿に従う」
「フィルメリアさんも戻る、ということで大丈夫?」
「はいぃ。私としましても、特になさそうですからねぇ。……あ、一応浄化用の結界だけは張ってもよろしいでしょうかぁ? すぐに終わりますのでぇ」
「うん、いいよ」
フィルメリアさんがしたいって言うということは、浄化しないとまずいような物があるのかもしれないし、邪神の兵士がいるかもしれない以上、しておいて損はないはず。
「ありがとうございますぅ。では……『浄化の檻』」
フィルメリアさんがスキル名? のようなものを唱えると、半球状の光が廃村全体を覆った。
一瞬だけ眩い光を発し、それが収まるとそこには淡い光を放った結界が張られていた。
「フィルメリアさん、これは?」
「これは『浄化の檻』と言いまして、結界内に存在する悪しき物を浄化する結界ですよぉ。無事に張ることができたところを見るに、何か悪い物が存在していた、ということですねぇ」
「その言い方だと、何もなければ発動しないの?」
「はいぃ。悪しき物が存在しない場合は、一瞬で結界が消失するんですよぉ」
「へぇ~、便利な結界なんだね」
「そうですねぇ。あ、依桜様も浸かるかと思いますので、憶えることを推奨しますよぉ。これがあれば、幽霊なども浄化できますからねぇ」
「戻ったらすぐに練習するよ」
「依桜ちゃんの反応、今すごく早かったね」
「……幽霊は敵です」
だって、すごく怖いんだもん……。
強くなっても、未だに苦手です。
「……さてと。結界も張ったところで、そろそろ戻ろっか」
「うん」
「うむ」
「ですねぇ」
あらかたの調査を終え、結界を張ったボクたちは、今日の調査を切り上げて天姫さんの所へ戻った。
「――という感じかな」
「ふむ。廃村の調査結果については理解した。それで、その爪はあるか?」
「うん、これなんだけど……」
調査を終えて戻ると、ボクたちは天姫さんに調査の結果を報告し、爪を見せてほしいと言われてそれを手渡すと、天姫さんはじっくりと観察し始めた。
「……これは、なるほど……」
「何かわかった?」
「……うむ。今調べてみたとこ、この爪からは邪神の気配を感じた。これについては、フィル既に話してるかもしれへんが。そやさかい、ウチからはもう一つの情報を話そう」
「もう一つの情報?」
「そや。この爪を調べたとこによると、この爪の持ち主は未だにこの世界に留まっとって、その持ち主はあの廃村からそう遠ない位置におるちゅうことがわかる。……ただ、この爪があの廃村に落ちたのはおそらく、数日前。そこからの計算故、移動してへんとも限らへんな」
「なるほど……」
数日、ということは、あそこからかなり離れた位置にいても不思議じゃない……か。
それでも、そう遠くに行ってはいないという可能性もあるもんね。
あんまり、長丁場にしたくないし、できることなら早く解決して、元の世界に戻りたい。
「そやけど、ウチ気になってるのんは、法の世界での出来事や」
「たしか、主の乗る新幹線なる乗り物が、謎の襲撃を受けた、だったか?」
「うん。師匠は、妖魔か妖精の仕業だろうって。天姫さん、何かわかるかな?」
「ふむ……そう言うたら、最近こちらの世界では、妖魔の失踪があるて聞く。失踪した数はえらい少のうて、なんの関連性もあらへんことから、偶然の可能性高かったてんけど……妖魔が原因なのかもしれへん」
「ほんとに?」
「あぁ。説明してもろうた状況から、そないな力を持った妖魔は存在する。ほんで、失踪した中に、そないな能力を持った存在がおったはずや」
「じゃあ……」
「うむ。もしかすると、この爪の持ち主今回の異変の元凶の可能性が高いなあ」
「なるほど……」
となると、元の世界に帰るにせよ、この爪の持ち主を探さないといけない、ということだね。
問題は、その場所がわからない、ということ。
天姫さん曰く、わかるのはあくまでもこの世界に留まっていることと、大雑把な範囲がわかることだけ。
なので、正確な位置はわからず、そこからはほとんど自力じゃないと見つからないとか。
「依桜ちゃん、どうする?」
「そうですね……とりあえず、天姫さんに大雑把な場所を教えてもらって、その周辺を探すしかない、ですね」
「そっか。でも、それが一番いい方法だもんね」
「はい。……それで、天姫さん、その場所ってわかりますか?」
ボクは、天姫さんに問題の存在がどこにいるかを尋ねると、天姫さんは一瞬だけ目を閉じて、場所を告げる。
「そうやなぁ……今日依桜はんたちが向かった廃村から、北西に進んだとこに、正体不明の気配がある。おそらく、そこや思う」
場所は、廃村から北西の位置。
なるほど、そこに行けばいいんだ、と思った後、天姫さんは言葉を付け足してこう話す。
「そやけど、何の準備もなしに行くのんは危険や。特に、美羽はんはこちらに残った方がええかもしれへん」
「危険ですか?」
「あぁ、危険やな。酒吞童子の守りがあっても、完璧に守るのんは難しいやろう。そやさかい、美羽はんはここで待った方がええな」
「そうですか……」
行かない方がいいと言われて、美羽さんは少し残念そう。
あー、そう言えば、ボクたちが一緒にいる理由って、デートだもんね。
美羽さんとしては、できれば一緒にいたいのかも。
それなら……。
「じゃあ、美羽さん、明日で問題を解決してきますから、それが終わったら、次の日は一緒に妖魔界を見て回りませんか?」
「依桜ちゃん?」
「もちろん、早く元の世界に戻りたいと思っているかもしれませんけど、せっかく来たわけですし……どうですか? あ、嫌なら嫌で――」
「行くっ!」
嫌なら嫌でいい、と言い切るよりも早く、美羽さんはずいっとボクに顔を近づけると、目を輝かせて行くと力強く言った。
ちょっとびっくりした。
「……わかりました。それじゃあ、そうしましょう。天姫さん、大丈夫かな?」
「あぁ、問題あらへんで。もともと、法の世界へ戻るには、少し時間がかかる。その時間が一日でな。そやさかい、こちらとしてもその方好都合なんや。もちろん、その間はもてなさしてもらうで」
「ありがとう! じゃあ、今日はもう休むことにしましょうか、美羽さん」
「うん。もしかすると、戦いになるかもしれないもんね、依桜ちゃん」
「あはは、できれば穏便に済まばいいんですけど……」
ちらり、とセルマさんたちの方を見ると、苦笑いをしながら、
「まぁ、無理だな。相手は邪神の兵かもしれないからな」
とバッサリとボクの希望を切り捨てた。
「ですよねー」
……師匠やフィルメリアさんたちから聞いた話だと、邪神はすごく悪い存在だし、なんだか問答無用な印象だからね……はぁ。戦闘、嫌だなぁ……。
そう思いながらも、ボクは明日に備えて美味しいご飯を食べて、お風呂に入って、眠りにつきました。
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