第207話 依桜ちゃんの考え事
スキー教室が終わり、いつも通りの日常。
今日は体育がある。
男子がサッカーで、女子はバスケ、の予定だったんだけど……
「バスケットゴールが壊れるとはなぁ……」
バスケットゴールが壊れてしまったらしく、体育館が使えなくなった。
なので、ボクたち女の子の方もグラウンドで体育をすることに。
男女混合になったので、種目も変わり、ソフトボールとなった。
十人チームが四つ。
ボクたちは、運よく五人で固まることができた。そこに、他のクラスメートが五人という形。
「さて、時間もそこまであるわけじゃないので、一試合につき、三回までとする。では、AチームとBチームからだ。C、Dチームは観戦していてくれ」
『はーい』
ボクたちはBチームなので、早速出番となった。
「よーし、それでは、プレイボール!」
そして、始まった試合。
まずは、Aチームが攻撃で、Bチームが防御となった。
ボクは、ショートとなった。
正直ルールとかよくわからないんだけど、大丈夫だよね?
とりあえず、球を捕ればいいわけだし。
ちなみに、ピッチャーは、晶です。
キャッチャーは態徒。
手始めとばかりに、晶がボールを投げると、カキィィン! という音を響かせて、ボールが飛んでいった。
『よっしゃ!』
かなり飛んでいったボールを見て、打席にいた宮内君がガッツポーズをする。
そして、レフトの方に飛んでいき、あわや落下、となったところで、
「ふっ」
ボクがキャッチした。
『『『はぁ!?』』』
なぜか、みんなが驚いていました。
なんで?
「あ、あれ? ボクがボールを捕っちゃいけなかった?」
「い、いや、まずいことはないけど……」
「依桜、普通、レフトの方に飛んでいったボールは捕りに行かないぞ、ショートは」
「そ、そうなの? てっきり、獲れる人が捕りに行くのかと……」
「いや、それでもいいと思うが……よほど足が速くないと、普通はできないな」
「そ、そうなんだ……」
なんだろう、このやってしまった感は。
そ、そっか、普通の人は捕りに行かないんだ……。
『男女すげぇ……』
『学園祭とか、体育祭で運動神経がいいのはわかってたけど、今のはすごかったなぁ』
『オリンピックとか目指せるんじゃない?』
『たしかに』
あ、どうしよう。変に目立っちゃった……。
つ、次は、普通にやろう。
その後は、普通に防御(一瞬だけ他の人たちの視線を逸らして、一瞬で大ジャンプしてキャッチ)して、攻撃に移った。
ボクの前に二人、バッターボックスに立って、攻撃をしていたんだけど……もれなく、全員陥落。
そして、ボクの番となった。
『お、男女が相手とか、正直やりづれぇ……』
そんな呟きを漏らすのは、宮内君。
宮内君は、野球部所属の生徒で、たしか一年生の中で一番上手い、っていうことを聞いたことがある。
だから、普通だったらこっちがやりづらいことになるんだけど……
カキィィィィィン!
宮内君が投げたボールを、ボクが振ったバットが捉え、そのまま飛んでいった。
ちなみに、ボールは学園の敷地内のかなりギリギリなところに落ちました。
『『『うわぁ……』』』
みんなが、ドン引きしたような声を漏らしてました。
結局、他の人が塁を取り、ボクがホームランを打って、点を取り続け、気が付けば、一回裏で十二点も取っていた。
その結果、ボクたちのコールド勝ちになりました。
うん。酷い。
この後の試合も、ボクたちのチームが全部コールド勝ちする結果となり、体育は終了。
体育は、独壇場になりかねないです。
体育が終わり、普通に時間が過ぎる。
いつも通りにみんなと過ごして、いつも通りに帰宅。
そして、家に帰り、ベッドに寝転ぶ。
うーん、イベントが終わると、なんだかやる気やら何やらがなくなるよね……。
小学生だったら、夏休み、冬休み、春休みの、長期休みが終わった時に。まあ、これはどの学生も同じだと思うけど。
それ以外だと、遠足とか、林間学校、修学旅行とかね。
中学生になると、文化祭が入ってくる。学校によっては、文化祭じゃなくて、文化部の発表会のような物になったりするんだけど、あれが終わった後も、それなりに終わっちゃったなぁ、みたいな気持ちになる。
高校生になると、全力でイベントごとを楽しみに行くようになる。
体育祭に、長期休みに、林間学校に、学園祭に、球技大会、マラソン大会と、色々。
学生の当時は、それがどれだけ素晴らしいものか、なんてわからない。
当時はどんなに嫌な思い出になったとしても、いざ卒業して社会人になってみると、いい時代だったと思うようになる。
まあ、ボクの場合は、すでに三年間も学生から離れていたから、そう思うんだけどね。
やっぱり、こうして何事もない普通の学園生活が送れるって言うのは、すごくいいことだよ。
世の中、理不尽に満ちているから。
刺激が欲しい! という気持ちは、わからないでもない。
楽しめる範囲内での刺激という意味でなら、全然あり。
例えば、学園祭で例年とは全く違ったことがしたい! とか。
そう言うのはいいんだけど……ほら、日本ってアニメとかマンガがかなり普及しているおかげで、それに憧れるような人が多いでしょ?
だから、異世界に行きたい! とか、特殊な力に目覚めたい! とか、そういう刺激はちょっとね……。
みんな理想を抱きすぎてると思うけど、現実はそんなに甘くない。
その結果が、今のボク。
現実と理想は違う、とはよく言うけど、まさにそう。
異世界へ行っても、チート能力が得られるわけじゃなく、ただただ弱い状態で右も左もわからない未開の地に放り込まれて、何度も死に目を味わう。
ほらね? いいことないよ?
え? チート能力を持ってるだろって? いやいや、ボクの場合は、死で彩られた地獄のような……というか、地獄すら生ぬるいほどの修業をこなした先で手に入れた、努力の結晶です。チートなのは、師匠だけ。こっちに戻ってきてからは、『言語理解』がかなり役に立っちゃってるけど。
と、それはそれとして……まあ、あまりにも現実が辛すぎて、どうしても異世界に行きたい! みたいに思うのは仕方ない。
でも、この世界の方がまだまだ平和だ。
日常的に人は死なないし、戦争もないし、死傷率も高くないし。
あとは、娯楽も普及している。
向こうなんて、娯楽はほとんどなかったよ。
小説のようなものはあったけど、どれもつまらなかった。
他に娯楽があったとすれば、闘技場くらいかな。
行ったことはなかったけど。興味がなかったし。
それ以前に、修業が忙しくて、娯楽にカマかけてる余裕がなかったのが真相だけど。
殺伐とした世界に、三年間もいたせいか、ボクは転移する前よりも、平穏が好きになって、荒事が嫌いになった。
平穏は、何事もなく、穏やかに過ごせる時間。
でも、荒事は、何かに巻き込まれ、平穏とは程遠い、騒がしい状況になる時間。
ボクは、できるだけ、平穏無事な生活を送りたい。
多少の刺激があるのはいいんだけどね。
ボクだって、そう言うのはちょっとは欲しくなるから。
ボクなんて、望んでいないのに、目立つ様なことになっちゃうから、安穏とは程遠くなってしまう。
それもこれも、学園長先生が原因だけどね!
諸悪の根源です。
正直、よく殺さなかったな、ボク、なんて思ってます。
振り返ってみれば、色々あったなぁ。
学園長先生の楽しそうだから、という理由で研究していた異世界。その、異世界に行く装置を起動したら、たまたま異世界人を召喚しようとしていた王様たちのところに呼ばれちゃって。
三年間過ごして。帰ったら女の子になっちゃって。ミス・ミスターコンテストには出場させられた上に、テロリストが襲撃してくるし。
その後は、色々と学園長先生の思い付きに振り回されて、師匠ならしっかり補完できる失敗を、まいっか、の一言だけで済ませた結果、ボクがいろんな姿に変身する、なんていう特異体質になるし……。
テレビで報道されて、マスコミに張り込まれるし。
……何度思い返してみても、碌なことがない。
というか、なんでボク生きてられてるの?
普通、死んでるよね? というか、普通に何回か死んでるし。
いや、それは何度も考えた。
問題はそこじゃなくて……ボク、よく過労死しないね。
異世界で鍛え上げた無尽蔵ともいえる体力のせいで、ボクがこっちの世界で疲れることはほとんどない。
疲れたといえば、学園祭で料理を作ったことくらいかな。
それ以外だと、師匠と学園長先生絡みのことばかり。
……そう考えると、学園長先生って相当トラブルメーカーだよね?
というか、実際そうだよね。
なんで、ボクがこんな酷い目に遭ってるんだろう。
呪われてるのかな、ボクの人生……。まあ、本当に呪われてるけど。
【反転の呪い】は、まあ、いいとして……明らかに、ボクの人生は波乱万丈と言っても過言じゃないくらい、波乱に満ちているよ。
正直、楽になりたい。
こう、都会から切り離された田舎で、のんびりとしたいなぁ。
……あ、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行きたい。
二人の家は、のんびりとした田舎だから、すごく落ち着くんだよね。昔から好きだったよ。
……ボク、変なことによく巻き込まれていたからね。
今も昔も変わらず、巻き込まれる、か。
うーん、そう言う体質、なのかな?
多分、そうだよね、うん。体質……はぁ。
それにしても……ボクは将来、何をしたいんだろう。
やりたいことなんて、正直なところない。
少なくとも、身体能力を考えたら、スポーツ選手になることだってできる。むしろ、どんな競技をやっても優勝できるくらいには。
でも、ボクのは本当の意味での実戦だから、ちょっと違う。
だからと言って、事務仕事と言っても、なんだか漠然としない。
他にも色々。
先生とか。ゲームクリエイターとか。料理人とか。
色々と思い浮かぶものの、どれもいまいちパッとしない。
それに、ボクは学園長先生から、多額のお金をもらってしまった。
家のローンを完済するのに使ったとはいえ、まだまだお金は減らない。
未だに一億ある。
一人じゃ全然使いきれない。
多分、この先普通に生活していても、無くなることはないと思う。
ボクは、解呪によって寿命がある程度戻っているらしいけど、それでも、百年近くは生きると考えても、まったくなくなる気がしない。
あって困るような物じゃないけど、高校一年生でこんな馬鹿みたいな金額を持っていても、持て余すだけ。
いっそのこと、募金しちゃうとか?
うん。ありだね。
今度、数百万くらい募金しよう。
一応、今後の生活のことを考えたら、全額なんてことはできない。
……いや、やっぱり、千万くらいにしよう。
それくらいあれば、貧困で困っている人を多く助けられるはず……。
なんて、偽善だよね。
まあでも、やらないよりかはマシ、なはず。
とりあえず、千万は募金する方向で。
それでも、かなり余裕がある……。
これはあれかな、会社を立ち上げるとか。
……ダメだ。ボクにはそんな経済・経営の知識はない。
アイドルとか目指してもいいんじゃない? なんて、クラスメートの女の子たちに言われはしたけど、ボクなんかじゃお客さんは入らないだろうしなぁ。
まあ、アイドルというより、芸能界に、だったけど。
みんな、芸能界に入っても全然やっていけるよ!
なんて言うんだけど、ボクはそこまで面白い人間じゃないし、容姿だって、そこまでいいわけじゃないし……。
そもそも、人前に出るのって得意じゃないから無理だね。うん。無理。
……最悪の場合、学園長先生の研究を手伝う、なんてこともあるわけだけど……それは、本当に最終手段。というか、できればやりたくない。
と言っても、あの先生のことだから、就職しない? なんて言って来そうだけど。
……うん、今将来を考えても、何もない。
ボクは、異世界に行っていたせいで、普通とは違った存在になっちゃってるから。
……あ、異世界で暮らすのもあり?
向こうは向こうで、戦争が終結したから、穏やかになっているみたいだし。
そう考えると、こっちの騒がしい日常じゃなく、平穏な向こうに行くと言うのも……あー、それも無理そう。
一応、あっちの世界でのボクの立ち位置と言えば、勇者、ということになっているから。
何かしらの問題が起きたら、ボクに回ってきそうだよね。
最低限、数十年くらいは働かなくても生きていけるけど、それはさすがに、人としてどうかと思うからなし。
まあ、今考えても仕方ない、か。
その内、やりたいことが見つかるかもしれないからね。
『依桜―、ご飯よー!』
「あ、うん、今行く!」
うん。今は、目の前の日常を楽しもう。
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