第234話 春休み 下

 次の日になっても、基本的にのんびり過ごしたことに変わりはなかった。


 普段の疲れた心を癒す、という目的でボクは来ていたりします。

 だって、疲れが絶えないんだもん……。


 正直、もうちょっとこう……落ち着いた生活があってもいいと思うんです、ボク。

 普段から、何らかの出来事に巻き込まれる身としては、こんな風に田舎でのんびり過ごせると言うのは、命の洗濯ですね。


 あとは、


「すぅ……すぅ……」


 こうして、家の縁側でメルがボクの膝を枕にして気持ちよさそうに寝ていることかな。

 お昼を食べた後、眠くなっちゃったらしく、そのままこてんとボクの膝を枕にして寝ちゃったわけです。


「んにゅ……ねーしゃま……だいすきぃ……」

「ふふっ、ありがとう、メル」


 寝言でも大好きといわれるとは思わなかったけど、なんだか微笑ましかったので、頭を撫でる。

 やっぱり、この撫で心地がいいなぁ……。

 さらさらしてるし、柔らかいし……。


 常に元気いっぱいだからね、メルは。


 どの道、春休みに入ってすぐ、勉強は終わったし。

 だから、メルは思う存分、春休みを満喫できるんだよね。


 こっちに来てからは、ほぼ毎日勉強だったから。

 まあ、メル本人は全然苦にしてなかったけどね。それどころか、すごく楽しんでたみたいだし。


 これなら、四月から入学するのは問題なさそうだよね。


 うん。よかった。


 一応、学園に初等部と中等部が新たに新設されることは、四月一日に知らされるそう。


 まあ、ほとんどの人は、エイプリルフールだと思って、ほんとだと思わないと思うけどね。

 普通は信じられないと思うよ、あれに関しては。


 ボクですら、結構驚いたもん。

 しかも、もうすでに入学する生徒も決まってる、なんて言うから、余計だよね。


 もしかして、入試期間中に同時にやってたのかな?

 あの時期だったら、そこまで大変じゃないと思うしね。


 本当、やることがかなり大ごとなんだもんなぁ、学園長先生って……。

 体育祭とか、まさか競技のためだけにVRゲームを用意しちゃうし。

 本当におかしいと思うんです、あの人。


 良く言えば、楽しむことに全力だけど、悪く言えば、迷惑を振りまく諸悪の根源だよ。


 ボクが一番の被害者な気がしてます。

 気がしてる、というより、本当に一番被害を被っているような……。


 幸いだったのは、周囲の人たちがすんなりと信じてくれたことだよね。

 優しい人たちばかりでよかった。


 そう言えばみんな、何してるのかなぁ。


 晶はたしか、お母さんの方の実家に行っていて、春休み終わり近くまで帰って来ないみたいなんだよね。


 未果は多分、今頃北海道にいるのかな? 昨日から二泊三日だったみたいだし。


 それ以外だと、女委はひたすら同人誌を書いてるとか。

 いつか体を壊しそうで心配だよ……。


 態徒は、家の道場の手伝いだ! とか言ってたけど、手伝いって何してるんだろうね、態徒。


 はぁ、まあでも、こんな風にのーんびりと過ごすって言うのはやっぱりいいよねぇ……。


 師匠も、仕事や学園長先生のお手伝いで忙しいのか、今日はゴロゴロしてる。

 学園の方よりも、学園長先生のお手伝いの方が大変そうだよね、あれ。

 なんでも、能力やらスキルやらを使って色々やってるらしいから。


 たしかに、それは疲れるよね。


 意外と、能力やスキルって、魔力を使わないで使うものが多いけど、あれって、肉体的にも精神的にも疲れるんだよね。


 最終的には、精神力がものを言うような物ばかりだし。


「んっ~~~~~……はぁ……ちょっと眠くなってきちゃったなぁ……」


 のんびりしているのと、メルがあまりにも気持ちよさそうに眠っているせいで、ボクも眠くなってきちゃった。


 正直寝たいけど……メルを起こしちゃいそうなんだよね……。


 うーん……あ、そうだ。


 どうせなら、『アイテムボックス』の中に入って、その中の家で寝ればいいのか。

 うんうん。その手があったね。


 それじゃあ早速。

 ボクは自分の座っているところに入口を創ると、そのまま中に入っていった。



 『アイテムボックス』の中は、基本的に浮いているから、メルを起こさずに済んだ。

 本当に便利だよね、『アイテムボックス』って。


 まあ、中に入れるようなおかしなことになっているのは、ボクの『アイテムボックス』だけみたいだけど。


 とりあえず、眠っているメルを抱えて家に移動。

 中に入るなり、メルをベッドに寝かせて、ボクもメルの隣に横になった。


 すると、


「んみゅ~……」


 ボクに抱き着いてきた。

 胸に顔をうずめる形で、メルが抱き着いてくる。

 これが、いつものスタイルだったりします。


 どうも、こう言う状態が落ち着くそうで、ボクとしてもそう言うことなら仕方ないね、と言うことで了承しています。


 まあ、メル可愛いし、ついついなんでも許しちゃったり……。


 甘いのかなぁ。


 なんて、思っていたら、どんどん瞼が重くなってきて、気が付けば、ボクも眠っていた。



 それからしばらくして、何やら体に重みを感じて、ボクは目が覚めた。

 なんで重いのかなと思って、目を開けると、


「おはようなのじゃ、ねーさま!」


 メルがボクの上で馬乗りになっていた。

 あ、だからちょっと重みを感じたんだ。


「おはよう、メル。まあ、今は朝じゃないけど」


 ここって、いわゆる異空間の中だから、今が何時かとかわからないんだよね。

 その内、時計を置いておいた方がいいかも。

 ……あ、出せばいいのか。


「ねーさまねーさま。ここは一体どこなのじゃ? 不思議なところなのじゃ」


 あ、そっか、メルはここを知らないんだっけ。


「えっと、メルは『アイテムボックス』っていう魔法を知ってる?」

「うむ。異空間に物を収納する魔法じゃな?」

「そうそう。実は、ここはボクの持つ『アイテムボックス』の中なんだよ」

「む? じゃが、『アイテムボックス』には普通入れないんじゃなかったかの?」

「ボクのは特別製みたいでね、なぜか入れるんだよ。あと、欲しいと思ったものが、ボクの魔力と引き換えに出てくるよ」

「なに!? じゃ、じゃあ、ねーさまを欲しいと思えば、出てくるのか!?」

「いや、さすがに人は無理だと思うよ?」

「そうか……」


 なんか、しょぼんとしちゃった。


「えっと、別に欲しがらなくても、ボクはメルと一緒にいるから、大丈夫だよ」

「そうか! ならいいのじゃ!」


 一気に元気になった。

 うんうん、元気な方が可愛いよね。


「とりあえず、何か出してみる? お菓子とか」

「お菓子……じゃあ、チョコレート!」


 メルがそう言うと、ボクの魔力が微量だけど減って、チョコレートが出現した。


「おぉ! 本当に出たのじゃ! さすがねーさまじゃな!」

「ありがとう。でも、どういう原理なのかわからなくてね、ボクの『アイテムボックス』は」

「うーむ、そう言えば、城の書庫に、面白いお話があったのじゃ」

「面白いお話?」

「うむ。なんでも、『創造』というスキルがあるそうじゃぞ?」

「そんなものが」

「じゃが、持ってる人間はおらず、いるのは、神族や、神の血を引いているものだけ、と書いてあったぞ」

「へぇ、じゃあやっぱり、神様っているんだ」

「らしいのう」


 魔族のお城にそんなことが書かれた本があったんだ。

 ちょっとびっくり。


 それにしても、『創造』かぁ。

 いかにも強そうなスキルだよね。


 師匠とか持ってたりして。


 ……いや、本当に持ってそう。だって師匠、一応神様の気を浴びすぎて、ほとんど神様に近い存在らしいし……。

 持っていても不思議じゃない気がするよ、ボク。


「とりあえず、そろそろ戻ろっか」

「そうじゃな。それで、どうやって戻ればいいのじゃ?」

「普通に、外に出て、ボクが『アイテムボックス』を開けばいいんだよ。ついてきて」

「わかったのじゃ!」


 さすがにずっといるのも色々と問題なので、ボクたちは『アイテムボックス』から出た。



 外に出ると、すでに外は暗くなっていて、もう夜に差し掛かっていた。

 うん。ちょっといすぎたかも。


「あら、依桜にメルちゃん。どこに行ってたの?」

「えっと、まあ、ちょっと散歩に」

「そう。そろそろ夕飯だから、こっちに来てね」

「うん」

「はーいなのじゃ!」


 よかった。あんまり騒がれてなかったみたいだね。


 あれって、一応ボクが開けない限りは入ることも出ることもできないから、行方不明になったようなものなんだよね。

 仮にGPS付きの物を持っていたとしても、多分消えるんじゃないかなぁ、これ。

 少し考えないとダメかも。



 そうして、平穏に緩やかに時間は過ぎていき、三日目、帰る日になった。


「それじゃあ、次はお盆に来るよ、父さん、母さん」

「あぁ、いつでも、まっとるぞ」

「んだ。依桜も、いつでもおいで」

「うん。また来るね、おじいちゃん、おばあちゃん」

「ミオさんやメルちゃんたちも、遠慮せずに来てもいいからなぁ」

「ああ。あたしも、この町は落ち着く」

「儂も!」

「そーかそーか。わしらも、嬉しいぞ」


 師匠とメルの二人がこの町を気に入ったことに、おじいちゃんとおばあちゃんの二人はすごく嬉しそうにした。

 なんだかんだで、この二人も打ち解けたよね。


「さて、そろそろ帰りましょう」

「うん。おじいちゃん、おばあちゃん、体には気を付けてね。もし何かあったら、師匠が治してくれるから」

「おー、いいのかい?」

「ああ、イオの祖父母だからな。それに、あたしとしても気に入ってる。当然だ」

「ありがとうなぁ、ミオさん。もし、そうなったら、お願いするよぉ」


 傍から見ると、師匠の方が年下に見えるんだけど、実際は逆で、師匠の方が年上なんだよね……。


 数百歳らしいし。


 最低でも百年って言ってたから、どうあがいても、こっちの世界じゃほぼ年上になるんだけど。

 すごいね、異世界って。


「おーい、準備で来たぞー」

「うん、今行く! それじゃあ、元気でね」

「ああ、依桜も、体に気ぃつけてなぁ」

「恋人ができたら、連れてきなよぉ」

「あはは、できたらね。それじゃあね」


 最後にそう言って、ボクたちは車に乗り込んだ。



 家に向かって走る車の中では、メルがまたボクの膝を枕にして眠っていた。

 好きなんだね、膝枕。

 まあ、ボクもなんとなく心地いいから構わないんだけどね。


 あ、そうだ。


「師匠、『創造』ってスキル知ってます?」

「『創造』? ああ、魔力でなんでも創ることができるスキルだろう? それがどうかしたのか?」

「あ、はい。昨日、『アイテムボックス』の中でボクとメルがお昼寝してたんですけど、その時メルが、『アイテムボックス』の話をしている時に、ふと『創造』のスキルの話をしたんですよ」

「なるほど。たしかに、お前の『アイテムボックス』は『創造』に近いものがあるな。だが、お前の『アイテムボックス』の場合は、中でしか生成できないんだよな?」

「はい。外ではできないですね」


 以前試してみたんだけど、何も出てこなかったんだよね。

 『アイテムボックス』内に手を入れて行えば、創り出すことができるんだけど。


「『創造』は、場所に限らず、魔力さえあれば何でも創れる、なんていうぶっ飛んだスキルでな。まあ、持ってるやつはまずいない。あたしですら持ってない」

「え、師匠持ってないんですか?」

「まあな。そもそも、生成系の魔法とは違って、何でも出せるんだぞ? 理論上、『創造』はアーティファクトすら創り出せるらしいからな。あたしには無理だ」

「でも、メルが言うには、『創造』のスキルを持っているのは、神族か、神族の血を引いた人だけらしいですよ?」

「そうなのか。だが、あたしは神に似たような者であって、神ではない。まあ、もどきってやつだな。一応、神の血を引いてりゃ、純粋でなくても神だ。だが、あたしの場合は神気を浴びまくった結果の神もどきだからな。少し違うんだ」

「そうなんですか」


 なんだか、ややこしい話だなぁ。

 でも、そっか。師匠なら持ってそうと思ったんだけど、持ってないんだ……。

 ちょっと意外だったかな。


「そう言えばイオ。お前の『アイテムボックス』で生成できるものに制限とかってあるのか? 例えば……銃とか」

「どうなんでしょう? 一応、食品類、道具類は創れてますし……もしかすると、できるかもしれないです。まあ、やりませんけど」

「そうか。……ますます怪しいな」

「? 何か言いました?」

「いや、気にするな。まあでも、あたしは酒が飲めるんで、全然ありがたいがな!」

「あんまり出しませんからね? 師匠、飲みすぎちゃうんですから」

「そう言うなよ。あたしだって、飲まずにはやってられないんだ」

「でも師匠、向こうにいた時とか、仕事とかに関係なく、基本一日中飲んでる日とかもありましたよね?」


 それでいつも、ボクに絡んできたり。

 師匠は酔っぱらうことはなかなかないけど、ないというわけではないので、たまに酔っぱらって絡んでくる時がある。


「美味いもん美味いんだから、仕方ない」


 さっきのセリフ関係ないよね……?

 師匠のお酒好きには、本当に困ったよ……。



 道中、PAとかに寄って休憩を挟みつつも、夕方になる頃には、無事に家に到着していた。

 おじいちゃんとおばあちゃんの家がある町のように、自然豊かな場所も好きだけど、なんだかんだで、我が家が落ち着く。

 ……ちょっと、空気が汚いけど。

 そこはそこ、それはそれ、ということで。

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