第233話 春休み 中
色々なとこを三人で歩いていると、子供たちが広場でサッカーをして遊んでいる場所にたどり着いた。
その中には、ボクが知っている子たちもいた。
以前の姿だったら、普通に声をかけていたんだけど、今のこの姿だと、そうもいかないよね……。だって、知らない人がいきなり声をかけてきたように思われちゃうもん。
とりあえず、眺めていようかなー、なんて思ってたら、
「あ、危ない!」
と、そんな焦ったような声が聞こえてきた。
ふと気づくと、ボクの顔に向かってボールが飛んできていた。
おー、遅い。
なんてのんきに思いながら、ボクは片手でボールをキャッチした。
『す、すげぇ……』
『カッコイイ』
「ご、ごめんなさい!」
慌てて駆け寄って来た男の子――翔太君が、ボクの所に来るなり、すぐに謝って来た。
「大丈夫だよ。ボクがここにいたのが悪かったから。でも、ちゃんとすぐに謝れて偉いよ、翔太君。はい、ボール」
「ありがとう、おねーちゃん。……あれ? なんで僕の名前を……?」
あ、しまった。
つい、知っている子だったから、名前を呼んじゃったよ。
う、うーん、どうしたものか。
別に、言っても問題はないんだよね……。
知ってる子だし、そもそも、ボクがボクであることは変わらないわけだし……。
「えーっと、久しぶり、かな、翔太君。ボクだよ、依桜」
「いお……? って、え、依桜おにーちゃん!?」
『『『えええええええええ!?』』』
翔太君が驚愕の声を上げると、それを聞いていた子供たちも一斉にそんな声を上げていた。
「ほ、本当に依桜おにーちゃんなの……?」
「一応ね」
「でも、おにーちゃんって、おねーちゃんじゃなかったような……」
「まあ、ちょっと色々とあってね」
さすがに、魔法とか異世界云々を説明すると、色々と大変なことになりそうだから、黙っておこう。
「でも、どうして、女の子になっちゃったの?」
「それも、色々、かな。九月くらいに、こうなっちゃってね。まあでも、中身は、翔太君たちが知ってる男女依桜だから、安心して」
「すげぇ、依桜にいちゃんが、依桜ねえちゃんになっちゃったのか」
現在、ボクたちの前にいるのは、翔太君、雄二君、健斗君に、康太君、それから、梓ちゃんに、桃子ちゃんの六人。
一応、ボクがこっちにいた時によく遊んでいた子たち。
今、ボクのことをすげぇ、って言っていたのは、雄二君。髪が短めで、日焼けした健康的な肌の、ちょっとわんぱくな感じの男の子。
「じゃあ、依桜おねーちゃんって呼んだ方がいいの?」
と、そんな風に尋ねてくるのは、健斗君。
どちらかと言えば、大人しい感じの子かな?
髪は少し長めで、身長はちょっと低めの男の子。
「うーん、それはみんなに任せるよ。好きに呼んで」
「じゃあ、ねーちゃんでもいいのか?」
と、そう訊くのは、康太君。雄二君にタイプは似てるかも。
いつも帽子をかぶっている印象のある男の子で、多分、一番身長が高いと思う。
「まあ、それでもいいけど」
「依桜おねーちゃん、きれい!」
ボクのことを綺麗と言ってきたのは、梓ちゃん。
黒髪ショートボブの女の子。いつも笑顔な印象がある。
「そうかな? でも、ありがとう、梓ちゃん」
「おねーちゃん、さっきはすごかった」
ちょっと声に抑揚がなく感じる声の主は、桃子ちゃん。
髪が長く、ちょっとだけ前髪で顔が隠れちゃってるけど、可愛い女の子。どこか大人し気で、表情もあまり動かない子。でも、意外とわかりやすい。
「ありがとう。でも、こっちにいる人の方がもっとすごいよ」
「おねーちゃん、こっちのおねーさんと女の子は誰?」
「えっと、こっちの背が高い人は、ボクの師匠で、こっちの女の子は、ボクの妹だよ」
「ええっ!? い、依桜ねえちゃん、ししょーとか妹がいたのかよ!」
「ま、まあ、最近ちょっとね。えっと、二人とも、自己紹介をお願いします」
「ミオ・ヴェリルだ。まあ、こいつの師匠だな。ちなみに、強いぞ」
「儂は、男女ティリメルじゃ! よろしくの!」
ふ、普通だ。
特に、師匠が普通の自己紹介を……。
強い、っていうフレーズはなんかちょっとあれだけど……。
「おねーさん、本当に強いの?」
「ああ。そうだな……例えば、あそこに竹があるだろう?」
あれ、なんか、師匠が何かをしようとしてない?
だ、大丈夫? 変なことはしない……よね?
と、ボクのそんな心配をよそに、師匠が竹藪に近づいて行き、目の前に立った。
「いいか、よく見てろよ」
そう言うと、師匠は、手を水平に払った。
すると、竹は見事に切断され、バサバサッという音を立てながら倒れた。
「「「「すっげええ!」」」」
「「すごーい!」」
師匠のしたことに対し、翔太君たちが目を輝かせながら、素直な感想を言っていた。
いや、まあ、こっちの世界に人たちからしたら、これはすごい部類に入るよね……。というか、普通、素手で竹切断はできないよ。
せめて、刀を使うと思うんだ。
しかも、断面本当綺麗だし。
「おねーさん、今のどうやったの!?」
「腕を振っただけだぞ」
「それで本当にできるのかよ!?」
「修業すれば、できるが……あそこにいるイオも一応できるな。多分、メルもな」
師匠がそう言った瞬間、みんなバッとこっちを見てきた。
うっ、目がキラキラしてる……。
これ、ボクやらないとダメ?
……うん。師匠がものすごくいい笑顔でこっちを見てるから、やれ、ってことなんだね。はぁ……。
気乗りしないけど、師匠に逆らうと後が怖いから、やりますけども。
ボクも師匠の所へ行き、竹の前に立つ。
軽く深呼吸して、
「ふっ」
右手を水平に薙ぎ払った。
すると、師匠の時と同じように竹が切断されて、バサバサッという音を立てながら倒れた。
「これで、どうですか?」
「ふむ。まあ、切断面をもう少し滑らかにすればよかったが……まあ、及第点だな」
「これでもダメなんですか……」
「まだまだだ」
この人の基準って高すぎるんだよ……。
「依桜おねーちゃんすごい!」
「なあなあ、俺にも竹を切る方法教えてくれよ!」
「ぼくも!」
「オレも!」
「うーん……教えるって言われても、普通は無理だしなぁ……。師匠」
「教えると言っても、相当厳しい修業があるぞ? 少なくとも、次の日動けなくなるくらいの」
「「「「やっぱりいいです!」」」」
まあ、だよね。
師匠の言う修業は、本当にきついんだもん。
ボクなんて、休みなしで次の日もやらされたからね……地獄だったよ。
「ねーさま、ところで、あの球はなんなのじゃ?」
と、ボクの近くにいたメルが広場に転がっているサッカーボールを指さして尋ねてきた。
「えっと、サッカーボールって言って、サッカーっていうスポーツをする時に使うボールだよ」
「サッカー?」
「君、サッカー知らないの?」
「うむ。儂は城を出たことがなかったのでな。あんまりこっちの世界については知らないのじゃ」
「メルちゃんって、お城住まいだったの!?」
あ、しまった!
「あー、え、えーっと、お、お城じゃなくて、白っていう地名の街なんだよ! だから、メルはお城に住んでたわけじゃないから!」
「む? 何を言ってるのじゃ? 儂はむぐっ」
「あ、あは、あはははは……」
慌ててメルの口をふさぐと、ボクは翔太君たちに乾いた笑いを返した。
不思議そうに見てきたけど、気にしない!
少なくとも、この子たちに魔法とか異世界とか知られたら、絶対この町に広まっちゃって、最悪の場合、全国どころか、世界に広がってしまいかねない!
それは阻止!
(メル、こっちでは、異世界と魔法の存在は一般的じゃないの。だから、できれば、向こうの話はしないでほしいんだよ)
(そうなのか? 話してしまうと、どうなるのじゃ?)
(少なくとも、メルだけじゃなく、師匠とか、父さんや母さんたちに迷惑がかかっちゃう)
(それはだめなのじゃ! かーさまととーさまに迷惑はかけられん!)
(それじゃあ、言わないようにね?)
(わかったのじゃ!)
説得に成功。
よ、よかったぁ……。
こっちの世界でのボク、師匠、メルの三人は、イレギュラーだからね……。
できれば、あんまり知られない方がいい。
ボクはともかく、父さんたちや、師匠、メルに迷惑がかかるのだけは嫌だ。
「じゃ、じゃあ、みんなでサッカーでもする?」
「依桜おねーちゃんも遊んでくれるの?」
「うん。みんながよければ、だけど」
「もちろんいいぞ!」
「ぼくも!」
「ねーちゃんたちなら歓迎だぜ!」
「私も!」
「わたしも」
「ありがとう。師匠も、いいですよね?」
「ああ、別に構わないぞ。ガキと遊ぶのも手加減の修業になるだろうからな」
「しゅ、修業って……」
師匠はいつも、そう言う思考なんだね……。
少し心配だよ。
それから、夕方になるまでみんなと遊んだ。
途中、メルが自分のチームのゴールから、相手のチームのゴールに向かってシュートして一点入れる、なんてことをしていたり、師匠が頭だけでプレーしたりしていたけど、割と普通に遊びました。
ボク? ボクは……まあ、色々と。
身体能力が高くなっているので、相当力を抑えてやってましたよ。
だって、怪我させちゃいかねないもん。
やり方によっては、超次元的なサッカーになっちゃうからね。
それだけはちょっと……。
ちなみに、メルは翔太君たちと打ち解けて、仲良くなっていた。
友達ができたみたいで、何よりだよね。
まあでも、明後日には帰っちゃうわけだけど……。
それは置いておいて、解散したボクたちは、おじいちゃんとおばあちゃんの家に戻る。
一応、散歩するだけのつもりだったんだけど、まさか遊ぶことになるとは思わなかった。
まあ、久ぶりに会って楽しかったし、全然いいけどね。
それから、師匠はすごく懐かれました。
まあ、男の子から見た師匠は、強くてかっこよくて、綺麗な女の人、っていう風に映るからね。
女の子からだと、凛々しくて、背の高いカッコイイ女の人、って感じかな?
そんなわけで、見事に懐かれました。
ボクの方はボクの方で、女の子になっちゃったけど、以前通りに接してくれて嬉しかったかなぁ。
これでもし、態度を変えられたら困ったよ。
ただ、妙に翔太君たちが顔を赤くしていたのは気になったけど。
なんだったんだろう?
家に帰ると、何やら醤油を切らしてしまったらしく、ボクがちょっと買いに行くことになった。
まあ、これくらいお安い御用。
おじいちゃんとおばあちゃんが、暗い時間に女の子のボクが行くのは危ない、って心配してきたけど、いざとなったら逃げるよ、というと、渋々ながら了承してくれた。
まあ、逃げるまでもなく撃退可能なんだけど。
というわけで、醤油を買いに商店街に行くと、
『お、依桜坊かい?』
と、ふと声をかけられた。
声の主を探すと、どうやら、肉屋さんのおじさんからだった。
『へぇ、ほんとに女になっちまったんだなぁ』
「あれ? ボクってわかるんですか?」
『おう。翔太たちから聞いてな。なんでも、『依桜おねーちゃんが女の人になっちゃった!』なんて言うもんだからよ、まさかとは思ったんだが……その髪色に、目の色は間違いなく、依桜坊だな』
「一年に二回しか会ってないのに、すごいですね」
『はっはっは! ま、翔太たちから聞いてなかったら、兄妹か何かだと思ったがな』
「まあ、普通は女の子になった、なんて突拍子のない話は信じられませんからね」
むしろ、すんなり信じるのもなかなかにすごいと思うけど。
『一応、他の奴らにも話はいってるみたいなんで、全員知っているから安心して、買い物して行ってくれや』
「ありがとうございます」
『おう』
最後に、軽く会釈をしてから、ボクは雑貨屋さんへ向かった。
「すみませーん」
雑貨屋さんに行くと、店頭には誰もいなかったので声をかける。
『はいはいはい。いらっしゃい……って、おや、もしかして、依桜君かい?』
声をかけると、お店の奥からおばあさんが出てきた。
「そうです。えと、一応話はいってるって聞いたんですけど……」
『えぇえぇ、聞いてるよ。なんでも、女になったって話だそうじゃないか』
「まあ、色々とあって……」
『世の中不思議こと多いんだなぁ……。随分、可愛らしくなっちゃってまぁ』
「あ、あはは……」
『さて、何を買いに来たのかね?』
「えっと、醤油を」
『じゃあ、300円だ』
財布から300円を取り出すと、おばあさんに手渡す。
『300円ちょうどね。ほい、醬油』
「ありがとうございます。それでは」
『おー、ありがとうなぁ』
「いえいえ」
買うべきものを買ったので、ボクは家に戻っていった。
それにしても、翔太君たちがボクのことを言っていたなんて。
まあでも、自分から言うことがなくなって、ちょっと楽だったかな。
やっぱり、信じてもらいにくいからね……。
でも、まさかすんなり信じてもらえるとは思わなかったけど。
都合がいいというかなんというか……まあ、別にいいんだけど。
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