第387話 職業体験最終日
職業体験最終日。
誘拐騒ぎがあったけど、なんとか大事になる前に回避できた。
おかげで、澄咲さんは無事。だけど、あの件が原因なのか、男の人に対する恐怖心が芽生えてしまったらしく、びくっとしてしまう時が増えた。
もともとあまり得意じゃなかった、というのもあるのかも。
本当に、碌なことをしないよ。
……うーん、師匠がいれば、その部分を消してもらうんだけど……多分、それでも効果はなさそうなんだよね。
記憶はなくても、心の方は覚えているから。
仮に消したとしても、男の人に対する恐怖心は消えないんじゃないかなぁ。
まあ、昨日の件で女の子たちが澄咲さんを心配してか、よく話しかけてるみたいだし、澄咲さんもその時は笑顔だから大丈夫そうだよね。
あとは、自然に治していくしかないかな。
荒療治は逆効果になるし、下手にやると余計に傷を深くしかねないからね。こういうのは、自然に治すのが一番です。
……もっとも、誘拐という経験である以上、傷は深いと思うけど。
……そう考えると、ニアたちってすごいんじゃないかな。
あの歳であの境遇ということを考えると、人間不信とか、何らかの障害を持ってしまっても不思議じゃない。
なのに、みんな元気に過ごしているところを考えると、普通にすごいと思う。
なんでだろう?
「みなさん、男女先生がみんなの先生をしてくれるのが、今日で最後となりました。ですので、最後もしっかり授業を受けるんですよ」
『『『はーい!』』』
「男女先生から何かありますか?」
「そうですね……あ、一つだけ」
「では、どうぞ」
「はい。実は先生、一週間みんながボクの授業を真面目に受けてくれたことに感謝していてね。なので……ご褒美を持ってきました!」
『ごほうび!?』
『なになに!?』
『教えてー!』
ボクがご褒美と言うと、子供たちがみんな色めき立った。
小学生って、ご褒美って言葉に弱いよね。
「あはは、まだ早いよ。だって先生は今、一週間って言ったんだよ? だから、今日も頑張ったら、ご褒美を上げるっていうことだからね。なので、今日も一日、真面目に楽しく授業を受けてくれると嬉しいな」
『『『はーい!』』』
「うん、いい返事です。じゃあ、先生はちょっと授業の準備をしてくるから、休み時間にしてね」
そう言うと、ボクは教室を出て行きました。
最終日、とは言ったけど、実際は一日目~四日目と大差ないです。
普通に授業をして、普通にみんなと楽しく接する。
子供って無邪気だからいいよね。普段の疲れとかなくなりそうだよ。
給食を食べて、昼休みにはみんなと遊んで、五、六時間目の授業をする。
そうして、気が付けば五時間目が終了していて、六時間目になってしまった。。
楽しい時間が終わるのって、本当に早い。
少なくとも、この一週間はすごく楽しかった。
最後の一時間も、精一杯やらないとね!
「みんな、お待たせ――」
と、ドアを開けて中に入った瞬間、
パンッ! という音がいくつも鳴り響き、紙吹雪が舞った。
「ふぇ?」
一瞬思考が停止したものの、何とかこの紙吹雪がクラッカーによるものだとわかった。
だけど、どうして? という思考に行ってしまい、上手く理解できない。
そんな、色々と置き去りにされているボクに、こんな声がかけられた。
『『『依桜せんせー、一週間ありがとうございました!』』』
「え、あ、えと……こ、これは……」
「みんな、依桜せんせーのために用意してくれたみたいですよ」
「柊先生……」
「ともあれ、中へどうぞ」
「は、はい」
『依桜せんせーはね、あそこの席だよー』
「あ、うん。ありがとう」
一人の子に案内されて、ボクは真ん中の席に座らされる。
なんと言うか、お誕生日席なんだけど……。
ちょっと恥ずかしいね、これ。
なんとなしに、周囲を見渡してみると、並べられた机の上には何やら飲み物とお菓子が乗せられていた。
「あれ? この学校ってお菓子とかジュースを持ってきてもいいんですか?」
「日常的にはダメですよ、もちろん」
「じゃあ、どうして?」
「みんな、男女先生に感謝しているんですよ。だから、せめてお別れ会をしたい、ってなりまして。それで、今日は特別に許可をもらって、六時間目を使ってパーティーをと」
「ボクなんかのために?」
「なんか、じゃないですよ。みんな、男女先生だからこうしてパーティーを開いてくれてるんですよ。なので、是非楽しんで行ってあげてください」
「はい……!」
なんだか、すごく嬉しいよ。
そんなわけで始まったパーティーは、本当に楽しい時間でした。
みんながボクに歌を歌ってくれたり、感謝の言葉を言ってくれたり、あとは簡単な劇をやってくれたりとかね。
正直、いつ練習とか準備をしたんだろう? って気になった。
でも、そこを気にするのは無粋だと思ったので、考えないことにしました。
そうして、パーティーも進んでいくと、クラスの学級委員の子が立ち上がり、何かの紙を持って立ちあがる。
『依桜せんせーにお手紙を書きました! ちょっとだけ読みます!』
お、お手紙?
ど、どうしよう、すごく嬉しいんだけど……。
一体、どんなことが書かれてるんだろう?
『依桜せんせーへ。依桜せんせー、一週間ありがとうございました。せんせーのおかげで、わからないところがわかるようになったり、わからなくてもわかりやすく教えてくれたので、授業がとっても楽しくなりました。それに、せんせーはとっても優しくて、とっても綺麗で、一週間いられるだけでも嬉しかったです。高校に戻っても、頑張ってください』
……どうしよう、最初の方はともかく、最後はすごく恥ずかしい。
綺麗って……。
『クラスみんなの分があるんですけど、みんなのを読み上げる時間がないので、まとめてせんせーに渡します』
そう言うと、学級委員の子がボクの所に来て、紐で閉じられた紙束をボクに手渡してきた。
「わぁ……ありがとう、みんな! とっても嬉しいよ!」
まさか、こんなことがあるなんて……。
嬉しすぎて、思わず泣いちゃいそうです、ボク。
『それから、これもどうぞ!』
と言うと、今度は別の子が立ち上がり、花束と色紙を持ってきて、ボクに手渡してきた。
「花束に色紙まで……本当に、本当にありがとう! 先生、一生大事にするね!」
これ以上ないプレゼントだよ。
むしろ、これ以上のプレゼントってあるの? いや、ないと思います。
正直なところ、これが貰えただけでも、この職業体験をしてよかったと思えて来ます。
『最後に、柊先生からのお話です。よろしくお願いします!』
「はい。男女先生、一週間お疲れさまでした。最後の日なので思いっきりぶっちゃけますね」
え、ぶっちゃけるの?
柊先生、すごく真面目な先生だと思うんだけど……。
「では、ぶっちゃけます。男女先生がどこのクラスを担当するか、ということを決めた方法って、実は……くじ引きだったりします」
「え!?」
くじ引き!? なんで、くじ引き!?
普通、こう言うのって真面目に決めるような場面じゃないの!? なんで、運に任せた方法でやってるの!?
「理由はと言うと、職業体験でこの学校に白銀の女神が来る、という情報が校長先生からもたらされて、希望を募ったところ、全クラスの担任の先生が挙手をするという事態に発展。さすがに、全部は無理ということで、公平にくじ引きで決めました。その結果、このクラスになった、というわけです」
「え、ええぇぇぇ……」
そんな理由で、ボクの担当クラスを決めてたの……?
小学校として、それはどうなんだろうか。
「その裏で、くじを当てることができなかった先生方……主に、男性の先生方がとてつもなくがっかりしていました」
……あ、だから職員室に行った時、雰囲気がちょっと暗かったんだ。
な、なるほど……理解。
「でも、どうしてボクでそこまで?」
「ほら、男女先生はかなり有名人ですから。テレビでもちょくちょく出ていて、それを見る限りでも、かなりの美人さんでしたから。男性の先生としては一緒に仕事をしてみたかったんじゃないでしょうか」
「そう、なんですか? ボクなんかと一緒に仕事をしても、そんなに楽しくないと思うんですけど……」
「……もしかして、男女先生って、鈍感?」
「ど、鈍感じゃないですよ? た、たしかにみんなには鈍感って言われますけど、ボクは全然鋭いですよ! 視線とか、気配とか!」
「…………なるほど、鈍感な上に、天然、と」
……どうしてみんな、ボクのことを鈍感とか、天然とか言うんだろう。
ボク、鈍感じゃないよね? 天然じゃないよね?
「ぶっちゃけるのはここまでにして、話を戻しましょう。男女先生が初めて授業をした時、正直、負けたと思いました。まさか、初めてであんなにも上手く授業ができるとは思っていなかったものですから。それに、基本的にどの科目も上手くできていましたし、すごいと思いました。それに、子供たちからも慕われていましたし、そこは才能なのかなと」
才能……ボクって、そう言う才能でもあるの?
それはそれで、嬉しいけど……。
「時々、男女先生も困惑したりしてはいましたが、それでも私が軽くフォローすればすぐに修正していました。頭が柔軟なのでしょう。きっと、今後もそれは役立つと思うので、是非それを忘れないでくださいね」
柔軟なのは、単純に師匠の影響だけど、たしかにこの能力は役に立つ面が多いよね。
ボクも、結構ありがたいし。
「それから、男女先生は生徒一人一人に真摯になって接してくれていて、私としてもすごくありがたかったです。苦手なことでも、頑張ってチャレンジするようになりましたし、苦手なものを克服したりと、本当にいいことづくめでした。男女先生、本当に一週間ありがとうございました。もし、小学校の先生になりたいと思った時は、是非この学校にいらしてくださいね?」
ふふっ、と冗談めかして笑う柊先生に、思わず僕も苦笑い。
こう言う冗談も言うんだ。
『最後に、依桜せんせー、お願いします』
あ、ボクも言うんだ。
……まあ、だよね。
ボクだって、このクラスに一週間いたんだし、何か言わないとね。
「えーっと、改めて。みなさん、一週間ありがとうございました。職業体験で来たものの、正直、やる前はすごく緊張していましたし、出来るかどうか不安でした。『舐められないかな?』とか『ボイコットされないかな?』とか『もしかしたら嫌われるかも』なんて思いもしました。ですが、みなさんはとっても優しい子たちばかりで、ボクはすごく安心しました。授業も真面目に受けてくれたし、苦手を克服する姿勢も見せました。それは将来、大人になった時に必ずみなさんの力になります。今の内に、できないことを出来るようにしておいた方が、未来の幅は広がりますよ。あとは……あはは、先生、みんなから色紙とかもらったのが嬉しくて、なかなか言葉が出てこないですね」
思わず苦笑いをする。
多分、言いたいことはいっぱいあるんだと思うけど、さっきのが嬉しくて全然言葉が出てこない。
うーん……じゃあ、あれを言おうかな。
「じゃあ、ボクからのお願いというか、守ってほしいことを言うね。もちろん、絶対じゃないから。まず一つ、困っている人がいたら助けられる人間になること。二つ、嫌なことでも率先してやること。三つ、他の人を思いやれる人になること。四つ、もし辛くなったら、誰かに相談すること。それでも相談する人がいなかったら、ボクを呼んでね。大急ぎで来るから。……そして最後に五つ、どんなことがあっても絶対に諦めないで、前へ前へと進むこと。以上の五個かな。守れる?」
『守れるよ!』
『せんせーの言うことは正しいもん!』
『依桜せんせーみたいになりたいから、守る!』
「あはは。あんまり、ボクは参考にならないよ。もしなりたいって言うのなら、みんなが普段から一緒にいる柊先生や、それ以外にもかかわりのある他の先生方を参考にした方がいいかな。じゃあ、ボクからは以上! みなさん、一週間、本当にありがとうございました!」
笑顔で軽くお辞儀をすると、みんなから拍手が上がった。
そして、椅子に座ってふと思い出した。
あ、忘れてた。
「そう言えば、みんなにご褒美を渡すのを忘れてたね」
『ご褒美!』
『何をくれるの!?』
「本当はね、今のみんなに合わせたおもちゃだとか、ゲームだとかの方が喜ぶのかもしれないけど、さすがにそれをやるわけにはいかないので……ボクがケーキを作ってきました!」
『『『おおー!』』』
ボクがケーキを作って来たということを告げると、みんな揃って嬉しそうな声を上げた。
『でもせんせー、ケーキなんてどこにも見当たらないよー?』
「大丈夫。ちゃんとあるから。じゃあ、早速出すね。みんな、このカバンを見ててね。1、2……3!」
三つ数えて、カバンに入れた手を引き出すと、その手にはケーキが入った箱がいくつか出てきた。
『すっごーい!』
『せんせー、今のどうやったの!? どうやったの!?』
『もう一回見せて!』
「だーめ。これはね、とっておきの魔法なの。さすがに何回も見せられないんだよ、魔法って」
やんわりと断ると、みんなはちょっと残念そうな感じになった。
さすがに、何度も見せてると時間がないからね……。
「あと、さすがにもう時間もないので、それぞれ家に持ち帰って食べてね。あ、間違っても他のクラスの子たちに自慢しちゃだめだよ? 喧嘩になっちゃうかもしれないからね。いいかな?」
『『『はーい!』』』
「うん、いい返事です。じゃあ、これで終わり、でいいのかな?」
『はい! じゃあ、お別れ会を終わりにします! ありがとうございました!』
『『『ありがとうございました!』』』
そんなこんなで、最終日は終わりました。
パーティーが終わった後は、職員室に行ってお礼をして回った。
何をしたかと言えば、先生方用のケーキを持って行きました。
みなさん喜んでいたので、ほっとしたよ。
そして、最後に軽く挨拶をして、ボクの職業体験は終了となりました。
とっても楽しくて、いい経験になったよ。
将来、小学校の先生をやるのもいいかも。
ボクの中で将来の可能性が一つ増えた一週間になりました。
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