1-4.5章 依桜たちの(非)日常3

第139話 甘えん坊依桜ちゃん

『依桜~、起きなさーい!』


 振替休日を二日挟んだ水曜日。

 縮んだ体は、体育祭の翌日には元に戻っていた。

 そして、二日間ゆっくり休み、今日は普通に登校。

 その日は、いつも通りの日になる……と思っていたんだけど……。


「う、うぅ……けほっ、けほっ……。お、おきない、と……」


 朝起きたら、すごく体がだるくて、喉も痛く、さらには頭痛もしていた。

 それに、妙に寒気もする。


 頑張って体を起こして、リビングへ行こうとする。


 うぅ、体がずっしりと、重く感じるよぉ……。

 歩くことに、辛さを感じつつも、ふらふらとした足取りで、何とかリビングへ。


「お、おはよう……けほっ」

「あらあら、どうしたの、依桜!? 顔真っ赤よ!」


 ボクがリビングに来ると、ボクを見るなり、母さんが慌てて近寄ってくる。


「だ、大丈夫……」

「大丈夫って……すごい熱よ!?」


 ぴたりと、母さんが手をボクの額に当ててくる。

 あ、ひんやりして気持ちいい……。


「が、学園、に行かない、と……」

「ダメよ! 今日は休みなさい!」

「で、でも……」

「でもじゃないわよ。いいから、自分の部屋で寝てなさい。学園の方には私の方から連絡しておくから」

「わ、わかった……」


 母さんに言われて、多少きつくても、部屋に戻って寝ることに。

 休みたくなかったんだけどな……。



「はぁ……はぁ……」


 うぅ、頭痛い……喉痛い……体もだるい……。

 向こうで鍛えられてたから、病気になりにくいと思っていたけど……まさか、風邪を引くなんて……。


「依桜、悪いんだけど、今日お父さんとお母さん、帰ってこられないのよ」

「そ、そうな、の……?」

「それに、ミオさんも、所用があるって言って、帰ってくるのは明日って言ってたし……」

「そう、なんだ……」


 じゃ、じゃあ、今日はボク一人……?

 ど、どうしよう……不安になってきたぁ……。


「本当は、一緒にいてあげたいのだけど、どうしても外せなくて……ごめんね」

「い、いいよ……。大事な用事なら……」

「だから、代わりに未果ちゃんたちに夜ご飯とかを頼んでおくわね」

「うん……ありがとう、母さん……」

「おかゆとスポーツドリンクを置いておくから、食べたくなったり、飲みたくなったりしたら、食べててね?」

「うん……」

「お昼も、そこに置いておくから、お腹すいたら食べてね」

「ありがとう……」

「それじゃあ、行ってくるわね」

「うん、行ってらっしゃい……」


 申し訳なさそうな表情の母さんを見送ったのを最後に、ボクの意識は暗転した。



「あー、今日は男女が風邪で休みだそうだ。まあ、あいつはかなり頑張ってたからな。しゃーない。お前らも、体調には気を付けろよー」


 戸隠先生が最後に注意を言うと、気怠そうに教室を出て行った。

 先生がいなくなると、クラスは騒がしくなる。


『畜生、男女を見ることが生きがいだったってのに……』

『だよなぁ……。マジで、目の保養になるもんな……』

『あー、やる気が出ねー……』

『依桜ちゃん、大丈夫かな』

『あぁ、学園の清涼剤がいないのはショックぅ……』

『ピュアな依桜ちゃんを見て、日々の疲れを癒していたのに……』


 依桜がいないだけで、この状況。

 影響力でかいわね、依桜。

 たった一人いないだけで、ここまでやる気がなくなるクラスもすごいわね。我が幼馴染ながら、末恐ろしいわ。


「しっかし、依桜が風邪引くとはな。びっくりだぜ」

「まあ、銃弾は弾く、攻撃は全部躱す、身体能力は異常、と言う体で、風邪なんて引かないと思っていたんだが……」

「疲れてたんでしょ。考えてみれば、女の子になってからの依桜って、心労が絶えない状況だったからね。そりゃ、風邪の一つ引いても不思議じゃないわ」


 おそらく、知らない間に疲れやら何やらが蓄積されて、体育祭のあれこれが止めになったんでしょうね。

 あの時の依桜は、かなりとんでもないことになってもの。


 それに、スライムプールとか、確実に風邪引くでしょう、あれ。暖かかったとはいえ、外だし、十一月後半だったもの。

 ……そう言えば、体育祭が終わった次の日、風邪を引いた人がそれなりに出た、って話を聞いたわね。

 もしかすると、障害物競走に出ていた人たちかもね。


「それで、依桜君は大丈夫なの?」

「そのことなんだけど、さっき桜子さんから連絡があってね。どうも、桜子さんと源次さんの二人と、ミオ先生の三人は、用事があって明日まで帰ってこれないらしくてね。代わりに看病してほしい、って連絡が来たわ」

「そうか。タイミングが悪いな……。で、未果だけで大丈夫か?」

「そうね……みんなで行っても迷惑になりそうよね……正直、私と女委で行こうか、とも考えたんだけど……」

「むふふー。病気の依桜君……衰弱している依桜君……甘えん坊依桜君……イイッ!」

「……この調子よ。だからまあ、ストッパーと言う意味で、晶に来てもらいたいんだけど、いいかしら?」

「まあ、今日はバイトもないし、構わないぞ」

「じゃあ、オレは?」

「態徒も、女委と似たようなものだから却下。病気の依桜に、変態二人を連れて行けるわけないじゃない」


 絶対、汗かいただろ? 拭いてやるよ! みたいなことを言うだろうからね。特に、態徒が。いや、女委も言うと思うけど。

 そう言っている姿が、容易に想像できる時点でアウトでしょ。


「そこを何とか! オレだって、心配なんだよ」

「……本音を言うと、あんまり大勢で行っても迷惑になりそうでね。依桜のことだから、迷惑と言うより、申し訳なさそうにしそうだけど」

「たしかに! 依桜君、あんまり甘えないからねぇ。もしかすると、病気になってるときは甘えん坊になってそうだよね」

「人って、風邪を引いたりすると、弱気になるからな。依桜も例外じゃないだろう。むしろ、普段その辺りが強い人ほど、そうなりそうだが」


 依桜ね。何せ、頑張らないと! みたいな気持ちがちょくちょく出てたもの。

 それにしても、甘えん坊の依桜、か……ちょっと見てみたいわね。


「まあ、依桜がどうなるかは置いといて。行くにしても、さすがに四人は多いでしょ? それに、私と晶の場合は、過去に何度も行ってるしね。勝手も知ってるのよ」

「……それもそうか。じゃあ、やめとくわ」

「むー、行きたかったけど、邪魔をするのも悪いかぁ。まあ、今回は諦めるよ」

「ありがと。じゃあ、晶、必要なものを書いたメモを渡しておくから、用意してきて。お金の方は、あとで桜子さんからもらえるらしいから気にしないで」

「了解。別に、お金は返してもらわなくてもいいんだがな」


 私もそう思ったけど、桜子さん、ぐいぐい来るからね。

 それに、受け取らないと、ちょっと面倒だし。あの人、言い方は悪いけど……しつこい、というか。別に悪い意味じゃないんだけど。


 依桜には色々助けられてるから、そのお礼、って意味でも、お金は別に返してもらわなくてもいいんだけどね……。


「じゃあ、今日は帰って、着替えてから駅前集合にしましょうか」

「ああ。必要なものは、帰り際に買って行くよ」

「ありがと」


 駅前集合にしたのは、単純に待ち合わせがしやすい場所だったから。

 幼馴染、と言う割には、結構住んでる場所がバラバラ。

 マンガやライトノベルみたいに、家が近所、なんてことはなかったもの。世の中、そううまくはできてないってことね。


「おらー、席に着け―。授業始めるぞー」


 ここで、戸隠先生が入ってきて、朝は解散となった。

 依桜、大丈夫かしら?



 今日のうちのクラスは、すさまじいほどに、酷い有様だった。


 たしかに、依桜がいないのは少し寂しいものがあるが、クラスメートほどじゃない。


 いや、はっきり言って、クラスメートの方は、何と言うか……死屍累々、ってところだろうか?


 まず、一日を落として、空気が重かった。


 気分が沈みすぎて、国語の授業の時とか、先生が朗読をさせる際、当たった人が、ものすごく暗いテンションで読んだせいで、まるで念仏を唱えているようだった。


 それ以外にも、先生が説明をしているというのに、ほとんどの人が聞いていないようだった。板書は取っていたが。


 いや、そもそも、先生たちも微妙に気分が沈んでいたような気がする。


 以前、未果が言っていたが、どうにも教師側にもファンクラブに入っている人が多いとか何とか。おそらく、男の教師は全員入っているのでは? とまで言っていた。


 そこまで来ると、依桜の影響力は計り知れないな。


 たった三ヶ月程度で、学園一の有名人になるどころか、学園一の人気者になってるんだ、すごい奴だ。


 ……本人は、それを認めていないがな。というより、認知していない、の方が正しいか。


 そんな状況だったためか、まるでお通夜ムードだった。


 男子だけでなく、女子も、となるのだから、本当に笑えない。

 いつも通りだったのは、俺たちくらいだろう。


 多少の寂しさはあっても、俺たちは普段一緒に行動しているからな。


 それに、男の時の依桜からの、長い付き合いだった、というのもあるか。


 未果は幼稚園。俺が小学校。態徒と女委は、中学生だからな。


 依桜の交友関係は、割と広い方だと思うが、大体俺たちと過ごしてい時が多い。他にも友達はいるのにもかかわらず、だ。


 今の依桜なら、誰とでも友達になれるどころか、友達になりたいと思うやつは、星の数ほどいそうだ。


 まあ、クラスの話はいいとしてだ。


 昼休み、他クラスからうちのクラスにきて、昼食を食べている人も多い。と言うのも、友達と一緒に食べる、という理由があるからだ。


 そうして、いつも通りに友達を昼食を食べようと、こっちに来たとき、依桜が欠席していると聞いて、膝から崩れ落ちていく人が続出した。


 ……ここまでくると、怖いな。


 この学園には、容姿が整っている人が多い。


 だが、その中でも依桜は突出している。


 しかも、性格もよく、かなり家庭的。最近、なぜかお菓子作りをしているらしく、たまに作ったものを持ってくるようになった。


 ……精神面の女子化が進んでいるのは、もう間違いないだろう。


 まあ、以前、五人で話している時に、ここのグループは容姿が整ってる、なんて話をしていたが、間違いではない。


 態徒は色々といじられてはいたが、別に、あいつも悪いわけではない。どちらかと言えば、普通にいい方だ。性格も、変態な部分を除けば友達想いだしな。


 俺は……ある程度の自負はある。だが、そこまでかっこいいとは思っていない。まあ、周囲の評価よりも低めで考えているくらいだ。


 未果と女委も、なんだかんだでモテるし、未だに告白されている時があるらしい。


 ……女委の方は、最近、別の方面で人気になりつつあるが。


 依桜の方は、本人が知らなかっただけで、男の時からモテていたしな。……男女両方に、だが。


 元々、可愛さ、と言う意味での素質はあったんだよな……。

 事実、中学生の時の文化祭で、女装させられてたしな。

 ……今の依桜は、それをさらに可愛くしたような状態だ。

 女装をしていた時の時点で、アイドルや芸能人以上の姿だったからな、あれ。

 おかげで、しばらく依桜がストーカーに遭いまくっていたが。


 そんな存在が、本当に女子になったのなら、有名になるのもわかるし、人気になるのもわかる。


 わかるんだが……さすがに、今日の状況はすごすぎる。


 何と言うか、推しのアイドルが結婚した時のファンの姿、に近いものがある気がする。いや、実際知らないが。


 ふと思うんだが、依桜が芸能人になった場合、どうなるんだろうな?


 気になりはするが……あまり会えなくなりそうだな。


 何と言うか、仕事がひっきりなしに入って、多忙な生活を送っている姿が目に浮かぶ。

 ファッション誌やドラマでちょっと出演しただけで、メディアが大騒ぎするレベルだからな。

 恐ろしい奴だ。


「お待たせ。行きましょうか」

「ああ」


 一度帰宅し、必要なものを揃えてから、駅前で一人、今日のことを考えていると、未果がやって来た。


 というわけで、俺たちは依桜の家へ向かった。



「で、上がるにしてもどうやって家に入るんだ?」


 依桜の家の前に到着し、未果に尋ねる。

 いくら依桜が人外的な身体能力を持っているとはいえ、今は衰弱している。

 そんな状態で、インターフォンを鳴らすわけにもいかない。


「ポストに鍵を入れておく、って言われたわ。だから多分……あ、あった」


 ポストを開けて中のカギを取る未果。


「じゃ、入りましょうか」

「ああ」


 鍵を開けて、俺たちは家の中に入っていった。



「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」


 家の中に入ると、シーンと静まり返っていた。

 まずは、荷物をリビングに置きに行く。

 未果のスマホに、メールで、


『家は好きに使ってね! もし、お泊りなるようだったら、布団を使っていいから!』


 と送られてきた、と言うのを移動中に聞いた。

 通りで、自分の着替えを持ってきて、と言われたわけだ。


「さて、依桜のことだから、リビングにいるかも、なんて思ったけど……どうやらいないみたいね。ならやっぱり、寝てるのかしらね」

「だろうな。そうなると、今回は割と酷いのかもな」

「ま、いいわ。とりあえず、タオルと氷水を入れた桶を持ってくわよ」

「ああ。未果はどうするんだ?」

「夜ご飯の下準備よ。私、学園祭以降から、ある程度するようにしたの」

「そうなのか。俺は、バイトで軽くやるだけだな」


 俺が働いているバイト先は、どういうわけか、料理は手作りだ。一応言うが、ファミレスだぞ?


 ファミレスで出される料理は、揚げ物だったら、冷凍のものを揚げるだけだし、サラダも野菜を盛って、ドレッシングをかけるだけ。ハンバーグとかは、下準備してある物を焼いて、オーブンで数分やって出す、ってのが多いな。パスタとか、炒め物系の物は、下準備を済ませたものを焼くだけ、みたいな感じなんだが……。

 どういうわけか、うちにはそう言ったものはなくてな。大体、手作りだ。

 おかげで時間が食うよ。

 と言っても、俺は基本ホールだから、キッチンは滅多にやらないんだがな。


 っと、そんなことはどうでもいいか。


 未果が持ってきた桶(すごいな)に、氷水を入れて、その中にタオルを浸す。

 それを持って、依桜の部屋に。


「依桜、入るぞ」

「すぅ……すぅ……」

「おっと、寝ていたか」


 依桜の部屋に入ると、部屋の主さんは熟睡していた。

 だが、顔は真っ赤だし、汗も酷い。

 嫌な夢でも見ているのか、苦しそうな表情だ。


 飲み物は……減っているな。ちょくちょく飲んでいたんだな。

 それに、空になった器が二つあるってことは、一応は朝食と昼食を食べた、ってことか。

 で、力尽きて寝た、と。


「さて、とりあえずタオルだな」


 近くに行き、桶を床におく。

 桶の中に入っているタオルを取り出し、水を絞ってから額に乗せると、


「ん、んんぅ……」


 苦しそうだった表情が穏やかなものに変わった。


「ん、これでよし」


 さて、一旦未果のところに、と思って立ち上がろうとした時のこと。


「……これじゃ、動けないな」


 知らず知らずのうちに、依桜の手が俺の服を掴んでいた。

 立ち上がりかけていたが、それを見て床に座ることにした。


 ……正直、可愛いなと思った。



「下準備終わり、っと。そう言えば、晶遅いわね。タオルを持って行って乗せるだけなのに」


 下準備をしている間に戻ってくると思ったのだけど、晶は戻ってこなかった。


「……まさか、よからぬことを……?」


 なんて、一瞬考えたけど、晶ならそれはないわね。

 態徒や女委ならまだしも、晶だもの。ちゃんと、良識はあるわ。


「なら、何かあったのね」


 とりあえず、様子を見に行こうと思って、私も依桜の部屋へ。


「晶―? 何をしてるの?」

「……ああ、未果か。実はちょっと、困ったことになっててな」


 依桜の部屋に入ると、困り笑いを浮かべた晶がいた。


 依桜が寝ているベッドに背を向けている。よく見ると、横向けに寝ている依桜が、晶の右腕をそっと掴んでいた。


 額に置いてあったであろうタオルは、額ではなく、首に置かれていたけど。

 なぜに、首? いや、わかるけど。

 って、よく見たら、胸がちょっと見えてるわね。

 ……やっぱり、でかいわね。


「見ての通り、依桜が、な。そこまで力は入っていないんだが、振りほどくのも忍びなくて」

「……まあ、わかるわ」


 晶の言う通り、今の状態の依桜に、それをやるのは可哀そうだわ。


 だって、すっごい穏やかな顔してるんだもの、依桜。

 しかも……あの、天使のような寝顔よ!


 うっわ、可愛いぃぃ……。


 本当にまつ毛長いわね。唇も桜色で柔らかそうだし……くっ、途中から女の子になった依桜に負けるのって、考えてみたら、すごく悲しいような……?


 ま、まあ、なぜか敗北感とかないんだけど。


 あ、せっかくだし、この画を一枚、保存しておきましょう。

 私はポケットからスマホを取り出し、依桜の寝顔をパシャリ。


「待ち受けにしましょう」

「……気持ちはわからないでもないが、止めておけ。バレた時が怖いぞ」

「それもそうね。仕方ない。LINNの背景画像でとどめておくわ」

「……それもどうかと思うが」


 別に、幼馴染の寝顔を背景画像にするくらいいいじゃない。

 それに、それならあんまり見られる可能性も低いしね!


「ん、んぅ……はれ……?」


 と、晶と話していると、依桜が目を覚まして、少しだけ起き上がってきた。


「おはよう、依桜。気分はどう?」

「未果……? それに、えっと……晶?」

「ああ、そうだぞ」

「えへへ、二人がいるぅ……」


 ……え、なにこの反応。

 可愛すぎなんですが。え? ほんとに?


「ボク、一人きりで、寂しくて……だから、二人がいてくれて、嬉しいなぁ」

「……そ、そうか」

「けほっ、けほっ……」

「ああ、ほら、咳き込んでるじゃない。いいから寝てなさい。晶、そろそろ夜ご飯の支度するから、ちょっと手伝ってくれないかしら?」

「わかった」


 と、晶に夜ご飯の手伝いを頼み、了承してくれた。

 そのまま、晶が立ち上がって移動しようとした頃で、


「ふ、二人とも、い、行っちゃうの……?」


 潤んだ瞳+悲しそうな表情でそんなこと言ってきた。

 これには、さすがの晶にもクリティカルヒット!

 当然、私も!

 そしてさらに、


「ひ、一人にしないでぇ……寂しいよぉ……」


 こんなことも言ってきた。


((何、この可愛い生き物……))

「くっ、普段の依桜からは想像できないセリフっ……。し、仕方ない。晶、やっぱり、一緒にいてあげて」

「わ、わかった。……正直、俺もこんな顔されて、さっきのを言われると、行く気になれない」


 晶でもそう思わせられるって……やっぱり、素質なのかしらね。


 ほ、本当は私が残りたかったけど、栄養のあるものを食べてもらわないといけないし、何より……私が褒められたい!

 やっぱり、美味しいって言ってもらいたいからね。


 くっ、予め作っておけばよかったっ……。


「ありがとぉ、晶ぁ」


 な、なんて純粋な笑顔! 晶も思わず赤面しちゃってるし!

 私も、あんな顔を向けられたいものね。


「じゃ、じゃあ、私はご飯作ってきちゃうわね」

「ああ、行ってらっしゃい」

「いってらっしゃ~い」


 ……依桜って、病気になると、あんなに甘えん坊になるのね。



「できたわよ~」


 出来上がった雑炊を持って、依桜の部屋に戻ってくる。


「あ、おかえりなさ~い」

「やっと来たか。……悪いんだが、一旦俺は下に行っていていいか?」

「ええ、いいわよ」

「すまないな。それじゃ、下に行ってるぞ」

「ええ」


 少しだけ疲れたような顔で、晶が部屋を出て行った。


「さて、と。依桜、ご飯は食べられる?」

「うん。お腹空いた……」


 きゅるるる~~~……。


 ……お腹の音まで可愛って……ほんと、どうなってんのよ、この娘。

 それにしても、まだ顔は赤いみたいだけど、食欲はあるみたいね。

 ならよかった。


 土鍋からお椀に移して、スプーンと一緒に手渡す。


「……食べさせてぇ」


 ……やばい。甘えん坊依桜が可愛すぎるっ……!


「だめ……?」


 私が固まっていたからか、依桜が上目遣い+潤んだ瞳で訊いてきた。


 ああああああああ! 可愛い! 可愛すぎるぅぅ!


 理性がやばい! 抱きしめたい! すっごく抱きしめたい!

 って、ダメダメ! 依桜が泣きそうになってる!


「もちろんいいわよ!」

「やった!」


 うっわぁ、この姿は、あまり他人には見せられないわね。

 ん、んんっ! 気を取り直して、雑炊をスプーンで掬い、依桜の口元へ。


「……ふーふー、して?」


 ……この娘、私を萌え死にさせる気?

 あらぶりそうな感情を抑えて、要望通りに冷まし、再び依桜の口元へ。


「はい、あーん」

「あーん……もぐもぐ……美味しい」


 笑顔で美味しい、いただきました! どうしよう、依桜のこの反応は素晴らしすぎる! というか、なんでこんなに甘えん坊なの? やばくない? これ、元男なのよ? ……知ってるけど、これを見ちゃうと……本当、信じられないわ。


「もっとぉ……」

「はいはい」


 この後、これがずっと続いた。

 甘えん坊依桜の可愛さに、萌え死にしそうだった。



「すぅ……すぅ……」


 食べ終えると、依桜の目がとろーんとして来て、そう時間もかからずに眠ってしまった。

 ふぅ、危なかった……。


「さて、と。私も下でご飯にしましょ」


 空になった食器を持って、静かーに部屋を出て行った。



「夜ご飯、代わりに完成させておいたぞ」

「あら、ありがとう」


 下に降りると、下準備を終わらせていた料理を、晶が完成させて待っていてくれた。

 なんだかんだで、晶も女子力高くないかしら?

 なんて思いながら、晶と二人で夜ご飯に。


「依桜はどうだった?」

「……最高だったっ」

「そ、そうか。……それで、俺たちはこの後どうするんだ?」

「明日まで帰らないとなると、もし何かあったら嫌だし、泊まっていきましょ」

「……ま、着替えを持ってきて、と言われた時点でわかっていたがな」

「正直、態徒だったら、普通に家に帰してるわよ?」

「それもそうか」


 態徒は変態だからね。何もしないでしょうけど、変態だし……。

 その点、晶は信用できるわ。

 何せ、付き合いも長いし、依桜に対する態度を変えたりしていないからね。

 たまに赤面したりするときはあるけど、それだけで、それ以外の反応はないし。


「それで、どこで寝るか、なんだけど……どこがいい?」

「俺は、客間があったはずだから、そっちで寝るよ。未果は?」

「そうねぇ……依桜のところで寝るのも、正直ありだけど……移ったら、依桜が落ち込むわよね」

「そうだな。その辺りは、気にするしな」

「そうなると、私も客間かしらね」

「そうか。なら、風呂も沸かしておいたし、依桜のタオルを変えたら、入るか。先と後、どっちがいい?」


 ここで訊いてくる辺り、本当にイケメンよね、晶。しかも、お風呂も沸かしてあるって言うのも、ポイント高いわ。

 もし、幼馴染じゃなかったら、ちょっと惚れてたかもね。

 言い方はあれだけど、優良物件だもの、晶。


「晶が先でいいわよ。私は後に入るわ」

「わかった。それなら、タオルの方頼んでいいか?」

「任せて」


 これで、依桜の寝顔がまた見れるわ。

 ふふふ……。



 あの後、依桜のタオルを少し変えてから、リビングに戻る。

 晶はどうやらお風呂に入っているらしく、リビングにいなかったので、出てくるのを待った。

 しばらくして、晶が出てきたので、入れ替わりで私もお風呂へ。

 その後は、客間に布団を敷いて就寝となった。



 夜中。


「……トイレ」


 私は、不意にトイレに行きたくなって目を覚ました。

 十一月の下旬ともなると、さすがに冷えた。

 腕をさすりながらトイレに行き、済ませてから出ると、


『う、うぅ……怖いよぉ……未果ぁ、晶ぁ……どこぉ……?』


 そんな、震えた声が聞こえてきた。


 この声は……依桜?


 声は二階から聞こえてきたので、二階へ。

 声が気になって、二階へ上がると……


「えっと、依桜? 何してるの?」


 廊下でぶるぶる震えながら、座り込んで泣いている依桜がいた。


「み、未果ぁ!」


 私に気づくなり、バッと立ち上がってぎゅぅっ、と抱き着いてきた。


「ど、どうしたのよ?」

「め、目が覚めたら、誰もいなくて……暗くて、寂しくて、怖くて……そ、それで……」

「そうだったの。ごめんね」

「み、未果、一緒に寝て……?」

「もちろんいいわよ」


 依桜のお願いから、一切の間を空けずに即答。

 いや、断る理由はないでしょ?


「ほ、ほんとに……?」

「ほんとほんと。さ、風邪がひどくなるから、寝ましょ」

「うんっ」


 やばい。鼻血出そう。

 依桜を部屋の中に入れて、ベッドに寝かすと、私も一緒に横になる。


「あったかい……」


 たしかに、あったかいわ。

 現在、依桜は私の腕に抱き着いている。


「寝れそう?」

「うん……ねむれ、そ……う……すぅ……すぅ……」


 寝るの速っ!


 速攻で寝たわよ、この娘。

 一瞬で寝る人とか、私初めて見たわ……。


 それにしても、甘えん坊依桜ね……うん。いい。すごくいい。


 可愛さの権化ね、これは。


「ふあぁ……私も、眠くなって、き、た……」


 そこで、私の意識は夢の世界へと落ちて行った。



「ん……ふぁあああ……。起きるか」


 いつもとは違う場所で目を覚ます。

 横を見ると、布団はそのままに、未果の姿だけがなかった。

 朝食でも作っているのかと起き上がり、リビングへ。


「あれ? いないな……依桜のところか?」


 リビングにも、未果の姿はなかった。


 次に思い当たったのは、依桜の部屋だ。

 夜中、未果が移動していたような気がしていたからな。まあ、気がするってだけで本当かどうかはわからなかったが。


 コンコン


 軽くノックをするとも、中からは何の返事もなかった。

 失礼を承知で中に入ると……。


「……あー、これは……」


 未果がいた。


 いや、より正確に言えば、未果と依桜が一緒に寝ていた、が正しいか。

 二人は向き合うようにして眠っている。

 これはまた、態徒と女委が喜びそうな光景だな。


「……さて、俺はどうすればいいんだろうな、これは」


 少し悩む。


 傍から見た俺の立場と言えば、美少女二人が仲良く眠っているところに、ずかずかと侵入している男、ってところか。


 あまりいい印象は抱かないな。


 だが、今日も学園があるからな。ここは、心を鬼にして未果を起こそう。


「未果、起きろ。朝だぞ」

「……今、何時?」

「七時だ。そろそろ、朝食を食べないとだぞ」

「わかった、起きる……ふあぁぁぁ……おはよ、晶」

「ああ、おはよう、未果」


 もぞもぞと起き上がり、挨拶。


「えーっと、依桜の方は……」


 ぴたりと右手を依桜の額に当てる未果。


「うん。熱は引いたわね」

「そうか。なら、俺たちは下に行って朝食にしよう」

「わかったわ。じゃ、行きましょ」


 静かに部屋を抜け出して、俺たちはリビングに行った。



 昨日と同じく、再び調理器具を借りて、簡単な朝食を作る。

 メニューは、トーストに、ベーコンエッグ、サラダ、となるべくバランスを取ったものだ。作ったのは俺だ。

 一応、俺たちのだけでなく、依桜の分も作ってある。


「まさか、平日に泊まることになるとは思わなかったな」

「ま、たまにはこう言うのもいいでしょ。看病がメインだったんだけどね」

「わかってる。……しかし、甘えん坊の依桜は何と言うか……すごかったな」

「そうね。……私、可愛さのあまり萌え死にするかと思ったわ」

「……何があったんだ」


 目を閉じて、にまにまとした笑みを浮かべる未果。

 昨日、何があったのか、気になるところだ。


「……おはよ~」


 ここで、依桜が登場。

 眠そうに、目をこすりながら……って、ぶっ!


「い、依桜、服! 服はだけてる!」

「ふぇぇ? ……きゃあっ!」


 慌てて目を逸らす。

 すると、背後から小さな悲鳴が聞こえてきた。


「ふ、ふふふふふ二人とも!? な、なななな、なんでボクの家に!?」


 ここで、依桜があわあわしながらそう尋ねてきた。

 同時に、衣擦れの音が聞こえたので、それが鳴りやむのを待ってから、俺も依桜の方へ向く。


「風邪を引いていた依桜を看病しにね」

「看病? そう言えば、昨日二人がいたような……って、あ、あれ? そう言えばボク……~~~~~ッ!」


 ここで、依桜は昨日の自分を思い出したのだろう。みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。顔どころか、首も赤い。


「あ、あうあうあうあうあうぅぅ……」


 ぷしゅ~、と頭から湯気が出るほどに赤面させる依桜。

 ……まあ、昨日のような、甘えん坊な姿を、幼馴染に見られればな……そう言う反応にもなる。


「依桜」

「な、なにぃ……?」

「すっっっっごく! 可愛かったわ!」

「ふぇえええええええええええええ……!」


 その日、病み上がりの依桜は、朝から恥ずかしから来る声を上げていた。


 ……ドンマイ、依桜。

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