第140話 回想3 ミオの新生活

 三週間ほど前


 まさか、あたしが異世界転移に巻き込まれるとはな。

 あたしは、見知らぬ世界で一人、彷徨っていた。



 一時間ほど前のこと。


 あたしは、久しぶり仕事をしようと、家を出た。


 向かう先は、ドルマド帝国だ。リーゲル王国の隣にある国で、実力至上主義の国でもある。とはいえ、別に王国と帝国の仲は悪くなく、割りと良好な関係を築いている。


 ……ま、あたしが原因なんだが。


 それはさておき、ここまでは普通だったのだ。


 あたしが道を駆けていると、急に視界が歪んだ。いや、視界と言うより、空間、と言った方が正しいか。

 避けようとしたものの、ぎりぎりのところで間に合わず、あたしはその空間に飲み込まれてしまった。



 そうして、次に目を覚ますと、まったくもって、見知らぬ場所にいた、というわけだ。


 さすがに、こうも知識のない場所に出ると、困るもので、適当な通行人を捕まえて、話を聞くことにしたのだが……


『――――! ――――』


 何を言っているのかがわからん。


 身振り手振りで教えようとしているのだろうが、残念ながら、理解ができなかった。


 あたしは、持ち前の演技力を駆使して、柔らかい笑みを浮かべながら、頭を軽く下げる。

 少なくとも、あたしの知らない世界である以上、向こうので態度は一時的にやめておいた方がいい、と言う判断だ。


 これで、下手なことをして、騒ぎになったら厄介だ。

 なら、多少嫌でも、頭を下げておけばいい。


「さて、ここからどうしたものか……」


 周囲には、あたしの知識にはない材質でできた道に、建造物。見知らぬ服。

 やたらと透明度が高いガラス。

 馬のように早く走る、箱のような物体。

 手には、何やら板のような物を持っている。


 ふむ……どこかで見覚えのあるものが混じっているな。


 ……ああ、イオが持っていた所持品とか、服に近いのか。納得。


 となると……ここは、イオが元々暮らしていた世界、もしくは、それに似たどこか別の世界、と言う可能性がある。


 少なくとも、世界の数は無数だ。


 あたしがいた世界だって、色々な分岐がある。


 例えば、イオがあたしの世界に来なくて、別の奴が来た可能性の世界や、そもそもイオが魔王に負けた可能性のある世界。


 ま、可能性さえあれば、何だって存在するのが世界だ。


 少なくとも、イオより昔に出会った異世界の奴は、この世界の住人じゃなかったはずだ。なにせ、イオの服装やらなんやらが、まるっきり違っていたからな。


 しっかし、さっきからやけに視線を感じるのはなぜだ?


 ……ふむ、いつも通りの服装だ。


 体をすっぽりと覆い隠すような大きいローブに、タンクトップ、ホットパンツ、それからニーハイソックスに、ブーツ。腰には、ポーチもある。


 ……うむ。どこも変なところはないな。


 なら、なぜ視線を感じるのか?


 見たところ、別にあたしとは顔の作りや、髪色も違うわけではなさそうだ。

 ならばなぜ、こうも注目されているんだ?


 ……ちと、不快だな。もういっそのこと、バッサリ行くか? ……いやいや、さすがに、こんな人目のあるところでやろうものなら、大騒ぎだな。


 この世界の治安がどのレベルなのかは知らんが、少なくとも、向こうの農民の方が強そうだぞ? 中には、それ以上の奴も通っているが。


 周囲の視線に嫌な反応をしつつも、歩いていると、トントンと肩を叩かれた。


「なんだ?」

『――。――――。―――』


 背後を見ると、見知らぬ女が立っていた。


 左右には、筋肉質の男が二人ほど経っていた。つか、あの眼鏡のような物は何だ? レンズが黒いぞ? 視界が悪くなりそうだな、あれ。何の意味で付けてんの?


 だが、どうも警戒している様子だ。


 あたしは軽く後方に跳ぶと、ナイフを作り出し構えた。


 少し身を落として、いつでも動けるようにする。

 仮に、ステータスが弱そうに見えたとしても、未知ほど危険なものはないだろう。


 イオがその例だ。


 初めて会った時は、王国最高レベルのステータスを持っていたが、その時点ではあたしの方が強かった。だが、どうにもすべての力量が測れなかった。

 それに、なぜか神気も微弱だが放っていたしな。

 あいつはある意味、謎だ。


 さて、こいつらをどうすればいいか。


 女は少し慌てているが、男二人は完全にやる気だ。


 やられる前にやるか。


 そう決めたあたしは、一瞬で男たちに肉薄すると、右足の回し蹴りを右の男に叩きつけ、左にいたやつには、回し蹴りの勢いをそのままにして、左足での裏回し蹴りをプレゼントした。


 男たちはあっけにとられ、いとも簡単に吹っ飛んでいき、気絶した。

 蹴りが当たった瞬間、何やらボギッ! という、音がしたが……いや、脆すぎじゃないか? それなりに力を抑えたんだが……仕方ない。


 治療してやるか。


 あたしは仕方なく、気絶している男二人に『ヒール』かけて回復させた。


 面倒だ。


 だがまあ、魔法は使える、と。


 それに、一応魔力が回復している感じがするところ考えると、魔力はあるみたいだな、この世界には。

 だが、魔力回路はないようだ。


 もったいないな。


『――! ――――!』


 相変わらず何を言っているのかわからないが、どうも、興奮している様子だ。


 それに……なぜだか親近感のような物が沸いてきたぞ。


 身振り手振りも、まるで一緒に来てくれ、と言っているかのような動き。

 軽く頷くと、女は笑顔を浮かべこっちに来るよう指示してきた。

 どうやら、この長い箱に乗ってくれと言っているようだが……まあいいだろう。乗ってやろう。


 長い箱に揺られ、この後あたしは、イオと再開することになった。



「あー、今日から体育教師として赴任した、ミオ・ヴェリルだ。まあ、よろしく頼む」


 イオと再開した後、エイコに仕事を用意してもらった。


 用意してもらった仕事は、運動を教える、という物だった。教師と言うそうだ。


 ま、教えるのはできるから問題なしだな。イオにも、戦い方を教えたわけだし。


 ……イオに、やりすぎないでくださいね、と釘を刺されたが。


 さすがのあたしでも、ちゃんと相手の力量には合わせるさ。じゃないと、簡単に死ぬしな。


 イオに訊いたところによると、この世界の人間は弱いらしい。

 まあ、その辺りは街をさまよっている時にある程度理解していたが……まさか、向こうの農民の方が強いとはな。驚きだ。


 さて、あたしは現在、自己紹介をさせられているところだ。


 正直、自己紹介なぞ、ほとんどしたことがないのでな。つまらんものになったかもしれんが、仕方ないだろう。経験のない人間にやらせれば、大体こうなる。


 さて、生徒の反応は……ふむ。概ね歓迎的だな。


 ふむ。時折、美人、という単語が聞こえてくるが、どうやら、向こうの美的感覚と、こっちの美的感覚は同じの様だ。


 ……それにしても、イオは浮いてるな。


 なんだあいつ。これだけ人数がいると言うのに、すぐ見つかる。

 そもそも、銀髪と言うのが珍しいからな。どうも、こっちの世界には一応いるそうだが、イオは、自分以外には見たことがない、とか言っていたな。

 国によるのだろう。


 この国は、黒髪が基本らしいな。中には、茶髪や金髪もいるが。


 ん? イオの近くに、オレンジ髪の奴がいるな。


 ……イオほどではないが、胸がでかいな。そう言えば、イオと話した時に、イオの友人の話が出たな。たしか、オレンジ髪の女の友人がいるとか何とか。


 あいつか。


 ふむ。容姿は整ってるな。可愛い系、と言うのか? そんな感じだな。

 さて、生徒の反応は上々、と。


 最後に軽く会釈だけして、あたしは壇上を降りて行った。



「というわけで、今日から体育教師になる、ミオ先生だ。海外にいたこともあって、慣れないらしいので、先生方も手助けをしてあげてね」


 体育館なる場所を出て、職員室、とやらに移動し、エイコがあたしを紹介する。

 どうやら、ここにいる奴らが、あたしの同僚となるらしい。


「ミオ・ヴェリルだ。よろしく頼む」


 体育館で言ったようなことをもう一度言うと、拍手が送られてきた。

 どうやら、歓迎されていない、みたいな状況じゃないらしいな。ならよし。



 さて、あたしの体育教師の生活が始まって一週間ほどが経った。


 あたしがやることは、主にガキどもに体の動かし方を教えることだ。


 エイコから事前に、この学園で教えるスポーツ、とやらのルールやら何やらが記載された本を渡された。


 さすがに、短時間で覚えるにはそこそこの量があったので、ここは『速読』のスキルを使い、全て記憶した。これで、問題ない。


 正直なところ、暗殺者しかしてこなかったあたしが、問題なく仕事をできるだろうかと、少しの悩みを持っていたが、まあ、そこはあたし。天才だったわ。


 わかりにくいようでは、誰もついてこれない。なら、わかりやすく、だ。イオにだって、


『師匠は、教え方だけは上手いですよね』


 と高評価を得ている。


 ならば問題ないとばかりに、同じように教えた。

 するとどうだ。ガキどもが尊敬の眼差しであたしを見てくる。


 慕われるってのも、悪くない。


 そう言えば、一人面白そうな奴がいたな。

 タイト、と言う奴だ。こいつも、イオの友人らしい。


 ちょくちょく職員室内でも名を聞く。

 なんでも、どうしようもない変態、なんだとか。


 ……あいつ、よくそんなのと友人やってられるな、と思ったが、イオが言うには、普通にいい人、なんだそうだ。


 あいつが言うならそうなんだろ。

 だから問題ない。


 さて、慕われていることに対し、気分を良くしているあたしだが、少々困ったことになっている。


『み、ミオ先生。よかったら、仕事が終わった後、食事にでもどうですか?』

『武藤先生! 抜け駆けはダメですよ! ミオ先生、いいお店があるんです、どうですか?』

『あ、おい! 割り込むんじゃない!』

『そっちこそ、抜け駆けして!』


 と、微妙に面倒臭いことになっている。


 まあ、見てわかる通り、お誘い、と言うやつだそうだ。

 下心が丸見えで、あまりいい気分はしない。


 性悪女だったら、これで優越感に浸るんだろうが、あたしはそう言うのとは無縁でな。あたしが好きなのは、イオだけだ。それ以外にはいない。


「すまないが、あたしには色々とやることがあってな。どこかへ行っている余裕はないんだ」

『そ、そうですか……で、では、気が向いたらいつでも!』


 簡単に引き下がってくれてよかったよ。

 正直、ここで食い下がられるのも、面倒だ。


 ……向こうだと、自身の地位と金でどうにかしようとするやつがよくいたからな。

 とまあ、こんなこともあった。


 それ以外にも、あたしがちょっとばかし威圧した例がある。


「では次、障害物競争の第三関門に立つ人を決めます」


 と言うと、ババッ! と一斉に手が上がった。

 さっきまでそれほど関心がなかった奴も、一斉に手を挙げた。

 ふむ。男が多いな。なぜ、第三関門にばかり人が集中している?

 そんな疑問が浮かんだので、隣にいるクルミに話を聞く。


「ああ、それはあれだな。うちの男女がこの競技に出るから」

「……イオが? 確かにあいつは可愛い。正直、誰にも渡したくないほど、世界一可愛いが、見るだけでここまで立候補する奴が現れるものなのか?」

「……ミオって、師匠馬鹿なのか?」

「普通だ。それで、理由は?」

「あー、この競技の第一関門が、スライムプールでな」

「スライムプール?」


 スライムって言うと、あれか。向こうの世界における、最弱モンスター。

 たしか、HPは10だったはずだ。


 だが、最弱の割には、服を溶かすとか言う、頭のおかしい能力を有していたせいで、女からかなり嫌われていたな。


 もしや、それか?


「ああ。スライムプールに落ちると、服が透けるんだ」

「何? 透けるだけ? 溶けたりしないのか?」

「溶ける? ははは! 面白いことを言うな、ミオ。そんな、ファンタジーじゃあるまいし」


 いや、あたし、こっちで言うファンタジーの世界出身なんだが。


 ……そうか。こっちには、魔物がいないんだったな。

 となると、名前が同じなだけの、無害なもの、ってわけか。

 …………ん? 服が、透ける?


「透けるって言うと、下着が見えたりするのか……?」

「まあな。……だから、下心丸見えの男性教師が多くてな……担任としちゃ、黙って見過ごすわけにはいかないんだが……こうなるとな」


 額に手を当てて呆れるクルミ。

 ……なるほどなるほど。要はこいつらは、イオと言う、あたしの可愛い可愛い愛弟子の下着姿が見たい、という欲望を出している、そういうわけか?


 ふむ……。許さん。


「ミオ、どうしたの?」


 あたしは、椅子から立ち上がると、前に立つ。

 そして、スキル『威圧』を少しだけ使用。


「……おい。あたしの愛弟子に、邪な目向けている奴は……誰だ?」


 あたしがそう尋ねると、男どもはぶわっと汗を噴き出し始めた。


「……まさかとは思うが、この第三関門に立候補したがってるのは……イオの恥ずかしい姿が拝めるかも! とか、考えているからじゃないだろうな……?」


 にっこりと笑顔を浮かべ、さらに問う。

 それだけで、今度は顔を青ざめさせる。

 ほほぅ。顔を青ざめさせているのは、男が多いようだな。

 ……後で秘密裏に襲っておくとしようか。


「それで? そんなことを考えておきながら、このあたしが許すとでも? ……もし、逃れられると思ったのなら……夜道には気を付けろ」


 少し『威圧』を強めて、あたしが言うと、泡を吹いて男どもがぶっ倒れた。


「……どうやら、全員立候補は取り下げみたいだな。エイコ、第三関門はクルミにしてくれないか?」

「そうね。私としても、それが一番安全ね。ほかの先生方も、それでいいかしら?」


 と言うと、


『異議なし!』


 と言う返答が帰ってきた。


 これで、イオに変な目が向けられることは減ったな。

 ……この学園、思った以上に、イオに邪な感情を向けている奴が多そうだ。;



 この後、どういうわけか、女の教師からの誘いが増えた。何と言うか、尊敬の眼差しを向けられていたので、せっかくだから誘いに乗ることにした。


 ちなみに、体育祭本番では……イオに対し、邪な反応をした奴が多かったのが、何とも言えなかった。チッ、どこにでもクソ野郎どもは多いか。

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