第138話 体育祭の終幕
「ただいま……」
「おかえり、依桜。どうしたの、随分暗いみたいだけど」
みんなのところに戻ってくると、表情を曇らせているボクに対し、未果が心配してきた。
「ま、暗くもなるだろ。なにせ、恥ずかしい状態を二度もさせられ、その後は、はっちゃけて、大暴走、だからな」
「いやまあ、オレ的には、いいもんが見れたぜ! って気分だったが……最初の縄のくだりはな。あれは、さすがにやりすぎだとは思ったぜ?」
「でも態徒君、鼻血出して『ありがとうございます!』って言ってなかった?」
「ばっ、それは言わない約束だろ!? つか、それを言うなら女委もだろ!」
「まあ、わたしは隠すようなことでもないからね!」
「……二人とも?」
何かおかしなことを言っている二人に、暗い笑みをプレゼント。
すると、
「「すみませんでした!」」
勢いよく頭を下げて謝ってきた。
うん。素直が一番だよね。
……まあ、
「いいよ、わるいのは、ぜんぶ学園長先生だから……」
「……依桜がそこまで言うとは。相当だな、これ」
「そ、それにしてもよ、すごかったぜ、依桜!」
「う、うん! かっこよかったよ!」
「……あはは、ありがとう」
ボクはそれのせいで、また変な注目浴びそうだよ。
覚悟の上でやったから、自業自得だけどね……。
「でも、実際、本気の依桜を見たのって、今回が初よね」
「そうだな。学園祭の時、たしか、テロリストを一人で全滅させた、っていうのは聞いたが、あれ以上なんじゃないか? 依桜、その辺りって、どうなんだ?」
「本気、と言えば本気、かな。このすがたで、だけど」
と言っても、実際の体で本気を出したら、建物自体が倒壊していたと思うけど、と付け加えると、みんなが微妙そうな顔になった。
うん。だよね。
「なら、ある意味タイミングが良かった、ってことか?」
「たぶん……? でも、言われてみれば、タイミングはよかったかも。一度だけしゅくちもどきを使ったけど、このすがただからうまくいったのであって、ふだんのすがただと、ゆかをふみぬいて、下の方にひがいが出たと思うし」
「……それは、本当に運が良かったわ。依桜以外の選手が」
「だね! ……それで、依桜君、仮想世界はどうだった?」
「あ、すごかったよ。しかく、ちょうかく、さっかく、みかく、きゅうかく、ぜんぶきのうしてたし。それに、いくら体を動かしても、こっちの体はほとんどつかれてないから」
「ほー。オレも参加すりゃよかったなぁ。だってよ、世界初の仮想空間へのダイブだろ? やっぱ、アニメとかマンガを見てる身からすりゃ、マジで羨ましいぜ」
と、態徒が本当に羨ましそうな表情で、そんなことを言ってきた。
見れば、個人差はある物の、他の三人も羨ましそうにしているのが見えた。
「それにそれに、一月にはゲームが出るんでしょ? 競争率がすごいことになりそうだし、手に入れるのは困難だよね~」
「私も、その辺りはちょっと憧れるかも。実際、依桜が見た異世界、って言うのも、見てみたいといえば見たいけど、ファンタジー的なのも見たいしね」
「そうだな。俺も、モンスターとかを剣や魔法で倒す、って言うのは、少し憧れがある」
態徒と女委はわかるけど、未果と晶はちょっと意外かも。
あんまり、アニメとかマンガを見たり、ゲームをしたりする、って言うイメージがほとんどなかったし。
うーん、みんなでゲーム、か。
「そう言えば、晶。一つききたいんだけど、いい?」
「ああ、なんだ?」
「えっと、学園祭のミス・ミスターコンテストの時のこと、おぼえてる?」
「ああ。テロリストの件か?」
「そっちじゃなくて、ゆうしょうしょうひん」
「優勝賞品? たしか……一ヶ月間、学食がタダで食べ放題になるパスに、図書カード二万円分。それから、片付け免除、あとはたしか……最新式のPC、だったか?」
少し悩みつつも、全部言ってくれた。
普通に覚えててよかった。
「それで、PCの方ってとどいた?」
「……そう言えば、届いてないな」
「やっぱり、晶の方もなんだ」
「ということは、依桜もか?」
「うん」
晶の方も未だに届いていないとなると……そのPCと言うのは、『New Era』の可能性が高いかも。
だって、商品提供自体が、学園長先生だし、その学園長先生が経営している会社が作ったとなると、プレゼントするのは、『New Era』以外ありえないような気がする。
「そうか。依桜は、そのPCと言うのが、さっきの競技に使用されたものだと考えてるのか?」
「うん」
「なるほど。確かに、その可能性は高い、か。いや、むしろそれ以外ありえないかもな」
「だからたぶん、ボクと晶は、一月一日にプレイできると思うんだよ」
「マジかよ! 羨ましいぞ、二人とも!」
「そうだそうだ! ずるいよ、二人とも!」
ボクがまだ予想でしかないことを言った瞬間、態徒と女委がずるいずるいと、まるで子供のように言い始めた。
「優勝したご褒美と考えれば、ずるくはないでしょう。と言うか、あれに関しては、依桜が一番頑張ったのよ? テロリストを撃退したりとか、恥ずかしがりつつも、水着審査に出たりとか」
二人の言葉に対し、未果が正論を言う。
仰る通りです。
「そ、そうだけどよ。じゃ、じゃあ晶の方はどうなんだ?」
「俺は、依桜のフォロー的に意味での出場だったからな。それに、もしもプレイするなら、五人の方がいい」
「そうだね。ボクも、二人だけでやる、と言うより、みんなでやりたいかな」
ずっとこの五人で遊んでいるわけだもん。
どうせ楽しむなら、みんなでやった方が、楽しさ倍増だもんね。
「そうね。でも、どうするの? 少なくとも、この会場にいる人たちは、こぞって狙いに行くんじゃないかしら? なにせ、発表前にこのことを知ったのは、ここにいる人だけだもの」
「だね~。ねえ、依桜君、どうにかならない?」
「なんでボク?」
「学園長先生と、親交が深そうだから」
間違いじゃないけど……。
「うーん……」
少し悩む。
こう言うのって、頼むのは少し違うような気がする……。
なんとなく、正攻法で行きたいところだし。
たしかに、ボクが頼めば、三人分は用意してくれるかもしれないけど……何を要求されるかわからないと考えると、ちょっと怖い。
なんだかんだで、助けてもらっている部分が多少なりともあるし……。
……って、うん? ちょっと待って?
そう言えば、さっきの競技のあのトラップの数々……おそらく、学園長先生が考え出したものだよね? それ以外の競技の、スライムプールとか、キスとか、二人三脚のあのルールとか。
……それに、学園長先生にお仕置きしようと考えてたし……。
うん。
「たぶん、いける、かも?」
「ほんと!?」
「まだわからないけど。……でも、さんざんひどい目にあわされてるから、そろそろおしおきを、と思ってね……ふふふ」
「おーい、暗殺者が出てるぞー」
「あ、ごめんごめん」
学園長先生の顔を思い出したら、何と言うか……怒りが込み上げてきた。
うん。今行こう。今すぐ行こう。
「とりあえず、へいかいしきまでまだ時間がありそうだし、学園長先生の所に行ってくるね」
「おう! いってら!」
「お願いね、依桜君!」
「……ほどほどにね」
態徒と女委は期待の表情をしていたけど、未果だけは、苦笑いをしていた。
大丈夫大丈夫。そこまで酷いことはしないから。
学園長先生室の前に来て、ドアをノックする。
『どうぞ』
「しつれいします」
返事をもらえたので、ボクは中へ。
「あら、依桜君。どうしたの? 何かあった?」
「何かあった、と言うより、何かされた、の方が近いですけど」
「あら、そうなのね? それで、何をされたの?」
「……スライムプールにおちたり、ほっぺにちゅーをさせられたり、アスレチック鬼ごっこで、しばられたり、服をとかされたり……あれ、ぜんぶ、学園長先生が考えたんですよね?」
「……そ、ソウダッタカナー?」
スーッと、視線を逸らしつつ、冷や汗を滝のように流しながら、そう言ってきた。
これ、クロだよね?
「そ、そう言えば、依桜君! アスレチック鬼ごっこすごかったね! 大活躍だったじゃない!」
「はい。だって、いっこくも早く、学園長先生に、おしおきしないと、と思いましたから♪」
「……」
ボクがそう言うと、引き攣った笑みを浮かべた。
滝のように流れていた冷や汗も、さらに勢いを増している。
「それで、ですね、学園長先生。たのみがあるんです」
「た、頼み?」
「はい。ミス・ミスターコンテストの優勝賞品って、『New Era』なんですよね?」
「そ、それは……」
「そうなんですよね?」
「そ、そうであります!」
言い淀む学園長先生に、にっこり笑顔でもう一度訪ねると、しっかりと肯定してくれた。
やっぱり、予想通りだったよ。
それなら……。
「そこで、ですね。『New Era』を、あと三つほどゆずってくれないかな、と」
「み、三つ? それだけ?」
「はい、三つだけでいいです。ボクの友だちの、未果と態徒、それから女委の三人におくってほしいなって」
「……な、なんだ、それだけでいいのね? それなら、お安い御用よ。依桜君には、研究の方でも助けられてるし、学園の宣伝にもなってくれてるからね!」
ボクが三つ用意してほしいと言うと、さっきまでの焦りはどこへやらと、あっけらかんとそんなことを言ってきた。
……宣伝って。どうなってるの?
と、それはさておき……
「それじゃあ、よろしくおねがいします」
「はいはい! 任せといて! それじゃあ、そろそろ閉会式に――」
「まだ、おわってませんよ?」
「へ?」
いそいそと、閉会式に行こうとしていた学園長先生に、声をかけると、笑顔のまま表情が固まった。
「ボク、まだおしおきしてませんよ?」
「え、で、でもさっき、頼みがあるって……。だから、了承した、わよね?」
「はい。でもそれは、あくまでも、ボクこじんとしてのたのみです。おしおきは、べっとふぞくします」
「い、いらないわよ、そういうの!?」
「いえいえ、えんりょなさらずに。つねひごろからの、ボクからのかんしゃだと思って……ね?」
「そ、それ感謝じゃない! 絶対に恨みよね!? 明らかに、恨みと殺意よね!?」
「ふふふふふふ……」
「い、依桜君? 何その笑い? あの、ま、待ってほしいなー、なんて……。そ、それで、その針は一体何? あ、ちょ、ま、……いやあああああああああああああああああああ!」
その瞬間、学園長室から、若い女の人の断末魔の叫びが聞こえたとか聞こえなかったとか。
「ただいま」
「おかえり、依桜。どうだった?」
「うん。快く、了承してくれたよ」
「……嬉しいんだけどよ、依桜の笑顔が怖いと言うか……つか、あの服の赤い染み、なんだ?」
「ふふふ……」
「ひぃっ!?」
軽く微笑むと、態徒がなぜか悲鳴を上げていた。
え、そんなに怖い?
「気にしないで。この赤いしみは、学園長先生のけつえ――こほん。学園長先生の所に遭った、ケチャップだから」
「「「「……」」」」
今までの恨みやら何やらを晴らせて、スッキリ。
「……依桜、なに、したんだ?」
ふと、晶が恐る恐るボクのやったことについて尋ねてきた。
ボクは、人差し指を口元に当てて、
「ひ・み・つ❤」
「「「「あ、ハイ」」」」
みんなは、まるで、何かを察したような笑みを浮かべていた。
結構、ショッキングな話になっちゃうからね。
それに……世の中、知らないことがいいこともあるしね。
『生徒の皆さん、まもなく閉会式が始まりますので、グラウンドにクラスごとに並ぶよう、お願いします』
「あ、しょうしゅうだ。じゃあ、行こっか」
「「「「ハイ」」」」
……なぜか、みんな一斉に返事をしてきた。
『えー、西軍の皆さん、おめでとうございました! 後日、西軍のクラスの人たちには、賞状が贈られますので、クラスに飾ってくださいね! さあ、続いてはお待ちかね! MVPの発表です!』
実況の人が閉会式の進行を務め、優勝チームのリーダーの人に賞状を渡し終えると、声高らかにそう言った。
すると、グラウンドが一気に沸き立つ。
ちょっとうるさいくらいだけど、耳障りにならないうるささだよね、こう言うのって。
人によるとは思うけど。
『MVPの発表を、学園長先生、お願いします!』
「はーい!」
実況の人に言われて、朝礼台に学園長先生が登壇する。
……さっきのあんなことがあったのに、すごく元気だなぁ、学園長先生。
……足りなかったかな?
「まず最初に。この『叡春祭』のMVPの選考基準は、参加した競技の順位とかじゃありません! どれだけチームに貢献できたか、どれだけ目立っていたか! この二つに尽きます!」
なるほど、そう言う選考基準だったんだ。
そうなると、サポートでもいいから、チームに貢献できていれば選ばれるかのせいがある、ってことだよね。
ということは、大体は平等に可能性があるということかな。
誰になるんだろう? と、ちょっとわくわくした気持ちで発表を待っていると、
「今年のMVPは、数々の
…………あれ、なんだろう。すっごく聞いたことがあるフレーズが多いなぁ。
「一年六組、男女依桜さんです! おめでとうございます!」
って、ボク!?
な、ななななな、なんで!? た、たしかに、出る競技すべてで一位を獲ったりしたけど、それ以外では、そこまで目立ってなかったよ!?
お、応援だって、力になったかわからないし……。、
応援で、身体能力が向上していたのも、気のせい、だと思うし……。
「えー、例年通りなら、登壇してもらっているのだけど……時間も押しているので、省略させてもらいます! 賞品については、後日、担任の先生から直接渡してもらうので、楽しみにしててね!」
『と、言うことだそうです。男女依桜さん、おめでとうございます! それでは、このまま、学園長先生に、閉会の挨拶をしてもらって終わりとなります。引き続き、お願いします』
「こほん。じゃあ、疲れていると思うので、手身近に。生徒のみんな、体育祭、お疲れ様でした! 今年の『叡春祭』は、例年よりも、お祭り騒ぎになりました。一日目の騒ぎが人を呼び、過去最高という数字をたたき出しました! これには、学園長として、嬉しい限りです。この学園を広く認知してもらい、生徒のみんなの進路をもっと広げてあげたいと思っているので、本当に嬉しいです。ありがとう! 三年生にとっては最後の体育祭だったけど、楽しんでもらえたかな?」
『おおおおおおおおおおお!』
「おー、楽しんでもらえてよかった。今年の『叡春祭』二日目の最終競技は、色々な意味で前例にないものだったけど、大成功したようで安心したよ。もしも、気に行ってもらえたら、頑張って入手してね!」
なんだか、学園長先生の会社の商品の宣伝が入ってない?
いいのかな、これ。
「さて、それでは最後に。三年生は、『叡春祭』は最後だけど、まだイベントはあるので、目一杯思い出作りを。二年生は、今年以上の『叡春祭』を来年作れるよう、頑張って。一年生は、あと二回『も』あると思うのではなく、あと二回『しか』ないと考えて、色々と研究し、もっともっと楽しいものにしてね! それでは、これにて叡董学園、『叡春祭』を閉会します! みんな、お疲れ様でした!」
わあああああああああ! と、グラウンド中が、歓声と拍手で埋め尽くされた。
普段はあれでも、ちゃんといいこと言えるんだね、学園長先生って。
……まあ、二年生の部分だけ、手抜きな気がしたけど。
『学園長先生、ありがとうございました。それでは、以上を持ちまして、『叡春祭』は終了となりました。来場者の皆様、お忘れ物がないよう、お気を付けてお帰りください』
無事に体育祭が終わり、ボクたちもさすがに疲れが溜まっていたので、おしゃべりはそこそこに、それぞれ帰路に就いた。
高校生活初めての体育祭。
色々と酷い目に遭いはしたものの……すっごく楽しかったなぁ。
……来年は、できればおかしなものがありませんように。
そう願うボクだった。
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