第137話 アスレチック鬼ごっこ5
七階層に到達。
まだ二階層にいる時は、たしか十九人だったのに対し、今は八人くらいにまで減っていた。
あの、ボクが言うのもなんだけど、かなり優秀だと思うんだけど……。結構な人数差があったにもかかわらず、この短時間で結構な人数を捕まえたみたいだし。
うーん、この先、ボクがいなくても何とかなるような気がしなくもないけど……さすがに、さぼるのはだめ。
必ず勝つためには、ボクも今の姿で出せる力を使わないといけないもん。
それで、この階はどうなっているのかなー、っと。
やっぱり、グループで移動している人がいるね。
正直なところ、この競技に関しては、グループで動くよりも、個人で動いたほうが有利な気がするんだけどなぁ。
そもそも、人数が多いということは、なにも利点だけじゃない。
多ければ多いほど、集団で行動する人が増えて、こちらは少人数である程度捕まえることができるからね。
それに、普通の鬼ごっこじゃなくて、道中にアスレチックがあることも踏まえると、四人以上で固まって行動するのは、明らかに悪手。
何か考えがあってのことなのか、単純に考えなしに、純粋に楽しむためにやっているのか、どっちなんだろう?
まあ、どっちでも捕まえるから関係ないかな。
捕まえてしまえば、何の意味もないもん。
それじゃあ、近くにいるところから攻めて行こう。
七階層は、何と言うか、地上と言うよりも、上の方でやるようなアスレチックがメインだった。
グラグラ動く吊り橋とか、瓦屋根の上を走ったりとか、そう言ったものが多い。
比較的普通なのかな。
もしかすると、ある意味では当たりの階層かも。
んーと……あ、いた。
移動しながら、周囲を見回す。もちろん、『気配感知』も使用しているので、どこにいるか、と言うのは丸わかりなんだけどね。
えーっと、近くにいるのは、三人組かな。
まあ、三人組だったら、まだ許容範囲レベルかな。
あれくらいなら、逃げる時に、お互いが邪魔にならないしね。もちろん、狭いところだとちょっと厳しくなるかもしれないけど、最悪の場合、最後尾の人を切り捨てて逃げる、なんてこともできる。本当に最悪の場合でしか使わない手だと思うけど。
でも、見たところそんなに警戒していないね、あれ。
もしかすると、仲の良い友人だけのグループって感じかもね。ボクたちみたいな。
だからと言って、手加減する気もないし、逃がす気もない。
それに、早く終わらせて、学園長先生にお仕置きしないとけないしね!
というわけで……
「おしゃべりもいいですけど、ちゃんとしゅういに気をくばってくださいね」
『ええ!? ちょ、いったいどこ――』
『あ、悪魔だ! 悪魔すぎるー!』
『畜生! ここまでか!』
うーん、いろんな反応をしてくれるから、ちょっと楽しい。
悔しそうにする人とか、驚愕の表情を浮かべながら消えていく人とか。
……まあ、中には恍惚? の表情で消えていく人もいるけど。
それでも、何と言うか……暗殺者的には、やっぱり嬉しいと言うか、楽しいものがある。
忍び寄って、一瞬で落とす、みたいなことをするからね。向こうの世界だと、ボクが背後に立って声をかけた瞬間、ほとんどの人が、すごいスピードで距離を取って武器を構えてくるからね。
そもそも、暗殺者なのに声をかけちゃいけないとは思うけど。何と言うか、つい……。
それにしても、いい反応をするね、こっちの人は。
ふふふ。楽しい。
…………あれ、ボクって、こんな性格だったっけ?
もしかして、度重なるストレスに、ちょっとずつ壊れて来てたり……? うん。ありそうだから、なんか怖い。
さすがに、ボクにも休憩期間のような物が欲しい。
「なんて、ぐちを言ってもしかたないよね」
うじうじ考えるのは後。
今は、全滅、これが優先だよね!
さらに七階層を駆け回り、三つ目のグループを発見。
現状、この階にいるグループは二人グループ(と言うよりペア?)と、三人グループの計二つ。ボクが捕まえた分も入れれば、三つ。
その内、三人グループは捕まえたので、残るグループはあと一つ。
それで、今見つけたのがそのグループと言うわけです。
制限時間は、残り三十五分。幸いなことに、六階にいた人たちが頑張ってくれたおかげで、予定よりも早く片付けられたので、二分短縮でき、七階層も大幅短縮ができた。
それに、十階層は全滅したみたいなので、残るは実質、八階層と九階層のみ。
うん。割と余裕はあるね。だからと言って、油断はしないけど。
とりあえず、『気配感知』を頼りに、近くまで来たんだけど……なるほど、ボクの下側にいるみたいだ。
幸い、ここは吊り橋だから、いっそ飛び降りたほうが早いよね。
それでは、早速……
「上もけいかいしてくださいね!」
『て、天使が上から降ってき――ぶはっ!?』
『おい、どうし――ぶはっ!?』
と、ボクが突然上から現れたからかはわからないけど、突然鼻血を噴き出した。
えーっと、なんで?
ま、まあ、とりあえず、捕獲、と。
「タッチ、です」
『つ、捕まっちまったが……』
『あ、ああ。いいものが見れたぜ……』
なぜか、仏様のような微笑みをしながらサムズアップをされた。
え、えーっと、どういう意味だったんだろう?
「なんだかよくわからないけど……つぎに行こう!」
七階層に誰もいないことを確認してから、ボクはまた、枝の方へと向かって行った。
『さあ、アスレチック鬼ごっこも、いよいよ終盤に近付いてまいりました! 現在、圧倒的速度! 圧倒的アクロバティックな動きで無双し続けている男女依桜さんは、次なる得物を求めて、いつも通りに外側から八階層へと侵入し、爆走しています! なんかもう、何度もやっている姿を見ていたら、もう慣れました! そして、この競技中において、男女依桜さんは、『天使』だけでなく、『悪魔』とか、『小悪魔』とか、『堕天使』とか、『アサシン』など呼ばれています!』
……どうしよう、前半三つに関しては否定するけど、最後の一つに関しては……全く否定もできないし、反論もできない。
本当に暗殺者ですし……。
というか、堕天使とか悪魔って何!?
ボク、そんなに酷いことしてな――いとは言い切れない、かも。
考えてみれば、縮地もどきを使って一瞬で肉薄したり、足音を限りなく抑えて近づいて、背後に立ったり、あとは、せっかく待ち伏せしてトラップにかけようとしていたのに、ほとんど回避。
そんなことをされたら、悪魔、って言われても不思議じゃない、よね、これ。
それにしても、小悪魔、ってなに?
ちょっと気になるけど、悪魔と何が違うんだろう?
『現在、逃走側の残り人数は、十九人! 対して、鬼側は、続々と八階層、九階層に向かっております! 圧倒的人数の有利と、トラップにより、優勢に見えた逃走者側ですが、男女依桜さんの猛進により、絶体絶命の状況に陥っています! 果たして、勝つのはどっちか!?』
十九人。今の残り時間が三十二分。
こちら側が四十一人で、下の方からも人が来てると考えて……最長十五分もあれば終わるかな?
最短で行けば、十分で行けるかも。
うん。じゃあ行こう。
八階層にあるのは……何と言うか、その……スパイ映画で見るような、赤いレーザーが張り巡らされた通路や、空中を移動するリフト、水球が飛んでくる広場、など色々なものがあった。
赤いレーザーはおそらくだけど、赤外線センサーなんじゃないかな? さすがに、体が切れる、なんてわけじゃないと思うもん。もしそうなら、かなり実況で言ってそうだしね。
問題は、触れたらどうなるか、なんだけど。
うーん、学園長先生が関わっている時点で、変な縛られ方をしたり、服を溶かす謎の液体をかけられたり、と本当に嫌なトラップばかりだったことを考えると、酷いものに違いないよね。
当たらないに越したことはないよね。
見たところ、そこまで幅が狭いわけじゃないし、これなら問題ないね。
……師匠が仕掛けた、光魔法のトラップに比べたら、ね……。
あれ、触れただけで切れるような、かなり異常なものだったしね……。
しかも、幅が人一人通れるほどの大きさしかないもん。
一体、何度死んだことか……。
っと、トラウマを思い出している場合じゃないよね。時間はある程度あるけど、急ごう。
「ふっ――」
レーザーが張り巡らされた通路めがけて走る。
背面跳びをしたり、前方宙返りで回避したり、スライディングの要領でくぐり抜ける、体を捻って平行に飛び越えるなど、なるべく時間のロスがないように通り抜けていく。
『おおおおおお! ものすごい技が繰り広げられています! レーザー地帯を通る人たちは、慎重に通るのですが、男女依桜さんは、見事な体捌きでレーザーを避けていきます! まるでアメリカのスパイ映画の登場人物のように、いとも簡単に進んでいきます!』
簡単に、って言うけど、意外と大変なんだけどね、この動き。
少しでも触ったらダメ、っていうシビアなものだから、なかなかに神経を使う。
と言っても、師匠にかなり鍛えられているから、慣れてると言えば慣れてるんだけどね……嫌な慣れだけど。
『やべえ! 小悪魔ちゃんがこっち来てる!?』
『なに!? って、ぶっ!』
『どうしたの……って、エッ!?』
前方に三人組のグループが見えたので、急接近していると、三人のうちの一人がボクに気が付き、思わず声を上げていると、他の二人が、なぜか顔を真っ赤にしていた。
うーん? 一人は女の子だけど……どうしたんだろう?
ボクって、今は下着姿のようなものだけど……モザイクがかかってるって言ってたよね?
だから大丈夫だと思うんだけど……。
気にする必要はない、よね。うん。
一瞬疑問に思ったけど、気にするようなことじゃないよね!
それなら、捕まえてしまおう。
さらにスピードを上げて接近し、
「おそいですよ」
『マジで速すぎだろ!』
『いや、俺たちは勝ち組だろ……』
『そうね。勝ち組だわ……』
消える直前に言っていた、勝ち組、と言うフレーズが気になるけど……捕まったのに、どうして勝ち組なんだろう?
「うーん……なぞだよ」
それよりも、今は競技に集中。
……どうにも、この競技中は、他のことを考えちゃうよ。なんでだろう?
あれからさらに五分が経過し、なんとか八階層は終了。
この階にいたのが、九人だけで助かったよ。
どうやら、下から続々と集まってきているようで、ほとんど掃討戦になったけどね。
九階層の方も、十階層から降りてきた人が今も追いかけてくれているらしく、人数もさらに減っているとか。
それなら、もう少しで終わりそうだね。
そう思いながら、九階層に侵入し、駆け回る。
この階層は、下の階層とは違って、一~三階層一見普通に見えるけど……何かがおかしいような気がする。
普通過ぎると言うか何と言うか……。
でも、そんなことを気にしていたら、終わるものも終わらないので、さっさと捕まえに行って、学園長先生の所へ行かないと。
というわけで、気が付けば残り五人になっている逃走者の人たちの所へと向かう。
その道中のこと。
「わわっ!」
いきなり足元の床が開いた。
危うく落ちそうになるものの、すぐに開いた床を蹴って落下を回避。
ここに来て落とし穴とは……古典的だけど、かなり有効な手段なんだよね、これ。
意外と使えるもん。
「見つけました!」
落とし穴を回避してすぐにまた走り出すと、逃走者の人を発見。さすがに、九階層にいる人は固まって行動せず、バラバラに動いている。
本来、鬼ごっこってそういう物だと思うんだけど……あれかな。人数の有利で、安心しきっていたのかな?
人って、集団で群れると、自分が強くなったように錯覚するから、その可能性もあるかも。
「タッチです」
なんてことを考えているうちに、前にいた人に追いつきタッチ。
そのまま走り続け、逃走者の所へ。
……やっぱり、こういう競技において、『気配感知』って卑怯だよね。
だって、どこにいるかがわかっちゃうんだもん。
まあ、先に味方の気配を記憶しておかないといけないんだけどね。
今回は四十人で助かったと言えるけど。
十分あれば、四十人以上の記憶はできるしね。
と言っても、単語や数式を覚えるよりも簡単だからできるだけであって、決して記憶力がいいというわけではないけど。
……よくよく考えてみたら、ボクの行動ってかなり不自然な気がする。
だって、本来はどこにいるかもわからないのに、普通に探し当てて、遭遇しちゃってるんだもん。傍から見たら、不正してるように見えるんじゃないかな、これ。
まあ、その辺りは運、って誤魔化そう。
と、そんなことを考えていると、二人目を発見。
女の子みたいだけど……随分速いような気がする。
速いと言っても、この世界基準だから、ボクと師匠から見た場合、そこまででもない、ってことになっちゃうんだけどね……。
ただ、ボクの場合は純粋に知っているとあって、素直にすごいと思える。
異世界へ行く前のボクは、運動が得意じゃなかったしね……。
それもあるから、別に見下しているとかはない。
まあ、だからと言って……
「つかまえました」
手を抜くこともしないけどね。
もうね、はっちゃけるって決めたもん。この競技に限っては、はっちゃけるって決めたもん。
誰が何と言おうと、もう止まりません。
と言うより、止まれないが正しいかも。
……ふふ、これで、元の生活ともおさらば、だね。
……女の子になった時点で、元の生活も何もあったものじゃないけど。
『くっ、ここまでかぁ……』
悔しそうに消えていくの横目に、止まることなく走り続ける。
制限時間は、残り二十四分。
あと、三人。
最後まで気を抜かず行かないと。
そして、僅か二分ほどで、三人のうち二人を確保。
ついに、最後の一人となった。
その最後の一人は、ボクの目先で必死に走って逃げている。
やっと終われる、と思いながら追いかけていると、床が光だした。
どうやら、トラップのようだ。
何が来るのかと思ったら……
「はっ!」
雷だった。
雷は、下から突き上げるように上へと動くも、ボクには通用しないのです。
軽く身をねじりながら、前方に飛ぶことで回避。
ふふ、雷を避けるのは、ボクにとって、できて当然なのです。
……師匠に、動体視力と反射神経だけで避けろ、って言われて、やらされ続けたからね……。
『ちょっ、雷避けましたよね!? 今、雷避けましたよね!? どうやって避けたんですか!? と言うか、本当にどうなってるんですか!』
と、実況の人が混乱したように叫んでいる。
なんでと言われましても……できる、としか。
まあ、そんなことよりも、早く終わらせないとね。
最後ということで、手を抜かず、現状出しても問題ないレベルの力を発揮し、最後の逃走者の後を追い、そして……
「おわり、です」
最後の一人の背中をタッチした。
『終―――――了――――――! アスレチック鬼ごっこを制したのは、西軍です! 制限時間、二十分を残しての圧勝! これにより、今年の『叡春祭』優勝は、西軍に決まりましたッ! おめでとうございます!』
パァン! と、周囲から破裂音に似た音がいくつも鳴り響いたと思ったら、紙吹雪が舞っていた。
どうやら、今の音はクラッカーだったみたい。
そして、外を見ると、空には『Congratulation』の文字が浮かび上がっていた。
こんな仕掛けまでしてたんだ、学園長先生。
『えー、アスレチック鬼ごっこに出場した皆様、お疲れ様でした! 十秒後に、一斉ログアウトが行われるそうなので、その場で待機するよう、お願いします!』
実況の人がそう言った直後、目の前に三度目となる、カウントダウンが表示されたスクリーンが表示された。
それを見て、ボクは自身にかけっぱなしだった『身体強化』と『気配感知』を切った。
その瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
久しぶりに、常時かけていたから、かなり疲れたよ。
……でも、心地いい疲れだったかな。
それに、すっごく楽しかったし。……恥ずかしい姿を晒したり、服が溶けたことを除けば、だけど。
そう言えば、妙に視線を感じるような……。それも、じーっと見ているというより、チラチラ、って感じで。
なんとなく気になって、周囲を見回そうとした瞬間、
【Dive、お疲れ様でした! ゆっくりお休みくださいね!】
と言う文字と共に、意識が暗転した。
目を覚ますと、CAI室だった。
「ん、んっ~~~~はぁ……」
突っ伏していたせいで、ちょっと体が固まっていたので、大きく伸びをすると、コキコキと言う小気味いい音が鳴る。
うん。スッキリ。
それにしても……。
「すごかったなぁ」
夢だったのかも、と思ったけど、さっきまで記憶はあるし、疲れたという感覚が体に残っている。どっちかと言えば、感覚なだけで、こっちの体は問題ない、と思うんだけど。
疲れてるのは、脳だけじゃないかな?
「みなさ~ん、お疲れ様でした~。それでは、ゲーム用に身に着けていた物は全部外して、座っていた場所の机に置いておいてくださいね~。コンタクトは、目の前に置いてある容器に入れておいてください~。それから、もしも体調が悪い人がいれば、私に言ってくださいね~。それでは、片付け終わった人から、グラウンドに戻ってくださいね~」
希美先生が言い終わると、みんな楽しそうに話し、興奮冷めやらぬままいそいそとヘッドセットやコンタクトを取り外し始めた。
ボクも、言われた通りにすべて外し、席を立つと、CAI室を出て、グラウンドに向かった。
でもやっぱり、現実の体が一番、かな。
……そう言えば、かなり暴れまわったけど、どう言い訳しよう。
自分がやったことについて、どう言い訳しようかと、頭を悩ませながら、ボクはみんなのいるところに戻るのだった。
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