第136話 アスレチック鬼ごっこ4

 ここまで来たら勝ちを狙うということで、『身体強化』も使用。

 それに、これくらいしないと間に合わない。

 と言うのも、現在の身体能力の最大値まで発揮しようものなら、木造の床なんて簡単に穴が開いちゃうため。


 いつぞやの時も説明したかもしれないけど、あくまでも、少ない力で倍以上の力を出すだけのスキルなので、床を壊す心配はないです。

 ……まあ、殴る蹴るなどの行為をすれば確実に壊せるので、注意が必要ですが。

 少なくとも、走る分には何の問題もありません。


 強化割合は……とりあえず、二倍くらいでいいかな。

 あまりやりすぎると、異常なスピードになっちゃうし。

 ……それ以前に、さっきかしている行動そのものが異常だったりするけど、いいよね。もう手遅れな気がするもん。


 『身体強化』を用いて、二倍に引き上げる。

 そのまま、さっきと同じスピードで走り始めると、さっきよりも速い速度が出た。

 内心で、これでよし、と思いながら近くの外壁に向かう。


『三階層にいた逃走者を全滅させた男女依桜さん、先ほどよりもさらに速い速度で走っております! そんな男女依桜さんですが……なぜか建物の外壁に向かっているようですが……?』


 外壁に到着し、外を覗くと、外で見た時見つけた、木の枝があった。

 それなりの太さを持っているから、大丈夫そうだね。


 高さは……うん、二メートルほどかな?

 これくらいなら、全然問題なしだね。


 ボクは外壁の手摺に足をかけると、そのまま勢いよく飛びあがり、枝に手をかける。

 そのまま棒を使って縄を回避したように、枝を掴んで回転。と言っても、半回転ほどだけど。

 そのまま木の枝の上に着地し、坂のようになっている枝を駆け抜け、四階層へ。


 何の問題もなく、四階層に到達。壁を乗り越えて、内部へ。

 ……正直なところ、この世界って言ってしまえばゲームのようなものだから、侵入不可の不可視の壁があるんじゃないか、と心配したけど……杞憂で何より。


 この階層にいる人数は、十五人。鬼側の人数は、五人。

 うーん、やっぱり人の数が多いかぁ……。


 四階層含めて、残り七階層。

 残り時間は、四十八分。


 そうなると、一階層につき、最低でも六分ほどで全員を捕まえないといけない。

 まあ、ボクだけの場合だけど。


 ……と言っても、どうやら他の人たちはトラップを考えてか、慎重に行動しているみたいだから、今の状況は、圧倒的に逃走側が有利って言うことだね。


『ええええええ!? まさかの、正規ルートで行かず、建物の外側にある枝を使って上階へ到達! まるで忍者! まるで暗殺者のようです!』


 まるでもなにも、本当に暗殺者なんだけどね。

 さて、時間もないし、急ごう。



 四階層は、石でできたものが多かった。


 と言っても、本質そのものは一~三階と大して差はなかったけど。

 つまるところ、自棄になったボクをどうこうできるようなものじゃないってことだね。


 それで、えーっと……集団が三。

 三人グループと、五人グループ。あとは、六人グループ、と。それ以外だと、一人だけが単独行動してるって感じかな?


 それに、単独行動している人に関しては、どうやら鬼側の人が追い詰めているみたいだから問題なし、かな。あ、今捕まった。

 となると、残るは三つのグループのみ、と。

 トラップの方がどうなっているかはわからないけど、この際しょうがない。

 全部無視。踏んでも通り過ぎても、全部回避。これだけ。今さらトラップの心配なんてしてたら、師匠に笑われるどころか、怒られちゃうもん。


「六分でおわらせるっ!」



 まず最初に出会ったのは、六人グループ。

 見たところ、男子が四人、女の子が二人と言った構成。

 どうやら、男子の人たちが、女の子を守るようにして動いているみたい。

 それに、警戒も怠っていないところを見ると、しっかりしてるね。


 ……まあ、少し気が抜けているのか、警戒しつつも、会話をしているのは減点かな。

 ああいうのは、常に緊張感をもって臨まないと、いざ敵が出てきた時にわずかに反応が送れるもん。そもそも、どたどたと足音を立てて襲い掛かってくる暗殺者がどこにいるの? って話ですよ。


 ……あ。ついつい、向こうのノリで見ていたけど、考えてみたら、一般人だったよ。ボクが異常なだけで、向こうの人たちはどこにでもいる、普通の高校生だった。


 うーん、追う側になると、なぜか暗殺者的思考をしちゃうなぁ……これだと、師匠のこと言えないよ。


 まあ、それはさておき、時間もないのでさっさと行こう。


 こういう時、『縮地』が使えればよかったんだけどね。師匠から教わっておけばよかったよ……まあ、無いものねだりしてもしょうがないので、いいんだけど。


 それに、本物の『縮地』はできなくとも、似たようなことだったできないことはないし……。


 踏み込みを入れる瞬間に『身体強化』を最大で使用すれば、一瞬で移動可能! それでいて、インパクトは一瞬なので、床が壊れることもない。

 ……まあ、加減とタイミングを間違えたら大破壊なんだけどね……。


 こ、ここで失敗したらとんでもない脚力の持ち主だと思われてしまうけど……背に腹は代えられない。

 なら、やるしかないよねっ!


「すぅー……ふっ――!」


 精神統一の深呼吸をした直後に、大きく踏み込みを入れ、それと同時に、一瞬で最大の『身体強化』を使用。

 ドンッ! という音は鳴ったものの、建物が壊れる様子はなく、ボクはかなりかなりの速度を出して六人グループのところへ急接近。


「けいかいをもっとしてくださいね」

『は――? うおわ!? て、ててててんし――』

『水戸―――! くそっ、天使ちゃん、どっから現れたんだ!? って、うわぁ!』

『やばい! 速く逃げ――』

『くそぉ! 途中に罠も仕掛けられてたはずなのに、なんで発動しなかったんだよ!』

『て、天使ちゃんが神出鬼没すぎるわ!』

『に、にげない――』

「はい、しゅうりょーです」


 接近から捕まえるまでの時間、わずか十秒。


 うーん、もう少し早くできた気がするけど……さすがに、あれ以上は今のボクには無理。

 師匠なら五秒もかからないんだろうけど、ボクは凡人です。師匠のような、規格外の天才じゃないので、あれ以上のスピードは出せません。

 ……それに、今回成功したのは、単純に今の姿だったからだしね。

 本来の姿でやったら、さすがに建物が耐え切れなくて、壊れる可能性大だもん。

 ……まあ、今回のもわりとギリギリだとは思うけど。


 実際……


「……や、やりすぎた、かな?」


 少し凹んでたもん。


 う、うーん、大丈夫、だよね、これ。

 だ、大丈夫、ということにしておこう。うん。


『は、速い! 男女依桜さん、まるで何もないところから現れたかのような動きで、瞬く間に六人確保! 現在進行形で、無双状態になりつつあります! しかも、途中に設置されていたトラップも、まるで意味を成しておりませんでした!』


 ……そう言えば、捕まえた人の中に、罠が発動しなかった、って言っていた人がいたけど……もしかして、縮地もどきを使って移動した途中に、トラップがあった……?

 でも、光った瞬間はなかったし……。


 もしかしてだけど、一定のスピードを超えると、感知しきれなくて、不発に終わる、とか?

 ……うん。何も見なかったことにしよう。


「そんなことよりも、ほかの人をつかまえないと!」


 次なるターゲットに向かって、再び建物内を疾走しだした。



 あれから十分が経過。


 気が付けば、ボクは六階層にいた。


 ボクの活躍? に感化されたのか、鬼側の人たちがかなり頑張ってくれたようで、各階でそれなりの人数を削ってくれたみたいで、六階には十一人いたのだけど、ボクが到達する頃には、四人にまで減っていた。


 かなりありがたいです。


 この上の階層の方も、頑張ってくれているらしく、十階層に至っては、あと二人となっているみたい。普通にすごいと思います。


 さて、六階層は残り四人で、制限時間は、残り三十六分。目標通り、四階層と五階層は六分で終わらせました。

 おそらく、ボクが捕まえている間に、十階は全滅させられると思うので、少なくとも……九階層にはいくことになる、かな?

 まだやってみないとわからないけど。


 それで、この階の四人は……あー、見事にばらけちゃってる。


 でも、その内二人は追い込んでくるているみたいで、一人はもう捕まる寸前。もう一人もそれなりに距離はあるけど、疲れてきているのか、スピードが徐々に落ちてきている。


 そうなると、ボクが狙うべきは、追われていない二人の方。


 うーんと……どうやら、一人はこの近くにいるみたいだけど、もう一人についてはそこそこ距離があるみたいだ。

 まあ、少し遠くなるだけで、大して問題もない。

 一人はこの先の曲がり角、と。


 その前に、アスレチックがあるんだけど……そこまで大変なものじゃないね。


 どうやら、六階は水上系のアスレチックがメインのようで、例の紫色の液体が満たされた沼のような場所に、いくつかの丸太が立ててあり、それを飛び移って渡るものみたい。

 うん。これくらい、向こうでよくやってたからね。


 ……まあ、底なし沼だったけど。しかも、落ちたら二度と戻れないような、かなり危険なの。

 この紫色の液体がどういったものかはわからないけど、少なくともそう言った類の物じゃないはず。

 仮に落ちたとしても、簡単に抜け出せるだろうかあまり心配はいらないかもしれない。


 でも、慢心はしない。

 慢心……をした結果が、今のボクの女の子な姿なわけだしね。


 こう言うのは、もういちいち渡っていたら時間のロス。

 なら……。


「やっ、ほっ、と!」


 丸太の上を飛び移るのではなく、丸太の側面を蹴って進む。


『なんかもう、驚きすぎて、男女依桜さんの行動に慣れつつありますが……さすがに、立ててある丸太の側面を蹴って向こう岸に渡るとか、完全に予想外です! と言うか、人間に可能なんですかね、その動き! やってることが、本当に忍者と同レベルなんですが!』


 いえ、暗殺者です。


 ……なんて言ったら、どういう反応されるのかな。

 少なくとも、信じてもらえそうにはない。

 見た目の問題で。

 この姿だと、あまり強そうには見えないからね。


 ……それを言ったら、美天杯もそうだったのかもしれない。

 なにせ、一方的に佐々木君を伸しちゃったわけだし……。まあ、悪いとは思ってないけどね。態徒をあんな目に遭わせたんだもん。いくら平和主義なボクと言えど、あればかりは、ね。


 それに、向こうでのボクだったら、あれで済まなかったかもしれない。


 この世界においてのボクは、絶対に殺人はしないと決めている。どんなに極悪非道で、更正してもまともな人にならないとしても、絶対に殺さない。


 証拠を残すようなミスは絶対にしないけど、だとしてもダメ。これ以上やれば、殺すことに躊躇いがなくなってしまうからね。


 それに、日本は割と平和だし、賄賂なんてものがない限りは、相応の罰を与えてくれるから。


 思考が脱線しちゃった。


 えーっと、この先にいる、ね。これ、どう見ても待ち伏せ、だね。


 うーん、逃走側の人たち、なんでこうも待ち伏せをするのかなぁ。

 しかも、ボクが行くところに絶対にいる気がするし……。と言っても、さすがにそれは偶然、だよね。

 まあ、ボクにトラップは通用しないし、縮地もどきなら発動する前に回避することもできるから、心配はいらないけど、念には念を入れて警戒しよう。


「見つけました!」

『くそ! 五階の奴らが全滅したって言ってたから、いずれ来るだろうとは思ってたけど……速すぎだろ! まだ、全滅してから一分も経ってねえよ!』


 あれ、そうだったかな?


 うーん、やっぱり正規ルートじゃないから、大幅に時間を削れてるみたいだね。

 若干迷路のようになってるこの建物内で、正規ルートで行こうとすると、どうしても時間がかかる。階段の位置はまばらだけど、大体は中心部に近い位置にある。

 そこまで行くのが何と言うか……ちょっと面倒くさい。

 だから、比較的簡単に行ける(依桜のみ)ルートで来ているから、結構速く到達できる。


「にがしませんっ!」


 そう言いながら、背を向けて本気で逃げる男子を追いかけると、上の方から光が発された。

 珍しく、天井設置型のトラップみたい。

 とりあえず、気にせず通り抜けようとすると……


「――ッ!? 液体!?」


 謎の白い液体が噴き出してきた。


 慌てて回避するも、嫌悪感に似た何かが胸のうちに発生し、若干動きが鈍くなってしまった。

 そして最悪なことに、この液体、妙に年生があるし、しかも……


「ふ、服がとけてるんですが!」


 ボクの着ていた服を溶かしていた。

 うぅ、なんか気持ち悪いぃ……。

 全身にかかっちゃったよ……油断しないって決めてたのに、これだもん。

 と、そんなことを思っていると……無意識に、口の横についていた液体を、思わず舐めちゃった。

 すると、口の中に甘みと酸味のバランスが絶妙な……って、


「……あれ、ヨーグルト?」


 味は、どういうわけかヨーグルトだった。

 地味に美味しいのが何とも言えない……。

 って、そんなことはどうでもよくて!


『おーっと! ここまで、トラップのすべてを回避していた男女依桜さんですが、謎の白い液体を被ってしまいましたー! って、服が溶けてます! まずい! これは非常に、まずい! 学園長先生、どうにかならないんですか!?』

『あー、じゃあ、モザイクでもかけておく?』

『そ、それはそれでいやらしい何かに見えなくもないですが……犯罪者や死人を出すわけにはいきません! お願いします!』

『はいはーい。とりあえず、こっちの映像からは見えないようにしておきます』


 と、学園長先生が言うものの……これ、本当にかかってるの?

 いや、白い液体はかかってるけど。


『どうやら、しっかりモザイクはかかっているようなので、安心ですね! って、こら観客! 露骨にがっかりしない! あと、ブーイングもしない!』


 ……聞かなかったことにしよう。


 うぅ、それにしても、上着が所々溶けて、下着が見えちゃってるよ……。

 ……そう言えば、母さん、なんでスポーツブラなんて持ってたんだろう。それも、今の姿に合わせたもの。


 正直、師匠や学園長先生も謎で、闇が深いような気がするけど……なんだかんだで一番闇が深いのは、母さんなんじゃないかな。


 うん。それはさておき、服が全損しなかったのは不幸中の幸いだったかな。

 ……まあ、水色の下着がちょっと見えちゃってるけど……普段の姿よりも羞恥心はない。決して、0というわけじゃないけど。

 うぅ、こんなトラップを仕掛けた人、絶対女の子相手に使おうとしてたよね。

 ……ちょっと美味しかったけど。


「うぅ、やつあたりだぁ!」

『え、ちょっ、はや――』


 あられもない? 姿のボクを見て、ぼーっと立っていた男子の人めがけて肉薄し、その体に触れると、驚愕の表情で消えて行った。

 一度ならず、二度までも……学園長先生には、かなりキツイお仕置きが必要だよね!



 その後、かなり恥ずかしい格好で動き回ることになったけど、一度スイッチが入るとそこまで気にならなくなった。


 ……女の子として、それはどうなんだろう、と思ったけど……って、ボクは男なんだってばぁ!


 うぅ、なんか最近、自分が女の子だと思うようになってきちゃってるよぉ……。


 女の子になって初めて学園に登校した次の日に、女委が言っていたことが本当になってきているような気がして、なんだか落ち着かないような……。

 もしかして、近い将来、今の姿が普通だと思うようになる日が来る、のかな。


 ……うん。怖い。と言うより、本当にそうなりそう。


「……今こわがってもしかたないよね」


 うん。今は、目の前の競技に集中!


 気が付けば、六階にいる人は、いなくなっていた。

 どうやら、鬼側の人たちが頑張ってくれたみたいだね。

 それじゃあ、ボクは七階層に急ごう!

 そう意気込みながら、ボクは枝の方へと飛び出していった。

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