第422話 観光開始

 王様たちへの事情説明が終わると、ボクたちは王城を出る。


 それからすることと言えば、当初の予定通り観光をすること。


 まあ、観光と言っても、実際は『CFO』がここのモデルになっているから、若干の目新しさはないのかもしれないけど……。


 とはいえ、仮想世界で体験するのと、現実世界で体験するのでは訳が違うもんね。


 向こうはNPCだけど、こっちは本物の人だもん。


 あ、ちなみに受付のお仕事は、明日になりました。


 今日はさすがに来たばっかりだからね、仕方ない。


 ともあれ、王城から外に出るなり、みんなはわくわくとした面持ちで周囲を見回す。


 中でも、女委と態徒、美羽さんが顕著。


「うおー! やっべぇ、これが異世界か!」

「おぉ、CFOで見慣れた景色とはいえ、本物に敵わないね! あとで、写メっとかないと! いい背景材料だぜー!」

「そうだね。私も、とっても興味深いな。こうして、見慣れない風景に心躍るよ。演技に活かせそう!」


 三人はテンション爆上がり。


 態徒は一般人枠的な意味で。


 女委は、作り手側的な意味で。


 美羽さんは、演者側的な意味で。


 それぞれの立場で感想を漏らしていた。


「はしゃいでるな。特に、態徒と女委の二人は」

「そうね。美羽さんは、普通に演技の参考的な意味でしょうけど、あっちは完全にはしゃいでるわ」

「まあ、異世界だもんね! 普通に生きてたら、絶対に行くことはない世界だもん。気持ちはわかるよ!」


 反対に、未果、晶、エナちゃんの三人は、微笑ましそうな感じであっちの三人を見ていた。


 ちなみに、師匠はボクたちから一旦離れて行動しています。


 師匠曰く、


『ま、久しぶりの元の世界だからな。あたしもちょいと、今日くらいは一人で見て回ってくるよ。あぁ、何かあったらスマホで連絡しな。一応、お前のスマホだったら、あたしのスマホに繋がるようにしておいた。じゃあな』


 だそうです。


 異世界でもスマホで通話ができるって……師匠、一体どういう方法でそんなことしたんだろう?


 やっぱり、魔法なのかな。


「ねーさま! あれ、あれはなんじゃ!?」

「向こうの物も気になります!」

「おいし、そうな、匂い……」

「あ、ぼくあれ気になる!」

「不思議なものがあるのです。……何なのでしょうか?」

「……疑問」

「あぁ、はいはい。じゃあ、一ヵ所ずつ回ろうね。さすがに、一遍に言われてもボクは対処できないから」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、偉いね」


 ふぅ、よかった。


 みんな素直ないい娘だから、ボクとしてもありがたいよ。

 これでもし、みんな我儘な娘たちだったら、今みたいに上手く誘導とかできないと思うからね。

 あと、姉妹仲は悪くないもん、みんな。


「そういやよ、なんか周囲からの視線が多い気がするんだが」

「それはほら、うちたちってこっちの世界の人たちからしたら、不思議な服装だもん」

「まあ、服装が周囲と違うんだ、浮いて当然じゃないか?」

「あとは……単純に依桜が一緒にいるから、じゃないかしら?」

「え? ボク?」


 どうしてボクが……って、あ、そっか。


 普通に考えたら、ボクって有名人。


 元の世界でも若干有名になりつつあるけど、こっちの世界でなんてあっち以上に有名だもんね、ボク……。


 できれば、あまり表舞台に出たくはないけど、勇者だったという事実を踏まえると、そうも言ってられないから。


 とは言っても、さすがに変なことにはならな――


『あ、あの!』

「何でしょうか?」

『え、えっと……ゆ、勇者様、ですよね?』

「まあ……一応そうですけど……」

『あ、握手してくださいっ!』

「ふぇ?」

『あ、ずるいぞ! ならこっちも!』

『いやいや、俺もお願いします!』

『私も――』

「あわわわわわっ……!」


 問題、すぐに発生しました。


 見ての通り、いきなり一人の女性に話しかけられて、握手をお願いされたと思ったら、周囲にいた人たちも一斉に押し寄せてきてしまった。


 その結果、ボクはあわあわと混乱しだした。


 幸いだったのは、メルたちがちょっと離れた位置にいたこと、かな……。


 だとしても……これは、酷い。



 突然依桜が周囲の人に押しかけられ、私たちはそれを傍から見ていた。


「見ろよ、依桜の奴、世界的スターが街に出てきた時みたいな押しかけ方されてんぞ」

「こっちの世界じゃ、世界的スターみたいなものでしょ、依桜は」

「何せ、世界を救った英雄なんだろう? なら、こうなっても不思議じゃない」

「でも、メルちゃんたちが大好きなお姉ちゃんの所に行けなくて、ちょっと悲しそうになってるね」

「あ、ほんとだ。ちょっと泣きそう」


 そう、エナが言った瞬間、


「え、メルたちが泣きそう!? すみませんっ、ちょっと失礼します!」


 依桜が慌てた様子で一言謝り、その場から跳躍すると、メルちゃんたちの前に着地。


『『『おおぉ~』』』


 周囲から、感嘆の声が漏れた。


 そんなことに目もくれず、依桜はメルちゃんたちに駆け寄る。


「メルたちは大丈夫だった? どこか怪我はない? 痛いところとか……あ、もしかして、怖いこととか……?」


 うっわー、マジで過保護。何あれ。過保護って言うか……ドが付くほどのシスコンね、あれじゃあ。


「大丈夫じゃ!」


 と、メルちゃんが代表して返答。


 他の娘たちも、にっこり笑顔。


 あー、あれは可愛いわ……。


 可愛いけど、依桜のは度を超えてるのよねぇ……。


 あんなキャラだったかしら、あの娘。


 昔はもっとこう……のほほんとした雰囲気を纏っていて、年下の子には平等に優しく接していたけど、今みたいに特定の娘たちに、あそこまで構うことはなかったんだけど……。やっぱり、妹だから、と言う部分が大きいのかしら?


 だとしても、あれは過保護すぎよね。


「いやー、依桜君ってどんどんおかしくなってくねぇ」

「おかしいってか、ありゃもう別人だろ。普段の依桜からは想像できねえって」

「依桜と少ししか接点のない人が見たら、確実に目を疑うだろうな」

「むしろ、みんなに受け入れられそうじゃないかな? ほら、依桜ちゃんってモッテモテだもん!」

「そうだね。ネット上でも、依桜ちゃんって大人気だからね。私の所の職場でも、声だけ知ってる人は言って来るよ。『あの可愛らしい声の持ち主は、姿も可愛いのか?』って。まあ、実際に可愛いから、その通りです、って言うんだけど」

「へぇ~、スタジオの方でも言われるんですね、依桜のこと。どこ行っても、モテモテね、依桜は」


 才能と言えば、才能なのかしらね。


 ……いや、あれは才能じゃなくて、単純に本人の気質の問題ね。


 そもそも、銀髪碧眼で、美少女で、巨乳で、優しくて、家庭的で、謙虚な存在なわけだし、これでモテない、って言う方がおかしな話よね。


 仮に、依桜が普通の女の子と言ったような容姿だったとしても、普通にモテそうよね。


 やっぱり、性格って大事よ。


 あとは何かしら。依桜から漏れ出る、謎のオーラ? それとも、雰囲気、とでも言えばいいのかしら? まあ、その辺もあるでしょう。


 依桜ってば、周囲の人を穏やかにさせるような雰囲気とか持ってるから。


 ……どうあがいても、強すぎるわ、あの娘。


 やっぱり、いろいろとチートな存在ね。



 街の人に押しかけられる、と言うような事態を何とかしてから、再び観光に。


 中でも、女委が大はしゃぎ。


 今なんて、


「おぉ! これは魔道具! おじさんおじさん、これください!」

『いいけど、そりゃ安もんだぜ? しかも、灯りを灯すだけのやつ。嬢ちゃん、変わった服を着てるし、貴族様とかじゃないのかい?』

「全然違うよ! 別にいいのさ! むしろ、こう言うのが欲しい! お土産にするんだい!」

『お、おうそうか。……ま、そう言ってもらえると嬉しいねぇ。作ったの、おじさんだから』

「お、マジで? よーし、じゃあもっと買っちゃうぜー! んじゃ、あっちとあっちも下さい!」

『ハハハ! 太っ腹だねぇ。毎度ありぃ!』


 こんな感じに、街にある魔道具店で魔道具を買い漁っていた。


 ちなみに、お金に関してはボクの所持金から出してます。


 みんな、お金持ってないしね。


 それに、ボクは基本的にこっちに来ることがあまりないので、お金が肥やしになっちゃっているし、せっかくだからということで、みんなに渡してます。


 つまるところ、お姉さんからのお小遣いというわけですね。ボクの方が年上と言えば年上だから。


 まあ、みんなには最初遠慮されたけど。


 遠慮はされたけど、押し付けました。さすがに、数百万単位のお金をこっちの世界で使わずに持っているのはちょっとね……。


「やったぜ。……おっと、おじさんや、この絵どう思う?」

『ん? ……な、なんだこれは! こう、おじさんのハートに突き刺さったぞ!?』

「お、こっちでも受けがいいんだね! 気に入った?」

『ああ、すごく!』

「よっしゃ! じゃあ、後日これの文字を翻訳したものを持ってくるぜ!」

『おお、ありがとう嬢ちゃん! 楽しみにしてるぜ!!』

「いいってことよ! んじゃ!」


 ……女委、一体何を見せたの?


 ねえ、もしかしなくても女委……こっちの世界で、布教活動に似たようなことしてないよね?


 大丈夫だよね? 変なこととかしてないよね?


 正直、元の世界の物をこっちに持ち込んだらどうなるかわからないけど、まあ……悪い状況にはならない、よね? え、ならないよね? だって、女委が持ち込んでるのって、一応同人誌、だと思うし。


 あと、マンガとかも持ち込んでそう。


 まあ、こっちの世界は既に危険物とかが広まっているような物だからまだいいけど、元の世界にはなるべく危険な物は持ち込みたくないかな。


 魔道具は……まあ、危険な物に転用できる物じゃなけばそこまで問題ないかな。


 女委が買っていた灯りを灯すだけの物とかね。


 だってあれ、現代級だもん。


 これが、中世級から上になったらちょっと問題だったかな。


 あの辺りになると、便利なものが少な目になって、危険なことにも転用できてしまうものも多いから。


 前にボクがバリガン元伯爵の件で生成したあれもいい例だね。


 あれって、鍵状の物なんだけど、『誓約の腕輪』を解除するだけの物じゃなくて、より正確に言えば、古代級未満の錠を開ける、というものだったり。つまり、元の世界では本当の意味で万能なピッキングツールになってしまう、何て言う恐ろしい物。


 だから、泥棒に入り放題、盗み放題になっちゃうわけで……。


 だからこそ、あまりこっちの物を持って行くのはよくなかったりするんだけど。


 ……まあ、前回はお土産と称して色々と持って帰っちゃったけど、あれは危険な者じゃないから大丈夫……のはず。


 あ、魔道具で思い出した。


「美羽さん」

「なーに、依桜ちゃん?」

「出発前に渡し損ねたものがありまして……これ、持っていてください」

「指輪……? 依桜ちゃん、これは何? 少なくとも、アクセサリーに使われるような物じゃない気がするけど……」

「えっと、それは魔道具でして、持っている人同士で遠距離会話を可能にするものなんです」

「え、いいの? これ、高いんじゃ……」

「いえ、これタダなので。ボクが創り出したものですから」」

「依桜ちゃん、本当に規格外だねぇ……」

「あ、あはは……い、一応旅行に来ているメンバーは全員持ってるので」

「あ、なるほど、そうなんだね。じゃあ、ありがたく頂きます」


 さすがに、渡しておかないと、何かあった時に困るからね。


「もしも何かあったら、ボクに思念を飛ばしていただければ、すぐに行きますから。師匠は……まあ、あの人は多分、そう言うの無しでも気づいてくれると思うので、ボクか師匠に思念を飛ばしていただければ」

「うん、わかったよ。でも、思念ってどうやって飛ばすのかな?」

「あ、えっと、話したい言葉を強く念じて、それを誰に飛ばしたいか、ということを明確に思い浮かべれば飛ばせます」

「それだけでいいんだ。うん、ありがとう、依桜ちゃん。もし何かあったら、頼らせてもらうね」

「はい。遠慮なくどうぞ」


 うん、これで大丈夫、と。


 さすがに、こっちの世界は向こうとは違って危険が多いからね。


 まあ、基本的にそう言った場所に行かない限り、危険が及ぶことはほとんどないけど、100%安全とは言い切れないからね。


 もしもの対策はするのです。


 まあ、何事もない、と言うのが一番なんだけどね。


 できれば、平穏に楽しく終わる異世界旅行になることを願います。

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