第421話 王様からの願い事

「さて、話はこの程度にして、儂はそろそろ仕事に戻らねばな」

「わかりました。それじゃあ、ボクたちはこれから観光に向かおうと思います」

「うむ。是非、この国を堪能して行って欲しい。そなたらのことは先ほど、ルルナたちを通じて場内の者たちに知らせてあるので、自由に出入りしてもらって構わない。門番の方にも、出る時に自身のことを伝えてもらえれば、向こうも覚えてくれるはずだ」

「ありがとうございます、王様。というわけらしいから、みんなは自由に行動しても大丈夫だよ」


 ボクがそう言えば、みんな(地球組)は本当に楽しそうな表情に。


 あ、もちろん、みんなでお礼は言いましたよ? 当たり前です。


「お父様、私も……」

「お前は仕事があるだろうに……。というか、今日の分どころか、昨日の分すら終わっていないであろう? それを終わらせてからでないと、同行はさせられんからな」

「そんなっ……」

「そんなじゃないわ。まったく……」


 どうやら、レノも付いて来ようとしていたみたい。


 だけど、仕事がまだ残っているみたいで、王様に止められていた。それどころか、怒られていた。


「レノ、仕事はちゃんと終わらせないとダメだよ?」

「で、ですが……」

「むしろ、こう考えるの。お仕事を早く終わらせれば、その分遊べるって」

「――っ!」

「そうすれば、ボクたちとも行けるよ?」

「そ、そうです! ここはもう、昨日、今日の分だけでなく、明日明後日の分も……いいえ、それ以降のお仕事も終わらせればいいのです! お父様、私、すぐにお仕事に戻ります!」

「あ、あぁ、だが――」

「それでは失礼します!」


 ビュンッ! という効果音が聴こえてきそうな速度で、レノが部屋を勢いよく飛び出していった。


 レノ、そんなに一緒に回りたかったんだ。


「……おい、依桜の奴、こっちでも女を落としてたぞ」

「……そうね。しかも、お姉様呼びだし」

「いやぁ、依桜君のたらしっぷりには感服するよねぇ」

「まあ、依桜、だからな……」


 あれ、なんか四人が呆れたように話してるんだけど……どうしたんだろう?


「さて、それでは儂は仕事に……っと、あぁ、そうだ思い出した。イオ殿、少しいいか?」

「なんでしょうか?」

「いや、実はイオ殿に依頼が来ておってな……」

「依頼、ですか」


 突然なんだろう?


 ボクに依頼があると言うと、考えられるのは二パターン。


 一つは、普通に勇者としてのもの。


 もう一つは、暗殺者としてのもの。


 ……一応これでも、暗殺者の仕事で、殺してるからね、人を。


「……おいクソ野郎。テメェ、まさかうちの愛弟子に、殺しをさせようってんじゃないだろうな?」


 師匠が怒った。


 見れば、ものすごい殺気を放っていて、顔はもう、ブチギレ、という言葉がぴったりな形相。


 ……こ、怖い!


「そ、そそそそそのようななことは、あ、ああぁありませぬ!」

「本当かァ?」

「ほ、本当です! 神に誓って! ミオ殿に誓ってぇッ!」

「……チッ、ならいい。……殺し損ねたか」


 冷や汗を大洪水のように流しながら、大慌てで否定するだけでなく、絶対に嘘じゃないと、神と師匠に誓っていた。


 よっぽど怖かったんだね……。


 ……それにしても師匠、最後に怖いことをぼそっと呟いた様な気がしたんだけど……き、気のせいだよね!


「ふぅ……」


 師匠の圧倒的で濃密な殺気からなんとか逃れることができた王様は、ハンカチで汗をぬぐうと一息つく。


「それで、えっと、依頼って何ですか?」

「あぁ、その事なんだがな? イオ殿は、冒険者ギルドを知っているか?」

「ええ、まあ。たまに冒険者の人たちとも協力しましたし……なんだったら、三年目の大規模の戦闘の時だって、連携してましたしね。知ってますよ」


 あの時は大変だったよ。


 知らない人と連携を取らないといけなかったからね。


 何度も死に目に遭ったなぁ……。


 なんてことを思っていると、ちょいちょいとつつかれた。


「依桜君依桜君!」


 つつかれた方を見れば、女委がすっごくキラキラした瞳でボクを呼んでいた。


「何?」

「もしかして、冒険家ギルドってあれかな!? 異世界転生・転移系作品のテンプレ! お約束な組織!」

「うん、そうだよ。えーっと、説明いる?」

「「「「「「いる!」」」」」」


 あ、地球組のみんなは必要なんだね。


「えーっとじゃあ、軽く……。えっと、冒険家ギルドと言うのは――」


 と言うわけで、軽く地球組のみんなにこっちの世界の冒険者ギルドを説明。


 冒険者ギルドと言うのは……まあ、異世界系作品では定番の組織。


 この世界もその例に漏れず、やっぱりあった。


 まぁ、ボクは別にそこに所属していたりとかはしてないんだけど。


 この世界の冒険者ギルドと言うのは、イメージとしては異世界系作品に出てくるもので概ね大丈夫です。


 ギルドに持ち込まれた依頼――クエストを受けて、そのクエストをこなし、報酬をもらうという仕事。


 一応ランク分けがされていて、ランクは1~7の七段階。


 それぞれ、1が駆け出し。2がちょっとこなれた初心者。3がアマチュア。4がプロ寄りのアマチュア。5がプロ。6がベテラン。7が英雄。


 みたいな感じ。


 まあ、あくまでもこんな感じ、というだけであって、中にはそのランクよりも上の実力がある人とか、ランクは高いけど、低ランク並みの強さしかない人もいたりします。


 一応、ランクで受けられるクエストは決まっていて、それぞれレベルで表されます。受けられるのは、ランクと同じレベルのもののみ。


 例えば、レベル1と2なんかはよくある採取系やお使い系と言ったクエストが中心で、レベルが3からになってくると、討伐系のクエストも受注できるようになります。


 それで、レベルが5になると、魔族の戦争などのような、大規模戦闘に召集がかかります。当然、命の危険も大きく跳ね上がるので、その分の報酬も破格。


 そして、レベル7のクエストとなると、何と言うか……王都、もしくは国が滅ぶかも、くらいの難易度の物になってきます。


 こっちはまあ……そうそう起きないかな?


 ボクが知っている限りだと、三年目の時にあった、魔王軍の四天王の討伐とか。


 それ以外だと、暴れ回っている上位種の龍族を倒すものとか。


 普通だったら死んでもおかしくないような物ばかり。


 ちなみに、冒険者のレベルの上げ方は至ってシンプルで、多くのクエストをこなすことと、ギルドからの評価が高ければ大体上がれます。


 それから余談として、冒険者に入るには試験があって、それを突破して、初めてなれます。さすがに、戦闘のスキルがない状態でなって、それであっさりと死んじゃったら、ギルド側としても嫌だからね。


 まあ、中には《鑑定士》のような職業の人が、採取などをメインにして活動する場合は、例外で認めらるんだけどね。意外と緩かったり……。


 でも、やっぱり戦闘系の職業の人が多いかな?


 あ、ちなみに、何か問題を起こしたら、結構重めの罰を受けます。


 それでも何度も問題を起こしたら除籍処分の上に、罰金まで取られちゃうんだよね。


 内容によってその辺りは変動してくるんだけど、ボクが知っている限りだと、一番多いのは……二億テリル。


 四人家族が贅沢なしで普通に生活するのなら九万テリルで済みます。


 こっちの世界は結構物価が安いんだけど、それでも二億テリルはものすごく大金。


 だから、問題を起こそうとする人は、よほどの馬鹿な人じゃない限り、まずないとか。


「――というのが、冒険者ギルドの概要だね」

「なるほど……本当によくある冒険者ギルドなのね」

「そうだな。まさに、テンプレ」

「いやぁ、このテンプレ具合がいいんだよ! やっぱり、異世界と言えば、冒険者ギルドだよね!」

「それな! 憧れとかあるぜ!」

「冒険者ギルドかー……うーん、演技のいい参考になりそう」

「うちは純粋に面白そう!」


 と、様々な反応が返って来た。


 まあ、日本人だもんね。


 アニメやマンガ、ライトノベルが好きな人は、割と憧れている人も多いんじゃないかな? 現実にはないけど。


「それで、王様。その冒険者ギルドがどうかしたんですか?」

「いやな? そこのギルドマスターが儂の知り合いでな。つい先ほど、何か問題が起きないようにと、イオ殿のことを伝えたのだよ」

「なるほど。なんだかすみません、お手数をおかけしたようで……」

「いやいや、別に構わないんだよ。ただまあ……そこのギルドマスターが、一日でもいいので、受付嬢をやってくれないか、と」

「う、受付嬢、ですか」


 それはもしかしなくてもあれだよね?


 クエストの受注や達成報告に関する窓口にて、冒険者の人の対応をしている女性。


「うむ……。別に、断ってくれても構わない。本来、イオ殿は友人たちと共に、旅行に来ているわけだからな。さすがに、仕事をさせると言うのも……」

「あ、あはは……。でも、どうしてボクに? 前にチラッと見ましたけど、普通に人手は足りているように見えたんですけど……」

「う、む……それなんだがな? 実は――」


 と、王様が冒険者ギルドの方について軽く事情を説明してくれた。


 どうやら最近、平和になったせいか変に乱暴な人たちが増えているらしくて、ギルドも困っているとか。


 内容としては、ギルド内で騒いでテーブルや椅子などの備品を壊したり、街に住む人、特に女性をナンパする人が出たり、受付嬢の人たちにしつこく付きまとったりする人がいるんだとか。


 あとは、鑑定にいちゃもんをつけて来て、報酬額をさらに上乗せしようとしている人までているとか。


「なるほど……」

「受付嬢は、何と言うか……容姿がよく、仕事もしっかりこなす者を雇っていてな? もちろん、男の受付もいる。まぁ、こっちも大体は容姿がよかったりするんだが……。いや、それはいいんだ。受付をしている者のほとんどは、戦闘経験のない、所謂一般の者たちとも言えるのだ。なので、戦うことをメインにしている冒険者たちを振り払う力などはなくてな。そこで、勇者であるイオ殿に、どうにかしてもらい、というのだ」

「そうだったんですね。……うーん」


 ちょっと考える。


 ボクがこっちの世界で生活していた時の冒険者の人たちに対するイメージと言えば、少し乱暴だけど、気のいい人、というものだった。


 喧嘩はしても、それは信頼の裏返しだったり、単純にライバル同士だったりするからよかった。それに、あの時期は魔族との戦争中だったから余計に。


 でも、今はそんな戦争も終わってひと段落している状況。


 そうなってくると、変に力を誇示するような人が出て来ても不思議じゃない。


 あの時、魔王軍と戦っていた冒険者の人たちはそんなことをしないと思うけど、そうじゃない人――つまり、あの戦争が終わってから冒険者になった人たちは、そう言った本当の意味での命のやり取りを知らない人たちであり、尚且つ他人を尊重する、ということを知らないということ。


 もちろん、そうじゃない人もいる。


 でも、そう言った人たちが少数でも、そっちが目立っちゃって、結果的に全体の印象を下げる結果になってしまうから、本当に質が悪い。


 百人中九十九人が善行を積んでいても、残った一人が悪行を積んでいたら、全体がそうなのでは? と思われてしまうからね。


 それに、戦争が原因とも言えなくもないし……


「あの、仕事って実際何をするんですか? さすがに、冒険者ギルドに在籍したことはないですし……」

「なに、仕事は簡単だ。主に、クエストの受注、報告を受けることだな。そのほかの業務だと、事務作業などや鑑定作業がある。あと、イオ殿の場合は、もしギルド内で荒事が発生した際、それを止めてもらえると助かる、だそうだ」

「なるほど……」


 聞く限りだと、そこまで難しいような内容じゃないみたい。


 それに、一日限りみたいだし……。


「えーっと、ボクがやるのもやぶさかではないですけど、さすがに素顔でやるのって、結構問題じゃないですか? その……ボクって一応、有名人と言えば有名人ですし……」

「あぁ、そうだったな。イオ殿が受付嬢なんぞをやれば、即座に冒険者たちが集まるだろう。それどころか、近隣住民が揃って押しかけそうだ」

「あ、あはは……」


 どうしよう、否定したくても、その光景が目に浮かぶ……。


 ボク、戦争終結後は本当にそうだったからね……。


 いろんな人に追いかけられて、いろんな人に迫られる、みたいな生活だったもん。


「しかし、そうだな……どうするか……」

「それで、なんですけど、いっそのこと覆面調査、みたいにしてはどうかなと」

「ふくめん、とは何だ?」


 あ、そっか。こっちにはそう言うものはないんだっけ。


 じゃあ、ちょっと説明が必要かな?


「覆面調査と言うのは、簡単に言えば、素性を隠して内部を調べることですね」

「つまり、スパイのような物、と?」

「間違っていませんけど、スパイとは違って、敵に流すわけじゃなくて、そこの大元の人に情報を渡すんです。職場をよりよくするために。それ以外だと、犯罪組織に潜り込んだり、とかですね」

「ほう、そのようなものがあるのか。……うむ、それはいいな。イオ殿、それで頼めないだろうか? もちろん、給金は発生する」

「わかりました。何事も経験ですしね。それに何より、戦争が原因でそう言ったことが怒っているのなら、お手伝いさせてもらいます。でないと、受付の人たちや、街に住む住民の人たちも安心できないでしょうから」

「……本当に、イオ殿は人ができておるな」


 そう、かな?


 割と普通だと思うだけど……。


 別にそうでもないよね? みたいな感じの表情を浮かべていたら、王様が微妙にちょっと困ったような表情を浮かべてこう言ってきた。


「……あー、イオ殿は、そちらの世界でもこんな感じなのか?」


 って。


 そしたら、


「「「「「「「おっしゃる通りで」」」」」」」


 メルたち以外のみんながうんうんと頷きながらそう返していた。


 え、どういう意味なの?


「そうか……。まあいいか。ともあれ、仕事は明日頼めるかな?」

「大丈夫ですよ。それで、時間は何時頃ですか?」

「基本、朝の八時にはギルドは開いている。なので、七時頃に行けば問題はなかろう。向こうにもそう話しておく」

「わかりました。それじゃあ、その時間に」

「すまないな」

「いえいえ。……あ、明日は一応、姿を偽って行くので、その事も伝えておいていただけるとありがたいです」

「あいわかった。さて、こんなところか。それでは儂は仕事に……っと、あ、いかん。もう一つあった」


 え、まだあるの?


「これは別にお願い事などではなく、ある種の注意だ」

「注意、ですか」

「ああ。聞けば、そちらの世界はこちらとは違い、争いのない平和な世界と聞く。ならば、ほとんどは戦闘能力を持たない者ばかりであろう?」

「そうですね。魔物類もいませんし」


 最近、悪魔は現れたけど。


 何だったんだろう、あれは。


「そうか……。ならば、言っておかねばな。……どうも近頃、正体不明の人型の生物らしきものが目撃されていてな、今のところは大した被害は出ていないのだが、気を付けておいた方がよいぞ」

「……わかりました。忠告、ありがとうございます、王様」

「なんの、イオ殿には本当に世話になったからな。……それでは、儂は今度こそ、仕事を再開させるとしよう。では、楽しんで行ってくれ」


 最後ににこやかに笑って言うと、王様は出ていった。


 うーん、正体不明の人型の生物……なんだろう、すでに嫌な予感がする。

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