第240話 並行世界の師匠とメル
それから、二人で色々と話したり、待ったりしていると、夕方になった。
「帰ったぞ」
「ただいまなのじゃ!」
部屋にいると、師匠とメル(ボクが知っている二人じゃないけど)が帰って来た。
「あれ、師匠って教師だから帰ってくるのは遅いんじゃないの?」
「いや、今日は学園長の方から早めにメルと一緒に帰って言い、って言われていてな」
「あ、そうなんだ。事情は知ってるのかな?」
「……あの学園長のことだし、面白そうだから、なんて理由で言ってない可能性があるけどな」
「あ、あー……想像つく……」
学園長先生、だもんね……。
面白そうだから、なんて言う理由で異世界転移装置なんてものを作っちゃうほどの、快楽主義者だもんね。
実際、本当にそう思ってそう。
「依桜。今日は早退したって聞いたが、どうし――ん?」
「にーさま! どうしたのじゃ? もしや、びょう――む?」
二人がこっちのボクの部屋に入って来て、ボクの姿を見るなり、固まった。
「ったく、この様子だと、本当に言わなかったんだな、あの馬鹿は……あー、とりあえず、二人に紹介するよ。こっちは、まあ……もう一人の僕だ。正直、名前が同じだから、便宜上、桜、と呼んでやってくれ」
「は、はじめまして? えっと、男女依桜です。まあ、その……ちょっと事情があって、この家で厄介になります。依桜が言ったように、桜、って呼んでください」
すでに知っている人に対して自己紹介をするって言うのは、本当に不思議な気分になる。
でも、この二人はボクが知ってる二人じゃないんだよね……外見も口調も同じなのに。
と、一泊置いて、
「はああああああああああああああああっっっ!?」
師匠のそんな驚きに満ちた叫びが響き渡った。
「……なるほど。つまり、ここにいる女の依桜は、こことよく似た別の世界――並行世界に住んでいる、もう一人の依桜で、そのもう一人の依桜が、エイコの発明品の暴走でこっちに来ちまった、ってことでいいんだな?」
「そ、そうです」
「はあぁぁぁぁぁ~~~~……」
う、うわぁ、すごく深いため息……。
まあ、師匠がそうなる理由はわかるよ。
だって、自分の弟子がもう一人いるわけだし。
「お、おー、にーさまがもう一人いるのじゃ……」
「あ、あはは、なんかごめんね、メル」
「おお、儂の名前を知っておるのか?」
「あー、うん。ボクの世界にもいるからね、メルと師匠は」
「なんと! すごいのじゃなぁ……うーむ、じゃあ、こっちのにーさまは、ねーさまと呼んだ方がいいのかの?」
「そうだね。性別自体は違うし。その方が区別がつくもんね」
「うむ! じゃあ、ねーさまなのじゃ!」
まさか、こっちのメルにもねーさま呼びされるとは思わなかったけど。
「さて、女の依桜……ああ、桜か。桜は、なんで女なんだ? 今さっき、そっちの世界にもあたしやメルがいる、って言ってたな?」
「あ、えっと、こっちのボクとは違って、向こうのボクは元々男だったんですよ」
「なるほどな。で? やはり、そっちにもあたしがいるってことは、お前は弟子ってことか?」
「は、はい」
「……で、まさかとは思うが……魔王討伐直後に、油断して呪いをかけられた、なんて言わないよな?」
し、師匠の笑顔が怖い……。
「そ、それは、そのぉ……」
「……はぁ。まったく、どこの世界の依桜も、油断して【反転の呪い】を喰らうとは……ほんと、情けないな」
「す、すみません……」
違う師匠にも、呆れられた。
なんだろう、ちょっとグサッと来る。
「……しかし、お前、あたしに対しては基本敬語なのな」
「え? あ、はい。初対面の時からずっと敬語でしたし……な、何かおかしなところでもありますか?」
「いや。何と言うか、こっちの依桜と微妙に違うなと思ってな。何と言うか……女っぽくて可愛いな」
「ふぇ!? ぼ、ボクは元々男ですよ! だから、その、か、可愛いって言うのは……」
「……マジで、別人なんだが」
「そ、それは、一応は別人ですから……ち、ちなみに、女の子時代の依桜はどんな感じだったんですか?」
ちょっと気になったので、師匠に尋ねる。
「まあ、男勝り」
「お、男勝り?」
「ああ。依桜の今の口調あるだろ?」
「は、はい」
「それ、女の時からずっとそれだ。あと、無駄に男らしい面があったりする」
「いや、そこまでじゃないと思うぞ、僕」
「な?」
「う、羨ましい……」
ボク、男らしくなりたい、ってずっと思ってたから、依桜の男勝りな感じが羨ましい……。
ボクなんて、男らしくない、なんて言われてたからね……。
それが結構、心に刺さってたよ。
「しかしまあ、外見は全く同じなのに、中身はまるで正反対だな」
「そ、そうですか? 割と、考え方とか、趣味嗜好は同じですけど……」
「そうだよな?」
「うん」
ボクとボクとで顔を見合わせる。
「じゃあ訊くが……自分が、ちょっとした失敗してしまった時、どう思う?」
「え? うーん……ボクは、ちょっと落ち込んじゃうかも……」
「僕は、いちいちくよくよしてもしょうがないから、前を向く」
「「え?」」
お互いの回答に、二人して疑問を浮かべながら顔を見合わせる。
「ほらな、微妙に違う。しかもこの場合、中身的に外見と合ってる、って言うのが問題だろ。男依桜は、中身が男勝りだから違和感なし。女依桜も、中身が女っぽいから違和感なし。実際、根本的な考え方、行動、趣味嗜好は同じでも、精神的なあれこれは微妙に違うみたいだな。それも、元の性別よりも、今の性別の方が似合ってるからな」
「そ、そんなことはない、と思いますけど……」
「ああ。僕も、そんなことはないはず」
「……なら、もう一つ。ここに、美味しいケーキが、ある。ちょっと食べてみろ」
師匠が『アイテムボックス』から美味しそうな、イチゴのショートケーキを取り出し、ボクたちに渡してきた。
「ああ、メルのもあるから、食べていいぞ」
「やったのじゃ!」
や、優しい。
師匠って、もしかして、メルには甘い……?
「ほら、さっさと食え」
「は、はい。じゃあ、いただきます」
「僕も、いただきます」
二人そろって、ケーキを一口パクリ。
「ん~~~っ、美味しいっ!」
「美味い!」
「……お前ら、その反応をしておきながら、元の性別の方があってる、って言わないだろうな? 特に、女依桜。おまえ、すっごい幸せそうな顔したぞ。しかも、無意識に、頬に手を添えてるし」
「えっ」
言われて気付く。
たしかに、右の頬に手を添えてた……。
あ、あれ? いつの間に……。
「これでわかったろ、いろんな意味で、お前たちは微妙に違う。というか、実際生まれてくる性別を間違えた、とか言われなかったのか?」
「……い、言われました」
「……僕もだ」
「これで証明されたな。まあ、別にいいとは思うがな。どっちも、ある意味では今の性別が合っているわけだし。いいんじゃないのか? なあ、メル」
「そうじゃなあ。儂も、二人が元々性別が違う、なんて言われても信じられないのぉ。ねーさまの方は特に」
「そ、そんな……」
ボクって、そんなに女の子っぽかったの……?
た、たしかに、母さんとか、未果たちに言われてはいたけど……全部冗談とか、からかって言っているのかと思ったし……。
「まあ、お前たちのそんなどうでもいいことは置いておくとして、だ。桜、お前、帰れるのか?」
「わ、わかりません……。一応、こっちの学園長先生が頑張ってるみたいですけど、いつになるかは……」
「……てことは、最悪この世界で暮らすことになることもある、ってことだな?」
「……多分」
「本当に、申し訳ないよ。桜にはとんでもない迷惑をかけた」
「あ、あはは……いいよ。巻き込まれるのは慣れてるし……」
「それは慣れちゃダメだろ」
自分からツッコミが入った。
「だって……好き好んで巻き込まれてるわけじゃないもん……。依桜だったてそうでしょ……?」
「……まあ、そうだけど」
ボクの切り返しに、依桜が苦い顔をしながらそう言う。
ボクだからね。一応、同じ道を辿って来てるからね……。
酷い状況になることも多かったから。
「にしても、もう一人の自分がいる、ね。異世界があるから、そう言う世界があっても不思議じゃないんだろうが……不思議な気分だ。桜、そっちのあたしはどんな感じなんだ?」
「ボクの方の師匠ですか? えーっと……理不尽で、お酒好き、ですね。あとは、生活力がなくて、基本身の回りのお世話はボクがしてました」
「ほほぅ……?」
暗い笑みを浮かべながら、ぽきぽきと手を鳴らす師匠。
って、怖いよ!
「え、えと、あの、そ、それでも、面倒見がいい人で、その……ぼ、ボクは好き、ですよ?」
「……そうか。だ、そうだが、依桜」
「僕も、師匠のことは好きだぞ? 普通に美人だし、色々教えてくれるし、なんだかんだで優しいし」
「お、おう。面と面向かって言われると気恥ずかしいが……まあいいだろう」
何がいいのかわからないけど、師匠が照れてる……。
ちょっと顔を赤くしてる師匠なんて、滅多に見られない、貴重なものだと思う。
「ねーさま、ねーさま! 儂は? 儂はどんな感じなんじゃ?」
今度は、メルがボクの世界の方のメルについて尋ねてきた。
「うーんと……メルと同じく、すっごく可愛い女の子だよ」
「ほんとか!?」
「うん。それから、なぜか一緒に寝る時は、ボクの胸に顔をうずめて寝てるね。なんでも、ふかふかで気持ちいいとか」
「そうなのじゃな。……ねーさま、ちょっとためしてもよいかの?」
「いいよ」
慣れてるし。
それに、一応は別人とはいえ、メルだから、断る気にはなれない。
「やったのじゃ! えい!」
「わわっ」
ぼふっとメルがボクに抱き着いてきた。
飛びついてくるのは変わらないんだね……。
「お、おー……ふかふかじゃぁ……気持ちいのじゃ……」
気持ちよさそうな声を出すメル。
そ、そんなに気持ちいのかな、ボクの胸って。
「半年くらい前まで、そんな大きい物体が自分の体にぶら下がってたと思うと、不思議な気分だ。……実際、気持ちいいのか? 胸に顔をうずめるのって」
「ぼ、ボクもわからないよ。でも、たしかに落ち着く、って言うのはわかるかも……。ちっちゃくなって、泣いちゃった時に、女委が抱きしめてきたんだけど、なんだか落ち着く気分だったし」
「あー、それはわかるかもしれない。僕も似たようなことがあったし」
「じゃあ、えっと、依桜も試してみる? 一応、ボクなわけだし……」
「まあ、自分の胸がどういう感じだったのか気になるし、試してみるか」
「うん。えっと、メル。一旦離れてくれるかな?」
「わかったのじゃ」
素直に言うことを聞いてくれて、メルはボクから離れた。
そして、入れ替わるようにして、依桜がボクの目の前に来る。
「じゃ、じゃあ、行くぞ」
「うん」
そっと、依桜がボクに抱き着いてきた。
……なんだろう、字面からしたら、自分で自分を抱きしめているような感じになってるんだけど……あ、でも、実際にはそうかも。
一応、別のボクなわけだし……。
「え、えっと、どう、かな?」
「あー、たしかに、ふかふかで気持ちいい……何と言うか、落ち着くな……」
「そ、そうなんだ」
ボクが言うなら、そう、なのかな……?
「何と言うか、不思議な光景だぞ、お前たち。依桜が依桜を抱きしめるって言う、相当おかしな状況だ」
「あ、あはは……」
それは、ボクも不思議に思ってます。
だって、男の時のボクを、ボクが抱きしめているわけだし……。
なんだろうね、この状況。
「ありがとう。結構、よかった」
「そ、そっか」
「女委が、僕の胸に顔をうずめて、気持ちよさそうしていた理由がわかったよ。たしかに、あれは気持ちいいな」
「ボクはわからないけど、依桜が言うなら多分そうなんだね。自分じゃわからないけど」
「何で二回言った?」
「なんとなく……」
たしかに、柔らかいと思うけど……。
そんなに、気持ちいいと思えるほどなのかな、これって。
うーん、わからない。
「それで、今日はどこで寝るんだ、桜は」
「あ、そう言えばどうしよう……」
ここはボクの家であって、他人の家なわけだから……うーん……どうすればいいんだろう?
「とりあえず、僕の部屋で寝るか?」
「いいの?」
「一応、僕だからな。それに、布団だったら、客間から持ってくればいいだろう」
「それなら、客間で寝た方が早い気がするぞ」
「もし、何かあった場合、すぐに対処できる部屋の方がいいと思って」
「……ま、それもそうだな。その方が、あたしもすぐ動ける、ってわけか」
「そうそう」
「じゃあ、決まりだな。とりあえず、後で蒲団は持ってくる」
「ありがとう」
「いいんだよ。とんでもない被害者だから、この件に関しては」
「あ、あはは……」
否定できません……。
本当、学園長先生ってどうなってるんだろうね……。
そして、学園長先生の後始末をしているこっちのボクも大変だね……。
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