第440話 謎は増える

 メネス村の時と同じく、どうやらボク(?)は九ヶ月前にこの村にも立ち寄っていたみたいです。


 事情を聴くために、シスターさん――マリナさんにお願いして、話をしてもらうことになりました。


 さすがに、こればかりは……。


 外で話すのもあれということで、孤児院内の奥にある応接室で話すことに。


 メルたちの方は、孤児院にいる子供たちと遊んでます。


「それで、その時のお話、でしたね」

「はい。あの、一応訊くんですけど……その人は、本当にボクだったんですか?」

「そうですね……姿は完全に勇者様だったと思います。銀髪碧眼でしたので」

「この世界には、銀髪碧眼の人はいない、んだったよな、依桜?」

「うん。そうみたいだよ。だから、ボクはこっちの世界で目立つわけだし……」

「依桜ちゃん、やっぱり覚えてないの?」

「はい……。どうにも、九ヶ月前にこっちの世界に来た時の五日目、六日目の記憶がないんですよ。理由はわかりませんけど……」


 本当になんでなんだろう。


 しかも、今の所その記憶がない間に動いて、どこかにふらりと立ち寄っているのは、今の所リルとミリアが暮らしていたという村、及び町。


 ……この調子だと、ニア、クーナ、スイの三人が暮らしていたという場所にも行っていそうな気がしてきた……。


 夢遊病なのかな……?


「記憶がない、のですか?」

「はい……。ここと同じ事例がメネス村でもあったらしく、そこでもボク……らしき人は、村を助けていたみたいなんですよ」

「そうなのですね。こちらの町でも、人攫いから助けて頂きまして……」

「……依桜、同じことをしていたんだな」

「き、記憶はないんだけど……」


 というか、人攫い多すぎない?


 メネス村でもそう言う人が原因だったって聞くし……ボクがこっちの世界に来た時、何かあったのかな?


 考えてみれば、レノも誘拐されかけてたし……。


 もしかするとあの時、そっち方面の大きな組織が動いていたのかも?


「……ただ、私としましても、今の勇者様とその時の勇者様が同一かと言われれば……微妙に違う気がするんです」

「どういうことですか?」

「たしかに、その時は言伝で知っていたように、銀髪碧眼の姿だったので、勇者様本人だと思っていたのですが……どうにも、口調や雰囲気が違っている気がして」

「……もしかして、その口調ってかなり丁寧な言葉遣いだったりしませんか?」

「あ、はい、そうです。やはり勇者様なのですか?」

「い、いえ。単純に、メネス村で聞かされていたボクの口調が丁寧な言葉遣いだったので……もしかしたらそうなのかなと」

「なるほど……」


 うーん、師匠が記憶を直接見たから、一応ボクが体験したことらしいんだけど……ボク自身が憶えていないから、どうにも違和感が拭えない。


 これで、ボクにちゃんと記憶があれば全然よかったんだけど、かけらもないし……。


「依桜ちゃんとしては、どう思うの?」

「そう、ですね……銀髪碧眼の人がこっちの世界にいないとも限りませんし、他人の空似、という可能性も否定できません。だけど、こっちの世界にそう言う人がいたら、かなり有名になると思うんです。数が少ないどころか、いないわけですから」

「はい、勇者様の言う通りかと。私は教会に仕える身ですので、教えられているのですが、教会では『この世で、白銀の髪と翡翠の瞳を持つ者は、この世界を創りし創造神のみ』と言われています」

「えっと、それってつまり……」

「この世界において、銀色の髪と翡翠色の瞳を持つ者は、神かその神の使いであると、教会では教えられます」

「ということは、依桜はこの世界だと、神の使いと思われている、ということか……?」

「そうなりますね。それほどまでに、神聖視されているのです」

「え、ええぇぇぇぇ……」


 ボクは思った。


 たったそれだけのことで、神聖視されるんだなって。


 え、じゃあなに? ボクってもしかして、初めて異世界に来た時から、教会関係者の人に神の使いとか思われてたっていうこと?


 ……って、ないないないない。


「でも、依桜ちゃんがこっちに来てから、あまりそう言う風に見られているような感じはしなかった気がするんですけど……」

「おそらくそれは、リーゲル王国内だからだと思います」

「あぁ、もしかして、この国ではそこまで神に対する信仰が少ない、ということですか?」

「その通りです。この辺りについては、国によって違いますから。そうですね、勇者様がそのように思われやすい国は、リーゲル王国と同盟関係にある、ウィローネ皇国ですね。あそこには教会に所属する者が多い国ですから。まあ、国のトップがその教会のトップのようなものなので、教会の総本山でもあるのです」

「……あ! だから、皇国に行くたびに変に歓迎されてたんですね!?」

「もしや、行ったことが?」

「ええ、まあ……ちょっと、戦争の時に……」


 やっと腑に落ちた。


 こっちの世界に来て三年目、皇国の方で大きな襲撃があったという知らせがあって、急いで救援に行って助けたら、なぜか異常なくらいの歓待を受けたんだよね。


 あの時は、それほど切羽詰まった状況だったんだ、っていう風に納得して、すぐに王国に戻ったんだけど……なるほど。あの時、どうしてボクがあそこまで歓迎されたのかがようやくわかったよ。


 宗教的な理由があったんだ。


 ……だとしても、おかしい気がするけどね!


「その様子だと、相当歓迎されたみたいですね」

「あ、あははは……おっしゃる通りです……」


 あれはなかなかにすごかったからなぁ……。


 襲撃されていた場所が、ちょうど皇国の首都だったから、魔族の人たちを撃退した後、謎のパレードに発展して、国賓扱いされたし、しかも通された部屋と言うのが、明らかに上の立場の人をもてなすような場所だったからね……。


 まるで土下座しそうなほどで、平身低頭な様子だったから、あの時は相当戸惑ったのを覚えているよ。


 しかも、出される食事が豪華すぎるし、お風呂に入ればなぜかメイドさんらしき人たちが入ってきて、洗おうとするから本当に大変だった。


 ……すっごく恥ずかしかったからね、あれ!


「そうなると、勇者様はあまり皇国に行かない方がいいかもしれませんね」

「……そうですね。今回は友達や妹もいるので、大変なことになりそうです」

「その方がいいかと。この辺りでしたら、特に問題はないでしょうから。まあ、信仰が薄いからと言って、熱心な信者がいないとも限りませんから、気を付けた方がいいですね」

「忠告、ありがとうございます」


 今度から、こっちの世界に来る時はその辺りも考慮しよう。


 ……あれだね。普段から髪の色と目の色は変えていた方がいいかもね。


「あ、えっと、脱線に次ぐ脱線でちょっとあれなんですけど、こっちの世界での宗教っていくつあるんですか?」

「基本的には一つです。ただ、稀に邪神を信仰する人かもいるので……」

「あれ? でも、邪神ってたしか、過去に滅ぼされてますよね?」

「はい。神殺しの暗殺者と呼ばれる方によって。なので、現在邪神を信仰する方たちと言うのは、言ってしまえば残党だったり、残念だったり、頭がおかしいとか言われちゃってるんですけどね」

「あー……まぁ、いないからな……」


 晶が苦笑いしながらそう呟く。


 うん、そうだね。


「あの、邪神を信仰する人たちが例外だって言うのなら、今現在信仰されている神様って何と言う神様なんですか?」


 と、ここで美羽さんがマリナさんにそう質問した。


 あ、たしかにちょっと気になる。


「そうですね……ミリエリア様、という神様を信仰してはいたのですが、そのお方は過去に亡くなられていまして……今現在は、エンリル様、という神様を信仰している状況です」

「依桜、そのエンリルという神様は知っているのか?」

「知っているって言うか……ボク、その神様と直接会ってるんだけど……」

「それは本当ですか?」

「はい。初めてこっちの世界に転移した際に、その神様に会いまして……」

「エンリル様は、どのような方だったのですか?」

「そう、ですね……。あの神様は、何と言うか……ど、独特な神様、だったと思い、ます……よ?」

「なるほど、そうなのですね」


 歯切れの悪い返答だったというのに、マリナさんはどこか嬉しそう。


 まあ、神様に会った、という人がいれば聞きたくなるもんね。


 しかも、その神様を信仰しているわけだから余計に。


 ……まあ、実際は、説明不足なのに色々と丸投げしてくる神様だったわけだけど。


 あれは酷かったよね、本当に。


「そう言えば、お話が途中でしたね。えーっと、九ヶ月前の事、でしたよね?」

「あ、はい。そうです。口調までは聞いたんですけど、その、他に何か言ってませんでしたか?」

「他に、ですか……。そうですね……あ、そう言えば」

「何かあったんですか?」

「はい。勇者様らしき人は、上位魔法を使いこなし、同時に転移も使っていました」

「え」


 て、転移? 転移って、たまに師匠が使ってるあれ、だよね?


 ……ボクにそんな能力もスキルもないんだけど……。


 しかも、上位魔法も使っていたみたいだし……。


「あの、ボクは上位魔法は使えませんし、転移も使用できません」

「そうなのですか?」

「はい。メネス村でも、上位魔法を使っていた、という証言があったんですけど、ボクは初級魔法しか使えないんですよ」


 例外的な意味で言えば、『武器生成魔法(小)』がそうだけど、あれはちょっと特殊だから。


「となると別人……? やはり、他人の空似、なのかもしれません」

「そう、ですか」


 師匠のスキルが間違っていた、何て言うことは全然考えられない。


 だけど同時に、師匠が完ぺきな存在じゃないことも知っている。だって、本当に完璧だったら、師匠はボクの呪いの解呪を失敗するはずがないと思うもん。


 だから、もしかすると師匠が一昨日使用したあのスキルで、間違った情報を見ちゃった、というかのせいもあるわけで……。


 ……いや、ないね。うん。ない。


 だって、ボクの体で、ボクの脳なのに、別人の記憶があるはずないもん。


 それに、あれが別人の記憶だったか、と言われると、何とも言えない。


 そうなのかもしれないし、単純に違うのかもしれない。


 本当に、よくわからないよ。


「それから一つ、一番気になることを言っていましたよ」

「なんですか?」

「それが、町を出る際に、『九ヶ月後に、攫われた子供を連れて、またここに来ます』と言っていたのです。なので、本当に来た時は内心かなり驚きました」

「ねえ依桜ちゃん。それって、メネス村でも……」

「はい……。どういうことなんでしょう?」


 その人、未来視でもできたのかな……?


「……まあ、ともあれ、お話も聞けましたし、そろそろ移動しないと」

「あら、もう行くのですか?」

「はい。次の孤児院に行かないといけないので」

「次の?」

「実は、ボクの妹たちは紫色の髪の娘を除くと、みんな誘拐された子供たちでして……みんな、ボクが以前助けたんです。しかも、みんな孤児院にいたというものですから」

「そうだんですね。では、あの娘たちは勇者様に懐いて、一緒に行ったと」

「そう言うことになります。みんな可愛いので、ボクは幸せですけどね」

「ふふっ、そうですか。やっぱり、勇者様に育ててもらう方が、あの娘にとってもいいことのようです。同じ境遇の娘たちと、同じ環境で暮らすことで、きっと素晴らしい大人になるのでしょう」


 慈愛に満ちた表情で、マリナさんがそう言う。


 たしかに、そうかもしれない。


 みんなが仲がいいのは、多分同じ境遇だったから、というのもあるのかも。


 話を聞いた時、どうもみんなで頑張って生きてきたって言ってたし。


「安心してください。ミリアは、絶対に守りますから。それに、いい大人になるまで成長させ、見守るのもボクの役目ですから」

「……そうですか。では、ミリアをよろしくお願いします」

「はい」


 とりあえず、これで目的は達成、かな。


 色々と謎は残るけど、まあ……仕方ない、ということで。


 もともと、謎を解明したり、新しい謎を見つけたりするためにこっちに来たわけじゃないしね。


 旅行だもん。これ。


「それじゃあ、ボクたちはそろそろ行きますね」

「はい。いつでもいいので、たまにあの娘をここに連れてきてあげてください」

「もちろんですよ。今は自由にこっちと向こうを行き来できますから。暇ができたらこっちに来ますよ」

「それはいいことを聞きました。私も、あの娘の成長が楽しみですから」

「ボクもです。……それでは」

「はい。またいつか」


 最後に軽く挨拶を交わして、ボクたちは孤児院を出た。


 さて、次はニアが過ごしていた、ムルフェと言う町だね。


 どんなところなんだろう?

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