第418話 ミオの悪魔講座(?)

 悪魔の襲撃を受け、それを退けた夜、ボクは師匠に呼び出されていた。


「師匠、来ました」

「来たか。ま、座れ」

「はい。……それで、えっと、用件はなんでしょうか?」

「今日の昼間のことだ」

「昼間と言うと、悪魔の話ですか?」

「ああ、そうだ。あれについて、お前に軽く話しておこうと思ってな」


 ボクが呼ばれた理由はどうやら、ショッピングモールで襲撃して来たあの悪魔についてのことだったみたい。


 そう言えば、師匠は悪魔が見えていない状態に、しっかりと認識していただけでなく、悪魔だと正体も看破していたっけ。


 思えば、なんで知っていたんだろう?


「ま。まずは悪魔についての説明からか」

「まずは? ということは、他にも話すことがあるんですか?」

「まあな。そろそろ教えてもいいだろう、と思っていた時期でもあるし、悪魔どもが出現し始めた以上、教えておいた方があたしの手間も減るんでな」

「あはは……師匠らしいです。それで、悪魔って何なんですか?」

「そのままの意味さ。悪い、魔の存在。悪魔だな」

「あ、本当にそのまま」


 でもボク、師匠の方が悪魔に思えてくる時がたまにあるんですが……。


 だって、理不尽だもん。


「その悪魔たちは、主に人間とのかかわりが強くてな。言っちまえば、対価を用意すれば、その規模に応じて願いを叶えよう、みたいな奴らだ。まあ、あいつらにとってのビジネスだな」

「なるほど。その辺りは、よく聞く話と同じですね」

「だろうな。しかし、あいつらは通常、人間が悪魔召喚の魔法を使用しない限り、こちらに来ることはできない」

「じゃあもしかして、今日現れた悪魔って、こっちの世界の誰かが呼び出したって言うことですか?」

「いや、それはない」

「え?」


 ボクが言った可能性は、即座に師匠に否定された。


「あたしもその可能性は考えた。だが、一応あの時、あたしも裏で色々と探っていたのさ。お前が戦っているって気づいた時に、お前のところに悠々と行っただけで、その前までは軽く調査してたよ」

「そ、そんなことをしていたんですか。……それで、何かわかったんですか?」

「ある程度な。まず結論として、あいつはそこにあった空間の穴を通ってこっちに来たんだろう」

「空間の穴? それってもしかして……」

「ああ、お前が想像したであろう、空間歪曲であっている」

「……」


 言葉を失った。


 空間歪曲を通ってこっちに来たって言うことはつまり……原因があの人、って言うことになるから。


 何らかの問題を引き起こしている人が、また別のことで問題を引き起こしている。


 そう感じた。


「ああ、勘違いしないでくれ。別段、あいつが悪いわけじゃないぞ?」

「え、そうなんですか?」


 ところが、師匠にはあの人が原因ではないと言われた。


 どういうことだろう?


「あー、まあいいか。お前、あたしが林間・臨海学校中にいなくなっている時があっただろう?」

「ありましたね」


 知らない間にいなくなっていて、ボクとしてもちょっと心配だったり。


 まあ、ご飯の時にはしれっと紛れ込んでいたんだけど。


「あの時、あたしは調査をしていたんだ。主に、空間歪曲やらそれ以外の異世界に関係する物をな」

「なるほど」

「で、そこでわかったことと言えば……やはり、この世界はちと面倒なことになっているな。ああいや。こっちの世界だけじゃないな。異世界の方もだ。今はそこまで問題ないが、実は空間歪曲がそこそこ数が増えてきていてな」

「え、それまずくないですか!?」


 師匠が口にした情報を聞き、ボクは思わずそこそこ大きな声で叫んでいた。


「ああ、まずい。だが、別段今すぐどうこうというわけじゃない。そうだな……あたしが来て、軽く調査した時に比べて、10%ほど増加していると思っていい。明らかに、異常だ」

「えっと、それって多いんですか?」

「多いな。今言ったのは、日本だけじゃなく、世界全体について言ったんだ。いやまあ、日本に限定しても確実に多いんだが、世界だともっとだな。わかりやすく例えるとだな、現在日本が承認している数は、日本を含めて196ヵ国なのは知っているよな?」

「はい」

「このうち、現在空間歪曲が確認されているのは、四割――つまり、約78ヵ国だ。その内10%が増えたんだぞ? そうなると、+で7ヵ国ほど増えた計算になる。しかも、あくまでも国として考えた場合だ。これが実際の数の10%増加となると、かなり増えていることになる」

「……なるほど」


 概ね理解。


 というか、今の師匠の話で一番びっくりしたのは、78ヵ国の国々で空間歪曲が確認されていたことと、さらに追加で7ヵ国でも確認されたことだよ。


 え、いつの間にそんなことになっていたの?


「正直な話、あたしもこんな状況は初めてでな。ハッキリ言ってどうなるか未知数だ。あたしとて万能じゃないしな。未来も視れん。世界には【未来視】なんていうとんでもない能力があるが、ありゃ次元が違うからな」

「そんなものが……」

「で、この世界各地で観測されている空間歪曲については、エイコの方でも軽く調べてもらっている。正直、このままだと色々とまずいからな。これで後手に回るのはマジで勘弁。いつでも先手を打てるようにしないとまずい。わかるか?」

「あ、は、はい」


 わからないです。


 というか、何がまずいんだろう?


 現状、師匠がまずいと言っているのは、向こうの世界、もしくはこっちの世界の人がそれぞれもう一方の世界に行ってしまうことを言っているのかな?


「えっと、師匠、まずいって言ってますけど、具体的に何がまずいんですか?」

「あー、まあ、色々だ。まだ断片的なことしかわかっていない。そんな状態で言っても不安にさせるだけだ。まあ、安心しろ。仮に問題が起こっても、あたしがどうにかしてやるさ」

「師匠……」


 説得力が半端じゃないよ。


 なんと言うか、師匠がこう言ってくれると、すごく安心できる。


 世界一安全な場所、って言う認識だから、ボクの中では。


「まあ、話を戻すとして。今回、悪魔が出現したのはその空間歪曲が原因の一つだろう」

「つまり、たまたまあのショッピングモールにあって、たまたまそこを通って来た悪魔が昼間の悪魔って言うことですか?」

「そう言うことになるな」

「なるほど……」


 そうなってくると、今後も悪魔が出て来るような事態になりかねない、って言うことのような気がする。


「ただ、あの空間歪曲事態は本来、異世界同士を繋ぐものなんだ。まあ、世の中には並行世界同士で繋げた奴もいるらしいが」

「あははは……」


 あっちの世界の学園長先生だね。


 あの人がそんな研究をしていたせいで、ボクが巻き込まれて、結果的に向こうの世界に行っちゃったんだよね……。


 あの時は何気に苦労したよ。


「その悪魔だが、本来ならば召喚無しに人間のいる世界に来ることは不可能だ。しかし、今回は空間歪曲を通って来てしまった。ただ、あたしの感知した限りじゃ、この世界にはまだあいつしか現れていない。なんで、まあ、そこまで心配するような事態ではないだろう」

「そうなんですね」

「ああ。で、だ。さすがに絶対に来ない、とは言い切れないからな。一応、明日からの異世界旅行は警戒しておけ。もちろん、あたしもそれなりに警戒しておくよ」

「わかりました」


 悪魔、って言う人たちがよくわからない以上、警戒しておいて損はないもんね。


 それに、目的もいまいちわからないし。


「それじゃ、次の話だな。あー、まあ、何と言うか……お前、悪魔と会話したか?」

「はい。しました」

「その時、何か変なことを言われなかったか?」

「変なこと……?」


 師匠に言われて、会話をちょっと思い返してみる。


 思い返してみると、気になることを言っていたことを思い出した。


「えっと、そう言えば『悪魔にとってまずいオーラがボクから発されてる』とか『悪魔の天敵が発するオーラよりも質と純度が高い』とか『まだ使い方を知らない』とかですね」

「……そうか」


 あれ? 師匠がなんだかすごく真面目な表情……と言うより、神妙な面持ちをしているような……?


 何か知っているのかな? 師匠。


「まあいい。とりあえず、あたしが話そうとしていたことに関わっているみたいなんで、お前に話そう。まあ、とりあえず、そのオーラって言うのは、神気だな」

「あ、やっぱりそうなんですね」

「ああ。その神気は、言ってしまえば聖なる属性の上位互換的なものでな。当然、悪魔に対して有利を取れる」

「なるほど……」

「その神気は、あたしが持っていて、ほぼ垂れ流しで生活していた結果、お前にも移っている、と言うのは以前話したな?」

「はい。なんでも、師匠が邪神を倒した時に浴びすぎちゃって、それが沁みついたんですよね?」

「そうだ。で、その神気が結果的にお前にも移っている影響で染みつき、お前も体からある程度発するようになってしまった、というわけだ」

「……なるほど」


 もしかしてボク、結構人間をやめていたりする、のかな?


 いや、もうやめてるね。うん。


「で、その神気は一応武器として転用できてな。その効果は様々だが、一番わかりやすいところで、魔属性に対して有効、と言ったところだろう」

「魔属性? そんな属性ありましたっけ?」

「あるな。ああ、間違っても魔族には入らないからな? あれはあくまでも、魔族、という括りの中の種族だ。有利は取れん。まあ、聖属性魔法は効くんだが……」


 何が違うんだろう、その二つ。

 正直、すごく気になる。


「この魔属性って言うのは、悪魔が該当する。あとは、死霊系とかアンデッド系だな。後者の死霊系

とアンデッド系はまあ、言ってしまえばほぼ知能がなく、ひたすら本能の赴くままに行動する奴らのことだ」

「じゃあ、ワイトとかなんですね」

「そう言うことだ。その神気は今回、悪魔の襲撃に対してはかなり有効になるだろう。だから、お前にもある程度のコントロールはしておけ、ということだ」

「それが対抗手段になるんですね?」

「そうだな。もっとも、お前はすでに無意識的に放っているっぽいがな。その証拠に、悪魔に対して結構なダメージが入っていただろ? そう言うことだ」

「あ、そうだったんですね」


 それは知らなかった。


 まさか、攻撃している時に、無意識的にそんなことをしていたなんて。


 いつのまにできるようになったんだろう?


「さて、このコントロール方法だが……いやまあ、もう面倒だし、いつものでいいか?」

「……いつものと言うと、あれですか? 『感覚共鳴』」

「そうだ」

「……ね、寝ます! おやすみなさい!」

「逃がさんっ!」

「ひぁっ!?」


 ボクのトラウマの一つをしないといけないとわかった途端、ボクは部屋から逃げ出そうとした。

 だけど、師匠に回り込まれてしまったため、逃げることは叶わなかった。


「さて、結界も張ったことだし。やるか。じゃ、行くぞ」

「や、やめっ――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 その夜、ボクの悲鳴が響き渡りました。



「ぐすっ……また、このパターンだよぉ……ひっぐ」


 三十分後。


 ボクはやっぱり泣いていました。


「相変わらずだな。ほれ『レスト』」


 師匠の体力回復魔法で体の疲れを取ってもらい、再び座る。


「……うぅ、酷いですよぉ~……」

「これが一番手っ取り早いんだよ。ほら、そのおかげで、感覚は掴めただろ?」

「まあ……できましたけど……」


 今回の『感覚共鳴』で得た物は……スキルではなく技術。


 普段、魔法や能力、スキルの習得って、ほとんど想定外な使い方らしいんだけど、本来は力や魔力のコントロールに使うものらしいからね……これが普通、なんだとか。


 それでもやっぱり、痛みと変な感覚は襲い掛かってくるんだけどね……。


「じゃ、試しに手の平に神気を集めてみろ」

「わかりました……」


 目を閉じて集中し、手のひらに魔力とは違う何かを収束させるイメージする。


 ふと、手のひらが何やら暖かくなり、目を開けると、そこには銀色の光る何かがあった。


「こ、これは?」

「それが神気だ。魔力の上位みたいなもんでな。まあ、やろうと思えば何でもできるが、精密なコントロールとかなりの想像力を必要とする。あたしもさすがに完璧に操作できるわけじゃないんでな。お前にはあくまで、基礎的な物しか教えていない。それをどう活用するかは、お前次第だ」

「……ボク次第」


 師匠でも完璧に扱えない物を、果たしてボクが扱えるのだろうか?


 あの、完璧超人な師匠でも不完全にしか扱えないとなると、相当頑張らないとダメな気がするし、そもそも頑張っても使えない気がするんだけど。


「まあ、幸いにもあたしよりもお前の方が使いこなせそうだしな。大丈夫だ」

「え、ボクが師匠より上、なんですか?」

「ああ。お前は相性がよかったんだろう。よかったな、それを完璧にマスターすれば師匠越えはできるぞ」

「師匠越え……」


 なんだろう、その夢のようなワードは。


 ボクが師匠に勝っているのは、あくまでも生活力と一般的な常識のみ。


 それ以外では全く勝てない。


 むしろ、勝てるビジョンが全く思い浮かばない。


 どうすればいいんだろうね。


「少なくとも、それを纏わせて戦うだけで、身体能力は大幅に上げられる。あと、それで悪魔を殴れば大抵ワンパンだな」

「強くないですかそれ!?」

「まあ、元は神が使う魔力のようなものだしな。そりゃ、強いに決まってる」


 と、とんでもないものがボクの身に宿ってたんだね……。


 本当に、人間から遠ざかっている気がするよ。


「ちなみにだが、上位の神たちは、それを変質させたりして物質の創造が出来たりする」

「そんなことができるんですね」

「言っちまえば、お前の『アイテムボックス』をより高性能にした上に、わざわざ手を入れなくても作れるようにしたものだな」

「へぇ~」


 やっぱり、神様ってすごいんだね。


 何もない空間から、何かを生み出すなんて。


「あと言えることは、神気の使用は、慣れていないとかなり体力を消耗するんで、気を付けろよ」

「そうなんですね。わかりました。肝に銘じておきます」

「ああ。さて、話すのはこんなところか。何か訊きたいことはあるか?」

「えっと、一つだけ」

「何でも言えよ。あたしが答えられるなら答えてやる」

「ありがとうございます。じゃあ早速。悪魔の天敵って何ですか?」

「そりゃお前、決まってるだろ。天使だよ、天使」


 あ、天使っているんだね、本当に。


「と言っても、あいつらは色々と制限があって、人間のいる世界に来れないんだがな」

「天使も大変なんですね」

「そりゃな。神の使いみたいなもんだ。まあ、神に比べたら、天使は真面目な奴が多いが、いい奴は多い。思考も柔軟だしな。……一つ、問題点があるとすれば……」

「すれば?」

「……いや、やめておこう。どうせ、会うことはないだろうからな」


 苦々しい表情を浮かべたものの、すぐさま師匠はいつも通りの軽い表情に戻って、そう締め括った。


 天使の問題点って何だろう?


「それで、他に訊きたいことは?」

「大丈夫です」

「了解だ。明日は朝早いんだろう?」

「そうですね。結構早めの出になるかなと。なので、今日はもう寝ますね」

「ああ、すまないな、呼び出して」

「いえいえ。事前にこういう情報が知れてよかったです。それじゃあ、おやすみなさい、師匠」

「ああ、おやすみ」


 最後に軽く挨拶をしてから、ボクは師匠の部屋を出ていった。


 明日から異世界旅行だし、色々と気を付けないとなぁ。

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