第279話 五月五日:異世界旅行3
というわけで翌日。
ふかふかのベッドで気持ちよく眠っていると……
『さあイオ様! 朝です! 朝ですよー! 朝は早起きすれば、貴重な時間が得られます! それは当然! 早起きは三文の徳といいますからね! 早く起きて、観光しましょうよ! 観光! か・ん・こ! か・ん・こ!』
……そんな騒がしいアイちゃんの声で目覚めました。
「うぅ……まだ朝の六時だよぉ……? もう少し、寝かせてぇ……」
もぞもぞと布団を被りながらそう言うんだけど……
『この寝坊助さんメ! イオ様、どうせ旅行するのなら、やっぱり朝早く起きて、いろんなところを回りたいじゃないですか! というか、私が見たい! 超見たい! だから、行きましょうよー! 私、外の世界を見るのが楽しみなんですよー!』
そう言いながら、ブーブー! と、バイブレーションも鳴らしてくる。
うぅ、ゆっくり寝られない……。
いつもは、朝早く起きて、休日出勤する時の父さんと母さんの朝食を作って、掃除して、選択して、ちょっと休憩したら、庭の掃除も軽くして、みたいな休日を送っている僕からしたら、できればゆっくり寝たいのに……。
……まあでも、アイちゃんの言いたいこともわかるし……仕方ない、かな。
「……わかったよぉ。起きるから、そのバイブレーションやめてぇ……」
『わーい!』
性格に難はあるけど、どこか憎めない……。
まだ生まれて五日らしいし、興味津々なんだよね……。
……まあ、アイちゃんが起こしたおかげで、目も覚めちゃったしちょうどいいかもね……一回で起きた方が、眠気もなくなるし……。
もぞもぞと布団から出て、大きく伸びをする。
「んっ~~~~~~~! はぁ……おはよう、アイちゃん」
『おっはようございまーす! いやぁ、いい朝ですねぇ! ほら、外見てください外! いやぁ、空気が澄んでると、朝の風景ってこんなに綺麗なんですね!』
「そうだね。たしかに、この景色はいいかも……」
窓の外に広がるのは、朝日に照らされた街の風景。
わずかに霧がかかっているけど、それすらもなんだか幻想的。
夜中に少し雨が降ったのか、水滴が光を反射していて、キラキラしている。
うん、たしかにこれは、徳をしたかも。
あ、せっかくだし、写真に撮って、女委に送ってあげようかな?
うん、いいかも。
というわけで、スマホでパシャリ。
いい感じの写真が撮れて、ちょっと嬉しい。
『それで、イオ様、今日はどこへ行くんですか?』
「そうだね……特に決めてないけど、こっちで滞在していた時に行った街や村に行ってみようかな」
『ほうほう! いいですねぇ! 思い出巡りってやつですね!』
「そうなるのかな?」
思い出と言えば思い出だけど、ボクの中では、魔族の脅威から救った、という感じになるんだけど……まあ、いい思い出もあったし、全然いいかな。
その人たちはいい人ばかりだったし。
……もっとも、ボクが行くのが遅くなり、救えなかった人たちもいるんだけど。
でも、そういう人たちは、魔族の人たちが保護してくれていたみたいだし、大丈夫、なのかな?
少なくとも、一人も殺していないみたいだし。
『でも、泊まる場所は? この街に来る途中は何もない草原でしたよね? まさか、野宿?』
「ううん。ボクの『アイテムボックス』は特別性でね。なぜか入れるんだよ。それで、近くに宿がない限りは、それを使って中で寝泊まりしようかなって」
『便利な能力ですね! よっ、チート主人公!』
「あ、あはは……今でこそ、チートみたいなところはあるけど、元の世界に帰る前は、全然弱かったし、チートと言えるような能力もスキルも、魔法もなかったからね」
『つまり、帰った後に、無駄にチート能力を得た、大器晩成型だと?』
「う、うーん、たしかにそれに近いかも……」
まあ、できれば魔王戦の前で発揮されて欲しかったけどね……。
『チート能力をもらえない人っているんですね。大抵は、何かしらすんごい能力とかもらうのに』
「うっ」
『しかも、もらったのって……ああ、『言語理解』ですか。元の世界じゃチートですけど、こっちじゃほとんど役に立たないスキルですね。これは悲しい』
「うぐっ」
『その上、勇者であるにもかかわらず、才能のある職業が『暗殺者』と。厨二病が最も喜びそうな職業ですね! いやぁ、この厨二!』
「うぐぐっ!」
アイちゃんの言葉がぐっさり胸に突き刺さった……。
しかも、事実なだけに、反論もできないし、余計に刺さる……うぅ。
「ぼ、ボクだって、好きでそうなったわけじゃないもん……」
『まあ、巻き込まれ系主人公って大体そうですよね。自分の望まない結果や事柄ばかりが降りかかってきて、結局目立つ、と。おー、そう考えると、イオ様って典型的、テンプレ的な主人公そのものですね! いやぁ、珍しい!』
「あ、あはははは……本当に、こんな体質じゃなければよかったのにね……」
そうすれば、性別が変わることもなく、みんなと本当にごく普通な生活が送れていたかもしれないのにね……。
はぁ……。
『落ち込むのそれくらいにして、さっさと朝ご飯食べて出発しましょうよー』
「……誰のせいで落ち込んだんだろうね?」
『さー。だーれでしょーねー』
…………本当に、アイちゃんでいいのかな、サポート。
軽く着替えて、朝食を食べた後、宿屋を出発。
今回はジェンパールじゃなくて、色々な場所に行く予定だから、帰ってくるとしたら……最終日付近になる、のかな?
帰る時は、一応王様にも言っておきたいし。
と、そんな感じに歩いているボクの服装と言えば、灰色のTシャツに黒のパーカー、それから、膝丈ほどの黒と赤のプリーツスカートに、黒のニーハイソックスと、かなり黒多めな服装をしている。
まあ、目立ちにくいしね、黒。
というか、水色の次に黒が好き、というのもあるけど。
ちなみに、右足の太腿にはナイフポーチが巻かれています。
ナイフだけじゃなくて、針も収納されているので、かなり使い勝手がいいポーチにちょっと前、作り変えしました。
おかげでちょっと楽に。
『イオ様、黒髪黒目で長さも変えてますけど、結局顔は変えてないので、バレやすいんじゃ? だって、そこらを変えても、イオ様が美少女であることに変わりないですもん』
「い、いや、ボクは美少女じゃないから。でも、バレないんじゃない、かな? だって、この姿で街を歩いたけど、誰も話しかけてこなかったよ? 視線は感じたけど」
『それは、イオ様が綺麗だからつい見惚れてただけじゃ? 今だと日本風で言えば、大和撫子って感じですね』
「それはボクというより、未果じゃないかな? 未果は綺麗だし」
『むぅ、手強い……ここまで自己評価が低い人間がいるとは……。まあ、だからこそ、周囲から嫌われずに済んでいる、のかも?』
アイちゃんがなにを言っているかわからない。
『おっと、イオ様。なんか、周囲からわる~い反応がありますね。それも、複数』
「……あ、ほんとだ。この感じだと……盗賊、かな」
『おや、そこまでわかるので?』
「まあね。……男の時もなぜか、気持ち悪い視線を送られてたんだよ。しかも、よく絡まれてね……」
『……あー、なるほど。今、男の娘だった時の写真見ましたけど、これは……たしかに、絡まれますね。普通に可愛いんですもん』
「……アイちゃんまで、可愛いって言うんだね」
『ええ。だって、事実ですもん。下手な女の子よりも、圧倒的ですね、これ。華奢だし、女顔だし、髪はふわふわのさらさらだし、柔和な笑みを浮かべてるし……しかも、家庭的らしいじゃないですか。そんなん、モテないわけないですよ』
『そ、そうですか……』
……改めてボクのあの時の外見について言われると……本当に心に来るものがある。
男らしくなりたい、そう強く思っていた時期だったから尚更だよね……。
……まあ、今はもう男らしくどころか、男になることが不可能なんだけどね。
『それで、どうするんですか? あの盗賊たち』
「うーん……別に、倒してもいいんだけど、旅行の時間が減っちゃうし……でも、今後の事を考えると、ここで止めなきゃ、被害が出そうだし……」
『なら、倒す方向性で行きましょう。被害が出るのは、たしかに看過できませんしね! さあイオ様! やっておしまい!』
「あはは……」
なんだか、サポートAIというより、ボクに対して色々と指示・命令を出してくる存在のような……。
まあいいけどね。
とりあえず、盗賊たちが出てくるのをその場で待つ。
立ち止まった傍から、複数の男の人たちが出てきた。
周囲が森だったし、多分獲物が通るのを待ってたんだろうね。まあ、バレバレなわけだけど。
『へへへ、待った甲斐があったぜ……。まさか、こーんな上玉が通るなんてよー』
『しかも、丸腰か。警戒が足りないんじゃねーの、嬢ちゃん』
『まあ、警戒をしてないってことは、このあとどうなってもいいってことだろうし……さっさと俺達に着いてきた方が、身のためだぜ?』
う、うーん、隠れていたことも知っていたし、丸腰じゃないんだけど……。
ボクの使う『擬態』の能力は、ちょっと観察力があれば見破れるくらいなんだけど、こっちの世界の人なら。
あと、笑みが気持ち悪いし、垢まみれで、ちょっと汚い。
できれば、清潔にしてほしいところです。
「あの、ボク丸腰じゃないですし、警戒してないわけじゃないですよ?」
『はっ、強がり言ってんじゃねえよ! どう見ても、何もな――』
ヒュンッ!
瞬時に取り出した針を、なんの予備動作もなく男の人の顔を掠めるように投擲する。
「こんな感じですけど、どうします? 自首すれば、今ならそこまで危害を加えませんが」
『……て、テメェ! おいお前ら! やっちまえ!』
針を投げられた男の人が激昂した表情でそう叫ぶと、他の男の人たちが一斉に襲い掛かってきた。
結論から言いますと、
『『『す、すみませんでしたぁぁぁぁぁ!』』』
一瞬で終わりました。
鳩尾や顎などに、肘や掌底を入れて即終了。
どうやら、そこまで強くない人たちみたいで、村人より強くて、王国の兵士の人よりも弱いくらいの人たちだったみたい。
うーん、まあ、一般的な部類で言えばそこそこなんだろうけど……。
「いいですか。盗みは人としてやってはいけないことです。ましてや、力尽くでどうこうするなんてもってのほか。普通に働いて、普通に生活をしないといけないんです。あなたたちは、これが初めてですか?」
『は、はい……初めてっす』
「そうですか。なら、まだやり直せます。というか、なんで盗賊なんてしようと思ったんですか?」
『いや、あの……実は俺達、住んでいた村が先の戦争で無くなっちまって……最初の頃こそ、まともに働こうとしたんだが……』
『全然金は貯まらないし、生活もその日を生きるので精一杯で……』
『それで、適当なやつを襲って奴隷商人に売り飛ばそうと……』
「なるほど……」
嘘を吐いている様子はなし……。
でも、言われてみればたしかに、犯罪を犯した人たちから感じる独特の雰囲気というか、そういうのがないし……。
「じゃあ、今ここであなたたちに物資とお金を渡したら、二度とこんなことはせず、ちゃんと働くと誓いますか?」
そんな提案をすると、男の人たちは目を見開いてボクを見つめてきた。
戦争が原因なら、ボクもちょっと見過ごせないというか……ね?
『い、いいのか……?』
「これから、二度と犯罪に手を染めないのなら、ボクは衛兵の人たちに突き出しませんよ」
『ほ、本当か……?』
「ええ、もちろんです。どうしますか? もし、まだ悪いことをする気があるのなら、衛兵の人たちのところへ連れて行きますが」
『いや、二度としないと誓う! なあ、お前ら!』
『『『ああ!』』』
「わかりました。資金は……そうですね、人数が四人みたいですし……余裕をもって、九万テリルほどのお金と……あとは……」
そう言いながら、『アイテムボックス』を開き、中から一週間分の食料を生成し、袋に詰める。
それを取り出してから、お金と一緒に男の人たちに渡す。
「はい、どうぞ。とりあえず、これで贅沢をしなければ三ヶ月は生きられるはずです。あとは、自分たちでお仕事を探してください」
『こ、こんなに、いいのか……?』
「戦争が原因みたいですしね……。その辺りは、ボクとしても無関係じゃないというか……」
その辺りは、魔族の国の女王として責任はあるかもしれないしね。
一応、戦後に女王になったから、ある意味責任は負わなくてもいいのかもしれないけど、ボクの国の人たちが本意ではないとはいえ、やってしまったこと。
なら、ボクがこういうところで助けるのは当たり前というか……。
それに、もしかすると、助けるのが間に合わなかった村出身の人かもしれないしね。
『あ、ありがとうございますっ……!』
『俺達、絶対にこんなことはしないと誓います!』
「はい。わかりました。一応、あなたたちが悪いことをしないよう、気配は覚えましたので、たまーに確認しますから、そのつもりで」
『『『『はい!』』』』
「それじゃあ、ボクはこれから旅行ですので、みなさんもお気を付けて」
『はい! ありがとうございました!
「あ、姐さん?」
『それじゃあ、俺達この世界に貢献できるような仕事をします! 見ててください、姐さん!』
「あ、は、はい。が、頑張ってくださいね」
『『『『それじゃあ、失礼します!』』』』
……な、なんか、妙な感じになっちゃったけど……ま、まあいいよね。
目は本気だったし。多分大丈夫でしょう。
『イオ様は甘いですねぇ』
男の人たちがいなくなった後、アイちゃんが話しかけてきた。
『一応、イオ様を襲ったのに、まさか、お金と食料を与えるとか、どんな聖人ですか』
「あ、あはは……さすがに、そこまでの人間じゃないよ、ボクは」
『ではなぜ?』
「まあ、魔族の人たちの責任を取った、って言う感じかな」
『ふーん? 一応情報で知ってはいますが、イオ様が女王になった時はすでに戦争が終結した後だったので、別に施しを与える必要はなかったと思うんですけどねぇ』
「うーん。正直、あれで前科があったら許さなかったけど、前科はなさそうだったからね。それなら、助けてもいいかなって。まあ、一番の理由は、戦争が原因、って部分だけど」
『……なるほど。イオ様が女神やら天使やら、優しいとか言われるわけですねぇ。ただ、甘いだけな気がしますけど』
「そうかもね……」
『まあでも、甘い人はいいと思いますよ。むやみやたらに暴力で解決しようとせず、まずは話し合いで、っていう考え方は素晴らしいと思います。まあ、さっきの人たち相手には、思いっきり掌底、肘鉄を当ててましたが』
「ああいう場合は、話し合いに応じてくれないから……」
ボクの体験談。
ああいった人たちは、問答無用で襲い掛かってきます。
だから、最初は聞いてくれるよう、ある程度攻撃しないといけなくて……。
できれば、攻撃はしたくないんだけどね。
『それもそうですね。警察だって、『抵抗しないで、大人しく出てきなさい!』とか言いますけど、それで止まったら、警察がいかに楽な仕事か、ってことになりますもんね』
「近いような、遠いような……」
でも、あながち間違いじゃない、かな。
『まあ、話はこれくらいにして、先に進みましょう、イオ様!』
「あ、うん。そうだね。これから向かう村ももうすぐ見えてくるはずだし、お昼くらいには着くと思うよ」
『よっしゃぁ! 楽しみぃ!』
「ふふっ」
なんだかんだで、アイちゃんは面白い存在だなと思いました。
……たまに、精神を抉ってくるけど。
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