1-3.5章 依桜たちの(非)日常2

第59話 幼女化の原因

「な、なんで? なにがどうなってるの?」


 突然のことで騒がしくなった教室内で、ボクは一人混乱していた。

 どうして? なんでボク、縮んじゃってるの?

 それに、声も高くなってる。

 どういうこと? なんで? なんで?


「……い、依桜? 本当に、依桜なの?」


 ボクが一人混乱していると、未果がボクに話しかけてきた。


「み、未果ぁ……」


 突然のことに、目の前が涙でぼやける。

 多分、泣きそうになってる。声も少し震えてるし……。


「い、依桜、なのね……。ああ、はい。まさか、こうなるとは思わなかったわ」


 ボクが名前を呼んだことで、未果は少しだけたじろいだ。


「つか、何をしたら、縮むんだよ?」

「あれ、どう見ても小学生くらい、だよな?」

「……依桜君、とうとう若返りもしちゃったのかぁ」


 態徒たちが、そんなことを口々に言っている。

 縮んだ理由はわからない。

 自分の今の姿がどうなっているかはほとんどわからないけど、少なくとも縮んでいるのは確か。

 そして、若返り、というのもあながち間違いじゃない。

 ……どうなってるの?


「依桜、どういう、こと?」

「わ、わからないよぉ……」


 なんでこんなことにぃ……。

 原因は何? 何も思い浮かばない。

 最近変わったことがあったのは、異世界へ行ったことくらい。

 期間は七日。

 それで考えると、記憶のない二日間と、呪いの解呪。


 ………………解呪?

 待って。もしかしてこれ、解呪が原因じゃないよね?

 もしかして、失敗した、とか?

 ……でも、解呪が発動するのは、飲んでから二日後って言われたし……。

 わ、わからないよぉ……。


「な、なあ、依桜」

「なに、晶……」

「いや、な。俺としては、その……その恰好をどうにかしてほしいんだが……」

「かっこう……?」


 晶に指摘されて、ボクは自分の体に視線を落とす。


「――ッきゃああああああああああああああああっっっ!」


 自分の体を見てから、床にしゃがみこんで悲鳴を上げた。

 縮んでしまったことで、ボクの衣服はYシャツを除いた服と言う服全てが床に落ちていた。

 つまり……裸Yシャツ。


「おい女子! とりあえず男どもを教室から出せ! 急げ!」


 先生がクラスの女の子たちに指示を出し始める。

 晶や、一部の男子たちは先生が指示を出した瞬間に、すぐさま教室から出ていき、態徒を含めた男子は抵抗した。


「い、いいじゃねえか! オレだって依桜の友人なんだぜ!? それに、依桜は元々男だったんだぞ!」

「うるせぇ! いいからさっさと出やがれ! 男女が元々男だろうが、今普通に悲鳴上げてただろ! つか、今は女なんだから、前が男とかは関係ねえ! ふざけたこと言ってねえで、さっさと出てけ!」

『は、はいぃぃぃ!』


 先生の叱責で、慌てて男子たちは出て行った。

 残ったのは、座り込んで震えているボクと、クラスの女の子たちと先生だけ。


「さて、と。男女がなんで縮んじまったのかはわからんが……とりあえず、服は何とかしないとな……」

「でも戸隠先生。今の依桜が着られる服はないですよ?」

「……だよなぁ。あー、そうだな……おい、男女。お前、ジャージは持ってるか?」

「た、体育がありましたし、今日はすずしいので、いちおう……」

「そうか。なら、とりあえず今日はジャージで過ごせ」

「わ、わかりました。……えっと、あの、ここで着替えを……?」

「そりゃそうだろ。なあに、安心しろ。そこで覗いている馬鹿どもは、あたしがあとでシメておくからな」


 先生が朗らかに言うと、廊下の方から慌てて逃げる様な足音が聞こえてきた。

 ……今のは、態徒……と言うより、一部の男子を除いた全員ってところかな。

 態徒は許さない。


「さ、これで馬鹿どもはいなくなった。さっさと着替えな」

「は、はい」


 優しい声音で先生が着替えるよう促してきた。

 先生は、口調は荒いけど、生徒思いのいい先生として評判だ。

 元々ヤンキーだったらしいけど、それを気にするような生徒はうちの学園には一人もいない。

 だから、本当に安心できる。


 Yシャツを脱ぎ、急いでジャージに着替える。

 縮んだ影響でかなりぶかぶかしていたけど、袖や裾を何度も折ってって調整し、ズボンはゴムを引っ張って固定。

 これでなんとか、裸Yシャツからは脱却できた。

 でも……


「うぅ、下着がないからスース―するよぉ……」


 体が縮んで、衣服類が大きくなったのだから、当然下着も。

 今のボクは、いわゆるノーパンである。

 穿いていないから、すごくスースーして、嫌な感じ。


「さて、とりあえずこれで問題はないが……男女。とりあえず、保健室に行け」

「わ、わかりました……」

「付き添いは……椎崎、頼めるか?」

「大丈夫です」

「よし、なら行ってこい。ほかの奴は、男女の制服や下着をまとめといてやれ」

『はーい』


 テキパキと指示出しをする先生は、かっこよく見えた。


「はい。ほら、依桜、行くよ」

「う、うん……」


 未果はボクの手を取り、教室の外へ。


「大丈夫だったか?」


 教室を出ると、ほかの人と話していた晶がボクたちに気づいて話しかけてきた。


「う、うん。今はだいじょうぶ。でも、先生にほけんしつに行ってこい、って言われたから行ってくるね」

「ああ。わかった。気を付けてな」

「ありがとう」

「そう言うことだから、晶。ほかの男子たちの暴走は任せたわ」

「了解。で、教室には、いつ頃入れそうだ?」

「そうね……大丈夫だったら、戸隠先生が言うと思うから、待っていれば問題ないわよ」

「わかった」

「お願いね」


 晶が了承するを確認してから、ボクたちは保健室に向かった。



「……やべえ。依桜のやつ、すっげえ可愛いんだけど!」

『わかる! わかるぞ!』

『なんというか、庇護欲を刺激されるって言うのか、守ってあげたくなるオーラがあったよなぁ』

『しかも、裸Yシャツだったんだぜ? やっぱり、幼女の裸Yシャツはいいものだな!』

『つか、さっきの泣きそうな男女の顔見たか?』

『ああ、見た見た! 妙な背徳感があったな!』

『ただでさえ、女神のような美少女だった男女が、天使のような美幼女になるんだもんなぁ。世の中、不思議だらけだ』

『あー、抱っこしてみたい……』

『俺は、抱きしめてみたいわ』

『俺は肩車だなぁ……』

「いやいや、添い寝だろう、ここは!」

『『『さすが変態だぜ!』』』


 このクラスには、ロリコンと言う名の変態が多いようだった。



 コンコン


『どうぞ~』


 未果が保健室のドアをノックすると、中から間延びしたような柔らかい声が返って来た。


「失礼します」

「し、しつれい、します……」


 二人で中に入る。

 保健室らしく、アルコールの匂いが充満していた。

 保健室って、なんでこうもアルコールの匂いがするんだろう?


「どうしたのかしら~? 風邪? 怪我? それとも~……って、あら~?」


 ボクたちが保健室に入ると、にこにこと笑顔を浮かべた先生が座っていた。

 先生は、何しに来たのかを尋ねると、ボクの姿を見て驚いたような表情になった。


「希美先生、ちょっとこの子……依桜に問題がないかを診てもらいに来たんですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、ええ。大丈夫よ~。あなたが、依桜ちゃん……じゃなくて、依桜君なのね~? それにしても……ほかの先生方や、生徒のみんなから聞いていた姿と違うようだけれど……」

「うわさ……?」

「そうよ~。なんでも、男の子がすごく可愛い女の子になった、って大騒ぎだったんだから~。私は見たことなかったけど……うん、たしかにみんなが言うように可愛いわね~」

「あ、ありがとうございます……?」


 可愛いと言われて、お礼を言ったんだけど、気持ち的な問題で疑問形になってしまった。


「それで、今日はどうしたのかしら~? 診てもらいたいとのことだったけど……」

「えっと、実は依桜が授業中に縮んじゃったんです」

「縮んだ~?」

「はい。元々は、150近い身長で、スタイルもよかったんですけど、急に今みたいな小学生の姿になってしまって……。一応、異常がないかを確認するために来ました」

「なるほど~。わかりました。とりあえず、依桜君はこっちに座ってくれるかしら~」

「は、はい」


 先生にの目の前にある椅子に座るよう指示され、椅子に座る。


「ちょっと失礼しますよ~」

「きゃっ……」


 いきなり、ジャージの上を胸上までまくられ、短い悲鳴が出てしまった。

 そして、ぶら下げていた聴診器をボクの体に当てる。

 ……保健の先生なのに、なんで聴診器?


「ん~……うん。問題ないわ~。じゃあ、次。お口をあーんしてね~」

「あ、あーん……」

「喉は……うん、こっちも問題ないわよ~。次は、お熱を測ってね~」

「は、はい」


 手渡された体温計を脇に挿し、熱を測る。

 そのままの姿勢で少し待つと、ピピピッと測り終えた時の音が鳴る。

 それを取り出して、先生に渡す。


「36.8ね。まあ、平熱くらいね~」


 いつもの平熱だと、大体36.2くらいなんだけど、縮んでいる影響かな?

 たしか、子供の平熱って少し高かった気がするし……。

 間違ってたらあれだけど。


「それじゃあ、質問するわね~。頭が痛いとか、風邪っぽい、気怠い、など、体に不調はあるかしら~?」

「うーんと……ないです」

「そう~。体温は平熱だし、喉も腫れた様子はなく、心臓も正常に動いていて、不調もなし、と。とりあえず、何らかの病気の心配はないわ~」

「それならよかった……」


 先生の言った結果に、未果がほっとしていた。

 ボクもちょっと安心。


「けど、体が縮むなんて病気は聞いたことないのよね~。何か変わったこととかない~? 例えば……異世界、とか」

「えっ」


 希美先生がいきなり異世界と言う単語を口にしたことに、思わず声を出してしまった。

 未果も、息を吞む気配がする。


「あらあら~、本当だったの~? でも安心して~。私は、叡子ちゃんの研究についても知っているし、かかわってもいるから~」

「そ、そうなんですか!?」


 思わぬところから、異世界の研究にかかわっている人が現れた。

 まさか、保険の先生がそうだったなんて……。


「えっと、依桜? 研究って……?」

「あ、え、えっと……」


 よくわからなくて困惑した未果に尋ねられる。

 言ってもいいものなのかな、あれって。

 一応、異世界の存在については、未果たちも知っているし……。

 で、でも、ああいうのって言わないほうがいい、よね?


「今は気にしなくても大丈夫よ~。……それで、多分だけど、依桜君のその症状は向こうに起因しているはずよ~。だから、こっちの医療機関で調べても、わかることはないわね~」

「そう、ですよね」


 異世界の存在を知っていて、医者ではないとはいえ、保険の先生が言っていることだし、本当に意味がないんだろうなぁ。


「さて、とりあえずはこんなところからしら~。あ、そうだ。依桜君は今の自分を見たのかしら~?」

「み、見てない、です」


 あまりにも突然のことだったし、それに、全身が見れるほどの鏡なんて、教室にはないから、見れていない。

 というより、見るのがすごく怖い。


「なら、そこに姿見があるから見てみるといいわよ~。自分がどうなっているのか、確認は必要だからね~」

「……わ、わかりました」


 先生の言う通り、自分の姿は確認しておいたほうがいい。

 師匠にも、常に自分の体の状況を把握しろって言われてたし。

 ……これでまた向こうに行ったときに言われたら、それこそ目も当てられない。

 なら、見れるときに見ておかないと!


「すー……はー……よし」


 鏡の前で深呼吸して、意を決して鏡を見る。

 そこにいたのは……


「お、幼くなってるよぉ……」


 小学生くらいの、幼い姿のボクだった。

 外見自体は、変化する前の体をそのまま幼くしたような感じ、かな。

さっきと大きく違う点としては身長が縮んで、149センチから130センチくらいにまで縮んでいることだと思う。


 顔立ちも少しだけ変わり、変化前はあどけなさの残る可愛らしい顔立ちだったけど、現在は残るどころか、あどけなさの塊のような、変か前とは違った意味での可愛らしい顔立ち。

 丸っこい輪郭に、くりっとした大きな碧い瞳。

 小さな口元も、変か前よりも濃い桜色で、ふっくらしていてとても柔らかそう。


 長い綺麗な銀髪は、身長に合わせたのか、元の時と同じくらいの位置、腰元まで伸びている。

 変化前の肌は、張りがあって柔らかそう……というか、男の時とは比べ物にならないくらい柔らかかったけど、今の姿になってからは、ぷにっとした肌に変わっている。


 総評。小学生。


「うっ……」


 あまりにも酷い現実に、鏡の前で床に手をついてがっくりとうなだれた。

 女の子の次は、小学生……。

 ボクの人生、どうなってるのぉ……。

 ……あ、目から汗が……。


「……未果ちゃん、そっとしておいてあげましょ~」

「……ですね」


 未果たちが優しかったです。

 ……ぐすっ。



「んで、どうだった……って、どうした、男女。泣きはらしたような目だが……」

「……人生を、なげいてました。あと、体に異常はありませんでした……」

「そ、そうか。……しかし、どうする? こんな状況だ。午後の授業は、その時の担当の先生に言って、出席扱いにするようかけあうが……」

「い、いえ、それはちょっとひきょうですから、ちゃんと出席します」


 授業に出ていないのに出席扱いされるのは、真面目に授業に出ている人に悪い。

 体が縮んだだけで早退はちょっと……。

 別に、体調が悪いわけでもないし。


「……真面目だな。わかった。たしか、六時間目は体育だった気がするが……出れるのか?」

「きょ、今日はさすがにやめておきます……。きがえ、ないですし……」

「それもそうか。なら、そっちはあたしが伝えておいてやるよ」

「い、いいんですか?」

「ああ。熱伊先生とはそれなりに仲が良くてな。どの道、もうそろ昼休みだ。こっちで伝えておく」

「ありがとうございますっ!」


 先生、本当にいい人だよ……。

 姉御肌、って言うのかな、この人は。

 なんというか、サバサバしていて、かっこいいと言うか……下手な男の人よりもかっこいいんじゃないかな、先生って。


 キーンコーン……


「……っと、チャイムが鳴ったな。それじゃ、授業は終いだ。おらー、学生ども、ちゃんと飯食えよー」


 そう言い残して、先生は教室を後にした。


「はぁ……どうしよ……」


 なんだか、妙なことになっちゃったし、原因はわからない。

 せめて、何がだめだったのかくらいは知っておきたいなぁ。


「依桜君。ちょっとちょっと」


 と、嘆息していたら、女委が手招きしながらボクを呼んでいた。

 なんだろうと思いつつ、女委のところへ。


「ねえねえ依桜君。さっき、依桜君の制服を体操着が入っていたカバンに入れた時に、こんな紙が出てきたんだけど」

「え?」


 スカートのポケットから、女委が一枚の紙を取り出して、ボクに手渡してきた。


「ああ、それ、見たことない言語で書かれていたから、俺にも聞かれてな。依桜の持っていたカバンなら、依桜が知っているんじゃないか、って思ったんだが……」

「オレもわからなかったなー」

「へぇ、どんな文字?」


 見たことないという文字に、半ば嫌な予感を感じつつも、紙を開く。

 そこには、


「うわ、なにこれ。確かに見たことないわね……すっごい複雑」

「……」


 異世界ミレッドランドで使われている文字が書かれていた。

 しかもこの筆跡は……師匠?

 いつの間にこの紙を入れたんだろう?


 と、とりあえず読んでみよう。

 えーっと……。


『我が親愛なる弟子よ。この手紙を読んでいるということは、すでに元の世界に帰った後だろう。あー、まどろっこしいのはやめだ。単刀直入に言おう。……すまん! 解呪のポーションの調合、ミスっちった☆ いやあ、実を言うとさ、あのクソ野郎に創造石の調達を頼んだじゃん? で、五センチくらいの奴を頼んだじゃん? あの野郎、やってくれやがって、十センチの石を持ってきやがってよー。で、さすがにでかすぎると思ったあたしは、石を二分割して、その半分を使ったわけよ。で、薬自体は完成したんだが、石の保有する魔力や解呪に必要な物質は、どうも十センチの状態のままでな。つまるところ……解呪する確率が高くなっちゃったぜ☆ まあ、あれだ。あたしは悪くない。悪いのはクソ野郎! まあでも? 反転草の量を減らせば、確率の低い薬を作れたんだけど、石割ればウイいだろ、まあいっかってことで、普通に入れちゃった☆ そんなわけで……通常なら成功例だが、イオに限って言えば、完全に失敗する薬だったわけだ! はっはっは! すまん! 多分、解呪の追加効果は、一日で出ると思うんで、まあ、その……なんだ。頑張って生きてくれ! じゃ、いつものあの家で祈ってるぞ! イオのミオ師匠より』


 ………………………………………………。


「い、依桜……?」

「……し」

「「「「し?」」」」

「師匠の、バカああああああああああああああああああああっっっ!」


 師匠に対する恨みつらみを乗せたボクの心からの叫びは、平穏で、どこにでもある日常的な昼休みの教室に、強く木霊した。

 師匠、絶対許さないっ!

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