第58話 解呪の結果 下

 憂鬱な気持ちになりつつも、学園に到着。

 やっぱり、かなりの視線を向けられていた。

 胃が痛くなりそうだよ、本当に。

 大量に向けられる視線に少しうんざりしつつも、上履きに履き替えていつもの教室へ。


「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」


 挨拶をしながら入ると、未果と晶が反応してくれた。

 それを聞いて、ボクはすぐにカバンを置いてから二人のもとへ。


「あれ、態徒と女委は?」

「ああ、態徒はもうすぐ来るな。女委は、いつものだ」

「じゃあ、入稿かぁ」

「そうみたいね」


 一ヶ月に一回は入稿しなくちゃいけない、と言うあれがあるところを考えると、女委ってい意外と売れているのかな?

 そのうち、本当に漫画家デビューとかしそう。


「そういえば晶、告白とかには慣れた?」

「……慣れるどころか、ますます酷くなってるよ」

「あー、それがね、依桜。晶の下駄箱や、机の中に、ね。ちょっと怖いものがあったのよ」


 未果は、頭が痛いと言った様子で歯切れ悪く答える。


「怖いもの? もしかして、手紙一面に、『好き』って書かれているものとか?」

「たしかにそれもあったわ。しかも、真っ赤な色で」


 あったんだ。

 しかも赤って……晶、ヤンデレにも好かれ始めちゃったんだ。


「でも、本当に怖かったのはそれじゃなくて、その……髪の毛が入っていたり、手紙を取り出そうとすると、中に入っていたカミソリで指を切ったり、ね……色々とあったのよ」

「怖いよ!」

「う、うああああああああああああああああっっっ!」

「あ、晶!? 大丈夫!?」


 嫌なことを思い出してしまったのか、晶が頭を抱えて叫びだしてしまった。

 晶が重傷すぎるんですけど!


「こ、来ないでくれ……や、やめろ……そ、そこは違う、違うって……突っ込まないでくれ……い、痛い……や、やめてくれ……!」


 ぶつぶつと小声で何かを呟く晶は、なんというか……異様だった。

 目は虚ろで、頭を抱えながらうずくまる姿は、ただただ恐怖におびえる子供のそれだった。


「……あの、未果? これ、相当重症……というか、病んでない?」

「……病んでるわね」

「……記憶、消したほうがいい、かな?」

「……そうね。あれは絶対に思い出しちゃいけないやつよ」

「……だね。完璧に記憶を消すツボを押してくるよ。あれじゃあ、晶が可哀そうだよ」

「……お願い」


 ボクは、晶の背後に立ち、針を刺す。

 針は寸分たがわず、狙った場所に突き刺さる。


「かはっ……」


 短い呼気を漏らした後、どさりと晶が倒れた。

 周囲のクラスメートたちは、晶の様子を見て、生温かい視線を送っていた。


 ……ボクが知らない間に、色々あったんだね、晶。

 水曜日は死んでいたし、木曜日、金曜日はいつも通りにふるまっていたから、まさかここまでになるとは思っていなかった。

 ……友達失格だよ。


「うっ……俺は、何を……?」

「あ、晶、おはよう。」

「あ、ああ、おはよう……」

「晶、あなた少し寝ていたけど、気分でも悪かったの?」

「え? ……いや、特にないんだが……なんだか、先週の水曜日~金曜日の記憶がないんだが」

「気のせいだよ。ぼーっとしていたからじゃないかな?」


 なるべく平静を装って晶と話す。

 暗殺者として、ここは変に慌てちゃいけない。

 ……まあ、学園祭の後夜祭ではちょっと取り乱しちゃったけど……。


「そ、そうか? ならいいんだが……」


 少し疑問に感じつつも、晶は納得してくれた。

 よかったぁ……。


 ひとまずは安心だけど、また同じようなことがあったら、あの状態に逆戻りになっちゃうから、結局は焼け石に水かもしれないけど。


「おーっす」

「おっはよー」


 晶を正気に戻したところで、態徒と女委が教室に入ってきた。


「おはよう、二人とも」

「おはよう」

「おはよう」

「あれあれ? 何かしてたの?」


 ボクたちの様子を見て、女委が楽しそうに尋ねてきた。


「う、ううん、何にもしてないよ」


 不意に言われたから、少しだけ慌てちゃったけど、バレてないよね。

 多分、この二人は晶の件について知っているんだろうけど、ここでは一応、言わないでおこう。


「そう言えば女委。入稿があるって言っていた割には、今日は早いけど……大丈夫だったの?」


 下手に晶の話をされても困るので、ここは話題を振って回避をしよう。


「うん! すっごく調子が良くってね。おかげで、ペンが進んだよー。寝不足にもならなかったしね。依桜君のおかげだよ」

「ボク?」


 なんでボクのおかげでなんだろう?

 手伝っていたわけじゃないし……って、もしかして。


「またボクをモデルにしたの?」

「もちろん! 依桜君ほどの美少女は、滅多にいないからね! いいモデルになるのさ!」

「……女委。あなたまた、無断でモデルにしたのね?」

「ふっふっふー。使えるものは使う! それがわたしの同人道! ま、もちろん改変は加えているからね、問題ないよ」

「問題大有りだよ! 勝手にモデルにしないでよぉ!」


 肖像権とかどこへ行ったの?

 気にしなきゃダメでしょ。


「まあまあ、別に同人誌のモデルにされるくらいいいじゃねえか」

「そりゃ、態徒は一度もネタにされてないからな」

「うんうん。ボクたちの気持ちなんて、態徒にはわからないよ」


 ボクと晶で、態徒にジト目を向けながら反論。

 被害にあっていない人はいいよね、気楽で。


「おらー、席に着け―、HR始めるぞー」


 と、ここで担任の先生が教室に入ってきた。

 なので、ここで解散して自分の席に座ると、ちょうどクラス全員が席に着き、HRが始まった。



 HRが終わり、一時間目の最中、ふと体に違和感が出始めた。


 ん、なんだか体が熱い……。

 なぜか、体が熱くなり始めてきた。

 気怠さもないし、頭痛もしないので、風邪ではないと思うんだけど、なぜだか熱い。

 額に手を当てるも、特に熱があるようには感じない。


 変だなぁと思っていると、急に熱が引いていった。

 どういうことだろう?



 続いて二時間目。

 またしても違和感が。


 今度は、熱くなるだけでなく、眩暈を引き起こしたかのようにくらくらし始めた。

 体は熱いし、眩暈はする。

 でも、体が不調かと言われればそうでもない。


 貧血かな?

 と思ったところで、眩暈と熱は収まった。



 三時間目。

 また違和感。


 今回は、熱、眩暈に続いて、全身に軽い痛みが走った。

 痛みはそこまで強くなく、チクチクするような痛みだったので、何の問題もなくこらえることができた。


 ふと思ったのは、この謎の症状が現れるごとに時間が延びている気がする。

 それにしても、痛い。

 なんだろう。

 熱いし、眩暈はするし、痛いしで、ちょっと嫌な気分。


 早く収まってほしいと願うと、症状はすべて収まっていった。

 なんで?



 三時間目が終わり休み時間。


「依桜、具合でも悪い?」


 次の授業の準備をしていると、不意に未果に声をかけられた。

 心なしか、表情も心配そうにしている。


「ううん。具合は悪くないけど……どうしたの?」


 たまにおかしな症状が出るけど、時間経過で何事もなかったかのように収まってるし、変に心配されたくないから、言わないでおく。


「たまに、熱があるみたいに顔が赤くなったり、ふらふらしたり、痛みをこらえる様な感じだったから、ちょっと気になったの」

 す、鋭い。

 よく見てるなぁ、未果。

 ボク、これでも結構周囲に分からないようにしていたんだけど。


「大丈夫だよ。すこしだけ眩暈とかがしただけだから。多分、貧血なんじゃないかな?」

「あー、今は女の子だしね。鉄分、摂ったほうがいいわよ」

「心配してくれてありがとう」

「いいのよ。それじゃね」


 それだけを言って、未果は自分の席に戻っていった。



 そして、四時間目。

 それは唐突に起こった。


「うっ……」

「ん、どうした、男女?」


 急に体中が熱くなった。

 それも、一時間目~三時間目に感じた時よりも、遥かに熱い。


 四十度くらい出ているんじゃないかと錯覚するほどの熱さ。

 しかも、平衡感覚を失うほどの眩暈も襲い掛かってきた。

 そして何よりも、ボクが声を上げた原因。

 それは、


「うっ、くぅ……な、に?」


 全身に走る、激痛。

 チクチクなんて生易しいものではなく、大きな針で全身くまなく刺され続けているかのような、激しい痛みがボクを襲っていた。


「う、ぐぅ……うっ、あ、あああああああああああああっっ!」


 あまりの激痛に、授業中にもかかわらず、叫び声をあげてしまった。


「お、おい、男女! どうした!」


 授業をしていた担任の先生の心配する声が聞こえてくるけど、それすらも耳に入らない。


 痛いっ……痛い痛い痛い痛いっ……! なん、でっ?

 こんな痛み、感じたことがないし、それに関する原因が何一つ思い出せないっ……!

 あ、熱いっ……視界が歪むっ……体が痛いっ……!

 だ、だめっ……い、しき、が……。


「ちょっ、い、依桜!? 体が光ってるぞ!?」


 態徒のそんな叫びがかすかに聞こえてきた。

 薄れかけている意識でも、なんとか視線を体に向ける。

 たしかに、態徒の言う通り、ボクの体は淡く光っていた。


「な、にっ……?」


 自分の身に起きている異常に対して、熱と眩暈、激痛でうまく頭が回らない。

 そうする間にも、光は増していき……


 ボンッ!


 と、突然何かが爆発するかのような音共に、煙が出た。


「い、依桜! だいじょう、ぶ……か?」

「けほっ、けほっ……な、なにが……」


 ……あれ、痛みがない。熱も、眩暈も。あれだけ酷かった症状が、嘘のように消えてる。

 ……って、あれ? 今、なんかおかしな声が聞こえたような?


「み、みんなだいじょう……ひゃぁ!」


 立ち上がろうとしたら、なぜか転んでしまった。

 ……やっぱり、変な声がした。

 しかも、ボク自身から。


 いつもの声よりも、少し高くて、さらに可愛らしいような声。

 慌てて体を起こす。

 ぱさっ。


「ふぇ……?」


 何かが落ちた。

 煙がだんだんとなくなり、今の自分がある程度視界に入った。


 そして、気づいた。

 気づいてしまった。


 Yシャツを除いた、すべての衣服が、床に散乱していた。

 恐る恐る、自分の体に目を向ける。

 小さかった。

 それに気づいたところで、


『え、え……えええええええええええええええええええええええっっっ!?』


 先生も含めたクラス全員が、そろって驚愕に大声を出していた。

 ボクも叫んだ。

 ボクの状況に。

 ボクの姿に。

 ボクは……


「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」


 いつぞやの素っ頓狂な叫び声をあげた。


 ボクは――体が縮んでいた。

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