第57話 解呪の結果 上
「ん……ここは……?」
「お、目が覚めたかな? 依桜君」
目を覚ますと、学園長先生がボクのことをのぞき込んでいた。
「ここは、あたしの研究所にある、休憩室だよ」
「休憩室?」
上半身を起こして、周囲を確認。
どうやら、ベッドで眠っていたようだ。
周囲には、いくつかのベッドがあるところを見ると、学園長先生の言った通り、ここは研究所に勤める人たちのための場所なんだろう。
学園長先生がいるって言うことは、ボクはちゃんと元の世界に帰ってこれたみたい。
「そうだ。学園長先生、今って何日ですか?」
「一日経過してるよ。だから、十月二十五日」
「一週間が一日……」
つまり、むこうで四週間過ごしたとしても、こっちの世界では四日ほどしか経過していない、っていうこと?
ボクが初めて異世界に行ったときは、時間は進んでいなかったんだけど……。
もしかして、あの時は向こうの世界の召喚魔法が原因とか?
それに、女神様も関わっていたみたいだった所を考えると、その可能性も高い。
向こうが無理やりに呼んだ、ということでもあるわけだし。
それとは反対に、今回の件は学園長先生の発明によるものだから、一方的なものになって、女神様も関わらなかったから、こんな時間の流れになったのかも。
でも、よかったよ。
一週間経ってたり、さらに時間が経過してる、なんてことがなくて。
一週間経過していたら、一週間分の授業に遅れちゃうし。
ノートを写すのって、結構大変だからなぁ。
「依桜君、向こうではどうだったかな?」
「あ、はい。えっと、師匠にボコボコにされたり、王子様にプロポーズされて、お姫様にお姉様と呼び慕われ、王城のパーティーに参加し、二日間くらいの記憶がなくなったのち、呪いの解呪をしていました」
「すごく濃くない? たった一週間の旅行だったはずなのに、ずいぶんいろんなことがあったのね」
「ま、まあ……」
考えてみれば、確かに濃い一週間だった。
一ヶ月間くらいの出来事だったら、まだ納得できるけど、たった一週間の出来事なんだもんなぁ、あの一週間は。
「それにしても、解呪っていうことは、呪いが解けそうなの?」
「はい。……まあ、失敗する可能性もあるんですけど」
「失敗すると何かあるの?」
「もう二度と、男に戻れなくなります」
「……重い」
「重いでしょう? 失敗したら、ボクは一生女の子で、それに追加効果が発生します」
「追加効果ねぇ。何が起こるとかは?」
「色々と詳しい師匠が言うには、わからん、だそうです」
「……ブラックボックスすぎるわ」
ボクもそう思います。
本当に何が起こるかわからないから怖い。
「で、確率は?」
「二分の一です」
「うわぁ、嫌な確率ね……。つまり、二分の一の確率で、依桜君は一生女の子になるってことか。……ありね」
「……学園長先生、今なんて言いました?」
「何でもないわよー。こっちの話。……でも、解呪方法があってよかったわね」
なんか誤魔化された気がするんだけど……もう今更かも。
学園長先生だし。
「見つかっても、確実じゃないので、なんというか……」
「それもそうね」
解呪方法が見つかった! 万歳! と言うわけにはいかないのが、今のボク。
「じゃあ、雑談はここまでにして。依桜君、体に違和感とか、おかしなところはないかしら?」
「えっと……特に何もない、ですね」
体を軽く動かしても、これと言った違和感はない。
この一ヶ月間過ごし続けてきた女の子体に、おかしなところもないし、痛むところもない。
「ならよかった。世界初の手動型異世界転移だったからね。いくらシミュレーションでは成功しているとはいえ、実際の方で何も起こらない、なんて確証はないわけだしね。でもまあ、これで実験は成功、かな」
「異世界転移装置なんていう物を作っているのは、世界広しと言えど、学園長先生くらいなんじゃないですか? 世界初も何もないですよ」
「ま、そうかもね。こんなバカげた研究、普通の人はやらないよね。異世界の存在を空想と思っているんだから」
自分でバカげた研究と言っている辺り、自覚あったんだ、学園長先生。
一応、お父さんから受け継いだ研究って聞いてるんだけど。
「さて、と。そろそろ帰りましょうか。疲れているでしょうし、明日は普通に学園あるしね」
「ですね。ボクも、男子制服を引っ張り出さないといけませんし」
「戻った時用のためか。うん、じゃあ帰ろうか」
「はい」
ベッドから出て、ボクは身支度を整える。
カバンの中に入れたままだった転移装置は、ちゃんと学園長先生に返却。
一応、一度きりしか使えない、とのことらしいけど、この人のことだし、返しておくに越したことはない。
持っててもいい、とは言われたけど、怖いので遠慮した。
支度を終えて外に出ると、青空が広がっていて、太陽も真上に近い位置だった。
見た感じ、昨日異世界に出発した時間と同じくらいかな。
でもよかった。朝早いとか、夜中とかじゃなくて。
本当に丸一日だったみたい。
「それじゃ、また明日ね」
「はい。ありがとうございました、学園長先生」
「元々、こっちから頼んだことだしね。それじゃ」
軽く挨拶を済ませてから、学園長先生は去って行った。
今回は一週間だったから、そこまで懐かしく感じないね。
修学旅行から帰って来た時の気持ちかな。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい、依桜。ずいぶん遅かったわね」
「母さん。丸一日帰ってこなかったことを、随分遅かった、で済ませるのはどうかと思うんだけど」
「そう? でも、学園長先生の手伝いなら問題ないかなって」
信用しすぎでは?
いやでも、学園長先生って、保護者の人たちから評判はいいらしいし、生徒第一で考えてくれるからありがたい、って言われてるようだし。
でも、ボク的にはちょっと思うところはあるわけで。
「お昼は食べた?」
「ううん。まだ食べてないけど」
「ならよかった。ちょうど作り始めるところだったから。疲れているでしょうし、部屋で休んでいなさい。できたら教えるから」
「わかった。じゃあ、部屋に行ってるね」
どうせ、男子制服を出そうと思ってたからちょうどいいし。
どこにしまったかな。
「んーっと……あ、あったあった」
部屋に戻り、すぐに制服を探す。
女の子になってからの一ヶ月間の間は濃かったからなぁ。
制服とか、気にしている余裕はなかったし。
でも、おぼろげだったとはいえ、見つかってよかった。
ちなみに、クローゼット内の上の棚の方に置いてありました。
「もうすぐ、これを着れるのかぁ」
向こうでの幸運値のおかげで、多分、きっと成功するだろうし。
成功する、よね?
いやいやいや! マイナスなことを考えてちゃだめだよね!
「そういえば、師匠って何に対して謝ったんだろう?」
声は聞こえなかったとはいえ、すまんと言っていたように見えた。
う~ん……なんでかを聞きたかったけど、転移が進んじゃってたからなぁ。
「まあいい、よね」
師匠が謝ることってあまりないけど、その大半が重要なことじゃない場合のほうが多いし。
たま~に重要な時もあるけど、それは滅多にない。
そこまで気にしなくても問題ない、かな。
「それにしても……もう少しで元の生活、かぁ」
ようやく男に戻れると思うと、感無量だよ。
何度男に戻りたいと思ったことか。
女の子だと、よく人に絡まれるし、マスコミに張り込まれてるし。
本当に、人間関係が面倒臭くなった気がするのはなぜだろう。
みんな揃って、ボクを美少女だとか、女神様なんて言ってくるけど、そこまでじゃないと思うんだけどなぁ……。
女の子でいるのは疲れちゃうし。
一度だけ生理が来たけど……本当に、地獄だった。
あれがもう一度来るというのは、考えたくもない。
何はともあれ、苦労しかないこの体ともおさらば、かな。
「……成功すれば、だけど」
師匠がこういうことで失敗するとは考えにくいし、ボクの幸運値ならば、きっと問題ないはず。
ただ、確率二分の一って言うのが気になる。
その場合って、どっちに傾くんだろう?
う~ん……まあ、明後日になればわかるよね!
『依桜~、ご飯よ~』
「はーい!」
色々考えるのは中断。
今は、母さんが作ったお昼ご飯を食べよう。
次の日。
今日は、一週間ぶりの学園。
ボク以外の人からしたら、一週間じゃなくて、二日、なんだけど。
時間感覚がずれそうだよ、向こうで生活すると。
一週間が一日なんだもんなぁ。
そう言う意味では、同じ時間の進みだとありがたかったんだけど。
「あれ、今日はいないみたいだ」
なんとなしに窓の外を見ると、家の前には人っ子一人いなかった。
いないのは、普通の一般人と言うより、ボクの周辺で張り込みをしていた人たち。
それ以外の、学校へ登校する人や、家の前を掃除する人、ジョギングをする人などは普通に行きかっている。
「いないならいないで越したことはないなぁ」
いたら、また屋根の上から行かないといけなくなってたし。
あれ、最速で学園に行けるのはいいんだけど、人様の家の屋根を通っていることを考えると……不法侵入なんだよね。
やむを得ないとはいえ、さすがに良心が痛む。
今後も、いないといいんだけどなぁ。
「さて、そろそろ着替えないと」
いつまでも外を見ながら考え事をしていたら、遅刻しちゃうしね。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてねー」
朝食を食べて、いつも通りの時間に出発。
今日はまだ一日目なので、呪いが解呪されることはない。
なので、男子制服を持ってくる必要はない。
ちなみに、今日の持ち物と言えば、体操着を入れたスポーツバッグくらい。
一応このバッグは、異世界転移にも持って行っている代物で、少しだけ強化魔法をかけてある。
身体強化魔法の応用で、物を頑丈にする効果がある。
まあ、どうでもいいよね。
「それにしても……やっぱり視線が……」
異世界に行く前と同じく、やっぱり視線を感じる。
敵意を持った視線じゃないから、そこまで問題じゃないんだけど……見られて喜ぶような趣味は持ち合わせてない。
できることなら、視線をどうにかしたいところ。
「……これ、まだあれを引きずってるのかなぁ」
ファッション誌とドラマ。
一週間近くは経過しているのに、ネット上ではまだ騒がれているみたいだったし。
昨日、一応確認として見たら、未だにSNSのトレンド上位に入っている上に、タグが『女神様』なんだもんなぁ。
ボク、普通に人間なんだけど。
女神様っていうのは、大袈裟だよね……。
いつか崇められそうで怖い。
「はぁ……」
異世界に行ってからというもの、本当に大変な環境になったと思い、ため息を吐いた。
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