第530話 妹たちの学校生活【メル編・下】

 メルの日本における初めての学校生活初日は、まさに大成功と呼べるような出だしだった。


 家に帰宅後、メルは友達ができたことを依桜たちに伝えると、依桜はそれはもう安心したそうな。


 やはり、異世界人なので、こちらの世界の住人と馴染めるか不安だったので。


 そんな不安はいらぬ心配だったようである。


 家で学校のことや、最初の友達の話をしているメルは、それはもう瞳が爛々としており、メルの話に相槌を打ちながら、依桜はそれはもう微笑ましそうな目でメルを見ていた。



 それから依桜がとてつもなくしょうもない原因で平衡世界へ行く、などという状況が発生しつつも、メルはちゃくちゃくと友達を増やしつつ、同時に学校生活を謳歌していた。


 学校の授業は面白いし、友達と遊ぶのは楽しいしで、今まで知らなかったことを知っていくメルの姿は、とても可愛らしく、子供らしかった。


 おかげで、依桜の精神はそれはもう穏やかであり、メルを見るだけで癒されるほどだ。


 そんな、順風満帆とも言える生活をしているメルだったが、ちょっとした問題が起こる。


 まあ、問題と言っても可愛らしいものだ。


 何が起こったかと言えば、それはある日の朝の会の前。


「おはよーなのじゃ!」


 いつも通りにメルが元気よく挨拶をしながら中に入ると、クラスメートたちは挨拶を返してくれる。


 あれからのメルと言えば、それはもう人気者である。


 外国人だから、日本語が苦手なのでは? と思われていたが、実際には流暢な日本語で話し、どこか大人っぽさを感じさせつつも、幼い部分もちゃんとある、というある種のギャップ萌えがあるためか、それはもう、人気が出た。


 しかし、それは男の子の方の割合が多い。


 巴のように、元気っ子ならばメルと仲良くできるが、なんと言うか、こう、プライドが高いような子供は、少々メルを目の敵にしている節があった。


 とはいえ、本当に子供らしい、可愛らしい嫉妬によるものではあるが。


「男女さん!」


 で、本日。


 机にランドセルを置いて教科書やノート、筆箱などを机の引き出しに入れていると、目の前に金髪でドリルな髪型の、勝気な目元が印象的な女の子がそこにいた。


「む、小鳥遊さんか? 儂に何か用かの?」


 メルに話しかけてきたのは、メルと同じクラスに所属する少女で、名前は小鳥遊姫華。


 いかにもお嬢様と言った風貌に口調の少女。


 他県から編入した少女でもあり、同時にお嬢様でもある。


 まだ新学期が始まってからそれほど時間が経ってはいないものの、クラスメートの名前と顔はとっくに覚えているメルは、目の前の女の子が誰なのかをすぐに判断すると、可愛らしく首を傾げて要件を尋ねた。


「わ、わたくしと、勝負ですわ!」


 ビシィッ! と指をさしながら、小鳥遊さんと呼ばれた女の子は、メルになぜか宣戦布告をしてきた。


 メルはいきなりのことでちょっとだけきょとんとするも、何やら顔が赤い様子を見て、かなり勇気を出して言ったのかも、と理解する。


 なので、断るのは可哀そうと思ったので、


「うむ、受けて立つのじゃ!」


 承諾した。


「い、いいんですの?」


 逆に、仕掛けた側の姫華が困惑する結果となっていた。


「うむ。それで、何で勝負するのじゃ?」

「きょ、今日の体力テストですわ!」

「体力テスト? ……あ! ねーさまから聞いておるぞ! たしか、いろんな動きを調べる奴じゃな! 儂、ちょっぴり自信があるぞ!」


 体力テストが一瞬何のことなのかわからなかったが、すぐに依桜が昨晩教えてくれたことを思い出すと、メルはいつもの天真爛漫な笑みを浮かべ、自信満々そうに言う。


「ふふん! わたくしもですわ! 正々堂々、勝負しましょう!」

「うむ!」


 そんなわけで、なぜか二人は勝負することになった。


 ちなみに、二人のやり取りを見ていた周囲の子供たちは、よくわからないが、ちょっとわくわくしていた。



「メルちゃんメルちゃん!」

「おぉ、巴ちゃん。どうしたのじゃ?」


 朝の会が終わり、一時間目、二時間目が終わり、業間休み。


 二時間目に使用した勉強道具を引き出しにしまっていると、巴がメルの所にやってきた。


「メルちゃん、小鳥遊さんと勝負するでしょ?」

「うむ」

「大丈夫なの?」

「む、何がじゃ?」


 いきなり勝負して大丈夫なのかと訊かれ、メルはこてんと首を傾げる。


 一体何に対する心配なのかがわからない。


「だって、小鳥遊さんってすっごく運動ができるってうわさだよ?」

「そうなのか?」

「うん。えっとね、小鳥遊さんとおんなじ学校だった子に聞いたら、運動がすっごく得意で、同じ学年の子に負けたことがないんだって」

「おー! それはすごいのじゃ!」


 巴的には、そんなすごい子と勝負するのは、とても心配なのだろう。


 別に、何か罰ゲームがあるわけでも、人権侵害的な何かをされるわけでもないが、子供的には、一度そう言うので負けると、変にからかわれたり、少々面倒なことになったりするのだ。


 それに、叡董学園中等部・初等部の二つに関しては、今年新設されたばかり。


 ここで負けようものなら、メルの立場がちょっと悪くなるかも。


 みたいなことを、漠然と考えていた。


 そう言った経緯があり、巴はメルのことを心配していたのだが、メルの反応と言えば、それはもう嬉しそうだった。


「メルちゃん、なんでそんなにうれしそうなの?」

「む? それはそうじゃろ! 儂、同い年の者とそういうことがしたことがなかったからな! だから、うれしいのじゃ!」

「そうなんだ。じゃあ、メルちゃんは勝っても負けてもいいの?」

「うむ!」


 巴の質問に、メルは力強く頷いた。


 そんなメルを見て、巴はくすりと笑うのだった。



 それから授業を消化し、体力テストの時間となった。


「ぜったいに、わたくしが勝ちますわ!」

「儂も負けぬぞ!」


 担任から軽い説明を受けた後、二人はそれぞれの友達同士でペアを組んだ。


 そして、二人が対面すると、お互いにガッチリと握手をした。


 子供らしく、微笑ましい。


 早速と言わんばかりに二人は勝負を始める。


 最初に二人が勝負することにしたのはボール投げだ。


「じゃあ、わたくしから投げますわ!」


 と、自信満々に姫華の方が自ら最初にやると申し出た。


「わかったのじゃ」


 メルも特に異論はないようで、すんなり譲る。


 で、まぁ、ここから先の展開は予想が付くことだろう。


 そもそもの話、生まれた時から身体的スペックの差が如何ともしがたいレベルなのだ。


 依桜たちに言われた通り手加減はするし、自分だってこの世界じゃとても強い力を持っていることは理解していた。


 なので、かなり力を抑えて投げることになる。


 まあ、その前に姫華の方がボールを投げた。


 結果は十九メートル。


 小学四年生のボール投げの平均が十二メートルと考えると、かなりいい方だろう。


「やりましたわ! 新記録です!」


 どうやら、新記録を出せたらしい。


 ちょっとはしゃいでいる。


「ふふふ、男女さんにわたくしをこえられますか?」


 そして、自己記録が出たことで調子が乗ったのか、挑発するようにメルにそう言ってくる。


 とはいえ、相手は異世界の魔王である。


 結果はもちろん……。


「ふっ――!」


 二十四メートルであった。


 ちなみに、メルが本気でボールを投げた場合、間違いなく学園の敷地内をまるで戦闘機の如きスピードで飛んでいき、最終的には空気抵抗によって発生した摩擦で溶けて消える。


 なので、今はかなり力を抑えた。


「な、なななっ……!」


 さて、今し方軽々と自分の記録をぶち抜かれた金髪ドリル小学生はと言えば、それはもうわなわなとしていた。


 ……あー、まぁ、正直、この後の展開はダイジェストで行くことにする。


 まず、五十メートル走。

 姫華:八秒八

 メル:七秒九


 立ち幅跳び。

 姫華:百四十八センチ

 メル:百五十三センチ


 反復横跳び。

 姫華:四十九回

 メル:五十六回


 二十メートルシャトルラン。

 姫華:四十五回

 メル:五十二回


 上体起こし。

 姫華:二十一回

 メル:二十九回


 握力。

 姫華:十八キロ

 メル:二十一キロ


 以上である。


 尚、長座体前屈に関しては、あれはあまり勝負するようなものではないという判断がなされたので、除外するものとする。


「ま、負けましたわ……」


 そうして、全ての種目を終えて、見事完敗(実は長座体前屈では、姫華の方が一センチ勝っていたが)した姫華はがっくりと項垂れていた。


 最初の内こそメルを褒めていた巴であったが、正直あまりにも圧倒的すぎると言うか、運動能力全く関係ない長座体前屈しか勝てていないという事実に、巴は四年生の子供ながらに、かける言葉が見つからない、といい状況に陥っていた。


 と同時に、メルも大人げなかったとちょっとだけ後悔。


 だが、メルの根本的基準はそもそもどっかの色々とぶっ飛んでる姉であり、その姉の強さなのだ。


 なので、身体能力、という部分においては色々とずれているのである。


「あ、あー、小鳥遊さん?」


 しかし、自分がやってしまったという自覚はあったので、項垂れている姫華に話しかけた。


「……す」

「す?」

「すごいですわっ!」

「んにゃ!?」


 項垂れてぷるぷる震えたと思ったら、いきなり目を爛々と輝かせてメルの顔にずいっと顔を近づけて叫んだ。


「わたくし、あなたのような方初めて見ましたわ! すごいです!」

「う、うむ?」

「ぜひ、わたくしとお友達になってくださいっ!」


 一体なぜ? 的なことを巴及びメルも思ったが……まあ、子供なので。


「もちろんじゃ!」

「ほんと!?」

「うむ! 儂、まだ巴ちゃんくらいじゃからな! 仲のいい友達は」

「ありがとうですわ! じゃあ、これからよろしくお願いしますわ!」

「うむ!」


 というわけで、メルの友達が増えた。


 ちなみに、巴とも意気投合した。



「へぇ~、じゃあ姫華ちゃんは一人でこっちに来たんだ?」

「えぇ。小鳥遊家は四年生になると、寮のある学校に一人で暮らす仕来りがありますの」

「ほほう。なかなか面白い家なのじゃな!」


 仲良しになった三人は、それはもうこのメンバーで過ごすようになった。


 メルは基本的にいろんなことに興味を示すし、純粋なリアクションを見せ、姫華はお金持ちならではのネタを提供し、ごくごく一般的な家庭出身の巴が円滑に話を進める、みたいな噛み合った会話を繰り広げる。


 ちなみに、金持ち話とは言うが、特に嫌味になるような言い回しはしておらず、どちらかといえば苦労したことや、面白かったことなどを話しているので、二人は純粋に楽しく話せている。


「今度、二人を招待しますわ!」

「む、いいのか?」

「わたしも?」

「もちろんです! こちらで初めてのお友達ですもの!」

「む? 入学してから時間があった気がするが……」

「……わたくし、家のこともあって、ちょっぴりさけられていましたので……」


 メルの疑問に、姫華は何とも言えない笑みを浮かべて、理由を告げた。


 まあ、つまるところ、自分の実家の肩書が割と重いので、近づきたくてもちょっと……みたいな感じになっていたのである。


 ではなぜ、姫華がメルに勝負を仕掛けたか、という部分に関して気になった二人が姫華に理由を尋ね、そしてその理由を回答をするならば。


「そ、その……マンガの知識、でして……」


 マンガである。


 姫華はマンガが大好きだ。


 ラノベもこの歳で読むが、どちらかといえばマンガ派である。


 ラノベも面白いが、やはり躍動感があるマンガの方が、姫華的に……というか、小学生ならば、普通にマンガの方が好きだし、むしろラノベを読む小学生の方が少数派だろう。


 小学六年生辺りになると話は少し変わってくるが……まあ、それはいいとしよう。


 姫華がなぜ、マンガの知識を使用したか。


 それはあれである。


 一方的に主人公を敵視していたライバルキャラ、というのは得てして味方になる物である。


 スポーツマンガであれば友として。


 バトルマンガであれば味方として。


 恋愛マンガであれば恋人として。


 そんな風に、『ライバル』というポジションは大抵の場合味方になるのものだ。


 だから勝負を仕掛けた。


 正直、勝敗なんて二の次だったし、姫華にとって一番の目標はメルと友達になること一択だったので。


 何故この作戦だったかと言えば……まぁ、そもそも子供だし。


 どんなに頭がよくても、やっぱり年相応と言うか、それに子供の知識を得る場所と言うのは、得てしてそのほとんどが娯楽である。


 動画配信サイト然り、マンガ然り、ラノベ然り。


 だからまぁ、現実的には少々あり得無くね? みたいな作戦になってしまうのは仕方ない。


 とはいえ、それらは高校生以上がやれば痛いことでも、小学生くらいなら微笑ましい、で済まされるので、小学生という免罪符はあまりに大きく、そして小学生向けであると言えるだろう。


「というわけですの」

「ほぉ、マンガとはすごいんじゃのう! 儂も今度、ねーさまに頼んでみようかの?」

「あら、メルさんも興味が!?」

「うむ! 姫華ちゃんがどんなものを読んでいたのか気になるからのう!」

「あ、わたしも気になる!」

「それでしたら、この後わたしのお部屋に来ませんか?」

「いいのかの?」

「もちろんですわ! 巴さんもぜひ!」

「うん!」


 と、そう言う事になり、メルと巴はそれはもう張り切りまくる姫華の部屋へお邪魔することになり、二人は姫華の持つ大量のマンガを堪能し、さらに友情は深まるのだった。

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