第349話 ちょっとだけ幼児退行

「……………………………………(生気を失った顔)」


 学園のとある一室……というか、まあ、ただの女子更衣室なわけだけど……そこにあるベンチにて、依桜は生を感じさせない顔で座っていた。


 というか、なんか燃え尽きてる。


 正直、普段のあの穏やかで、優しそうな表情は見る影もない。


 これはどうしたものかと悩んでいると……


「へ、へへへ……へへへへへへへ…………しにたい」


 突然、依桜の口からは聞いたこともないような笑いが漏れ、最後に、死にたいと呟いた。

 ま、まずい! これは重症すぎるわ!


 キャラ崩壊はまずい!


「い、依桜? 大丈夫?」

「……へへへ……みか、ボク、いきるのがつらくなっちゃったよ……」

「……」

「ボクね、ずーっとおもってたんだぁ…………なんで、ひとっているんだろう、って」

「……(涙)」

「それでね、それでね……ひとって、ほんとうはいらないんじゃないかなって、おもうんだぁ……」

「……(涙・滝)」

「……ボクって、なんで、いきてるんだろう……?」

「……(涙・嵐)」


 もう、何も言えなかった。というか、言えるわけがない。


 なにこれ? こんな重症な依桜、初めて見たわよ? 私。


 ついに、哲学を始めだしたんだけど。


 ……よっぽど、さっきのあれが駄目だったのね……。まあ、突然観衆の前で裸になり駆ければこうなっても不思議じゃない、わよね……依桜なら特に。


 何せ、依桜は純粋で、恥ずかしがり屋だもの。


「ボク、ほんとうは、みんなからはひつようとされてないんじゃないかなー……って、おもうんだぁ……」

「そ、そんなことないわよ、依桜」

「でも、いつもボクがひどいめにあって、なぜかまわりのひともちょっとよろこんでるようなきがして……じつはボクって、そこにそんざいだけしてればいい、みたいなそんざいなんじゃないかなって……」


 あぁぁ……何とも否定しにくいことを……!


 こうしてみると、依桜って、本当に繊細だったのね……。


 なんか、すごく理解できたわ、この瞬間で。


「ねえ、みか……ボクって、しゅういからひつようとされてるのかなぁ……」


 死んだ顔で、依桜は私にそう尋ねて来た。


 うっすらと微笑みを浮かべているのがなんとも……哀愁を誘う。


「当然よ。というか、周りはともかくとして、私たちはあなたを必要としてるわよ。依桜がいないと寂しいし、なーんにもやる気なんて起きないわ」

「……ほんとぉ?」

「ほんとほんと。なら、晶たちにも訊いてみる? 多分、みんな同じことを言うわよ」

「……ボク、いらないこじゃない?」

「もちろん。私は、依桜が大好きよ。だから、いらないこ、なんて言わないの」

「……みかは、ボクがすきなの?」

「当然。今さっき言ったばかりよ。昔から変わらず、私の大好きな幼馴染よ」

「――っ! みかぁ!」


 ぼふっと、そんな音を立てつつも、依桜が私に抱き着いてきた。


「うぅっ、ぐすっ……」


 あ、泣いてるわ、これ。

 ……まあ、あれだけのことがあれば泣くわ。


「よしよし、もう大丈夫だから、ね?」

「ひっぐ……う、うぅっ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」


 本気泣きだしちゃったわ。


 でも、何と言うかこう……可愛すぎない?


 なんでこの娘、こんなに可愛いの?


 泣いてる状態すらも可愛いと思えて来るなんて……!


 庇護欲が凄まじい……これは、天性の才能なのかしら?


「ほらほら、泣かないで、ね? 私は依桜から離れる事なんてないし、嫌いになるはずもないから」

「う、んっ……!」


 依桜が嬉しさを滲ませながら頷くと、さらにぎゅっと抱き着いてきた。


 待って、可愛すぎるんだけど……。


 しかも、ものっすごい勢いで尻尾をぱたぱたさせてるし……もしかしてこれ、相当嬉しかったりする?


「とりあえず、みんなの所に戻ろ?」

「うん」


 一応着替えも、なぜか依桜のロッカーに入っていたしね。


 私が高速で依桜を抱き抱えて去ったから、晶たちも心配してるでしょうし。


 ちなみに、着替えはなぜか……水色の、可愛らしいワンピースだった。尻尾穴付きで。



 というわけで、依桜を連れて晶たちの所へ。


「戻ったわ」

「た、ただいま……」

「大丈夫だったか!?」


 私たちに最初に気づいたのは晶だった。


 なんと言うか、こうやっていつも最初に来るから、晶はイケメンなのよね……。


 気配りはできるし、こうやって友達や幼馴染が戻ってきたら、真っ先に心配してくれるもの。


 もし、幼馴染として会っていなかったら、好きになってたかもね。


 いや、別に晶は好きだけど。


 と言っても、恋愛感情はないけどね。


「お、おかえり、二人とも。依桜は大丈夫か?」

「う、うん……」


 態徒の言葉に、依桜は私の服を掴みながら、そっと顔をのぞかせるように隠れた。


「お、おー? ねえ未果ちゃん。これ、どういうこと?」

「さ、さあ?」


 私に訊かれても、答えようがない。


 実を言うと、依桜は更衣室を出てから、こんな風に私にしがみついて、隠れるようにして行動している。


 なんと言うか、人見知りで恥ずかしがり屋な年の離れた妹が、お姉ちゃんにくっついて歩いてる、みたいな図式よね、これ。


「幼児退行、か?」


 不意に、晶がそう呟く。

 あ、あー……なるほど。


「たしかに、小さい時の依桜は、普段よりも子供っぽくなるわよね」

「たしかに。そう言えば、前に辛いものを食べさせたら、ちょっと涙目になってたっけな」

「反対に、甘いものをすご~く嬉しそうに食べたりとかね~」

「子供舌……」

「こ、こどもじゃないもんっ! りっぱなおとなだもんっ!」


((((あ、ほんとに子供にしか見えない))))


 なんと言うか、おませな可愛らしい少女にしか見えない言動ね。


 人間って、自身の体に変化が起こって、時間が経つと、それが正常だと認識しちゃうって話があったような……つまり、依桜も例にもれず、それが適用されてる、ってわけよね?


 それに、女委も去年そんなことを言ってたし、幼女化したことで、一時的な幼児退行を起こしていても不思議じゃないのよね、これ。


 しかし……これが、魔王殺しの元暗殺者、ねぇ?


 見た目に反して、とんでもなくゴツい肩書を持ってる割には、容姿は相当可愛いのよね、依桜って。


「しっかし、あの状況はまずかったんじゃないのかよ? さすがのオレでも、あれは心配するぞ?」

「お、ド変態徒君にしては、ちゃんとしてるね~」

「混ぜるなよ!?」

「しかし、実際女委の言う通りだろう? お前は、いつも変態なわけだしな」

「……お前ら、本当はオレのこと嫌いなんだよな? そうなんだよな?」

「「「……ふっ」」」

「……なんで、鼻で笑うんだよぉ……」


 ちょっと泣きそうになってるけど……ま、変態だし、いいでしょう。


「んでも、依桜君、優勝おめでとう!」

「う、うん、ありがとう……」


 恥ずかしそうに、顔を赤くしながら私の後ろに隠れる。


 うっ、な、何たる可愛さ!

 しかも、瞳が潤んでいるのがなんとも……。


「ところでよ、今の時間は特に何もないだろ? オレたちはどうするよ?」

「レベル上げでもいいが……どうする?」

「わたしは別にいいよ~。だって、合法的に平日の日中にレベリングできるってことだもんね! まあ、私たちは依桜君を除けば、みんなレベルが40くらいだけどね」

「そう言えばそうね。依桜はあまり狩りをしないから、レベルは私たちの中では一番低いけどね」

「もっとも、一番低いのと同時に、一番ステータスが高いのも、依桜だが」

「あ、あはははは」


 まあ、依桜が乾いた笑いを浮かべるのもよくわかるわ。

 何せ、ステータスは実際のレベルの倍以上なわけだし。


「依桜はどうする?」

「……ぼ、ボクは、えっと……がくえんちょうせんせいにようがあるから、そっちにいくよ」


 学園長の名前が出た瞬間に、依桜の体から、ものすごい圧のプレッシャーが放たれた。


 ……幼児退行はしてるけど、どうやら、根本的なところは変わらないらしい。


 まあ、今回の件は学園長が悪いし、同情しないわ。


 まあ……


「依桜、殺さないようにね?」

「うん、もちろん! しぬすんぜんでかいふくまほうをかけて、またしぬすんぜんでかいふくまほうをかけるから!」


((((学園長、グッドラック……))))


 私たちは、学園長に心の中で敬礼をした。



 コンコン。


『どうぞー』

「しつれいします(全力スマイル)」


 ボクは、未果たちと別れた後、学園長室に来ていました。


「あ、い、依桜君……え、えーっと……な、何の用、かしらぁ?」


 きょろきょろというより、ぎょろぎょろと目が忙しなく動く。

 あ、すっごく動揺してる。


「も・ち・ろ・ん、おしおきですよ~~~❤」

「え、あ、あの……えー……許して、きゃぴ❤」

「……ぶちころします」

「ちょっ! 今、依桜君の口からは絶対に聞こえない類の言葉が聞こえて――って、ま、待って! 悪気はなかったの!」

「では、なぜ?」

「……生徒が楽しければいいかなって」

「ほんねは?」

「――依桜君のエッチな姿が見たかった! ……あ」

「ふふ、ふふふふふふ……アハハハハハハハハハハ! ……ぶっころすっ!」

「ま、待って! 待ってください! お願いします! 待って! まっ――いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」



「……(チーン)」

「うん、スッキリしました!」


 晴れやかな気持ちで、ボクは高らかに言った。


 学園長先生がちょ~~~っと疲れて眠っちゃってるみたいだけど、きっと今日がとても過ごしやすい日だからだよね! 何せ、陽が当たるからね。きっと、ぽかぽかしてたから、眠くなっちゃったんだよね!


 うんうん、お疲れ様です。


 なぜか、白目を剥いて机に突っ伏した状態でぴくぴくしてるけど、大丈夫だよね!


 え? ボクがなにをしたかって?


 いやだなぁ、ボクは何もしてませんよぉ。


 さっきも言いましたけど、ただ眠くなったからだと思いますよ~。うふふ。


 用事も済んだし、とりあえず、ボクもみんなの所へ、と思ったところで、


 コンコン


 と、部屋がノックされた。


「はい、どうぞー」


 ぬるりとした動きで、学園長先生が起き上がり、いつもの笑顔を浮かべながら、来客の対応をした。


 な、何今の動き! き、気持ち悪い!


「失礼します。叡子さん、今日の件で……って、あ! 依桜ちゃん!」

「みうさん、こんにちは」


 学園長室に入ってきたのは、美羽さんだった。


「どもー」

「こんにちは」

「来ちゃったぞ~」


 と、後ろから、莉奈さんたちが入ってきた。


「……ん~? そこな叡子さん。こちらの、す~~~っごく! 可愛らしい、ケモロリっ娘はどなた~?」

「ああ、莉奈さんたちもご存知、白銀の女神こと、男女依桜ちゃん」

「「「……ん?」」」

「ど、どうも……」

「莉奈さんたち、二日前に話した例の奴ですよ」

「「「……あぁ! あれ!」」」


 あ、やっぱり話したんだね。


 まあ、ボクがいいよって許可したことだしね。


 それに、ボクとしても、今後関わりそうな人たちだもんね。


「な、なるほどー……」

「……た、たしかに、これは何と言うか……」

「……だ、だねぇ」


 不意に、莉奈さんたちのボクを見る目が、急に怖いものになったような……。


「い、依桜ちゃんや」

「な、なんですか? りなさん」

「その耳と尻尾! もふっていーい!?」


 と、ずいぃっ! とボクに顔を近づけて、目をキラキラさせながそう言ってきた。


 それは、後ろにいる、音緒さんと奈雪さんの二人も同様だった。


 よく見れば、美羽さんもちらっ、ちらっ、と期待の眼差しでボクを見てる。


「ちょ、ちょっとだけなら……」

「「「「やったぜ! じゃあ……いただきます!」」」」

「ええ!? そのことばのしんいは――って、きゃああああああああああああああああっっ!」


 この後、すっごくもふもふされした。


 気持ちよくて、なんか意識が何度か飛びそうになったけど……決して、悪い時間じゃなかった、です……ぐすん。

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