第350話 裏で暗躍

 ひとしきりもふもふしたからか、莉奈さんたちはボクを開放しました。


 まあ、それでも抱っこされてるわけですが……。


 あの後は、軽く最終種目に関する打ち合わせを行いました。


 一応、美羽さんたちが来た理由もそっち関連だと発覚しましたが、最後まで、教えてくれませんでした。


 一体、何をしようとしてるんだろう。


 ちょっと気になるけど、ボクも色々やらないとね。


 打ち合わせを終えたボクたちは、そのまま学園長室を出て行った。


 そう言えば出て行った後、学園長先生の断末魔が聞こえてきたんだけど……何だったんだろう?



 時間はちょっと戻って、ドッジボール決勝戦の終盤。


「……チッ。まったく面倒なことを……」


 あたしは一人、屋上からドッジボール決勝戦を観戦していた。


 面倒だと言ったのは、例のボールだ。


 なんだあれ。魔法もなしに一体どうやってんだ? とか思ったが……すぐにあたしの意識から、その疑問はなくなった。


「ちょっ、マジかよ!?」


 突然、依桜の服が若干溶け、裸、とはいかずとも、非常にまずい状況になっていた。


 あたしが一刻も早く、依桜を助けようと動く前に、それよりも早く動く影があった。


「あれは……ミカだな? いい動きだ。そして、ナイス」


 裸を晒してしまう前に、ミカは依桜を回収。


 そのまま、更衣室へ向かって走り去っていった。


 どれ、あれだと途中すれ違う奴らに見られちまうな。


「『認識阻害』」


 そう呟くと、イオとミカの二人に認識が阻害される結界が展開された。


 ま、これで問題ないだろ。


 あとは……


「ビデオカメラに、デジカメ、あとはスマホのカメラに、監視カメラ、と。チッ、面倒ごと引き起こしやがって、あの馬鹿……。まあいい、あとで奴は仕置きだ。これはちとやりすぎだ。殺意が芽生えるぞ?」


 まあ、イライラする感情は一度抑え、あたしは『記憶操作』と『記録操作』の二つのスキルを展開。


 前者は、まあ以前使ったな。ブライズの世界の叡子相手に使用したものだ。


 そして、後者は、『記憶操作』と似たような物だが、対象物は生物じゃなく、無機物だ。


 向こうの世界にも、記録用の魔道具とかあったしな。それに対処するためのスキルでもあった。意外と便利でな。


 こっちの世界なんて、これが有効すぎて、むしろ笑うわ。


 さて、あとは……『条件探査』と。


 このスキルは、単純に自身が条件を設定し、それの存在の位置を把握するだけのものだ。

 一応、ネット上の物も検索可能。


 これも、『記録操作』と同じく、こっちの世界ではかなり有効なものだ。


 今回の事案は、これで対処する。


 これが終わったら、イオのケアだな。


 さすがに、あれは色々とまずい。


 幸いなのは、あいつが元男だったこと。それから、暗殺者として、精神的な部分を鍛えていたからだな。


 もっとも、あいつはどこか女っぽかったから、色々と問題があるんだが……。


 大丈夫なのか? あいつは。


 最悪の場合は、記憶を切り取る。


 二度と表面化しないようにしなければな。


 さすがに、あれは可哀そうを通り越して、酷すぎるからな。


 今回ばかりは、エイコを許さん。


 仕置きしてやる。



 てーわけで、学園内にいた、イオのあのヤバい姿を知っている奴らの記憶と、カメラとかの記録は全消去した。


 じゃなきゃ、あいつは引き籠りになっちまう。


 それは阻止。


 世の中、間違ってるぞ、まったく……。


 性格のいい奴ほど、嫌な出来事に遭遇しやすい。


 あいつなんて、まさにそれだしな。


 やはり、今後は分身体をイオの陰に仕込ませるべきかもしれん。


 ミリエリアの子孫であると判明している以上、あたしはあいつの全てを守らないといけない。何がなんでもな。


 それがたとえ、世界を敵に回すような事態だった場合でも、あたしはあいつを守るさ。


 ともかく、奴の場所へ行くか。


 んじゃま、『空間転移』っと。



「ふふ、ふふふふふふふ……」

「なーに笑ってんだ? ド畜生」

「ハッ! え、み、ミオ?」

「あぁ、あたしだ」


 にっこりと、最大限のスマイルを、あたしはエイコに向けた。


 そんな姿を見たからか、エイコはだらだらと滝のように汗を流す。


「どうしたァ? なぜ、そんなに冷や汗だらだらで? 目が泳ぎまくってるんだァ?」

「い、いやー、それは、その……」


 言いよどむエイコ。

 ほっほ~う。どうやら、このあたしが来たことに対し、かなり焦っているらしいなァ?


「み、ミオは何をしに?」

「何を、だと? んなもん決まってんだろ。……おいテメェ、あれはやりすぎだろうが」

「……ひっ」

「あのなぁ、あたしもイオが好きだし? あられもない姿を見るのはまあ、嫌いじゃない。嫌いじゃないんだが……あの惨状はダメだ。いくらあたしとて、ある程度の礼節はあるんだよ、この野郎」

「え、あ、その……お、怒ってる?」

「見ればわかるだろォ? 超怒ってる」


 顔では笑顔を浮かべてはいるが、この体から溢れ出す怒りやら殺意やらはものすごい。


 自分でもわかるくらいにだ。


 あたしがこんなにキレたのは、ミリエリアの時以来だな。


「あたしは、お前を友人だと思ってはいる」

「そ、それはありがとう……」

「だがな。親しき中にも礼儀あり、だ。テメェ、何自分の生徒をあんな目に遭わせてんだ? アァァ?」

「……」


 一気にエイコが顔を青ざめさせた。

 ふむ。反省しているのかね? これは。


「ったく……あたしはな、イオのいる世界に来れたこととか、まっとうな職に就けたことに対して、お前に感謝をしているからこそ、初めて会ったあの時、イオが酷い目に遭った原因であるお前に対し、何の制裁も与えなかった。だがな……だとしても、今回はやりすぎだ」

「……はい」

「ハッキリ言うがな。あたしの中の優先順位は、上から順に、イオが来て、その次にあいつの親しい奴ら――まあ、ミカたち。その次に、酒が来て、その次辺りはこの学園が入る。ちなみに、お前はあいつの親しい奴ら、の括りに入っていた」

「…………はい」

「しかしだ。今回の件は大問題だ。まったく……イオだからこそ、あれほどのダメージで済んでいるのかもしれんが、あいつは繊細だぞ? ごく普通の少年に人殺しをさせたこともそうだが、人前で裸を晒す寸前にするとか……お前、人としてどうなんだ?」

「………………す、すみません」

「いや、謝るのはあたしじゃない、あいつだ。……もっとも? お前の疲弊具合を見る限り、あいつから相当な制裁を喰らったようだが……まあ、足りないな」


 見た限りあいつがしたのは……あ、あー……なるほど。こっちの世界の人間相手には、かなりえげつないことをしてやがるな。


 だが、それほどあいつもキレていた、ってところか。


 しかし、これじゃあ足りない。


 あいつが受けて来たし内を考えれば……足りんッ!


「さてさて。お前はこれから仕事……というか、最終種目に関してやることがあるんだろう?」

「そ、そうです」

「ならば……貴様には、地獄を見せようじゃないか」

「じ、地獄……?」

「ああ。地獄だ。そうだなァ……今あるあたしのプランだと……まず、両腕両足を落とす」

「……」

「そのあと、一度四肢が切られる痛みを死ぬほど感じたら、全部を再生。その後は……そうだな。あ、どうだ? 一度、本当に死んでみるって言うのは」

「し、死?」

「ああ、死だ。安心しな。あたしは、死後一週間以内なら、いつでも蘇生できるからな❤ どうだ? 臨死体験ができるぞ? お前、研究大好きだったよなァ? なら、身をもってその魂の存在を知れば、いいんじゃないか?」

「え、あ、そ、それは……」


 顔面蒼白で、そう言うが……


「ああ、イオの奴は、何度も死んでるからな。あいつは、死に慣れてるぞ?」


 殺したのはあたしだが、死を体感すると言うのは、暗殺者にとって、一番大事なことだ。


 いや、暗殺者じゃないな。前線で戦う奴らにとって、死と言うのはかなり身近。


 一度も死を経験したことがない奴と、一度でも経験したことがある奴の間には、決して埋められない溝がある。


 まあ、簡単に言えば、強くなれるわけだな。


 人によっちゃ、ステータスが向上したり、なんてこともあるな。


 あとは、職業系の能力が強化されたり、精密性に磨きがかかる、あとは、なんとなく魂の位置がわかる、とかな。


 あいつは……まあ、ステータス、能力、精密性、あとは精神力の強化だったか。


 本当に、バケモンだった。


 今思えば、あいつの子孫だからなんだろうな。


「よーし。じゃあ……何度か死ね♪」

「ま、待って!」

「いーや、待たん! テメェはあたしが最も愛し、最も大切にしている奴を傷つけやがった。その報い……受けてもらう!」

「…………」


 ぶるぶると震えだす。

 まあ、死ぬのは怖いしな。


「安心しろ。痛みはものすごいから。それに、すぐに蘇生してやるさ。ってーわけで……『魂魄激葬』」

「え――いぃぃぃぃぃやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

「チッ、うるせぇ断末魔だ。『遅延式・蘇生』」


 事切れたのを確認してから、あたしは遅効性の蘇生をかけた。


 ま、これでそのうち生き返るだろう。


 あー、なんかスッとしたぜ。


「さて、あとはイオのケアにでも、行こうかね」



 というわけで、イオのいる場所へ。


 幸い、あいつは一人で、尚且つ周りにも人がいない場所にいた。


「おい、イオ」

「あ、し、ししょう……」

「大変だったな。すまない、あたしが助けてやれなくて……」

「い、いいんですよ。なれて、ますしね……」


 あはは……と力なく笑う。


 うっわ……マジで見てらんねーよ……。


 これは、重症だ。


 さすがに、こんな状態でこの後の競技をやらせるわけにもいかない。


 愛弟子の心のケアも、師匠の務めだ。


「イオ。記憶を消す。いいか?」

「き、きおく?」

「ああ。お前が裸になりかけたあれだ」

「――っ! で、でも、カメラとかの記録が……」

「安心しろ。お前のあられもない姿に関する、全ての記憶と記録は、あたしが全て消した。この学園で憶えているのは、あたしとお前だけ、ってことになる。ちなみに、消した記憶の部分には、別の記憶を差し込んでおいた」

「……ししょうは、すごいですね……」

「いやなに。愛弟子が辛い目に遭っているのを見過ごすことができないだけだ。残念ながら、あたしはお前にぞっこんだからな」

「ぞ、ぞっこ――も、もぅ、よくそんなはずかしいことがいえますね、ししょうは……」


 呆れつつそう言うも、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。


「一応訊くが、エイコはどう思う?」

「……それはもちろん、ゆるせません」

「だろうな」

「でも……どうしようもないへんたいで、どうしようもないかいらくしゅぎしゃで、どうしようもないあくのかたまりみたいなひとですけど……それでも、みすてることはできない、ですね」

「…………そうか。なんて言うか……」


 歪んでるな、こいつは。


 なるほど。ブライズのエイコが言っていた歪み、なんとなく理解できたよ。


 いや、あの時もそれなりには理解していたが、今回は一段とな。


「なんていうか、なんですか?」

「いや、気にするな。さて、記憶を消すか。どうする? お前次第だぞ?」

「……できれば、けしていただけると……」

「ああ、了解した。じゃあ、ちょっとおやすみな」

「はい。おやすみなさい、ししょう」


 あたしは『記憶操作』を使うと、対象の記憶をきれいさっぱり消去し、代わりに、普通に優勝した記憶を入れた。


 記憶を消した瞬間、イオがあたしに倒れ込んできた。


 それを優しく受け止めると、お姫様抱っこで、近くのベンチに座り、あたしの膝を貸した。


 これくらいの癒し、こいつには必要不可欠だからな。


 本当は、メルたちの方が適任だが……仕方ないさ。


 あっちも、まだやってるみたいだしな。


「しかしまあ……こいつは異常だな、ほんと」


 人を嫌わなすぎる。


 人を好きになることはよくあっても、嫌うことはまずない。


 その証拠に、今ままでのエイコの所業を考えると、イオがエイコを見限ったり、嫌ったりしても不思議じゃないのに、今まで通りに対応している。


 だからこそ、あいつがつけあがるわけだが……。


 ハッキリ言って、危険すぎる。


 ミリエリアの子孫だから、って言うのも理由だと思うが、何か別の理由があるような気がしてならない。


 今回の件でハッキリしたが、こいつには人に対する悪感情がほぼ0だ。


 そりゃ、大切な奴らが傷つけられたキレるが、それ以外では、どんな小さなことでも、怒らず優しく諭してしまう。


 だからかは知らんが、周囲の奴らはこいつを頼っちまう。


 別に、できる奴に頼るのは悪いことじゃない。


 だが、それは同時に、できる奴に不要なプレッシャーを与え、最終的に疲弊させてしまう。


 今でこそ、こいつはそういった兆しは見られないからマシだが、その内、疲れて全てに対して無気力になるんじゃないかと心配になる。


 そうならないようにするのも、師匠の務め、か。


「まったくもって、人ってのはどうなるかわからん……」


 かつて、最悪の暗殺者、なんて呼ばれていたこのあたしが、自分よりも別の奴を大切に思うようになるなんてな……。


 ……だが、それでも、あいつは許さん。

 当分は、仕事の手伝いもなしだな。


 ムカつくし。


 自分でどうにか頑張ってくれ。

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