第67話 元の姿で 上

「結局、この服は無駄になっちゃったか……」


 普通の制服を着て、昨日届いた別の制服を見ながら呟く。

 せっかく、学園長先生が用意してくれたのに、まさか、届いた次の日に戻るとは思わなかったよ。

 てっきり、ずっとあのままなのだとばかり思ってたからなぁ……。


「……まあ、二度と小さくならない、って言う確証はないし、とりあえずこのまま残しておこう」


 それに、新品だから、捨てたりするのはもったいないし。

 そもそも、もらったものを捨てるとか、ボクには無理。


「で、ここで伸びてる父さんは……うん、放置」


 ボク、悪くないもん。

 ノックしなかった父さんが悪いんだもん。



「おはよー」

「あら、依桜。おはよう。上から変な音が……って、元に戻ったの?」

「あ、うん。朝起きたら元に戻ってたよ」

「あらそう。ちっちゃいほうが良かったのだけれど……」

「いや、よくないよ!?」


 ボクが小さい姿を一度見せてからという物、ボク相手にちょっと暴走するようになった母さん。

 意外と、ロリコンか何かなのかもしれない。


「でもまあ、戻ったわけだし別にいいわね」

「……男には戻ってないけどね」

「依桜の場合は、女の子の方がある意味正しいし、是非とも戻らないことを祈るわ」

「親としてどうなの!?」


 元々男だったのに、戻らないでほしいって……親なんだよね? 本当に親なんだよね?

 子供が間違っている、なんてことないよね?


 ボクの場合、外見だけは本当に似てないから判別がつきにくいんだよ。

 隔世遺伝だもんね。


「まあいいじゃない。可愛いは正義、でしょ?」

「正義、なの?」

「正義よ正義♪」


 それは、違う人の場合の正義だと思う。

 態徒や女委あたりじゃないかな?


「あっと、それで、上で変な音がしたけど、あれは何かしら?」

「あ、え、えっと……ちょっと、父さんに裸を見られて、その……枕を投げて気絶させた」

「あらあら、そうなのねー。まあ、あの人にとってはご褒美でしょうし、放置でいいわよ~。こっちで、回収しておくわね~」


 自分の夫なのに、それでいいの?

 あと、ご褒美、ですか。

 それは、あれだろうか? 一昨日、父さんが母さんに踏まれて嬉しいとか何とか言っていた時の……。

 あれ、本当だったの?


「じゃあ、ちゃっちゃと食べちゃいなさい」

「うん。いただきます」



 朝ごはんを食べて、学園へ。

 昨日は小さいままだったけど、今日はいつも通り……ではないけど、普通に学園へ行ける。

 まあ、まさか、変化して一日で戻るとは思わなかったけどね……。


 一人苦笑いをしていると、またしても視線。

 なんか、ね。

 毎朝毎朝視線が来るから、なんかもう、慣れたよ。

 でも、人にじろじろと見られるのは、あまり気持ちのいいものじゃない。

 小さい時ですら、結構な視線が来てたのに……。


「これ、どうにかならないのかなぁ……」


 毎朝の悩みになりつつあるこのことに対して、解決してほしいと切実に思うボクだった。



「おはよー」


 じろじろと見られながらも、努めて冷静に歩きつつ、教室に到着。

 いつも通りに、挨拶しながら入ると、またしても視線。いや、もういいよ。


「あれ? 依桜? 依桜よね?」

「ボクじゃなかったら、ここにいるボクは誰?」

「戻ったのか?」

「うん。朝起きたら戻ってたよ」


 ボクがそう伝えると、クラスのいる人全員がポカーンとしていた。

 いや、ボクが元に戻っただけで、そこまで驚く……いや、驚くね。

 授業中に突然小さくなって、次の日もそのまま学園に登校し、その次の日もそうなるであろうと予想していたら、まさか元に戻って登校してくるとは思わないもんね。

 というか、女の子になったり、小さくなったりすること自体が変だしね。

 そう考えると、みんなの反応は正しいわけだ。


「それはよかったな、依桜」

「うん。……まあ、またああなる可能性もないわけじゃないけどね」


 実際、追加効果って言われているから、一度だけ、とも限らない。

 もしかすると、一昨日とは違うタイプのことが起こるかもしれないし、一昨日のように、ただ縮むだけ、みたいなことが起こるかもしれない。

 そう考えると、まだ安心はできないわけで。


「依桜も、難儀な体質になったな……」

「体質じゃなくて、呪い、だけどね……」


 すべての始まりは、学園長先生とたまたま異世界人を召喚しようとした王様の儀式が重なって、ボクが向こうに行ったこと。

 二年間修業して、三年目で魔王を討伐。

 そして、呪いをかけられて、帰ってきたら女の子。

 それから一ヶ月経って、再び向こうに赴いて、師匠に解呪の薬を作ってもらって、師匠が王様のミスをカバーしなかったから、一昨日のような結果に。


 こっちの世界では、一ヶ月。

 そう考えると、一ヶ月間が濃すぎる。

 いや、まあ、もう二ヶ月経とうとしてるけどさ。


「巻き込まれ体質が極まると、依桜みたいになるのね」

「……極めたつもりはないよ」

「依桜にそのつもりはなくても、傍から見たそうなのよ。まあ、諦めなさい」

「こればっかりは、仕方ないしな」

「そう、なんだけどね……」


 三人でそんなことを話していると、


「おーっす」

「おはよー!」


 態徒と女委が教室に入ってきた。


「お、依桜戻ったのか?」

「う、うん。朝目が覚めたら、元に戻ってたよ」

「よかったね、依桜君! わたし的には、ちっちゃい依桜君も天使みたいに可愛くて好きだったんだけど」

「や、やめてよ。さすがに、あの姿はちょっとね……」


 ちっちゃくてもいいことはないです。

 というか、発想がほとんど母さんと同じなんだけど。


「いややっぱ、依桜はボインボディだよな! そのでかいおっぱいがイイ!」

「は、恥ずかしいこと言わないでよぉっ!」


 公衆の面前だというのに、なんでこうも羞恥心がないんだろう、態徒は。


「そうだ。依桜は、一応元に戻ったんだから、今日の体力測定はいつも通りの身体能力ってことになるのか?」

「あ、そうだね。身体能力が低下したような感じはしないし、いつも通りかな?」


 実際、小さい姿だと、いつもと感覚が違ったから、力の調整が難しかったし。

 今はいつも通りの身体能力に戻ってると思うから、昨日みたいに調整が難しい、ってことにはならないと思う。

 一応、手加減は師匠にみっちり鍛えられたし。

 そもそも、手加減をしないと、こっちの世界どころか、向こうの世界でも困ったことになりかねなかったし。


 まあ、攻撃力のステータス自体は、魔王の方が上だったりするんだけど。

 というか、魔王のステータスで、ボクが勝ってたのって、実際素早さと幸運値だけだったんだよね、あれ。

 ほとんど格上の相手だったから、何度死ぬと思ったことか。


「マジ? じゃあ、今日は依桜が走っている姿が見れるのか!?」

「え? まあ、五十メートル走があるし、走るでしょ?」

『よっしゃああああああああああああああっっっ!』

「な、何!?」


 突然、クラスの男子たちが歓声を上げていた。

 見れば、未果と晶は額に手を当てて、いかにも『呆れた』と言っているようだ。


『つ、つまり、今日は男女が走っている姿が見れて……』

『あの、ご立派様が揺れるのが見れる、のか?』

『たしか、腐島も同じグループにいたはずだから、腐島のも見れるぞ!』

『な、なんて美味しい授業なんだっ……!』

『み、見たいっ、超見たい!』

『誰か! 誰かビデオカメラは持っていないのか!』


 …………あ、うん。

 昨日の続きですね、これ。

 みんな、ボクが元々男だってこと、忘れてるよね、これ。


 ど、どうしよう。

 一時間目から体育なんだけど、正直、出たくない……。


「あー、その、なんだ。依桜、気にしなくてもいい、と思うぞ?」

「……あれを見せられて、気にしないほうが難しいと思うんだけど?」

「依桜、変態はどうあっても変態よ。それに、何か実害が出た時に対処すればいいのよ」

「いや、実害が出てからじゃ遅いと思うんだけど……」

「それもそうね。でも、取りあえずは……まあ、何とかなるわよ。うん。依桜ならできるわ、問題ない!」

「なんで、そんなに適当なの?」

「適当じゃないわよ。依桜なら、何とかできるでしょう?」

「で、できないことはない、けど……」


 いつもやっていることをすればいいだけだし……。

 ただ、問題はどのツボを押せばいいか、何だよね……。

 昨日は視界を奪ったけど、あれ、数日のインターバルを置かないと、効果が延びちゃうんだよね。

 一応、盲目にはならないけど、疑似的な盲目だし、あれ。

 ちょっと危険だから、本当に見られたくないと思った時にしか使わないし。

 ……つまり、昨日のあれは、心の底から見られたくなかったもの、ということです。


「なら大丈夫よ。もし、何か実害があれば……私が潰すわ」

「あ、あまり酷いことはしない、でよ?」

「……変態にすら気を遣うとはな。依桜、お前って損するタイプだよな」

「……否定できない」


 言われてみれば、本当に損することしかなかったなと思いました。



「といわけで、昨日の続きを行う! 体育館の種目を終わらせた者は、ハンドボール投げをして、それも終わったら、休憩するなり、軽く準備運動をしておくなり、好きにしてくれて構わない。あと、昨日で全部終わった者は、見学してていいぞ!」


 そもそも、何事も準備運動から始めるのに、ハンドボール投げをした後に準備運動をする意味ってあるのだろうか?

 ……まあ、ある、のかな?


「五十メートル走はこちらで呼ぶので、それまで自由に行動してくれ!」


 先生がそう言うと、みんなやり残した種目をやるために、行動を開始した。

 ボクたちは、体育館の種目は全部終わってるので、ボール投げを。


「うっし、オレから行くぞ!」

「はいはい。態徒ね。じゃあ、依桜と晶はボール拾いに回って」

「うん、わかった」

「ああ」


 未果に指示されて、20メートル地点にボク、30メートル地点に晶が立った。

 準備ができたので、未果の方にOKのサインをだす。

「行くぞー! おらぁあ!」


 態徒の気迫と共に投げられたボールは、綺麗な放物線を描いて飛び、晶よりも少しだけ後ろの方に落ちた。


「31メートルだ!」

「おっし!」


 結構飛んだなぁ。

 確か、平均は24メートルくらいだったっけ。

 ちゃんと平均を超えるあたり。


「じゃあ、次は晶ね」

「わかった。今そっち行く」

「態徒は、晶がいたところにいて」

「おうよ」


 晶と態徒がチェンジ。

 晶が投げる場所に立ち、態徒が30メートル地点に立つ。

 さっきと同じように、OKサインを出す。


「ふっ」


 OKサインを見てから、晶はすぐにボールを投げた。

 態徒が投げたボールよりも少し高く飛び、放物線を描きながら落下。

 場所は、態徒の記録よりも少し奥。


「くっ、35メートルだ!」

「晶もすごいなぁ」


 平均よりも、10メートル以上遠くに飛ばしてる。

 態徒も態徒で、平均以上だったし……普通に考えたら、ボクだけが平均以下だったような気がするんだよね、昔。

 ……まあ、今はさらに遠くへ行っちゃうけど。


「次、わたしがやるわ。女委は……次だから、ここで待ってて」

「わかったよー」

「依桜もこっちに来てて!」

「わかったー!」


 トタトタと小走りで、未果たちのところへ向かう。

 晶が代わりに、ボクがいたところに行ってくれた。


「じゃ、行くわよー! やっ!」


 未果が投げたボールは、晶たちには劣るものの、綺麗な放物線を描いて飛んだ。

 ボールは、晶と態徒の間くらいの位置に落下。


「23メートルだ!」

「まあまあね」


 未果はそう言っているけど、女の子で23メートルは結構飛んでるよ?

 意外と力あるよね、未果。


「じゃあ、次は女委」

「はいはーい」


 と、女委が投げることが周囲に伝わったのか、


『おい、腐島が投げるってよ!』

『よっしゃ、お前ら行くぞ!』

『おう!』


 見学していたり、友達と話していたりしていた男子たちが一斉に集まってきた。


「……はぁ」


 その様子を見て、未果が呆れからくるであろうため息をついていた。

 うん、ボクもその気持ちだよ、未果。


「おー、みんな集まってきたー」


 見られる側であるはずの女委は、なぜか感心していた。

 普通、恥ずかしがるところなんだろうけど……女委だし、それは最初から期待していません。


「女委、見られてるけどいいの?」

「いいよいいよー。減るものじゃないし。それに……モテない男子たちに、幸せのお裾分けだよ」

「お裾分けって……まあ、あなたがいいなら、それでいいけど」

「そうそう。じゃ、行くよー!」


 色々な方向から、女委に向かって視線が殺到。

 本人は特に気にすることなく、


「えいっ!」


 ボールを投げた。


『おおっ……!』


 そして、男子たちは簡単の声を上げて、女委の胸を凝視していた。

 揺れるところを目に焼き付けようとしてるんだろうね、あれ。

 ……まあ、実際、かなり揺れたよ。

 こう……ぶるんって。上下に左右に、いろんな方向に揺れてました。

 ボクも男のままだったら、反応したのかな?

 ……いや、多分、晶みたいに、見ないようにしていた気がする。


『な、なんて眼福な光景だったんだ……』

『ああ、腐島だけでもこの幸福度……なら、男女だと、どれほどのものが得られるんだ?』

『み、見たい、見たいぞ!』

『くっ、なんで授業中にカメラは使っちゃいけないんだよッ!』


 そもそも、授業中にカメラを使おうとする人自体、そんなにいないと思うんだけど。


「あー、女委の記録は、14メートルだ」


 普通くらいかな?

 まあ、女委ってインドアだしね。

 むしろ、インドアなのに、25メートル以上出してたら、怖いし。


「男子のみんな! 幸せのお裾分けはどうだった?」

『最高っす!』

「ならばよし! つぎは依桜君だから、もっと幸せを得られるからね!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』


「……というわけで、依桜の番よ」

「う、うん。わかった」


 未果が、女委と男子たちのやり取りを見た後に、何事もなかったかのようにボクの番だと告げてきた。

 ボクも気持ちがわかるので、了承した。


「ま、頑張りなさいよ」


 苦笑いで言われても……。

 はぁ……男子のみんなが暴走しないといいけど。

 そう願いながら、ボクは投げる準備をした。

 ……すでに、暴走しているけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る